※番外編6は連載11話をご覧いただいた後の方が分かりやすいです。


純血人生 番外編6





早朝、洗濯物を干していれば誰かが遠くで私の名を呼んだ。
声のした方を振り向くと、片手を振りながらこちらへ元気に駆けて来るエレンと目が合い、思わず笑顔になる。

「おはようエレン、朝からどうしたの」

「おはようございます!あの、掃除用具ってどこに置いてますか」

兵長に地下牢の掃除ぐらい自分でしろと指示を受けたんです、そう言葉を付け足し苦笑いをこぼす。
なるほど、リヴァイなら言いそうなセリフだ。綺麗好きな上官を持つと部下も大変だな、などと考えながらエレンに洗濯物をいくつか渡し、干すのを手伝うようお願いした。

「これを干し終わったら、一緒に地下牢の掃除しよう」

「へ、いいんですか?オレ今日は時間あるし、一人でしますよ」

「いいのいいの。一人より二人の方が楽しいでしょ、会話もできるし、ね」

「はい、ありがとうございます!」

なんとも少年らしい良い返事を返され、嬉しさのあまり洗濯物を干すスピードが自然と早くなる。
エレンはシャツ一枚をどう干せばいいものか上下に回転させるなどして戸惑いをみせていたが、その姿も微笑ましく思えた。
数分後には洗濯物を干し終え、休憩することなく掃除用具一式を地下牢へと運んだ。その間に、エレンへ桶いっぱいに水を汲んで来るよう頼み、準備は万端である。
エレンが桶を抱え戻ってきたところで、さっそく掃除を開始した。
オレは何をすればいいですか、と指示を待つエレンに床を掃除するようタワシを手渡す。一通りの力仕事は自分でしてもらおう。

「桶に汲んできた水を使いながら、これで汚れてるところ磨いてね」

「了解です!」

袖を捲し上げるエレンは気合いを入れて床を磨き始めた。あくまで勘だが、掃除の成果を後ほど確認しに来るとリヴァイに言われたのではないだろうか。昔から部屋の掃除が終わった後、必ず確認されていた自分の経験談だけれど。もし拭きとれていないホコリなどを見つけられたら、どこを掃除したんだ、と吐き捨てられ全てやり直しさせられた思い出がよみがえる。
(エレン、頑張れ……!)
心の中でエールを送り、私は寝起きそのままの乱れたベッドへ手をかけた。この際だ、シーツも新しいものに張り替えてあげよう。
足元で団子になっている布団を畳もうと持ち上げれば、何かがハラリと落ちた。何が落ちたのか手に取り広げてみる。途端、目を見開いてしまった。
それは一枚のシャツであり、裾部分が黒い染みで不気味に汚れている。
間違いない……以前に私の血を拭き取り、その後一度も洗わず所有しているエレンのシャツだ。
いつか奪い上げようと考えていただけに、これはチャンスである。
エレンがこちらを見ていないかこっそりと確認し、素早く服の中へ隠した。服の上につけているエプロンでシャツの膨らみを消し、何事も無かったように作業を続ける。すると、床をタワシで磨く規則正しい音が一瞬止まった。
恐る恐るエレンを見れば、こちらを無表情で見てくる目と合う。何故か耐え切れず不自然にも目をそらしてしまい、「掃除していると汗が噴き出てくるよね!」と意味の分からぬ言葉を口走ってしまう始末だ。ある意味今は違う汗が噴き出てきそうだが。
そんな私に、「暑いならエプロンを脱げばどうですか」そうドキリとするような一言を返され、気持ち悪いほどの必死な愛想笑いでごまかした。
しばらくの間、無言が続く中でエレンが突然つぶやき出す。

「……ここの汚れしつこいな、何度磨いても綺麗にならない」

「ん、どこ?」

「ここです。何かがこびりついてて」

エレンが磨いている地下牢の隅へ近付き腰を下ろしてみるが、汚れなどどこにもなかった。綺麗に磨かれており、少しの溝でさえも黒ずみがなく清潔そのものだ。
どこのことを言っているのかと何故か立ち上がるエレンを見上げれば、信じられないことに水の入った桶を足先で勢いよく倒してきた。見事に私の下半身が水浸しになり唖然としてしまう。

