記憶1





――辛いだろうが、この部屋から出てはいけないよ

部屋の隅でヒザを抱え込むように座り、布団代わりの薄い布にくるまる私に声をかけてくるのは、愛想の良い金髪の男である。
男はそう告げるなり、扉にカギをかけて部屋を出て行くのだ。そしてこの部屋は自然と牢屋と化する。
先ほどは声など聞こえていないフリをしたが、扉の閉まる音と同時に出て行った扉へ駆け寄った。木製の扉にぴたりと耳をつけ、遠ざかる足音を確かめる。
規則正しく進む足音は十五歩進んだ先で階段を下りていく、加えて誰かとすれ違ったのか挨拶をする声が微かに聞こえた。
足音から予測すれば、部屋を出ると長い廊下がある。この部屋は窓から察するに一番右端のようなので左側へ進むとどこかに階段があるはずだ。
……階段を一階まで駆け下りて、そこから外へと出られる扉や窓を探せばいい。
そう、私は本日中にあることをやり遂げると決心したのだ。この不明だらけの敷地内から逃げ出す、これである。

つい先日まで、ウォール・シーナにある都の地下街で暮らしていた。
地下街では悪い意味で有名なリヴァイという凶悪な男に拾われ、何とか生き伸びてきたのだが……。
リヴァイは妙に苦手な存在であり、彼から逃げ出しては必ず捕まる日々の繰り返しであった。
そして数日前、どうすればリヴァイから逃げられるか新たな計画を立てているところに金髪の男が現れ、「君の命は我々が預かることとなった」そう言い出すなり、地下街から地上へと強制的に連れ出されたのだ。
頭に無数のハテナを浮かばせながら誘導されるがままに足を進めていると、地上へ出てしばらく歩いた場所より、遠目から馬車が止まっているのを見つけた。その馬車のある方へ進んでいることを察し、私は無理に足を止める。
突然現れて、地下街から引っ張り出され、おそらくこの後は馬車に乗れと言われる……当然、恐怖心が芽生えた。何の説明も無しに、今に至るのだ。どこに連れて行かれるかも分からないのに、素直に馬車へ乗るわけがないだろう。何より、素性も分からない輩の言いなりになるほど馬鹿ではない。
肩に乗っている金髪男の手を力強く払いのけ、その場から全速力で走った。しかし、即座に金髪男と同じジャケットを着たヒゲの男に捕まり、結局は力任せに馬車の中へと詰め込まれてしまう。馬車の中では私が誤った行動をしないようにと足に拘束具をつけられる事態だ。
先ほどまで日の当らない地下街でリヴァイから逃れる計画を立てていたというのに、あっという間に地上へ連れ出され、馬車に乗り、拘束具をつけられ……。混乱をする暇もなく、呆然であった。

数時間後の深夜、馬車は大きな建物が並ぶ敷地内へと止まり、フード付きのコートを差し出され、顔を隠すように指示を受ける。
ゆっくり睨み上げれば、「強情だな」と低い声でつぶやいては強引にコートを着させられ、顔まで隠れるほどフードを深くかぶせられた。更には足の拘束具から解放されたのと引き換えに、手首に拘束具をはめられ、目隠しをされる始末である。
馬車の中から引っ張り出される私の風貌は、まるで犯罪者のようであった。
あの時、目隠しをされたことに疑問をいだいていたのだが、ようするに敷地内の土地勘と建物の構造を覚えさせない為の行動だったのだろう。
それだけで、ある程度頭の切れる人物であることは、十分に理解できた。
その日より、何故か金髪の男の部屋で私は生活をするようになったのだが、彼は寝る時間帯以外にこの部屋へは帰ってこない。
言わば逃げたい放題である。しかし、扉に外側よりカギをかけられているせいで何も行動できないのが現状だ。
だからと言ってここであきらめてはいけない。何としても逃げ出す。何が目的で私をここへ連れてきたのかも不明な上、リヴァイと同様に自由を奪おうとする金髪男のそばになど、いたくない。
拳を握りしめ、部屋の隅へと戻り、再び布団代わりの薄い布にくるまった。
どうすればカギのかかった部屋を抜け出すことができるか……。とりあえず窓は却下だ。地上が遠い階である上に、人があちこちに見える。数分もしないうちに見つかるだろう。
そうなると、やはり扉しか逃げ道は無い。あの扉さえ開けばどうにか逃げ出せる。
実を言うと……チャンスは、ある。扉が開くのは、一日に二回だ。しかもそのうちの一回は金髪男ではなく、金髪男と同じジャケットを着た誰かが私の昼食を持って来るゆえ、扉が開く。
――今日は、その隙を狙っているのだ。
まず扉が開かれると、死角で見えない場所に隠れておく。そして私がいないことを不自然に思えば部屋へ入ってくるだろう。その隙に廊下へ出る。
チャンスは一度だ。朝食と夕食は与えられていないので、昼食時の一度しかない。
何が何でも逃げ出す、必ずだ。それで私は自由になる。
早く来い、来い、来い、と念をかけながら扉がノックされるのをひたすら待ち続けた。

