純血人生 番外編8






――これは、リヴァイに心を開き始めた頃の話。



いつも突然だ。
「部屋の掃除をするぞ」ベッドから起き上がるなり、リヴァイが言い放った一言である。
朝から何を言い出すのかと思えば、部屋の掃除とは。
第一、お互い仕事があるだろう。朝から掃除をしている時間など無いはずだが。

「あの、掃除は夜にしようよ。今は仕事へ行く準備もしないといけないし無理があるでしょ」

「仕事どころじゃねぇ、あれを見ろ」

「なに、気に入らないホコリでも見つけたの?」

リヴァイが指差した先は天井と壁を繋ぐ部屋の角であった。
そこには角という構築を上手く利用し、朝日を反射するほどのキラリとした細い糸が無数に張り付いていた。
糸を張り巡らせた主がたらんとぶら下がり、こちらを見下ろしてくる。リヴァイに掃除魂を湧き立たせた犯人は、少々大きめのクモだった。
「……許さねぇ」などと眉間に深いシワを刻みながらクモを睨みつける姿ときたら、「うわ、この人殺気立ってる」と誰か見てもそう感じるだろう。

「何かの棒で取るしかないよね、棒なんてあったかな……あ、ホウキ!」

「ダメだ、棒なんて引っかき回すだけじゃねぇか。片っ端から取るぞ」

「いやいや、天井だよ?どうやって取るの。私達の身長じゃ届かないでしょ」

ちょうど良い台があれば話は別だが。そこまで都合の良い物があるわけもなく。
するとベッドから立ち上がったリヴァイは脱衣所の方へ入って行き、ごそごそと何かを探り始めた。
(……何を探しているのだ、何を)
脱衣所には掃除用具一式を置いているので、間違いなく何かを持ち出してくるだろうと簡単に想像がついてしまう。
案の定こちらへ戻って来る際に何かを手に持っていた……が、それは意外にも普段使用している雑巾であった。
差し出された雑巾を意味も分からずに受け取れば、「それで捕まえろ」と告げてくる。

「雑巾で捕まえろ……って、私がするの?」

「そうだ。掃除用具の中では雑巾が一番だろ」

「いやいや、自分でやりなよ!」

「お前じゃ俺を持ち上げれねぇだろうが」

「は?」

「俺がお前を肩車で持ち上げる。お前は手を伸ばしてクモを捕まえろ、いいな」

「朝から無茶なこと言うなバカ!」

雑巾を床へ投げつけ布団の中へと隠れるが、半ば強制的にベッドから引き起こされる始末だ。
強烈な目つきをこちらへ向けてくるなり脅しのごとく、「足を開いて立て」と指示を飛ばしてくるもので、不機嫌なリヴァイに逆らえる勇気の無い私は従うしかない。
しゃがみ込んだリヴァイが開いた足の間に容赦なく頭を入れてくる様ときたら、寒気がするほどの妙な感覚であった。悲鳴を上げたくなったが、根性で何とか堪え抜いた。
そして一気に私を持ち上げ視界が見事に高くなり、早くしろと言わんばかりに床へ投げつけた雑巾を下から手渡される。
(……ここまできたらやるしかないよね)
少々覚悟を決めてクモの巣を見てみると、腹と背に黒と黄色のまだら模様を身に付けたクモが糸の上をのっそりと歩いていた。
(こ、こちらのクモ様を、私に捕まえろと!?)

「リヴァイ、無理」

「うるせぇ、さっさとやれ」

「無理だって!クモが不気味すぎるよ!捕まえたら呪われそうな色してる!」

「はあ?サッと雑巾で捕らえればいいだけの話だろうが」

「それが出来ないから言ってるんだって!」

「おい、捕るまで下ろしてやんねぇからな」

「リヴァイが最低だーーー!!」

ぶるぶる震え出す私の身体に気付いたのか、「クモ相手に怖がるな」と支えられている足を軽く叩かれた。
(人の気も知らないで、リヴァイのバカ!)
このままではらちが明かない。目からにじみ出てくる涙をこらえ、恐る恐る腕を伸ばした。
巣の右端へ雑巾をつけ、一思いに右から左へと流すように雑巾で絡み取る。もちろんクモも捕らえたはずだ、が。
雑巾の間から何本もの手足をばらばらに動かし素早く外へと飛び出てきたもので、ついに悲鳴を上げてしまう。

