嫉妬爆弾
午前5時過ぎ。
携帯の着信履歴 銀ちゃんから58件。
手すりにしがみ付き安定しない足取りで階段をゆっくり上がる。見慣れた‘万事屋銀ちゃん’の看板に苦笑いが止まらない。
顔を引きつらせながらも階段を上り切り、のろりと玄関の戸に手をかけて小さな声でただいまの挨拶。誰もいない廊下は薄暗く静まり返っていた。
この時間帯だ、銀ちゃん神楽ちゃんも寝ているに違いない。
良かった、朝帰りなんかして銀ちゃんに怒られると思ったけれど、もう私も立派な大人だしそれは無いか。
「おう、お帰り。不良娘のちゃん」
「ひっ!!」
背後から声がかかり、ロボットのようにぎこちなく振り向けば無表情の銀ちゃんがそこにいた。
悲鳴をあげそうになったものの両手で口を押さえてストップ。ここで悲鳴を上げたら朝から叫ぶなと後でお登勢さんに怒鳴られるので我慢である。
軽く深呼吸をし、引きつる笑顔で向き合った。
「ぎっ、銀ちゃん、今日は早起きなんだね」
「いやーそれがよぉ、誰かさんがね何の連絡もなしに昨日帰ってこなくてさ。心配で心配で捜してたんだわ」
遠回しに何かグサっとくる事を言われたような気がする。
おかげで心臓が着物を突き破りそうな勢いで脈打ち出す始末だ。
「……ご苦労様です」
「うん、ほんとご苦労様だよね。夜通し捜してたその誰かさんが家に帰ってきたら玄関にいやがんだからなぁ」
「夜通し!?」
「そう、夜通し」
「ちょ、待って、てか銀ちゃん顔怖い!」
「怖いっておめぇ、そりゃそうだろ。怒ってんだから」
目を細めこちらを見下ろす姿ときたら、鬼に見える。嫌な汗がドッと額から噴き出した。
ぎぎぎぎぎぎ銀ちゃんが怒ってるぁぁ!私の経験上、静かに怒る銀ちゃんほど怖いものは無い。なに、どうしよう、殴られる覚悟しといた方がいいのかな!?
私がはらはらしていると、こちらに顔を寄せ鼻をくんくんと鳴らした。
「思った通りだな、酒臭ぇ」
不機嫌な声で言い放たれた一言。更にため息をつき呆れた表情で小突かれた。
私はギュッと目をつぶり殴られる!と身構えたがそれ以上は何も降ってこず、薄っすら目を開ければ廊下に腰掛けブーツを脱ぐ銀ちゃん。
あれ、今ので説教終わりかな?
そうは言っても、一応は朝帰りになった理由を言っとくべきだよね。
「あの、昨日ね、道を歩いていれば友達と会っ」
「あー言い訳とか聞いてあげないよ銀さん」
「いやいや聞こうよ!言い訳とかそんなんじゃなくて本当の事だから!」
「しっ!大声出すと神楽が起きちまうだろ」
「あ、ごめん、ってあれ、ちょっ!痛い痛い!どこ行くの!?」
俺の部屋、そう言って私は引きずられるかの如く銀ちゃんの部屋まで容赦なく腕を引っ張られた。
部屋に着けば私を中に放り込み、障子をピシリと閉める。
座布団も何もない畳の上に正座させられ、説教だコノヤローと言わんばかりの状況。
ブルブル震えていると、銀ちゃんがあぐらをかき腕組をして私の目の前に座った。横には洞爺湖の木刀。
まさかとは思うけどその木刀で殴られることはないよね、ないよね、ないよね!?
