「あいつは昔からそうだ。ベッドで寝るのを嫌がる」

「リヴァイはその理由を知っているのか」

「知っているが、話す気はねぇ。……そうだな、一つアドバイスをするなら、女がそばにいればベッドで眠る日もあった」

「なるほどな、女性か」

「女と言っても、そいつは女の格好をした男だったが」

「……は?」






記憶2





金髪男の部屋を逃げ出す作戦が失敗に終わった日より二週間が経過した。
特別に変わったことなどは無いが、一つ気付かされたことはある。
金髪男、彼は優秀な策士であるということだ。
地下街から連れ出され、金髪男の部屋に住み始めた頃からつい先日まで、私は一日に与えられる食事は昼食のみであった。
とはいえ、元より空腹には耐えれる生活をしていたので一日一食であろうと、さほど問題は無かった。
だが、金髪男はある条件を出し、言うことを聞けば一日二食を与えると話を持ちかけてきたのだ。
その条件というのが、『「あんた」や、「お前」ではなくエルヴィンと呼んでくれないか』というものであった。
いざ名前で呼べと言われると何故か緊張してしまい、なかなか思いきれず黙り込んでしまうわけだが。
一日一食でも我慢できるので、そう深く考えずに過ごしていると……翌日よりその一食が普段の二分の一の量へと減らされてしまい唖然であった。
小さなパンを半分と、スープは皿の底が見えており、スプーンですくうと三杯で終了。即座に金髪男が仕向けたことだと頭にピンときた。
何の嫌がらせだろうか、名前を呼ばないだけで食事を減らされるとは考えてもいなかった。
……この異例な事態が引き金となり、また部屋を抜け出し外へ逃げようと考えるようになっていた。
ハンジさんに捕まると怖いので、なかなか実行できないのが悔しいところである。
食事の量が二分の一となった日の夜、金髪男は深夜遅くに部屋へ帰ってきた。私は部屋の隅で布団代わりの薄い布を頭からかぶり、平然と寝たフリをしていると、彼はこちらに近付いてくるなり私に話かけてきた。「腹が減って眠れないだろう」と。
あまりに近くで声が聞こえたもので、反射的に身体をビクつかせてしまい、頭をほんの少しだけ上げてみる。
すると、正面よりパンを差し出す手が視界に入ってきた。

「名前を呼んでくれる気になったか?」

「食べ物でつろうとするなんて、あんた最低だ。私は犬じゃない」

「……そうか。今夜も呼んでくれないのか」

金髪男に背を向け、ヒザを両腕で抱え込み身体を丸めた。
腹が立つ。金髪男も、変な意地を張る自分も。ただ名前を呼べば今すぐにでも空腹を満たせるというのに。
下唇を噛みしめ、布団代わりの薄い布に爪を立てて握りしめた。
更に翌日、金髪男は早朝に部屋を出て行ったのを確認し、私は腹部をさすりながら扉前に張り付いた。もちろん、昼食が運ばれて来る足音を心待ちにしていたわけだが。
しかし、金髪男が出て行ったきり扉は一度も開かなかった。
空腹は麻痺し、身体の力が抜け、ただ部屋の壁に寄りかかり窓から差し込む太陽の光が月明かりへと変わって行く様を眺めていた。
いつの間に眠ってしまったのか、目が覚めたときは深夜であり、ふとベッドの方を見てみる。そこには誰もおらず、白いベッドが月明かりにぼんやりと照らされていた。
金髪男はまだ帰ってきていないのか、と頭の片隅で考えていると、すぐ真横に気配を感じ、だるい身体を硬直させてしまう。
横にいる、呼吸している、絶対に誰かがいる。
おそるおそるそちらへ視線を向けると、近頃ようやく見慣れてきた兵士のジャケットが視界に入った。
背は壁に預け、片ヒザを立て、頭をうな垂れさせながら寝息を立てているのは金髪男だった。
手には皿を持っており、パンが二つと、甘い香りをただよわせるジャムがたっぷりと盛られている。
麻痺していた空腹が一気に目を覚まし、腹が化け物のうなり声のように鳴り始めた。無意識に手がパンへ伸びていくと、皿を遠ざけられてしまう。

