draMAGICAL!! 2☆☆
翌日、私は息苦しさで目を覚ました。
昨日は三人で付き合うだとか愛し合うだとかそんな話し合いになり、なんとか場が落ち着いた頃には午前二時を過ぎていた。
日付変わってるがな!!!と叫ぶと、こりゃもう寝ようという展開になったので、それじゃ私は家に帰りますと告げれば二人に両腕をつかまれて。
特に紅ちゃんにつかまれた腕は関節が外れそうになる始末。
泊っていけ、そう脅され蒼ちゃんのベッドに三人で寝るはめに。
さすがにベッド壊れるよ、ちょっと動くだけでギシギシ鳴ってるよ、私家近いし帰るって、などと立て続けに反論するが通用せず。
私は壁側、蒼ちゃんが真ん中、紅ちゃんは頑丈だし落ちても問題なしってことで支えのない端。
狭いベッドで川の字、いや、川の字というかムンクの叫び状態だったけどもね。
そして目が覚めた原因は、私の上に覆いかぶさる何か、だ。
まず蒼ちゃんか紅ちゃんのどちらかが寝ぼけてやがるのかと考えたが、違う、胸元でふわふわしている白い髪、なるほど、あいつか。
まだ寝ているであろう蒼ちゃんと紅ちゃんに気づかい、小声で叫んだ。
「クリア!重いよ、どいて!」
「ん〜すやすや」
「ク!リ!ア!」
「ハッ!さん!おはようございます!」
「しー!静かに!」
「す、すみません、大きな声を出してしまいました」
「で、どうして私の上で寝てるのか理由を聞こうじゃないか」
「マスターの上で寝るのは失礼ですし、紅雀さんの上で寝ては岩の上で修業をしている夢を見そうですし、さんなら柔らかいし抱き枕にもなり一石二鳥だと判断したまでです!」
「床で寝ろよコンチクショー!」
「そんな仲間外れはいやです!」
プラチナ・ジェイルに乗り込むと蒼ちゃん達が言い出した頃にクリアと初めて会った。
あの頃は終始ガスマスクをつけていて、かなり気がかりだったのを覚えている。
この旧住民区には個性的な格好をしている者が多いのは確かだが、ガスマスクなどつけている人は今まで一人も見たことが無い。
息苦しくないのか、どこか体でも悪いのか、大丈夫なのか。
クリアを見るたびどんどん心配な気持ちがふくれ上がり、たまらず本人に直接聞いてみた。しかし、予想もつかない一言が返ってきたのだ。
僕の顔は人に見せれるような顔じゃないんです、って。
もうあの時は冷や汗がボロボロ湧き出てきて、クリアに土下座したのを今でも忘れない。
過去事故に遭い顔に……!それとも人には言えないことがあったのだろうか!?様々な考えが浮かび、申し訳ない!許して下さい!と謝り続けた。
しかしクリアは、そんな、謝らないで下さい!それ以上謝るなら僕も謝り返します!ごめんなさーーーい!と何故か私に向かって土下座してきて。
向かい合って土下座し合うこと数十分。
そのやり取りを蒼ちゃんの部屋でやっていたもので、部屋に入ってきた蒼ちゃんに何やってんだお前ら、とあきれられてね、うん、すごい冷やかな目で見られた気がする。
そしてオーバルタワーが崩壊後、クリアはガスマスクをつけないようになった。
もうアレは必要なくなりました、とのこと。
というか、話しかけられるまで誰だか分からなかった。
そして殴りたくなった。
誰よりも美形な顔をしていながら、よくもまあ、人には見せれるような顔じゃないなんて言えたものだって、ね。
何カ月か前のことを寝起きの頭でボーっと思い出していたら、クリアの手がこちらへ伸びてきた。
「さん、寝ぐせがすごいですね」
「ああ、いろいろあって頭に汗かきながら寝たから」
「直してあげましょうか?」
「いいよこんなの。ね、クリア、今何時かな?」
「今は午前九時半です」
「そっか九……え、九時半?」
「はい、間違いありません」
今日は平日、もちろん仕事がある、仕事開始時間が九時なのに、今九時半?
