願いバサミ
本を読んだ。
何であろうと断ち切るハサミがこの世に一丁ありました。
物だけでなく、切り離したい感情、縁、記憶など、あらゆるものを切れるハサミ。
ただし、使用できる回数はたった一度っきり。
あなたは一番に‘何’を切る事を望むか、そういった摩訶不思議なお話しだった。
本の中の主人公は自分の弱さを切り落とし夢に向かって走り続けるという何とも面白くない展開だったが。
そのハサミを物語の中では‘願いバサミ’と呼んでいた。
もし自分の目の前に、願いバサミがあったのなら何を切るだろう。嫌いな人との縁?辛い過去の思い出とか?
自分にマイナスとなるものは全て断ち切りたいものだ。
こんなハサミ、あるわけないけど。
本を閉じ、ベッドの上で背伸びをしながら横たわっていると戸を叩く音がした。
戸の向こうで私の名前を呼ぶ低い声。ノックをした一秒後に戸は開いた。
部屋に足を踏み入れながら入りますよ、なんて言うものだからノックの意味ないよね!といつも通り叫んでやった。
私が横たわるベッドの脇に座り、こちらを笑顔で見下ろしてくるのは、六道骸だ。
目が合うと、突然寂しそうな表情に切り替わった。何、その表情は何を言おうとしているのさ。
「最近と会話が少ないような気がするのですが、僕何かしましたか?」
「は?」
会話、会話、どうだろう、今日も朝食を食べている時に話をしたような気がするけど。
「いえ、僕の行動が気に障ってしまい避けられてるのかと思いまして、ね」
「骸さんの行動?なにそれ」
「口に出して言えと言うのですか!?それはもちろんの洗濯に出してある生の下着を……いえいえ、お風呂の……いえいえ、寝顔を盗……いえ、クフ、クフフフ!」
「お願いだから素でそういう事言うの勘弁して!」
骸さんの顔にやらしさが増しすぎて見れたもんじゃない。
今この人は何を考えてクフクフ笑っているのか!この際どこかに埋めてやろうか。どうしてそうおかしな事を連想ばかりするのだろう、骸さんは。
まあ、もし最近会話の数が減っていたのなら本のせいだろう。読書が久々だったのでつい熱中して一気に読んでしまったから。
「最近ね、本を読んでたの」
「本、ですか?」
「そう。それで会話の数も減っていたのかもしれないね、ごめんなさい」
「なるほど。では、その本はどこですか」
「これだよ、単純だけど設定がなかなか面白いんだよね!」
「そうですか。分かりました、この本は僕が処分しておきましょう」
「へ?」
「が僕より本に興味を示すだなんて許せますか?いいや、許せるはずありません!処分決定です!」
「近い!近い近いキモイーーー!!」
そんな恐い笑顔で顔を近づけるな!その発言はあれか?本にヤキモチ?そんな、子供じゃないんだから!
とりあえず怒りで震える骸さんの手に掴まれている本を急いで取り上げた。
「おや、本を庇うとは気に入りませんね」
「庇うとかそんなんじゃないから!本は大切に扱う主義なの!」
「ぼっ、僕は大切じゃないんですか!?いけません!いけませんよ!」
「だからどうしてそっちの意味に繋がるの!?っていうか、重い!」
意味も分からず私の上の乗っかってきた骸さんの身体を全力で押し返した。というかベッドから落としてやった。
話しを切り替えよう、このままじゃ骸さんがうるさいままだ。
……あ、そうだ。
「ねえ、骸さん」
「ベッドから突き落とすなんてひどいですね。何がしたいんですか、Sプレイですか、そう見せかけてMプレイですか」
「地獄に突き落としてやりたいけど我慢してあげる。あのね、もし何でも切れるハサミがあったら何を切りたい?」
「ハサミ、ですか?」
「うん。願いバサミって言ってね。物だけじゃなく、感情や過去、そういうものまで切れちゃうハサミらしいの」
「おや、興味深いですね」
「でしょでしょ!けどね、一度しか使えないんだって。そんなハサミが目の前にあったら骸さんなら何を切るかなあ、と思って」
「しかし本当にそのような物がこの世に存在するのですか?」
「存在するらしいよ!」
本の中だけど。
骸さんはベッドの脇に座り直し、足を組んで考え出した。どんな答えが出て来るのか。
やはり骸さんの場合だと、過去を切り離したい、かな。幼い頃の思い出が人体実験だなんて考えただけでこっちまで辛くなる。
マフィアの繋がりさえ無ければ、骸さんも普通の人生だったに違いない。
「僕が答える前に、聞いてもいいですか?」
「ん、なに?」
「その願いバサミでなら何を切るのかと思いまして」
「私?」
「ええ」
私が切りたいもの。
何だろう、そりゃあ過去の失態を思い返せば恥ずかしいほどに思いつくが、別に今更その記憶を切ってもどうにもならないような気もする。そういう過去があってこそ今の自分があるような気さえする時もあるし。けど、もしあの時あれをこうしていれば違う自分がいたかもしれない、とは言っても別の道に行った自分が満足してるのかさえ分からないものだ。
縁を切りたい人がいたとしても、切った所で何が変わるのか。
他に切りたいものなんてあるかな?切ると言えば用紙とか髪の毛とか一般的なものしか思いつかないし。
これと言って切りたいものなんて無いかも。
「骸さん、ごめん、思いつかないや」
「切りたいものがないと言う事ですか?」
「わがままを言い出したらたくさんあるけど、これと言って無いなあ」
「そうですか。やはり僕達は気が合いますね、僕も切りたいものなど全く思いつきません」
「へ、骸さんも?過去とか断ち切りたくないの?」
「僕の辛い過去を切った所で、もし過去の自分が違う自分になっていたのなら。会えなかったかもしれないじゃないですか、と」
「恥ずかしいことをさらっと言った!」
「いえ、僕は本音を言ったまでです。と会えない人生なんて生きる屍も同然ですからね」
羞恥心というものが無いのだろうか。けど骸さんの言い分は心から納得できる。
もし過去が変わってしまい骸さんと会えていないのなら、きっとどこか寂しい思いをしているんだろうな。
骸さんに顔を向けてみれば、今の生き方も底なしではありますが結構楽しんでますから、と笑顔で言われ軽く唇を重ねられた。
「そうでした、。一つだけ切りたいものがありましたよ。まあハサミでは切れないものですけど」
「へ、何?」
「まずはスポンジが土台、そこへとても甘いチョコレートクリームが一面に塗られ、その上にイチゴが乗った食べ物です」
「……ケーキ?」
「さすがですね、先ほど買ってきたんですよ。お茶でも飲みながら食べませんか」
「食べるーーー!!」
いつまでたっても切れない感情や過去。
今を精一杯生きる事が自分の道だと、僕にとっては馬鹿らしい言い分ですがそう信じたい時もある。
命が尽きるまでに一度はこの暗い生き様にも光が差すことを祈って。
まあ、光が差すのなら死後の世界でも大歓迎ですが。
何であれ、どんな時も必ず僕の側にいて下さい、。
*END*
+アトガキ+
今日、美容院へ行って美容師さんの持つ銀色のハサミを見て思いついたお話しです。
ほんっと意味のわからん内容でごめんなさいごめんなさい!ひっ!
骸さんはサンバ踊るぐらい人生楽しんでますから断ち切る所ないですよね。