「……こら。食べる前に、まずは俺の名前を呼んでからだろう」

「あ……」

「まだ呼べないか?」

「エ、エル……ン」

「エルン?違う、エルヴィンだ」

「分かってる!……エル、ン」

「ああ、なるほど。そうか、恥ずかしいのか」

「ちがう、ちょっと呼びにくいだけ」

「頑張れ、ほら、俺を呼んでくれ」

「……ヴィン」

「頭が聞こえなかった」

「エル……ヴィ、ン」

「よし、頑張ったな。ありがとう、

その後、差し出されたパンにかぶりつき、ジャムの幸せな甘さには涙が浮かんだ。
横から伸びてきた指先が目元にたまった涙をぬぐってくれている間も、私は必死に口を動かしていた。

どういうわけか翌日より一日二食となった。条件を果たしたからだろうか。一食の量も通常通りとなり、まあ、一安心ではあったが。
ここで忘れてはいけないのが、皆は大概一日三食を摂取しているということ。
ようするに、もう一食分。金髪男……エルヴィンは、私の食生活を二食のままか三食にするか、食を与える権限を持っているのだ。
案の定、残り一食分の追加を弱味とし、条件を突き付けられることとなる。
一難去ってまた一難。
それは数日前の夜、エルヴィンが部屋へ帰ってくるなり、ジャケットを脱ぎながら思いついたかのように言い放ってきた一言であった。

、そろそろベッドで眠らないか?」

「は、ベッド?」

「ああ。部屋の隅だと床は硬いし、寒いだろう。一緒に寝たらあたたかいぞ」

「私は部屋の隅でいい」

「いいや、今夜からは一緒に寝るぞ。言うことを聞きなさい」

「絶対いやだ。小さな子供じゃあるまいし……それに、ベッドは嫌いで」

「何故だ」

「なんとなく、嫌いなの」

「答えになってないな」

「おやすみなさい!」

「あ、こら、まだ話の途中だろう」

布団代わりの薄い布を頭からかぶり、無理矢理だが寝る体勢に入った。
ベッドは苦手だ。何故なら思い出してしまうから。地下街で目を覚ましたあの日のことを。
硬いベッドの上で目を覚ましたあの日、見たこともない薄汚れた天井が視界いっぱいに映り、ほこりっぽい空気が鼻につき、そして部屋の外から聞こえてきた数人の男の笑い声と母の悲鳴。
おぞましい。ベッドは記憶を掘り起こす最悪の家具だ。
とにかく、あんな怖い記憶を掘り起こすぐらいなら、私は一生床でヒザを抱えて寝る。
それに、ベッドで寝ようと、床で寝ようと、睡眠がとれればどこで寝ようが同じことだろう。
身体を丸め、ぼんやりと床の一点を見つめていると、いつの間にこちらへ来たのか一瞬にしてかぶっていた布をはぎ取られた。
あわてて奪い返そうと手を伸ばすが、後ろに隠されてしまう。

