純血人生 番外編3






近頃は雨に恵まれる天候が続き、何とも言えぬ湿気の多い日々である。
それゆえに乾かぬ大量の洗濯物、湿った何十枚ものシーツ、兵士達が靴の裏に持ちかえる泥によって汚れる床、何もかもが雨による被害であふれていた。
私のように兵士をサポートする側の者達は皆が皆、明日こそ晴れろ!と天へ祈るばかり。
そして今朝、窓から差し込む眩しい光で目を覚まし飛び起きたのは言うまでもない。
嬉しさのあまり窓にしがみつき空を見上げれば雲一つ無い青空が遠い壁の向こうまで広がっている、最高の洗濯日和じゃないか。
「……もう起きんのか」と声をかけてきたのは片手で光をさえぎり眠そうな目でこちらを見てくるリヴァイだ。
昨日は深夜に帰ってくるなり風呂へ入っては倒れるようにベッドへともぐり込んでいた。相当疲れているのだろう、兵団の仕事はいつ飛びこんでくるか予測もつかないので休める時にしっかり休んでおかないと。
ゆっくり寝ているよう声をかけ一人静かに身支度を開始した。

寝ているリヴァイに、行ってきます、とメモを残し部屋を出ては思いっきり袖を捲し上げる。
(よし、今日は張り切るぞ)
とりあえず洗濯物から攻めるとしよう。生乾きの衣類や手ぬぐいが山積みとなっており、このまま放っておけば悪臭を放ち出すこと間違いなしだ。
しかしこの量……兵舎から庭へ何往復することになるのやら。考えていても仕方がない、行動しなければ。
少しでも往復する回数を減らせるよう、洗濯物を塔のように積み重ね庭へと運んでいれば、朝からトレーニングをしていた兵士の一人がこちらへ駆け寄ってきた。

「なにしてるんですか!危なっかしい……手伝いますよ」

「おお!すみません、助かります」

「あれ、これ洗濯物ですか?とてつもない量ですね」

「雨が続いてましたから」

これだけではなく、まだ運びきれていない洗濯物やシーツを何度も往復しては兵舎から庭へと運び出してくれた。
仕舞いには通りすがりである四人の兵士達までもが、干す作業をも協力してくれた為あっという間に庭一面が洗濯物で覆い尽くされることとなる。
兵士達は干した洗濯物の前で「結構いい筋トレになったわ」そうぼやいていたり、「青空の下に白いシーツ、癒される!」などとスッキリした表情の者、反応からして新鮮な体験だったらしい。何であれ私は「ありがとうございました」だ。
おかげで一時間もかからずして作業は完了した。何度もお礼を述べ、集まった兵士達はその場を解散する。
……さて、次だ。

桶に水を汲んできては両手にタワシを持ち汚れている床を見下ろす。
泥が乾き砂利と引き伸びた土が床のあちこちにこびり付いている。特に一階はひどいものだ、外から帰ってくるなり一番に踏む床は至る所の隙間まで砂利が入り込んでいた。
リヴァイもここを通るのだ、後で嫌味を言われぬよう綺麗にしなくてはならない。
床へ薄く水を撒き片っ端からタワシで磨き始める。何が何でも綺麗にしてやるぞ。
約一時間ほどだろうか、傷がつかない程度に力を込め必死に床と格闘していたら、次第に同じ体勢が辛くなり始める。
早く足を伸ばしたい衝動にかられていたその時、不意に尻を触られ素っ頓狂な声をあげてしまった。

「今の声いい!いい!もう一回聞かせて!」

「はあ!?いや、ちょ、ハンジさん!どこ触ってるの!」

「こんな尻突き出す格好してるんだもん、触って欲しいのかと思って」

「違う!床掃除をしててこの格好になってるだけ!」

「なんだ床掃除してたのかー」

見れば分かるだろ、と言いそうになったがハンジさんの姿を見て言葉を飲み込む。
私と同じように袖を捲し上げ、手に握り持っているのはタワシだ。言葉と行動が異なっているじゃないか。
今日は任務という任務が無いらしく手伝ってくれるとのこと。さっそく少し離れた場所に体をかがめ床を磨きだした。
ありがたい話だ、こうして兵士の方が掃除を手伝ってくれるなんて。触られた尻に手の感触がじんわりと残っているが、それさえも可笑しく思えた。

