純血人生 番外編4






深夜、今しがた仕事を全て終え部屋へ戻るべく廊下を歩いていた。
食堂前を通りかかればガラス越しにランプの灯がぼんやりと映っており、ふと中をのぞいてみる。
このような遅い時間に食堂を利用する者など滅多にいないのでおそらく消し忘れだろう、と勝手に答えを出していれば、ランプの輝くテーブル前に腰掛ける人影が見え心臓が爆発的に高鳴りだした。
(生きている人間だよね?亡霊じゃないよね!?)
このまま素通りする選択肢もあるけれど、もしかしたら空腹のあまり食堂へ来た兵士かもしれない。もしそうなら何か作ってあげないと。
おそるおそる近付いてみれば、その人物は息をしているのかも分からぬほど静かに顔をうつむかせ自分の両手のひらをジッとみつめていた。一応声をかけてみるものの返事は無く、軽く肩を揺すってみる。

「へ!?うわあ!びっくりした……」

「そこまで驚かなくても!ん、あれ、ハンジさん?」

髪を下ろし、メガネをかけず、おまけに寝巻姿だったもので全く気付かなかった。
「うん、私ハンジ!」などと冗談交じりに返事をしてくるものでいつもと変わらぬ様子に見えるが、何か違和感を感じる。
向かいの椅子に腰掛け顔をのぞき見てみれば、少々目がうつろであり眉が垂れ下がっていた。

「寝巻姿で食堂に来るなんて、どうしたの?」

「あはは……ちょっとね、変な夢見ちゃってさ」

へらっとこちらへ笑顔を向けてきたかと思えば、再び顔をうつむかせ固まるかのように両手のひらを見つめ出した。
もしかして手が痛むのだろうか、奇跡的に手首で寝違いを起こしてしまった、とか?奇想天外なハンジさんなら十分ありえるだろう。
すると、「感触ってなかなか消えないよね」そう自らつぶやいてきた。声はかすれており、まるで覇気が無い。
ただ感触と言われてもハテナが浮かぶばかりで何の感触か問うてみれば、「血」と一言で返される。

「もう何年か前になるんだけど壁外調査の最中、仲間の血を全身に浴びたことがあってね」

「そんなことが……」

「巨人ったら突然現れて、私の目の前で仲間をさ……うん、その時浴びた血が絶妙に生ぬるくて、少し乾いたらべたついて」

血がべたつく液体だということは子供の頃の記憶で知っているが、生ぬるいとは初耳だ。それだけ大量に仲間の血を浴びたということだろう。全身に血を浴びるなんて、一般人の私では想像もつかない。

「手のひらって感触を必要以上に得る部位でもあるから簡単には消えないんだ。感覚が無くなるまで氷水に腕ごと突っ込んでも、鈍器で殴っても、何をしても無意味」

浅く笑い溜め息を吐く姿は何とも痛々しい。何より、ここまで弱音を吐くハンジさんを見たことが無いもので、内心焦っていた。
忘れられない記憶が悪夢となり苦しませ、更には手に感触を思い出させるのだろう。
ここまで思い悩んでいるハンジさんを目の前に、何もしれやれない事実が辛い。兵士ではないゆえに深い話をすることもできず、ただ聞くことしかできないのだ。
――手に残る感触、か。
自分の手のひらを見つめ、先ほどまで洗い物をしていたせいか、ふやけた指先が目についた。あ、と思う。
ポケットをさぐり、小さくも平らな小瓶を取り出した。
小瓶のフタを開け、中に入っているクリームを人差し指でたっぷりとすくい取り、半ば強引にハンジさんの手へ塗り込む。

「なに、なになに、なんだかいい香りがする」

「つい先日買ってきたの。手を守るクリームなんだって」

「へえ、これはいいね!」

「よし、おまけにマッサージもしてあげよう」

こんな事をしたところで血の感触は消えないだろうけれど、気休め程度でもいい。ハンジさんの心よ、少しでも楽になれ。
次第に手のツボはここにあるらしいよ!なんて話が飛躍し、お互いの手を揉み合う始末である。
そこへ、「手のツボはここが一番効くんだ」と誰かの手が横から伸びてくるなり、ハンジさんの親指付け根を爪を立てるかのごとく押しこんだ。

「ぎゃあああ!痛い痛い!」

「おい、お前ら……こんな夜中に食堂で何してる」

突然伸びてきた腕の主を見上げれば、これまた寝巻姿のリヴァイが不機嫌な表情を浮かべこちらを見下ろしてくる。
ハンジさんはあまりの激痛にテーブルへひれ伏してしまった。

「二人して手ぇ揉み合いやがって、気持ち悪い」

「気持ち悪いは無いでしょ!」

「はあ?大体、お前が帰ってこねぇから捜しに来たんだろうが」

部屋へ戻るぞ、と腕を掴まれ椅子から立ち上がらせられる。
ひれ伏すハンジさんが、「おやすみー」そう力無く手を振ってくるので、素早く先ほどの小瓶を手渡した。

「え……」

「あげる」

「いやいや、もらえないよ」

「あの感触を思い出したら、使って。少しは気もまぎれるだろうし」

「……でも」

「なんだ、いらねぇなら俺がもらってやるぞ」などとリヴァイが横から入ってこれば、ハンジさんは即座に小瓶を握りしめ手を引いた。
何故か睨み合う二人に恐怖を感じたわけだが、ハンジさんの表情がここへ来た時よりも幾分明るくなっていたのでとりあえず一安心である。
それにしたっていつも元気を絶やさない人が落ち込む姿というものは、どうも心臓に悪い。

皆、何がしら抱えて生きているのだなあ。






*END*






リヴァイの空気読めない度数が高まる番外編4!でした!
ハンジさんの性別が未だに不明ですが、どちらであろうと最高です。笑
ありがとうございましたー!