あわててコイルを見てみると、上司からの着信が入っていた。
やばい。これはやばい。
今から家に帰って、着替えて、化粧して、会社までダッシュ……!
もう、もう、最悪だーーーー!!!!
「さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。クリア、私帰るから二人が起きたら仕事に行ったって伝えといてくれる?」
「はい!了解しました!」
「ありがとう、それじゃあね!」
寝不足の体を起こし、とにかく走った。
コイルで上司に連絡を入れ素直に、寝坊しました!と伝えたら笑っていた。
あの笑いは、しょうがないな〜☆の笑いなのだろうか。それとも、ふざけんなよの乾いた笑いなのだろうか。
嫌な汗をかきながら家に到着し準備は十分で済ませた。こんな時化粧はいつもの二分の一だ。
うおおおおおおおおおお!と風を切るように走っていると、おや、さん!と声が聞こえたその瞬間、足が何かにつまずき地面へダイブ。
厄日だ、昨日の夜ぐらいから厄日が続いているぞこれは。
「すごい転び方ですね」
「元気か、」
地面にぶっ倒れた私を起こしてくれる二人は誰か。声だけで分かる。
ウイルスとトリップ、蒼ちゃんの友達だ。
昔からやんちゃそうで優しい二人だが、どこか危険な一面を持ち合わせている印象がある。
私はこの二人とどういう関係かと問われれば、ただ単に顔見知りの程度。
ばったり会った時には挨拶して軽く会話をするような、上辺の付き合いというやつだ。
ただ、蒼ちゃんがプラチナ・ジェイルから帰って来た日に告げられた事が一つある。
――今後一切ウイルスとトリップに関わるな、というものだった。
挨拶もするな、話しかけられたら無視しろ、とまで言われ。
どうやら、オーバルタワーで二人が東江と笑顔で話しているのを間近で見かけたらしい。
会話の内容もかなり親密なことばかりであの二人は信用できないとのこと。
蒼ちゃんを信じないわけではないが、こういうの、すごくもやもやしてしまう。
私はその現場を実際見ていないのに、蒼ちゃんの言葉だけで二人を避けるような行動を取ってもいいものなのか。
近くにいた紅ちゃんに何となく相談したら、あんな奴らとは縁を切れ!そう怒鳴られた。
相談する相手を120%間違えたと反省。
まあ会うこともないでしょ、などと軽く考えていたら、この急いでる時にこれだ。
人生そう上手くはいかないぞと神様にウインクされた気分です、ふざけんな神様。
「ああ、ヒザから血が。これは大変だ」
「俺のハンカチ貸してやる」
足を見てみると、ストッキングがひどく伝線し、両ヒザの皮膚がめくれ上がるように破け血があふれていた。
小石が何個か傷口にめり込んでいる。うわ。
今はマヒして何ともないけど、あとあと痛くなりそうな予感……最悪だ。
青ざめた私の前に黒のハンカチを差し出してきたトリップだが、遠慮した。
人さまのハンカチで私の血を拭くなど、とんでもない。
「だめだめ、血がしみ込んだら落ちにくいから。ありがとう、それじゃあ急いでるので!」
ストッキングは後で脱げばいいし、傷の手当ても会社ですればいい。よし、問題なし!
なんとかこの場をやり過ごせそうだ。
気だけが焦り、あわてて立ち上がれば足首にとんでもない激痛が走った。
ぬぐぁ……っっ!声を出しそうになったが口を一の字で引き締め、耐えた!