太陽が傾きかけた頃、ついにその時がきた。
扉から部屋中に響く軽めのノック音が三回。私は扉の死角へとひそみ、息を殺した。
案の定扉が開き、部屋の中に私がいないのを気付いたのか、「あれ……トイレかな」などとつぶやく声がすぐそこに聞こえてくる。
ダッシュができるように身をかがめ走る体勢を取ったところで、ひょいと死角部分をのぞきこまれてしまい、その人物と目が合ってしまった。
私を見つけるなり、「あ、ここにいたのか。もしかして遊びたいのかな?なるほど、隠れん坊だね!」などと、笑顔の表情を見せてくるメガネの人。
(最悪だ、こんなに早く見つかるなんて……。いいや、まだだ、まだ今なら間に合う、扉は開いてる!)
私はとっさにスタートダッシュをかけ、メガネの人を力いっぱい押しのけては部屋の外へと出た。
そのまま左に続く廊下を駆け抜け、突き当たりに見えた階段を駆け下りる。運の良いことに誰ともすれ違わず、一気に最下層まで下りることができた。
次の行動へ出る前に、一度物影へと身をひそめ、上がった息を整える。ここからどれだけ走れば敷地を出られるか想像もつかないが、万全の体勢でいかないと。
ざっと周囲を見渡すが外へ出ることのできそうな扉は見当たらない。となると、やはり窓から出るしかないようだ。よし、窓ならいくらでもある。
縦長の窓なのでカギに手が届くか心配だけれど……ああ、考えていても仕方がない。弱音を吐くのはやり遂げてからだ。
――さあ、行くぞ。

「みつけた」

窓に駆け寄ろうとした瞬間、ぽん、と肩に手を置かれた。
息が止まりそうなほど驚いてしまい、足を絡めながら距離を取ると、そこには先ほど昼食を持ってきたメガネの人がいた。
「隠れん坊じゃなくて鬼ごっこがしたかったのかな?いや、でも今隠れてたよね?やっぱり隠れん坊?」と、呑気な言葉をかけてくる。