うぅぅ、今からこってり怒られるのだと思うと頭が痛くなる。ただでさえお酒を飲みすぎたせいで頭が痛いというのに。
「さーて、まずはだ」
「は、はいっ」
「誰と飲んでた」
出た、銀ちゃんの質問攻め。
ここからが長いんだよね。
「友達です」
「女か?まさか男じゃねぇだろうな」
「もちろんだよ!女の子だから!」
「よし、じゃあ次だ。朝帰りするならするで、どうして連絡してこなかった」
「それはですね、連絡しようしようと思ってたんだけど飲み始めたら完璧忘れちゃって、その」
「いやいや、忘れるとか意味分かんないから。おめぇ携帯持ってんだろ?思い立ったらすぐかけるよう心がけなさい!」
「はい、ごめんなさい」
「もし携帯を持ってなくても公衆電話をみつけりゃいい、店の電話も理由を言や貸してくれんだろうが。前々から何かあればすぐ電話するよう何度も言ってんだろ俺ぁよ。それがなんだ、連絡も無しに朝帰りなんかしやがってほんとありえないよね!しかもだ、俺何回も何回もの携帯に電話かけたんだけどどうしてとらなかった」
「それが全く気付かなくて」
「おいおいなんの為の携帯だ!なんの為の携帯する電話だ!」
うごぁぁぁ!銀ちゃんの声が頭に響く、すっごい響く。うるさいとかそんな事言ったら余計怒るから言えないけど。
偶然会った友達と飲み始めて、愚痴をこぼしながらも楽しい時間があっという間に終わり気づけば午前5時過ぎだった。その時に連絡をしていない事を思い出し、慌てて店を出ふらつく足で家を目指した。
確かに今回ばかりは全て私が悪い。逆に何の連絡もなしに銀ちゃんや神楽ちゃんが朝帰りしたら私も怒ると思う。
ああ、ほんと、私バカなことをしてしまった、過去へ戻るタイムマシーンが今すぐ欲しい。
「ってことで、今度からが飲みに行く時は俺も同行すっから」
「え、待って待って、いつの間にそんな話しになったの!?」
「今決めたんだよ、もーこれ変えられない決まりだから、俺との約束だと思って」
「なんでそうなるの!いやだよ!友達とお酒飲みながら話しする時間も私には必要なの!もう大人だよ私!」
なにその保護者同伴みたいな決めごとは。
そりゃあ銀ちゃんより年下だけど、そこまで子ども扱いはひどい。まるで門限を決める父親みたいにさ。
どうしてそう心配するのかな、まあ銀ちゃんは優しいから心配してくれてるのだろうけど度がすぎるよ。
「ぶっちゃけさ、んな時間作るぐれーなら俺の相手してくれりゃあいいじゃねぇか」
「へ?銀ちゃんの相手ならいつもしてるじゃん!」
「どこかだ!全然してねーよ!おま、分かってる?俺が言う相手ってのはだな大人の関係の方ね!」
「分かってるよ、お酒飲むなら銀ちゃんと飲めばいいってことでしょ!私いつも銀ちゃんにお酌してるじゃんか」
「ちがーーーう!おめぇよくそれで自分は大人だとか言えたもんだな!」
「は?ちょ、今私のことバカにした?なにそれ、銀ちゃん過保護すぎるよ、お父さんみたいな説教しちゃって!」
「……ほんっと分かってねぇのな。銀さんが毎日毎日どんだけ我慢してるか知らねぇだろ」
「知らないよ、お酒我慢するのは自分の意思でしょ?まあけどそうだね、銀ちゃん糖尿になりかけだし控えて当然なんじゃないの」
「うるせぇ、俺ぁ我慢して我慢して唯一この右手が俺の相手をしてくれてんだぞ、ずっと」
「あっそ。んじゃ今日は左手でグラス持てばいいじゃん」
「どこまで分かってねぇんだこの子はほんとさァァァァ!!!!!」
「うるさいよもう銀ちゃん黙れ!」
私の一括に銀ちゃんがピタリと口を閉じた。
そして何かもぞもぞとあぐらをとき、こちらへ寄ってくる。
なんだ、なんだ、喧嘩売ろうっての?こうなれば殴り合いでもなんでもしてやる!負けるだろうけど気持ちは負けないもん!
「……黙ってられっか畜生」
「へ、うわ!痛っぁぁ何すんの銀ちゃん!」
「もう限界だわ、ほんと、俺こうなると自分でも止めらんねぇぞ、全部のせいだからな」
こちらに近づいてくるなり急に抱きついてきた。そのまま体重をかけられ見事バランスを崩し後ろへ押し倒されてしまった。
ぐぁぁ、いきなり体制を変えられたものだから頭がぐわんぐわんする。
これは何、既に喧嘩が始まってるの!?くっそ、絶対負けるもんか!!!!!!
「卑怯だよ、銀ちゃん!どいて!喧嘩なら正々堂々と拳でかかってこい!」
「は俺の下でおとなしくしてればいいの」
「っ、やだ、耳元で喋らないでよ!」
銀ちゃんの息が耳にかかり背筋と肩が飛び跳ねた。
気持ち悪いな!けどここでひるんじゃ駄目だ。これも作戦の一つなのかもしれない。
「やだやだ、どいて!気持ち悪いことしないで!」
「こら、静かにしろってほんと」
「何して、や……銀ちゃ、んっ!」
ちょっと待てぇぇぇえええええ!!!!やだやだやだ!