「なにするの、これ、え」

「すみません!足がもつれて蹴ってしまいました!」

「足がもつれたの……?本当に?なんだか、わざとしたように見えたけど」

「違います!ああ、濡れてしまいましたね、早く拭かないと」

何か、何か拭ける物、と地下牢の中を探し回るエレンは先ほど私が丁寧に畳んだ布団を手に取り、再び駆け寄ってきた。
まずは水を含んだスカートの水気を取るように上からぽんぽんと軽く叩いてくる。

「本当にごめんなさい、オレのせいで」

「もういいよ、それに布団で拭くのはやめよう。着替えればいい話だし」

「いいから拭かせてくださいよ」

「駄目だって。布団が汚れる」

「汚れてもいいです」

「あのね、布団は濡れたら乾かすのに時間かかるの知ってる?」

「……そんなのどうでもいいだろ!」

「ちょっと、そこまで大声出さなくても」

何やらじりじりとこちらへ寄って来るエレンを目の前にして、以前抱き締められた際の少々異常な行動を思い出した。途端、恐怖心が溢れてくる。
しかし状況が最悪だ。地下牢の隅なだけに、後ろは冷たい壁である。とはいえ、逃げ出すにしてもエレンを傷つけてしまいそうだし、どうすれば。
様々なことを考える私など知る由も無いエレンは、次第にうっとりとした表情に切り替えこちらを見下ろしてきた。腰を降ろし、私の背中に腕を回しては、ゆっくりと胸元に顔を埋めてくる。抱き締める力は以前とは違い、とても優しかった。
「ああ、落ち着く……」とささやき、肌の臭いでも嗅ぐかのように胸元に鼻を押し付け深呼吸をしてきた。

「なに、甘えたくなったの?」

「今は何を言われても、いいや」

「まだ掃除の途中でしょうが」

「少しぐらい休憩させてくださいよ」

「都合いいなあ……」

「あ!あった。これだな」

何かをみつけたように声を上げるエレンに首をかしげたが、そこで気付いた。
抱き締めてくるエレンの手先が私の服の中に入り込んでいることを。そして何かを掴んでは豪快に引っ張り出す。
しまった、と思った時には既に遅い。先ほど服の中に隠したシャツを抜き取られた後だった。
その後エレンは私から逃げるように距離を取り、血の染みついたシャツを見せつけるかのごとく大事に抱き締めては笑顔を向けてくる。

「オレの所有物を盗まないでくださいよ」

「やっぱり気付いてたか……!」

「毎晩一緒に寝てるんです、このシャツがそばにあると心が落ち着いて」

「いい加減に洗った方がいいと思うけどな」

「オレ達が出会った事実を、消したくないだけです」

「……まあシャツはいいとして。ねえ、この流れからして私に水をかけたの、絶対わざとでしょ」

エレンを軽く睨めば、申し訳なさそうに眉を垂れ下げ目を細めてくる。
ずるいったら無い。そのような表情をされたら、許すしかないじゃないか。
案の定、愚かな私はあっさりと許してしまい水を吸った重いスカートの裾を捲し上げ、溜め息をつきながら立ち上がる。
さすがにエレンも罪悪感を感じたのか、スカートはオレが持ちます!とシャツを懐に収め再び駆け寄ってきた。
しかし床に転がる桶が障害物となり、エレンはそれにつまづいてしまう。
結果、目の前にいた私がエレンを全身で受け止め、後ろの壁と挟み撃ちにされてしまうのだが。つぶれるような汚い悲鳴をあげてしまい、エレンは再度謝罪をしてきた。

「痛っ、背中、今背中、思いきり打った。もう、エレン気をつけないと!」

「すみませんでした」

「……で、何してるの。離れてよ」

「もう少しだけ」

「まさか、今のもわざと?」

「……だから、すみませんって言ってるじゃないですか」

「あのね、少しは反省しなさい!」

甘えたい年頃なのだろうが、危害を加えてくるのはやめて欲しいところである。
だが、そんなエレンを可愛く思う私も甘いと言えるだろう。






*END*







柊様より、エレンが足をすべらして胸元に顔を……と、いただいたメッセージより書かせていただきました。
少々違う展開となってしまいましたが、いかがでしたでしょうか!?
イェーガーくん、普通に甘えればいいものを。すみません……!