「っ……ぉ、お願い、見逃して」

「え?見逃すって……ああ、なるほど!私が鬼ってことか!」

「え、いや、そうじゃなくて!」

「うん、ようはあの部屋から逃げ出して、外へ行きたいんだろ?自由になりたいんだよね」

あまりにも的確に図星をつかれ、心臓の高鳴り具合が急激に上昇した。
先ほどからずっと笑顔を向けられているが、たまらなく怖い。リヴァイや金髪男とはまた違った怖さである。
しかも、見つかってしまったことで窓を開けて逃げ出す時間は無くなった。建物の構造も不明なので、どこへ行けばいいかも分からない。
……こうなったら、運にかけて走るしかなさそうだ。
(ここまで来てやすやすと捕まるもんか!)
絶対に追いかけてこないで、そう言い捨てながら先へと続く廊下を走った。しかし、「くああ!そんなこと言われたら追いかけたくなるよ!」などと興奮するような声が後ろから聞こえ、追いかけてきたわけだが。
捕まったら部屋に戻されるという焦りより、奇妙な笑い声を上げながら追いかけてくるメガネの人に捕まりたくない一心で必死に走った。
途中、角を曲がった先にお手洗いがあったので、身をくらませられるかもしれない、との咄嗟の思いつきから中へと駆け込む。
個室へ身を隠そうとしたが、手前に掃除用具入れの個室を見つけ、そちらへ身を隠した。あわてて扉に取り付けられている簡易なカギをかける。
この状況で個室の扉が一つ閉まっていたら、私が入っていますよと言わんばかりであるが、掃除用具入れなら扉が閉まっていても何ら不自然ではないはずだ。
すぐに追いついた足音が聞こえ、扉の下にある隙間から通り過ぎて行く微かな影が差し込んでくる。
「あれ、どこへ行ったんだ……出ておいでよー」と、個室を一つ一つ確認しているのか、ゆっくりとした足音が呪いのごとく耳についた。緊張のあまり全身が震えだし、神様助けて……!などと絵本で読んだ救世主を心で呼んでしまう始末である。
うるさく鳴る心臓の音が辺りに響いていないか不安になり、胸に手を当てて、音を抑えた。
……一分ほど経っただろうか。足音は徐々に遠ざかり、お手洗いから立ち去ったようだ。
念のため、そっと扉へと近寄り音がしないか耳を当ててみる。
途端、足首に何かが巻きつき、驚きのあまり絶叫してしまうのであった。あわてて足元を見ると、扉下の隙間から伸びてきた腕が私の足首を思いきり掴んでいた。
更なる悲鳴を上げる私に、「隠れるの下手だね」と笑いまじりの声で話しかけてくる。

「手を放すから出ておいで。どうあがいても、こんな兵士まみれの場所で逃げ切るのは無理だよ」

「ひいい!……え、兵士まみれって、ここはなに、訓練所?」

「訓練所もあるけど、まあ、総称して言うなれば兵舎だね」

「兵舎?」

「うん、調査兵団の兵舎内だよ。って、え、あれ、知らなかったの?……ああ、もしかしたら君が驚くと予想して言わなかったのかな」

知らない。そんなの初耳だ。
何より、兵団とは一体何なのか、それさえはっきりと知らない。
地下街にいるとき、壁の中には兵団という組織が存在すると、リヴァイや通りすがりの人々が話しているのを何度か聞いたことはあるが。
……一つ言い切れることは、今の私が究極に世間を知らないといこうこと。
足が解放されたところで扉をゆっくりと開き、床に寝ころんでいたのか起き上がろうとしているメガネの人にヒザを折って視線を合わせた。

「あの」

「ん、どうしたの?」

「兵団って、なに?」

「はい?兵団を知らないの?」

「聞いたことはあるけど……」

「へえ、珍しい子もいたもんだなあ」

「さっき、兵士まみれの場所で逃げ切るのは無理って言ってたけど、兵団っていうのは、兵士の集まり?」

「そりゃまあ、そうだけど。まさか、兵団の最大の敵も知らない?」

「敵がいるの?」

「あちゃーこりゃダメだわ。いくら子供とはいえ、壁の中に住んでいる者として知っておくべきことだよ」

メガネの人は服についたほこりを指の甲で掃いながら立ち上がり、「紅茶は好き?」と笑顔で聞いてくる。
紅茶は何度かリヴァイに飲まされたことがあったので、知っている。香りの良い飲み物だ。
あの飲み物を嫌いと思ったことがないので、縦にうなずくと、手首を勢いよく掴まれた。