「な、なに、返して!」

「寝るならベッドで寝なさい」

「いやだって言ってるでしょ!」

「言うことを聞けば一日三食にしてやるから、な」

「また食べ物でつってきた……!」

「女の子が床で寝るクセをつけてはダメだ。おいで」

「ひ、やだ、放して!」

引きずるように手首を掴み上げてはベッドへ誘導してきたので、思いきり腕を振りはらってやった。
ベッドはいやだと正直な気持ちを言っているのに、どうして理解してくれないのだ。
エルヴィンの顔を睨み上げると、彼は困ったように眉を垂れ下げ、謝罪を述べてきた。ひとまず布を返してもらい場は落ち着いたのだが。
この後、エルヴィンはまったく反省していなかったと言い切れる事態が発生する。
ランプの灯りも消され、部屋の隅で意識がふわりと軽くなり始めた頃、その影は忍び寄ってきた。
エルヴィンは布にくるまる私を抱き上げ、あろうことかベッドへと運び、布団をかけてきたのだ。
あまりの強引さに目が冴えた私は、エルヴィンの顔面めがけてちょうどいいところにあった枕を投げつけてやった。
ベッドから抜け出し、部屋の隅へと駆け足で戻る私の背後で、「待ちなさい!」と聞こえたが無視である。
再び部屋の隅でヒザを抱えて身体を丸めた。
エルヴィンは一体何を考えているのか。地下街にいた私など放っておけばいいものの、名前で呼べだの、一緒に寝ようだの。
第一、リヴァイが兵士になったとはいえ、何故私がエルヴィンと生活することになったのだろうか……謎だらけだ。
ため息を吐きゆっくりとまぶたを閉じるが、またベッドへ運ばれるのではないかと頭が冴えてしまい、この日は眠れなかった。
翌朝、寝不足の頭をかきむしりながら、前回と同様に食事の量を減らされるだろうと予想をしていたのだが、意外にも朝食と昼食を普段通り食べることができた。
問題なのは、その日の夜。私は衝撃的な「何か」を目撃することとなる。
今夜も部屋へ帰ってきたエルヴィンであったが、その姿ときたら一瞬にして私の背筋は凍りついた。
下半身はロングのスカートを着用し、上半身は茶色いジャケットの上からエプロンをつけ、顔は薄っすらと化粧をしているではないか。

、良い子にしていたかい?遅くなってごめんね。さあ、俺の……違う、私のベッドで寝ようか」

「へ……あ、え……?」

「遠慮しなくていいんだ。おいで、ね。一緒に寝よう」

「ちょっと、まって、どうしたのエルヴィン」

「私はいつも通りよ」

「どの辺がいつも通りなのさ!?」

一歩一歩近付いてくるエルヴィンが恐怖でしかなく、半開きとなっている扉を見つけ、全力で駆け出し廊下へと出た。
そのままエルヴィンの叫ぶ声を背に廊下を走り抜け、突き当たりの階段を下り、ある部屋へと向かう。
目的地へと到着し、扉を叩いた。「ハンジさ、ん……ハンジさん!開けて!」と我ながら情けないほどに震える声を上げながら。
すぐさま扉は開き、ハンジさんは驚いた表情でこちらを見下ろしてきたが、何かを察してくれたのか私の腕を引いて部屋の中へ入れると、即座に扉を閉めた。

「どうしたの、こんな夜中に」

「ハンジさん……エルヴィンがっ」

「は?エルヴィン?なに、まさか何かされたの!?」

「エルヴィンがね、女の人の格好をして部屋へ帰ってきてさ……それでベッドで一緒に寝ようってせまってきて」

「な、ぶふっ!あはははは!」

「笑いごとじゃないよ!」

「あー!おかしい!エルヴィンなにしてるんだか!っくく……」

「笑いすぎ!」

「ごめんごめん、いやあ、それで逃げてきたんだね?」

「うん……もう、びっくりして……はぁ」

上がった息を整えようと肩を上下に揺らしていれば、背を押されソファーへ腰掛けるよう誘導された。
今から紅茶を飲もうとしていたらしく、私の前にもティーカップを差し出される……が、また何か入っているんじゃないかと顔を引きつらせていると、「今回は正真正銘の紅茶だよ」そう笑いを含めた声で一言添えてきた。
私が何も言わずとも砂糖を多めに入れた上で、丁寧にかき混ぜてくれる。その手つきは柔らかく、見ているだけで気分が落ち着いた。

