純血人生 番外編2





信じられないほどに気が重い。
理由はただ一つ、本日の仕事である兵士との共同作業で兵舎庭の草むしり、これである。
一日がかりで草むしりをする為、体にかかる負担はとんでもない。
早朝から兵士数名と、兵士のサポート役である女性陣数名が兵舎中央に集合していた。
兵士達は当番制である為、三ヵ月に一度当番に当たるようローテーションをしているわけなのだが、一人だけ特別な奴がいる。
その人物とは、兵士長でもあるリヴァイ、彼だ。いわゆる清掃関係になると指示を出すのはエルヴィンではなくリヴァイだという暗黙の了解が兵士やサポートをする私達の合間では常識であり、草むしりとなると毎回格好から気合いを入れて現れるのだ。
ほら、今日も意味の分からない日よけの帽子をかぶり、首には手ぬぐいを巻きつけ、靴は水気をはじくような膝下までのブーツを履いている。一体どこから仕入れてきたというのか。それでいて表情はいつも通りである為、笑いをこらえる者から、顔を引きつらせる者、見慣れて麻痺している者、部下もそれぞれであった。
よくあの格好を部下の前でさらせるものだと私は毎回思うわけだが。

いざ草むしりを開始する時間となり、集合の合図がかけられた。
リヴァイは皆の前に立ち、草むしりの極意を語り出しては「雑草は巨人と同じだ、抜いても抜いても生えてきやがる」などと一人熱くなるわけだ。

「雑草の弱点は根だ、根から削いでやれ。お前ら得意だろ」

「了解です兵長!」

「……」

真面目な者はリヴァイの語りかけに一つ一つ相槌を打つが、大半の者は巨人と雑草を一緒にされても、と目をうつろにしていた。
もちろん私も後者である。それに巨人を削いだことも無いので意味が良く分からない。毎回同じような事を飽きもせず繰り返し話す姿には感心するけれど。
しばらくしてリヴァイの熱弁が終わり、やっとのことで草むしりの作業が開始となった。ここまでで三十分は経過しているだろう。

宿舎を出て空を仰いでみる。快晴ではないものの、取ってつけたかのような綿雲がゆるりと風に運ばれ天気上々。草むしり日和とでも言うべきか。
スコップ片手に先週の草むしりで綺麗にした場所へと向かった。到着するなり、やっぱりな、そう声が漏れてしまう。
雑草は水が無くとも太陽の光さえあれば育つという強者が多い為すぐに生えてくる。
先週、ひたすら草をむしった場所にも青々と新芽が出ていた。地道に引き抜いていくしかない、さっそくひざを折りしゃがみ込む。
さて、始めるとしますか、そう自分に気合を入れ、根の浅そうな草からむしり取っていった。

数十分経過した頃、「お!草むしりしてる!おーい」と兵舎から元気の良い声が飛んできた。声のした方を振り向いてみれば、四階の窓から笑顔で手を振るハンジさんがいた。
今からそっち行ってもいいかな!?と聞かれ、腕で大きな丸を作りオッケイの合図を出してみる。
すると窓から身を乗り出し、側の木へと飛び移った。私の目は点である。

「ちょちょちょちょ、危ない危ない!」

「大丈夫!今そっちへ行くね」

木の枝を階段のように下り、最後は軽々と飛び下りた。兵士ともなれば木一本で四階から下りてこられるのか。……恐るべしだ。
巨人の研究ばかりしていたら体がなまっちゃうね、そう言いながらハンジさんは勢いよく肩を回した。いやいや、全くなまっていないだろう。

「一緒に草むしりしてもいい?」

「研究はいいの?」

「息抜き息抜き!それに近頃全く草むしりしてないんだよね。そろそろリヴァイに怒られそうでさ」

「そっか、じゃあ宜しくお願いします」

「よし、やるよ!」

張り切って腰を落とし両手で草をむしっていく姿ときたら、まるで大きな子供だ。調査兵団に似ても似つかぬ雰囲気に声を上げて笑うと、ハンジさんも一緒に笑い出す。兵団の中でも特に部下に愛されている理由が分かる。常に絶やさない笑顔は張りつめた空気の中で異質に感じる以上にとても印象的だ。
とはいえ以前リヴァイが、あいつは無理に明るく振る舞っている部分もある、とつぶやいていたのを覚えている。巨人に興味を持ち合わせて調査兵団へ入団したようにも見えるが、憎しみを背負い入団したのではないかともウワサでは言われているのだ。
ハンジさんだけでなく調査兵団にいる兵は皆、表には出さないだけで心に深い何かを抱えているのだろうな。
勝手な思考をめぐらせていれば、三センチほどの細い若葉にテントウムシが止まっているのを見つけた。人の手に気付いたのか、もそもそと動き出す。
テントウムシがいる、そう声に出せばハンジさんがあわてて私の隣へと飛んできた。巨人だけではなく生物全般に興味があるのではないだろうか。

「うわ、久々に見たなあ。小さいね、いつ見ても可愛い」

「ハンジさん、テントウムシ好き?」

「うん!でもさこんなに可愛い姿をしているのに、実はずる賢いんだよね」

少し声を低くするなり、怪しげな笑みをこちらへ向けてくるものだから嫌な気しかしない。
何、何を言い出す気だ。

「物理刺激を与えると死んだふりをするの知ってる?」

「え」

「更に黄色い体液を分泌して敵を撃退する虫なんだ。小さいのにすごいよね」

「……へえ、そうなん、だ」

更に話しは続き、テントウムシが可愛くて可愛くて食べてしまいたくなった時があるらしく、捕食した何匹かを生きたまま食べたが苦い味がするだけで何の感動もなかったとのこと。口の中で暴れるしね、とも付け足してきた。テントウムシはこうして可愛い姿を見ているのが一番だって分かったよ、などとうまく話をまとめてきたが、背筋が寒くなる経験談を聞かされ草を掴む手が震えたのは言うまでもない。
他にも食べた虫と言えば、そう言葉を紡いだ所で、どこかから伸びてきた誰かの手がハンジさんの頭を鷲掴んだ。

「おい、気持ち悪い話してんじゃねぇ」

「あはは、リヴァイったらビックリするじゃないか、痛い痛い」

「こいつに変なことふき込むなっていつも言ってんだろうが」

「だってさ、こういう部類の話をするたびに震えてくれるのが嬉しくて!」

ね!と笑顔を向けられ頬の筋肉がこれでもかと引きつる有様である。
頭をリヴァイから開放されると、またお話ししようね(リヴァイがいない時に!)と私の耳元でささやき、先ほど下りた木をよじ上り四階へと戻って行った。
再びテントウムシを見れば、ジッと動かず葉にしがみついている。まさか、死んだふり?
テントウムシテントウムシテントウムシ……口の中へ入れると暴れ……うぅっ。

その日から当分の間、食欲が失せたのは言うまでもない。






*END*






無邪気に見せかけてSなハンジさん、いかがでしたでしょうか。
虫が苦手な方にはゾゾゾな話で申し訳ありません!
テントウムシって漢字で書くと『天道虫』なんですね、なんだか神々しい……笑

ありがとうございました!