どこまで厄日なのか、最悪だ、これ、くじいたかな。
気付かれないように小幅で五歩ほど進むと、ウイルスが追い打ちをかけるように声をかけてきた。
「急いでるんですよね。走らないんですか?」
「や、ちょっと、歩こうかなって」
「無理はダメですよ、足、痛むんですよね」
「そんなことないよ!ほら、朝ごはん食べそこねてね、走ってばっかじゃお腹もすくし!」
自分で話していて何を言っているのか分からなくなってきた。なんだよ、走ってばっかじゃお腹すくって。
苦い言い訳をしながら歩き続けていると、フワっと体が浮いた。
「の足、痛々しい。送ってやる」
「行き先は会社ですよね?平日この時間帯は仕事中のはずだ。寝坊をしたので走っていた、だから化粧も薄い、寝ぐせもそのまま、どうです?」
素晴らしいよウイルス、百点満点!なんて感激している場合ではない。
トリップにお姫様抱っこをされ、男らしい香水の香りが鼻につく。
ああ、こういうの苦手なのよね。
「トリップ、気持ちはとっても嬉しいけど自分で歩くから」
「遠慮はいらない」
「最近太ってきてね、痩せる為にも自分の足で歩かないと!」
「太ってない」
「トリップには分からないの!お腹なんてすごいんだよ!ぼよんぼよん!だから、下ろして!」
そんなやり取りに、ウイルスが声を上げて笑いだした。
ウイルスが無邪気に笑う姿がとても奇妙に思え、うわ気持ち悪っ、と小声で言ってしまった。
トリップに聞こえてませんように。
「あの、ウイルスさん、どうされました?すごい笑って、ね?」
「あーすみません、楽しそうだなと思いまして」
「は?楽しそう?」
「トリップとさんの言い合いが漫才のようで、つい、ふふふ」
ウイルスおかしい、おかしいよ、笑いのツボがおかしいよ!
今のどこが漫才!?何よりウイルスの口から漫才の単語が出たことに私は驚いたけども!
トリップと目を合わせたら、俺らいいコンビかも、と笑顔で目を細められ寒気がした。
ほんと申し訳ないけどいい加減にしてくれ。
私は早く会社に行かなくちゃならないのに、って、あれ、この二人どこに向かって歩いてるの?
さっきからスタスタ歩いてるけど、こんな裏路地みたいなとこ通って……え、その前に私の会社がどこだか知ってるのかな?
「笑ってる所申し訳ないんだけど、私の会社に向かって歩いてくれてるんだよね?」
「いいえ、食事のできる店に向かって歩いています」
サラッと返答してきたのは、笑いすぎて湧き出たであろう涙を拭きとるウイルスだ。
は?食事?そんな優雅に過ごしてる場合じゃないのよ今は!
「朝食、食べそこねたんですよね?」
「いや、それは!急いでるから食べてないって意味なの!早く会社に行かないと怒られちゃうんだって!」
「朝食は一日の中でもっとも重要な食事です。それを抜くのはダメですよ。頭の回転が悪くなりミスが増える」
誰だよこのお母さんは。
ウイルスって豆知識が豊富というか頭がいいというか、言い合いになったら相手をボロカスに負かせてしまうようなタイプだろうな。
だからって食事をしてる時間など私には無い。
せーの!でトリップの肩を全力で押し、バランス悪くもなんとか地面へ着地した。
「それじゃ!私は急いでるので!」
痛む足を動かし、二人から逃げるように歩いた。
するとコイルから着信音が鳴り響き、おそるおそる確認すると上司の名前が表示されていて。
一言目に、すみません!!!!!と謝る私の後ろでウイルスとトリップの笑い声が聞こえたが、振り返らず足を進めた。
「残念、逃げられたな」
「可愛い奴」
「しかしあの態度、蒼葉さんに何か吹き込まれたに違いない。俺たちに関わるな、避けろ、まあそんなとこだろう」
「蒼葉か」
「さんといると楽しい、それに俺たちに全く色目を使ってこない女性はあの人ぐらいだ」
「ターゲット、決まりだな」
「ああ。攻めていこうか」
さて、まずは……―――
draMAGICAL!! 2☆☆終
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