「ねえ、ハンジさん」

「ん」

「……どうして私はエルヴィンの部屋で生活することになったんだろう」

「ああ、単にリヴァイがエルヴィンに条件を出したからだよ」

「へ?」

「地下街からを連れて行くことを前提に、俺の部屋が他の兵士と相部屋なら一人部屋のお前が面倒をみろって」

「なにそれ」

「同行していた兵士から聞いた話なんだけどね。それができないなら俺は兵士にならねぇ、独房でもどこにでもぶちこめばいいだろとまで言われたんだってさ」

「リヴァイが……」

「どう?少しはスッキリした?」

話の流れは理解したけれど、まさかリヴァイから言いだしたこととは……。
奴のことだ、何か企みがあるに違いない。大体、いつも逃げ出そうとしていた私など放置して兵士になれば良かったものの。
ただ気まぐれに拾っただけの子供だろうに、何故だ。どこまで私を縛り付ける気なのだ。
今まで与えた衣食住の金を返すまでは逃がさないということだろうか。

「まあ、そう深く考えないでさ、エルヴィンとの生活を楽しんでみたら?」

「楽しむだなんて……」

「大目に見てあげてよ。なんたってエルヴィンはガチガチの人生を送ってきた大人だからね」

「ガチガチの人生ってなに?」

「常に仕事仕事で、表情は崩さず、酒もたしなむ程度しか飲まない、色恋沙汰の話も嘘っぽいウワサ話が少し立つぐらいでね、とにかく突っ走ってきた人生さ。そんな彼の前にひょっこりという小さな存在が現れた」

「……私が」

「うん。ここだけの話ね、が部屋を抜け出して戻ったときに謝罪したでしょ。あの一言が嬉しくて、その日は眠れなかったんだって」

「はい?」

「ま、そういうこと」

笑顔でティーカップを口へと運ぶハンジさんは、それこそ楽しんでいるように見えた。
「私も調査兵になってほんの数年だから彼の詳しいことは知らないんだけどね」と付け加えてもう一口飲み込む。
ここで更にハンジさんへ質問してみた。つい先日まで一日に一食しか与えられず、条件を満たしたら二食にしてもらえた。どうしてこのような意地悪なことをするのか、と。
その質問に対する返答は、「不器用な男なんだよ」と、一言であった。
接し方が分からず、弱味をにぎることしか思いつかなかったのではないかとハンジさんは言う。
今まさに一緒にベッドで寝ることで三食にしてもらえる境目にいるわけだが……。

「……今夜は、ハンジさんの部屋で寝てもいい?」

「いいよ。でも、床では寝させないからね」

「そんな……」

「ね、はどうしてベッドを嫌がるの?」

「それは、まあ、いろいろあって」

「いろいろってなに?」

「いろいろは、いろいろだよ」

「なんでもかんでも隠そうとするのはダメなところだね。少しぐらい、自分の弱い一面を人に見せてもいいと思うけどな」

「昔の怖い記憶がよみがえるから……言いたくない」

「なんだ、ちゃんと言えるじゃないか」

「は?」

「ベッドで寝ると昔の怖い記憶がよみがえるんでしょ?それを聞いてたんだよ、私は。何も怖い記憶を聞き出そうとしていたわけじゃない」

「あ……」

「さて!そろそろ寝る準備をしようか」

ハンジさんは腰掛けていたイスから立ち上がり、ティーカップとポットを片付け始めた。
こっちに来て、と呼びだされては洗い終えたティーカップを渡される。布巾で拭いてから戸棚に仕舞うよう指示を出された。
これは私の得意分野である。よくリヴァイに手伝わされていた家事の一つだからだ。
綺麗に水を拭きとり戸棚の空いている場所へと仕舞おうとするが、それが上の方であり手が届かず。勝手ながら近くにあったイスを引っ張り出して上に乗っかり、なんとか仕舞うことができた。すると、突然背後より悲鳴が。
即座に後ろを振り返れば、「背が届かないからってイスに乗って背伸び……いい……なんかいい、すごくいい、ああああ」などと頬を赤く染めながらハンジさんが謎のセリフをつぶやいていた。

