※番外編5は連載12話をご覧いただいた後の方が分かりやすいです。



純血人生 番外編5






「早く、どっか行けよ、オレの前から消えろ」エレンに面と向かって言われた言葉である。

もうすぐ日付が変わりそうな時刻に、一人で食堂を訪れエレンのことを頭に思い浮かばせながら遅い夕食をとっていた。
エレンに浴びせられた言葉が脳裏に焼きつき呪いのように頭の中で繰り返されては滅入るばかり。
旧調査兵団本部である古城と現在の兵舎を行き来するリヴァイ達は先日の夕刻、四日ぶりに兵舎へと帰還。どうもエレンの様子が気にかかり、彼が夕食をとっている姿を遠くから眺めていた。当の本人は終始無表情を貫き通し、顔をうつむかせたままパンを口に放り込むばかり。
どうしてもっと明るい表情ができないの、笑顔を見せてくれ!そう祈る気持ちを送れば、偶然にもふと目が合ってしまった。出来る限り視界に入らないよう気をつけていたつもりだが、私の行動は浅はかだったらしい。
――ああ、もう!
心配だ、あの日を境に笑顔を一度も見ていない。まだ子供なのに、日々を無表情で過ごしているなんて。
一体何を思ってあのような言葉をかけてきたのだろう。オレの前から消えろ、だなんて。あの時、柄にもなく少々傷ついたのは確かだ。だからほら、今もこうして考えてしまう。
はあ、この状況がいつまで続くのだろうか。
溜め息を吐きながらうな垂れていると、「なになに、全然食べてない!食欲無いの?」と突然後ろから声がかかり反射的に振り返れば、笑顔全開なハンジさんがそこにいた。

「びっくりした……!もう!」

「ええ!?私は普通に話しかけただけなのに!」

「あはは、ごめん。私がぼーっとしてたせいだね」

「ぼーっとしてたの?大丈夫?」

するとハンジさんはテーブルの上に小包を置いてきた。何だろう、この小包。
首をかしげると、「開けて!開けてみて!」と嬉しそうに言ってきたので、小包を縛っているヒモを解きフタを開けた。
中からは甘い香りがただよってくるもので、菓子類だと一発で理解する。
どうやらクッキーを焼いたらしい。バターは手に入らなかったので薬品でごまかしたとか何とか。
(え、薬品!?それにこの型って……)

「ねえ、ハンジさん。このクッキーの型って、まさか」

「うん!それは巨人の眼球を想像したものだよ」

その下にあるのが巨人のうなじを削いだ後の図を再現したもので、こっちは巨人の下半身、あとこれ!最高傑作だよ、巨人の唇!
などと熱く頬を染めながら語ってくる姿に血の気が引いた。駄目だ、食べたくない。
いつもは人間が捕食される側だけど、逆に巨人を捕食する気分を味わえちゃうでしょ!?とも言葉を付け足してきたので、意味が理解できず乾いた笑いで精一杯返しておいた。
第一巨人など食べたところで何になるというのだ。

「これ、あげる!」

「え」

「だから元気出して」

「あの、こんなにたくさん食べれないなぁ、一つで十分かも」

「遠慮なんてしなくていい、私はいつだって味方だからね」

それじゃあ研究の続きをしてくる!と勢いよく食堂を去って行った。
開かれた小包の中で横たわる巨人クッキー。これをどうしろというのだ。しかもバター代わりに薬品が……。
そっとフタを閉じ、再びヒモで縛っておいた。捨てるわけにもいかないので封印しよう。(それかリヴァイが帰って来たら食べてもらおう)
はあ、ハンジさんの元気を少しでもエレンに分けてあげれたらいいのになあ。的外れな考えをしながら食べかけのスープを口に含んでいると、入れ替わるようにエルヴィンが食堂へと入ってきた。手を振りながらこちらへ来ては、向かい合わせになるよう前の椅子へと腰掛ける。

「今日の仕事は終わったの?」

「ああ、大体な。とはいえ、一ヶ月後の壁外調査に向けて作戦を練るばかりだ」

「作戦か、難しそうだね」

「ああ、大変だぞ。……それはそうと、最近どうだ?」

「最近?いつも通りだよ」

「やけに沈んだ表情をしているのは、俺の気のせいか?」

優しい目で真正面から見つめられ、少々焦った。まずい、近頃エレンのことを考えすぎて顔に出ていたのだろうか。
あまりに私情をはさむ理由からこうなっているので、どうにか誤魔化そうと笑顔を作ってはスープをがぶ飲みする。
ただ、「何を悩んでいるんだ、言ってみろ」そう包まれるような声に心が緩んでしまい、つい一言だけ口走ってしまったのだが。

「……ある人が、冷たいの」

「冷たい?人間関係か」

「それが急に態度が豹変してね、もう胸を鷲掴みされたような気分だよ。心が痛い」

「胸を鷲掴みだと!?どこのどいつだその輩は!」

「へ……いやいや、まあ、そのへんの人だよ。あはははは、はは」

どうしよう、エルヴィンの顔が怖い!!
しばらくするといつのもの優しい表情へと戻り、とりあえず一安心である。
驚かせて悪かった、と懐を探り布に包まれた何かを取り出してはこちらへ手渡してきた。布を開いてみれば高級な焼き菓子が二つ包まれており自然と目が輝いてしまう。
これは何とも贅沢な菓子である。私など一般人には気軽に手を出せる代物ではない。どうしてこのような高級菓子をエルヴィンが持っているのだ。

「息抜きに買って来たんだ、たまには贅沢しないとな」

「うわあ、さすが」

「遠慮なく食べなさい」

「いいの!?ありがとう!……あ、でも一つでいいよ、もう一つをエレンにあげてくれないかな」

「エレンに?それは無理な話だ。兵士を贔屓するなど俺にはできん」

「そっか。なら、私からあげてもいい?」

「ああ、是非そうしてくれ」

エレン、きっと喜ぶだろうな。
焼き菓子なのですぐには傷まないだろうし、兵舎へ帰ってきたらこっそり持って行ってあげよう。

「ところで先ほどの輩だが、もし次に何かされたら必ず報告するんだ」

「あ、うん、もう無いと思うけど」

「油断するな、何かあった後では遅いからな。前もって手を打っておくべきだ」

「ああ、はは、分かった、ありがとうエルヴィン」

苦笑いする私など知る由もなく、正面から腕を伸ばしてくるなり頭を撫でてきた。また子供扱いである。
その後エルヴィンは仕事の続きをしてくるとのことで食堂を出て行き、再び一人となった。
スープ皿の横に巨人クッキーと高級菓子が静かに居座っている。いっぺんに二つもいただいてしまうとは。
優しさのつまった二つの菓子を見て、思わず笑みがこぼれた。気にかけてくれていた二人に感謝である。






*END*






番外編5は、リヴァイが不在時のお話でした。
余談ですが、調査兵団の中で一番怖いのはエルヴィンだと思いませんか。笑

ありがとうございました