シンドリア城 




この地、シンドリア王国の中央市で朝から夜にかけて商売を営むことが私の生きがいである。
明朝に運ばれてくる他国の果物を仕入れ、それを売り出し、金を儲ける。その金で何とかギリギリの生活を保っているのが現状。
気前のいい客が多めに金をくれた日は、少しだけ食事を豪華にすることが最高の幸せ。まあ、そんな日はめったに無いが。
このように生活苦ではあるが、商売が楽しいので日々を有意義に過ごしている。顔見知りの客から旅人まで様々な出会いは宝だ。他国には耳から火を吹き出す男がいるらしい、あの国の祭りは一度行ってみるといいなど、楽しい情報がたくさん飛びかう。もちろん恐ろしい情報も飛びかう。
さて、陽が落ちたのでそろそろ片づけないと。売れ残った山積みの果物を見て思わずため息を吐いた。
以前は朝から売り出すと夜には完売してしまうほどの売れ行きだった。それが近頃はどうだ、売れ行きが低下し赤字続きの日々だ。ここ、中央市はシンドリア王国の中でも一番と言えるほど賑わいを見せる場所だといういのに、今は笑い声の一つも聞こえない。有名な商人達もシンドリア王国から遠ざかる者が増えた。
なぜそのような事態になっているのか、原因は分かっている。あるウワサ話が国中に広がったせいだ。

「お姉〜さん!この果物美味しそうだね、一つ俺に売ってくれないかな」

体をかがめて果物を一つ手に取り、ニッと笑う金髪少年。
金を渡してきた手を掴み、同じ果物をもう一つ差し出した。

「売れ残りすぎて困ってたの。このままだと腐ってしまうし、一つと言わず二つどーぞ。サービス!」

「え、いいのか!?ひゃーラッキー!まあ、最近はここも客が減っちまったもんな」

ほんと、おかげで生活苦が超ド級生活苦だ。
売り出しているこの果物、五日前に仕入れた物で新鮮な物ではない。仕入れようにも金がないし、何より売り物になる商品が手に入らない。

「お姉さん〜?なに白けた顔してんだよ。そうだ、この後は時間ある?俺と飲みに行こうぜ!」

「だめだめ。無駄遣いできるような余裕がなくて、ごめんね」

「金?そんなの俺が出してやるって!女に金出させるほど落ちこぼれてねーよ!」

「そんなわけにいかないよ!それに商売の荷物を持って帰らないといけないし。あ、ほら、女性を誘いたいなら国営商館に行ってみればどうかな」

初めて会った少年に金を出させるなど、そこまであつかましい度胸は持ち合わせていない。
果物を丸かぶりしながら、飲みに行こうよー行こうよー、と甘えるような声で話かけてくる。はいはい、さっさと片づけて帰ろう。

「ねえ、お姉さん。あのウワサ知ってる?」

「ああ、シンドリア王宮のウワサなら聞いたよ」

「信じらんねーよな。王宮に呪いがかかってるなんて」

そう、シンドリア王宮に呪いがかかっている、これがシンドリア王国を不況にしている原因。
実際には呪いがかけられているのか全く明らかではない。見た目で分かるものでもないし、何より呪いなどと胡散臭い言葉自体が信じがたい。
だが、ここ二カ月ほど王宮の門は一度も開かずに閉ざされているのも事実。
王宮で働く者達の親族は、夫や娘が帰って来ない、連絡が途絶えた、など心配の声であふれ返っている。
住み込みで働く使用人の方も、料理の材料が足りないときや休暇の日などは中央市へ顔を出してくれていたが、今ではさっぱりだ。
そのようなウワサが広がる中で、国民に一番の衝撃を与えたのが先日のこと。
南海生物が島に乗り上げてきたというのに、王宮の者は誰一人として出向いてこなかった。そのせいで果樹園と国営商館の一部は破壊され、国民は見事に意気消沈した。南海生物が現れた時といえば八人将、また国王自ら必ず狩りにきてくれる、そして祭りになるはずなのに。
壊滅状態である果樹園をどう復興するか、こういったときは政務官のジャーファル様が現地に出向き様々な案を意見してくださる。今回は姿をお見せにならなかった。いつも島を巡回している兵士も、海辺を守る海兵も姿を見せない。王宮の者はどうしたのか。
そして国民は、王宮に呪いがかかっていると本気で考えるようになった。
呪いがかかっているとなると、いつ何が起きてもおかしくない、思い込みの概念から国民は家に閉じこもり身を案じる者が続出した。
そのせいで中央市へ訪れる客は激減し、船舶貿易も商売にならないとのことで島へ立ち寄る回数が減り、国外にまでウワサが流れ旅人はシンドリア王国を避けるようになっているらしい。
不安にかられる国民は閉ざされている王宮の門をよじ登り中へ入ろうとする者も大勢現れたが、入った者は誰一人帰って来ないと聞いた。
王宮内で何かが起こっているのは間違いないだろう。しかし呪いというものが何なのか、まったく検討もつかない。
呪い呪いとウワサばかりが一人歩きしている。