「とはいえ、子供が一人でイスの上に乗るなんてダメでしょ!もし落ちたらどうするの!?」

「へ?いや、大丈夫だから、そんな、って!ひぎゃああああ!」

「ほら、今ならいいよ私が支えててあげるからいくらでも背伸びして」

こちらへ近付いてくるなり、支えと言いながら私の下半身を抱き締めるように固定し、そのまま尻へ頬ずりをしてきた。
ハンジさんの行動が理解できず悲鳴ばかりをあげていると、どこからか更に大きな男性の声が部屋中に響き渡り、私とハンジさんはそろって後ろを振り向く。

「どうした!?の悲鳴が聞こえたぞ!」

「エ、エルヴィン……!?」

「うわあ、女装のまま廊下でが出てくるのを待ちわびてたの?」

そこにはおぞましい姿をしたエルヴィンがおり、こちらへと駆け寄ってくる。
下半身に抱きつくハンジさんを引きはがし、私をイスの上から降ろしてくれた。
硬直する私の前でヒザを折り、「大丈夫か」と正面から聞かれ、一応うなずいておいた。
更には、「は女性がそばにいればベッドで眠る日もあったとリヴァイから聞いてな。少し努力してみたんだが……驚かせて悪かった」などと謝罪され、それを横で聞いていたハンジさんが腹を抱えて笑いだす。
エルヴィンのセリフに何故女装などという行為をしたかピンときた。私が地下街で暮らしているとき、とある女性がいたのだ。実の性別は男性なのだが、家族を失った私に優しくしてくれた数少ない一人である。その人物と一緒にいるとき、何度かベッドで眠ってしまったことがあった。そのことをリヴァイはエルヴィンに教えたのだろう。

「……エルヴィンは、エルヴィンのままでいい。男性のままで」

「そう言ってもらえると助かるよ。さあ、俺の部屋へ戻ろうか」

エルヴィンに優しく手をにぎられ、顔をうつむかせながら軽くうなずけば、「ちょっと待った!」と元気の良い声が私達の行動をさえぎった。
もちろんハンジさんの声であり、エルヴィンににぎられていた手を勢いよく離されてしまう。

「エルヴィン、悪いけど部屋へ戻るのなら一人でどうぞ」

「どういう意味だ」

「今夜はね私と一緒に寝る約束をしてるんだ、ね?

「なに……、ベッドでか?ベッドで一緒に寝るのか!?」

「そうだよ。ってことで、はい、エルヴィンはさようなら。おやすみー」

「……ハンジ、取引をしよう。巨人捕獲実験の推薦を俺から出しておくが、どうする」

!三人で寝ようか!」

(ハンジさんんんん!?)

大体、まだベッドで寝るとも言っていないし、いつの間に一緒に寝ることになったのだ。
まさかの事態に、じわりじわり後ずさりをしていると、右手をエルヴィン、左手をハンジさんに掴まれ、逃げるチャンスを逃がしてしまう。
そのまま連行されるように手を引かれ、ベッドの脇へ座るよう誘導された。妙に頬笑みを崩さない二人にはさまれ心臓の高鳴りは足の先まで響いてきたが、ベッドの脇に腰掛け一つ意外なことに気付いた。
それは、ベッドが柔らかいということ。ベッドは硬いイメージがあったのだが、ハンジさんのベッドはふんわりとしている。
だからと言ってベッドで寝たいとは思わないが……。

、怖くないからね」

「や、あの……待って、待って!やっぱり床でいい!」

「床はダメだって。私の部屋の床はこぼれた薬品が散らばっているから危険なんだ」

「薬品って、あ!ちょっと、うわ、ハンジさん!?」

一瞬のことであった。
ハンジさんの体重がのしかかり、簡単に押し倒されてしまったのだ。全身が柔らかいベッドの感触に包まれ、不思議な感覚が駆け巡る。
私が唖然としていると、エルヴィンがベッドの奥へ移動し、皆に布団をかけながら横になった。
ふと天井を見ると、やはり嫌な記憶が脳裏をくすぐってきた。そう都合よく何もかも良いように事が運ぶはずもない。
いくらベッドが柔らかくても、私は床の方が落ち着くようだ。
二人には申し訳ないがベッドから起き上がろうとすると、ハンジさんは私の行動を見抜いていたかのように上半身を押さえつけてきた。そして、両手をにぎられる。