「じゃあ今から私の部屋へ行こう!とっても美味しい紅茶を先日買ってきたんだ。一緒に飲まない?」

「へ、あ、いや、私は逃げてる最中で」

「んん……もうあきらめようよ。自分で言うのも何だけど、私しつこいから逃げ切れないって」

「……やっぱり見逃してはくれない、よね」

「見逃すわけないでしょ。さ、私の部屋へ行こう!それで少し話をしようよ。兵団のこと教えてあげるから」

掴まれた手首を強引に引かれ、静かな廊下を歩いた。
今は昼食時なので人が少なく感じるだけであり、あと数十分もすればここの廊下も兵士達が忙しなく行き来する場所になるとのこと。
さっさとこの捕まれている腕を振り払って逃げておくべきだったか、と後悔に襲われもしたけれど、メガネの人から逃れられる自信が無いのも確かであった。
(厄介な人に捕まってしまった気がする……)
軽い足どりで前を歩くメガネの人は、「私の名前、ハンジね」と名乗ってきた。そしてこちらの名前も聞かれたので、一応答えておいた。
廊下に視線を落とし歩いていると目的地である部屋へ到着し、招かれるまま中へと足を踏み入れると……そこは暗幕のような黒いカーテンで陽の光をさえぎられた室内であり、少々不思議な空間であった。
ハンジさんはあわててカーテンを開け、室内に陽の光を取り入れる。
明るくなったことで、部屋の中心に大きなテーブルがあることに気付いた。テーブルの上には何やら見たことも無い器具が散らばっており、私の目には新鮮に映った。それに加えて、とびっきり分厚い本がそこらじゅうに積み重ねられていて、わくわくしてしまった。
「適当に座ってて」そう声をかけてくるハンジさんは、ティーカップの準備を始めた。

「……初めて見る物がいっぱいある」

「まあ、私の部屋は研究室みたいなものだからね」

「研究?」

「そう、研究。ねえ、は巨人って知ってる?」

「もちろん知ってるよ」

「あれ?巨人は知ってるんだ!さっきの会話からして、てっきり知らないんだと思い込んでたよ」

「ああ、私が知らないのは兵団で……」

「そういうことか。兵団はね、その巨人に立ち向かう組織さ」

兵団は大きく分けて三つ、憲兵団、駐屯兵団、調査兵団。
また三つの兵団のうち、いずれかへ入団する為に訓練を行う訓練兵団も大きな存在だと言う。
ハンジさんは調査兵団の兵士だそうだ。また、私を部屋に閉じ込める金髪男も調査兵団の一人らしい。
そして、更には。

「ちなみに、リヴァイも調査兵団の兵士だよ」

「……は?」

「つい先日、特例で入団が決まってね。今、が調査兵団の兵舎にいる理由、なんとなく分かったでしょ?」

リヴァイが調査兵団の兵士……?
予想もしていなかった内容に首をかしげるしかなかった。あのような凶悪で凶暴な人間が兵士だなんて。ある意味ぴったりかもしれないけれど。
まあ、リヴァイが兵士になろうが何になろうが、正直なところどうでもいい。問題なのは、何故私まで調査兵団の兵舎へ連れて来られたか、だ。
私など何の役にも立たない人間を、そこまで縛り付ける理由もないはずだが。
――ああ、意味不明だ。

「じゃあ、この兵舎内にあいつもいるの?あ、あいつって、その、リヴァイは」

「いるよ。今は訓練中。調査兵団は特に巨人との遭遇が多いからね、訓練は欠かせないんだ」

「……私、もうリヴァイには会いたくない。今ここにリヴァイがいるって聞いて、もっと逃げたくなった」

「ええ!?あはははは!リヴァイって嫌われてるんだ!」

「あいつは、人の目に触れないようにしろっていつも怖い顔でせまってきて、地下街で暮らしていた部屋から一歩でも出ると殴られた。特別に外出するときは髪と顔が見えないように大きなフードをいつもかぶせられて、苦しくて、苦しくて」

「へえ、なるほどね」

「耐え切れなくて何度も逃げ出したけど、必ず捕まって、頬を叩かれて」

「……ふーん。ね、差し支えなければ教えて欲しいんだけど、とリヴァイってどういう関係なの?兄妹?それにしては似てないよね?」

ティーカップへ紅茶を注ぐハンジさんは、兵士でありながら意外にも慣れた手つきだった。
香りの良い紅茶を差し出され、立ち昇る湯気を呆然と見ながら、「……拾われたの」とつぶやく。
地下街で、ある事件をきっかけに、その場へ居合わせたリヴァイに拾われたのが全ての始まりだ。