「いやああああ!出てきた!出てきたよクモ様がああああ!」

「落ち着け」

「ひぃ!あ、下に、クモが下に落ちた!」

「よし」

すると何の躊躇もせずして私をベッドの上へ放り投げ、リヴァイは素手でクモを捕まえた。
いくらベッドがあったとはいえ、放り投げることはないだろう!と心の中で毒吐いていると、窓を開けては捕まえたクモを外へ逃がしてやる姿に顔が引きつる。
リヴァイは昔から無駄に殺生をしないのだ。
捕まえれるものは捕まえて、本来の場所へと戻してやる。先ほど私に雑巾を渡した時も「殺せ」ではなく「捕まえろ」と言った。
私には雑な扱いをしながらも、どこかで優しい心を持ち合わせているのだ。などと考えている私の手からクモの巣まみれとなった雑巾を奪っては、水場へと足を進めて行く。
放り投げて悪かった、と一言ぐらい謝罪があってもいいと思うのだが。
(……まあ、いいか)
しばらくしてこちらへ戻って来たかと思えば、何故か洗い終えた雑巾を手渡された。
首をかしげながらリヴァイを見上げれば、「早くしろ」と言葉が降ってくる。

「何を?」

「まだクモの巣が綺麗に拭き取れていない。もう一度だ」

「また肩車?」

「それ以外に何がある。ほら、座ってねぇでさっさと立て」

無理に腕を引かれ立たせられたかと思えば、またも足の間に頭を入れてきたので、渡された雑巾で顔を叩いてやった。
だって、あまりにも勝手すぎる。人を私物のように好き勝手使うなんておかしいじゃないか。

「……てめぇ」

「リヴァイが悪い!もう肩車はやだ」

「分かった。なら、お前が俺を持ち上げればいい話だ。さあ、持ち上げてくれ」

「へ、そんなの無理でしょ。さっきリヴァイも自分で言ってたじゃない」

「いいや、やりもしねぇで無理と決めつけるのは間違っていた」

頭を押さえつけられては、私の肩へとリヴァイがまたがってきた。体重をかけられ、情けなくも床へと崩れ落ちてしまう。
理解しがたい状況につぶれるような声で、「なんの嫌がらせだ!」そう叫べば、「へえ、なかなか良い眺めだな」と更に意味不明な言葉を返してきた。
私が動けないのをいいことに髪を好き放題触られ、その手で頬をつままれる。

「……クモの巣、拭き取ってくれるよな」

「しつこいなあ……い、痛い!いたたたた!分かった!分かったよ!」

つままれた頬に力を加えられ、痛さのあまり仕方なく頷いてしまった。ここまでくると、言いなりもいいところだ。
再びリヴァイに肩車をされ天井へと腕を伸ばす。次は文句を言われないよう残っているクモの巣を徹底的に拭き取っていれば、足に違和感が走った。
何かと下へ視線を向けると、リヴァイが太ももの内側を遠慮も無く触っており様々な意味でカッとなってしまう。

「ちょ、っと!リヴァイ!触らないでよ!」

「お前、ここ柔らかすぎねぇか。もう少し鍛えた方がいいだろ」

「バカ……!変態!もう下ろして!」

「あ、悪いがついでに窓の淵も拭いてくれ。気になってたんだ」

「はい!?」

結局はリヴァイに振り回され、一人では手の届かない箇所の拭き掃除をさせられる羽目となったのだが。
私はよく反発をするような態度を取るけれど、この振り回される生活が嫌いなわけではない。
もう少し優しく接して欲しいと心のどこかで願ってしまうのだ。まあ、そのようなことは口が裂けても言えないけれど。……怖いし、恥ずかしい。
最近、ふと思う時がある。リヴァイにとって私はどういう存在なのだろうか。
偶然拾って育ててる面倒くさい奴、などと思われている可能性も少なからずあるわけで。
(もしくは……便利の良い掃除用具の一つ!?)
ああ、ダメだ。考えても気分が下がるだけである。

ただ、肩から下ろされたあと、軽く頭を二度撫でてきた手は優しかった。








*END*








番外編8は、リヴァイとのちょっとした思い出話でした。
なんといいますか、もう少し丁寧に接してくれてもいいですよね……申し訳ありません。
こういう荒い扱い方をされながら愛情表現を所々に入れてくる想像をしてしまうもので……あ、やっぱり申し訳ありません。おい
ご覧いただきまして、ありがとうございました!