ありえない、ありえないよ、銀ちゃんの片手が私の胸触ってるような、あれ、いや、完璧触ってるよね。
しかも首筋舐めて、なに、なんなのさ、まるで襲われるみたいじゃない。
「銀ちゃん?やめてよ!キモイ!」
「俺を放ったらかしにしてさ、誰が見ても分かるだろってぐらい嫉妬しても気づかねぇし」
「は?なに、銀ちゃん、それ、告白?」
「既に何度も告白してるわ。なのによ俺が好きっつってんのにいつもいつも、私も皆大好きーとか言うだろおめぇ」
「そんなのちゃんと真剣に言ってくれなきゃ分かんないから!」
「バカか!いつだって真剣だ!」
なんだろう、話しが180度変わってしまった。
あれ、どこから、どこからこの話しになってたの?
「ごめん、銀ちゃん。頭が錯乱して何がなんだか」
「そうだな、とりあえず私も銀ちゃん大好き!って言やいいんだよ」
「うん、ならそれでいいや。私本当に銀ちゃんのこと好きだし、嘘じゃないよ。だからもういい加減どいて!」
「おい待てこら、なんだその言い方!悪いのはこの口かコノヤロー!」
「ぎゃあああ!な、んぅっ!」
へぁ?!あれ、あれ、あれれれれれ!?
やられた、今、銀ちゃんが私の唇に自分の唇押しつけて、って!
「やめて!」
「大人しくしろって」
その時だった。
「銀ちゃーん、腹へったアル。まだ帰ってきてないネ、ごは……」
「「あっ」」
障子が開きそこには眠そうな目をこする神楽ちゃん。私の上に覆い被さる銀ちゃんを見て数秒の無言。
どんどん神楽ちゃんの目が見開き、容赦なくこちらへ近づいてきた。
「銀ちゃん、テメェ朝からなに発情してんだコノヤローーーー!を離すネェェェ!!!」
「まっ、待て神楽!落ちつブヘアっ!!」
銀ちゃんが見事に吹っ飛び壁に全身をぶつけ畳に転がり落ちた。
さすが、神楽ちゃんというべきなのか!
「!大丈夫アルか?!」
「うん、平気平気……」
「昨日帰ってこなかったから私心配したヨ、どこ行ってたネ?」
そうか、神楽ちゃんにも迷惑かけちゃったんだ。
自分よりずっと幼い子に心配かけさせるなんて、大人失格だな。
「ごめんね、友達と飲んでたら連絡するの忘れちゃって」
「そうアルか。これからは連絡よこすようにするネ」
「うん、そうする!銀ちゃんとも約束したし」
「その銀ちゃんが心配しすぎてすっげぇうるさかったヨ。もうあんな銀ちゃんうざくて勘弁アル」
「ご、ごめんね!気をつけます」
神楽ちゃんに謝罪していると、玄関の戸が開きパタパタと騒がしい音が駆けつけてきた。
「銀さん!さんは戻りましたか!?」
「あ、新八くん!」
「って、あれ、銀さん死にかけてるけど、それよりさん!よかった、無事だったんですね!」
「無事も無事、元気だよ!」
「銀さんがすごい剣幕で連絡してきて、さんが帰ってこないって聞いたものですから心配しましたよ」
「ごめんね、新八くん。これからは気を付けるよう心がけます」
銀ちゃん、本当にすごい心配してくれてたんだ。
玄関前をうろうろしたり、ソファーでひたすら貧乏揺すりをしたりと焦る銀ちゃんの姿が思い浮かんでくる。
鼻血を出しながらうんうん唸る銀ちゃんの側に行き、頭を膝上へ抱え上げた。ごめんね、ごめんね、銀ちゃん。
けど、ありがとう、こんな事言ったらまた怒るかもしれないけど、なんか嬉しいや。
「ねえ、銀ちゃん」
「んー?」
「大好き」
「ほんとか!」
「うん!お父さんみたいで大好き!」
「ほんっとこの子なんも分かってないんですけどォォォォ!!!!」
「私も銀ちゃん好きアル!パピーの代わりにはならねぇけどナ」
「僕も銀さんのこと大好きですよ!姉上ほどじゃありませんけどね」
「なんだおめぇら!銀さんを傷つけて遊ぶのやめなさい!ほんとやめて!それでなくとも今傷ついてんだから!」
ああもう畜生!と私の腰に抱きついてきた銀ちゃんの頭をなでてあげれば、あんまり心配かけさせんな、と私の目を見て真剣な表情。
笑顔で頷けば、銀ちゃんもやっと笑顔になってくれた。
朝からうるさい万事屋。
後でこってりお登勢さんに怒られたのは別の話。
*END*