「そっか。じゃあ、のご両親は?」

「あの日一緒に寝たのに、起きたら知らない部屋にいて……悲鳴が聞こえてきて、それが母さんの悲鳴で。あのあと気を失ったから母さんがどうなったのかは知らない。父さんも今どうしているのか、分からない」

話の途中より徐々に眉を垂れ下げるハンジさんは、私のティーカップへ砂糖を多めに入れてくれた。
熱い紅茶を一口だけ飲み込み、「私、ここから逃げ出す」と改めて意志表示をしてみる。このまま金髪男の部屋へ拘束されていたら、地下街にいた頃の二の舞だ。せっかく地上へ出てこれたのだ、逃げ出さずにじっとなどしていられない。
そんな私の意志を聞いたハンジさんは、少々低い声で、「ここから逃げてどこへ行くの?」と聞いてきた。

「子供の君がどうやって一人で生きるの?持ち合わせは?今まで衣食住はリヴァイに与えられてたんでしょ?逃げたところで今後の生き方は考えてあるの?」

「……そんなの、逃げることに成功してから考える」

「そっか、じゃあ私が教えてあげるよ。兵舎を逃げ出したところで、男の餌食にされるか、近いうちに死ぬだろうね」

「そうならないように頑張るもん」

「自由になれたら少しは幸せになるとでも考えているんだろうけど、それは世の中を知らない無知な奴の考えだ」

現実はそうはいかないよ、とハンジさんは中指でメガネを押し上げる。
突き刺さるような厳しい言葉にティーカップを持つ指先が震えてしまい、即座にテーブルへと置き手を隠した。
ハンジさんは正論を言っているのだと雰囲気で分かったが、どうも反発したくなり、気付けば食って掛かっていた。

「リヴァイも金髪男も私を拘束する!何でもいいから、私は自由になりたい!」

「拘束、か。難しい言葉を知ってるね」

「友達も欲しい!昔みたいに、優しく抱き締められながら、おやすみって言われたい!頭を撫でられたい!」

「いいねいいね!他には?」

「それにそれに、笑顔のあふれる家族でい……ぁ、れ……ぅ……」

「頭がふらふらする?眠たい?」

「う……ん」

「はい、おやすみ」

一瞬のことであった。
突然頭がふわりと軽くなり、身体も宙に浮いているかのごとく感覚が危うい状態へと化し、私は簡単に意識を手放してしまう。
まぶたが閉まりきる直前、ふとハンジさんを見れば、満足そうに笑顔でこちらを見ていた。

意識を取り戻すと、そこは寝ているのか起きているのか判断ができぬほどの暗闇であり、ふらふらする頭が重くて仕方無かった。
額に手を当てようとすると、肩の付け根から腕自体が動かせず焦りが生じる。次第に、両手足、更には胴体まで何かに締めつけられていることに気付き、泣き出してしまうまで時間はかからなかった。
暗闇の中、身体の自由を奪われ、これ以上の恐怖と言ったらない。
誰かに気付いてもらえる希望を抱き、ひたすら泣きわめく声で助けを求めていると、小さなランプを片手に持ち、メガネの人が……ハンジさんが、ある場所からひょっこり顔を出した。
こちらへ近付いてくるにつれてランプの灯りが自分を照らし、今置かれている状況に汗が噴き出してしまう。
着ていた服はどこにも見当たらず、あられもない格好のまま細いテーブル上に縄で何十にも縛りつけられているではないか。

「やあ、気分はどう?最悪?」

「ぅ……ハン、ジさ……」

「ねえ、。今、怖い?」

ハンジさんの問いに必死にうなずき、涙や鼻水をこれでもかと垂れ流した。
しゃくり上げるノドは、助けての一言も言えぬほどにしびれてしまい、恐怖ばかりが増していく。

、覚えておくといいよ。これが本当の拘束だ。リヴァイや君の言う金髪男は、拘束ではなく、不器用ながら君を保護していたんだと私は思うけどな」

そう告げるなり、ハンジさんはランプを床へと置き、固く縛られている縄をほどきだした。
仕舞いには、自分で縛っておきながらほどくのに苦労するよ、などとつぶやく声も聞こえ頭にハテナが浮かぶ。
(これ、ハンジさんのしわざ……?)