しばらくすると先ほどまで快晴であった空に黒い雲が現われ始める。
窓を開けて空を見上げれば、雨の降る前兆のように生ぬるい風が頬を撫でてきた。これは早く洗濯物を入れないと、まずい。
ハンジさんに洗濯物を入れてくると伝え、庭へと走る。
庭へ到着し慌てて一枚のシャツへ触れてみれば完璧に乾いてはいないが、水気はだいぶ飛んでいた。あとは兵舎の中でもう一度干すとしよう。
急いで竿から洗濯物を取り外していると、ポツポツと雨が降り始める。
(――ああ!降ってきた、最悪だ!)
更には風も強く吹き始め作業の邪魔をしてきた。束の間の晴れだったのか、こうなると分かっていれば干さなかったのに。
「降ってきましたね!こっちは僕にまかせてください!」がっかりしていると干す際に手伝ってくれた兵士が駆けつけてきてくれた。それだけではない、風雨が強まる中で気付けば他の兵士達も駆けつけてくるなり作業を手伝ってくれていた。
皆の協力もあり後少しで全て取り込み終えるという時に、目の覚めるような激しい突風が庭へと吹き込んだ。一枚のシーツが空高く吹き上げられ更には飛ばされていく。
皆で、しまった!と声を上げた途端、兵舎の窓から誰かが勢いよく飛び下り、木の幹へと立体機動装置のアンカーを喰い込ませては上空へと飛び上がった。見事、風に流されるシーツを抱きしめるように捕らえる。一瞬のことであった。
シーツを片手で抱え庭へと下りてくるのはリヴァイだ。
ほら、と手渡されるシーツは雨水で大部分が濡れていたが洗い直せばいい話である、それよりも感動した。潔癖の天敵とも言える雨の中を自ら突っ込みシーツを拾ってきてくれたのだ。兵士達も皆が「兵長さすがです!」そう声を上げる。

「……うるせぇな」

「ありがとう、助かったよ」

「今から任務でな、ちょうど装置を装着したところだったんだ」

「そのタイミングに感謝する!」

雨に濡れながらも周囲はリヴァイを囲むように湧き上がった。部下を笑顔にさせるなんて良い上官じゃないか。
(やるねえ、リヴァイ!)
何とも言えぬ微笑ましい雰囲気に癒されていると、ハンジさんが一足の靴下を頭の上で振りながらこちらへ駆け寄って来る。

「これ、こっちに飛んできたよ」

「ありがとうハンジさん!さっきすごい突風が吹いて」

「うん、すごがったね。窓が割れるかと思った」

笑顔を向けてきては私へ靴下を渡すなりリヴァイを囲む兵士達の間へ割り入って行く。

「リヴァイさ、私達が床の掃除をしている時に上の廊下からこっちを見てたでしょ。なんか気持ち悪い視線を感じてね。直後に雨が降って来た時は窓から庭を凝視してたよね。雨に濡れる誰かを見て興奮してたの?あとさ、壁内で許可無く立体機動装置の使用は違反行為だよ」

……恐ろしいほどに場が静まり返り、ただ不気味な風が吹き抜けて行く。
数秒後、リヴァイはハンジさんの尻を一発蹴っては兵舎へと戻って行った。
すれ違いざまにものすごく不機嫌な表情をしているのが見え、渡されたシーツと靴下を握る手が震えたのは言うまでもない。
(ハンジさん、一言多い!)






*END*





ちょっとした日常を書いてみました。
……兵長、ずっと見てたんです。
ハンジも黒い笑顔でずっと見てたんです。笑