「飲みに行きたくねぇなら、王宮に行ってみようぜ!」

「は?」

「気になるんだよなー。呪いだとか言われてさ、それが事実なのか確かめに行きたいと思わねーか?」

「思わない。だって、王宮の中へ入った人は帰って来ないって聞いたよ」

「そん時はそん時だろ!危険を感じれば引き返せばいいし、な!決定!」

「私は行かない、誰かと行きたいなら他を当たって」

「よっしゃー!決まりだな、行こうぜ!」

「勝手に決めないで!あ、こら、手を離しなさい!」

私の腕を掴み勢いよく走り出した少年は、アリババと名乗った。
『アリババ』どこかで聞き覚えのあるような、んん、いまいち思い出せない。
中央市からジグザクに階段を上って行けば王宮にたどり着くわけだが、長い、王宮までの道のりが長い!私の腕を引くアリババくんは息一つ切らさず進んで行く。

「ちょっと、アリババくん、ストップ!もう走れないよ」

「ええ!?うそだろ、もう息切れしてんのか?はあ、しゃーねぇな。歩いて行くか」

上ってきた階段を振り返ると、島半分の景色が一望できた。上るに連れて、中央市がどんどん小さくなっていく。商売道具や売り物が気になり、私引き返すよ、と言ってみたものの無視された。
ズンズン進むばかりで、振り向きさえしない。その態度にイラッとした。いくら何でも強引すぎないか。

「アリババくん!いい加減にしてよ。手を離して。私は商売して生活しているの。もし商売道具が盗まれでもしたら明日から大変なことになる」

「ごめん、あきらめてくれ」

「はい?」

「お姉さん、さんだよな」

「……どうして私の名前知ってるの」

先ほどアリババくんが名乗ってくれた時、私はわざと自分の名前を名乗らなかった。
得体も知れない少年に名乗るほどバカじゃない。

「そのうち分かるよ。さあ、王宮まであと少しだ!頑張ろうな!」

「頑張れるかーー!アリババくん気持ち悪いよ!どうして私の名前知ってるのか教えて!」

気持ち悪いはないだろ!?こっちにもいろいろ理由があるんだよ!」

理由か何か知らないが、今のこの状況、確実に変だよね。
呪われているとウワサされている王宮に連れて行かれようとしている、しかも私の名前を知っている謎の少年に。
変どころじゃない、危険な気がする。
ここで思い切った。掴まれている腕を全力で振りほどき、上ってきた階段を即座に駆け下りた。

「あ!こら、逃げるなよ!!」

「絶対追いかけて来ないでね!さようなら!」

「……あーもう」

早く、早く逃げないと!何かに巻き込まれた後じゃ遅い!
慌てて一段飛ばしで駆け下りていると段差に足を滑らせ転げ落ちてしまった。
うおおおおお!!痛ぁぁ!いやいや痛いの何の言っている場足じゃない!素早く起き上がり再び階段を駆け下りた。

「そこまで必死に逃げることねーだろ。俺ちょっと悲しい気持ちになっちまったじゃねーか!」

「ぎゃあ!追いかけて来ないでって言ったでしょ!」

上からジャンプをしたのか、私の目の前で見事に着地した。運動神経どうなってるの。
くそ、通せん坊してくるなんて、どこまでしつこい……ん?アリババくんの格好が先ほどと違う。

「あの、アリババくん?なに、その格好、頭に耳?しかも尻尾まで、えらいフサフサしてるね」

「ああこれな、王宮の呪いって奴の一つさ。長時間は隠しきれなくてよ、どうしようもねーんだ」

「はあ?王宮の呪いって言った?今言ったよね?」

「おう。言ったぜ。さあ、追いかけっこはここまでだ。悪いな、さん」

「うわ!!」

どうにか逃げないと、そんな考えなど意味もなく私の横へ一瞬で回り込み抱き上げられた。そして王宮へ向かい再び走り出す。
仕舞いには近道だ!とのことで階段を蹴り、周辺に並ぶ建物の屋根上へ木々へ軽々と飛び移り、最後に大きな壁を飛び越えた。その間、フワッとしたなんとも言えない浮遊感が何度も何度も襲ってくる仕打ち。

「到着だー!」

私を地へ降ろし、両手をかかげ笑顔で背伸びをするアリババくん。なんてのんきな奴なんだろう。
あなたのせいで私の胃はむせ返ってるってのに。

「うぅ、気持ち悪っ……」

「あ!ゴメンゴメン。あのフワッとする感じイヤだよな〜!俺もモルジアナに散々やられたよ」

「誰だか知らないけど、そんなことより、うぉぉ、お水飲みたい」

「まあまあ、そのうち落ち着くって。それじゃあ俺はここまでだ。あとはせいぜい頑張ってくれよ!」

「ちょっとちょっと、どこ行くの!無理矢理連れてきといて、放置!?」

「うん、放置!じゃあな!あ、果物ありがとなー!」

ありがとなー!じゃないだろバカ!!フワフワと揺れる尻尾を左右に振り、建物の影へと消えて行った。
まったく理解できない、え、目の前に立派な建物があるけど、確実に王宮だよね、王宮だよね!!?
最後に飛び超えた大きな壁は、王宮の壁だったってこと?ここは王宮内?
……へえ、初めて王宮内に入ったな〜大きな建物がたくさんあるな〜そして私はどうしたらいいの。誰か教えて!




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