「紅茶に砂糖を入れるとき、ちょーっとだけ睡眠薬と身体のしびれる薬を混ぜてみたんだけど、効果抜群だったね」

「……はい?」

「よし、ほどけたよ!ほら、鼻ちーんして」

縄から解放され呆然とする私の鼻に紙をあてがってきた。鼻水を垂れ流す私に、鼻をかめと言いたいのだろうか。
咄嗟に手を払い除けようとの考えがよぎったけれど、どうも逆らってはいけない気がしたもので、言う通りに鼻をかんだ。
そのまま涙で汚れた目元もぬぐわれ、丁寧に服を着せられる。

「怖い思いをさせてごめんね。でも、覚えておいて。私みたいな変態が、世の中にはたくさんいるんだよ」

「え……。あ、変態って、怖い人なの?」

「あははは!まあ、これでもまだ逃げ出したいなら逃げだせばいいさ!ただし、また私に捕まったら覚悟した方がいいかもね」

「覚悟って……」

「覚悟は覚悟だよ。さて、そろそろ部屋へ戻ろうか。例の金髪男が部屋に戻ってがいないと知ったら大変だ」

私は何時間ほど意識を手放していたのだろうか。分厚く黒いカーテンをめくり外を見てみると、とっぷり夜となっていた。
ハンジさんに手を引かれ、研究室のような部屋を出る。そこから早足で廊下を歩き、兵士の方達のとすれ違いながら階段を上った。
途中、ハンジさんは私にある言葉をくれた。
「あのさ、大きな幸せなんて望むより、日々に起こる小さな幸せを何かで感じれたら、毎日がほんの少しでも楽しくなると思わない?」と。
大きな幸せ、小さな幸せ、今の私には幸せの区別などつけようがないので、この時は意味が良く分からなかった。
あっという間に昼間飛び出した部屋へと到着し、ハンジさんが扉を開けると……。
そこには、部屋の主である金髪男が身体をかがめ、ベッドの下をのぞき込みながら私の名前を叫んでいた。

!どこへ隠れてるんだ!?出てきなさい!」

「……エルヴィン、なにしてるの」

「ああ、ハンジ。ちょうどいい、手伝ってくれないか。が部屋中どこを捜してもいないんだ」

なら、ここにいるけど」

「な、!どうして部屋の外にいるんだ!?」

固まる私に、何故か笑いをこらえるように頬を震わすハンジさんが、一応謝っておくことをおすすめするよ、と耳打ちしてきた。
言葉通り、部屋を出てごめんなさい、そう素直に謝罪を述べると、次は金髪男がその場へ固まってしまう始末である。
ハンジさんはついに吹き出してしまい、あわてて自分の部屋へと戻って行ったが、この後が大変であった。
どうして部屋を出たんだ、何かあったのか、もう少し私を信じて話してくれないか、部屋の外は危険だらけだぞ、もう一度声を聞かせてくれ、などと質問と説教と何かが入り混じる時間を過ごすこととなる。





*NEXT*





-あとがき-
記憶1、をご覧いただきまして、ありがとうございます!
純血人生の過去編となります。
さっそく1話目からハンジさんの奇行っぷりが全面に出た話となってしまいました。うおぁぁぁ。
エルヴィンも金髪男なんて表現をしてごめんなさい!ごめんなさい!
……今後リヴァイも登場する予定です!
過去編となるとエレンの存在が薄れてしまいますので、合間合間にエレンの短編も更新していこうと考えております。
ありがとうございました!