「大丈夫。手を繋いで寝ようね」

「あ……」

「最初は不安になるかもしれないけど、ここで逃げず、少しずつ慣れていこう」

寝ている間は絶対にこの手を放さないから、と右隣へ寝転ぶハンジさんに頬笑みながら告げられ、どうにもこうにも戸惑ってしまう。
左隣からは、エルヴィンが小さな子供をあやすように背中をぽんぽんと撫でてきた。
ここまで優しい二人を振り払って床へ行けば、バチがあたってもおかしくない……。
――今夜は、ベッドで寝てみよう。
しぶしぶではあるが、おやすみなさいと二人へ告げ、まぶたを閉じてみた。
寝よう、寝ようと集中するけれど、目が冴えるばかりで。その反面、二人からは気持ちよさそうに眠る寝息が聞こえ始める。
そりゃそうだろう、二人は兵士として一日働いたのだ、疲れもたまっているはず。
二人が寝不足にならないよう、これ以上は大人しくしようと心がけていると、時間が経つにつれ予想外の展開へと結びついていくことになる。
いつしかハンジさんの両手は私の腰にからみつき、足は巻きつけられ、左隣からはハンジさんごと抱き締める力強い腕が伸びてきた。
(あ、う、くっ、く、ぐぐぐぐ苦じぃ……!!!!!)
私はこの日、失神するかのごとく意識を手放したのであった。

翌朝、目を覚ませば眠りについた時よりも近くにハンジさんの寝顔が真正面にあり、一気に目が覚めてしまう。
まじまじと顔を見つめていると、小さな寝言をつぶやき、また寝息をたて始めた。
抱きつかれているせいか、身体があたたかい。少し暑苦しいほどに。
ベッドの上で少々汗ばむ私などとは対照的に、窓からは早朝の清々しい朝日が差し込んできていた。
ぼんやりする頭で朝日を見つめながら軽く息を吐くと、「少しは眠れたか」そう左隣より声がかかった。
ハンジさんを起こさないようエルヴィンの方へ寝返りをうつと、「おはよう」と微笑まれ、私も同じセリフを言い返してみる。

「ベッドの寝心地はどうだった?」

「思ってたより、ステキだったよ」

「そうか」

「……昨夜は、ごめんなさい」

「いいや、が謝ることはない。今夜から、俺と二人でもベッドで寝れそうか?」

「うん、その代わり……」

「その代わり?」

「手を繋いで、寝てくれる?」

「手?あ、ああ、いいよ。いくらでも繋いでやるさ」

エルヴィンの返答に礼を述べると、頬を包まれるようになでられ、なんだかおかしくなり二人で静かに笑いあった。
この日、私は初めてエルヴィンに笑顔を向けることができた。

地下街で何年もベッドを避けていたのに、たった二日でベッドで寝る気にさせられてしまうとは。
エルヴィン、彼は本当に優秀な策士である。少しマヌケだけれど。
私はこの日より、めでたく一日三食となった。なんとも、ありがたい話だ。








*NEXT*







-あとがき-
記憶2、をご覧いただきまして、ありがとうございます!
今回もエルヴィンとハンジさんに活躍していただきました。
リヴァイの知らないところで様々なことが起こっております。笑
途中、見た目は女性だけれど実は男性……という人物が出てきましたが、申し訳ありません、オリジナルキャラです。
純血人生の本編をご覧くださっている方だと、あ!と気付いて……、気付いてもらえたかな……。うおおお!
そんな遊び心を入れたせいで、エルヴィン女装……すみません!!!!!←おい