シンドリア城 




アリババと名乗る少年に呪われているとウワサだつ王宮へ無理矢理に連れて来られた。
そして放置された。
帰ろう、即刻帰ろう。見渡す限りでは門がいくつか見える。ここは王宮の内側なのだから、どうにかすれば開くに違いない。
それにこの王宮、とても嫌な感じがする。あくまで、ただの勘だが。
ふらつく足で立ち上がり、とりあえず近くの門に近付いてみた。案の定カギがかかっている。押して、引いて、びくともしない。
カギだ。カギがあれば出られる。なんて言ったところでカギがどこにあるか検討もつかないけど!!
ああ、最悪だ。朝になれば王宮の人が外に出てくるかなあ。中央市に置いてきた商売道具も気になるし、どうすればいいんだか。

「ああ!お姉さん!探したよ!」

「へ、誰ですかあなた」

「僕はアラジン、魔法使いさ!」

そう言って突然現れたのは背が高く、頭にターバンを巻いた青年だった。

「お姉さん、どうやって王宮へ入ったんだい?」

「アリババと名乗る少年に連れてこられて……って、どこ見て喋ってるの?胸見すぎでしょあなた」

これは脱いだらボンボロボイーンってなるパターンだね、最高じゃないか!ああ、妖怪アリババくんだね」

「ひとり言丸聞こえだぞてめえ。妖怪アリババ?あの少年、妖怪なの?」

「僕たちは他国の魔法使いに強烈な呪いをかけられているんだ。皆、身体や精神に何がしら変化、異常が起こっている」

アリババくんは火を使いこなす狐の妖怪にされてしまったんだ厄介だよねアリババくんのくせに、とも教えてくれた。
なるほど、それで耳と尻尾があったのか、って!!そうじゃなくて!

「呪いってなに?今ねシンドリア王宮に呪いがかかってるってウワサが飛びかっているの、これ本当なの?」

「事実だよ。僕も呪いがかかる前は小さな子供だったのに、一瞬で成長してしまってこの通りさ」

アラジンくんの真剣に話す姿勢からして、信じがたい内容だが事実だと思えた。ということは、王宮内の人達……。
これは一大事だ。アリババくんが狐の妖怪にされたのなら、他にもウサギやゴリラや、うわあああああ!大変!

「そしてお姉さん、ここからが本題なんだ。僕を抱きしめて!さあ、思いっきり頼むよ!」

「はい?」

「いいから、僕の言う通りにしておくれよ」

冗談で言っているのかと思いきや、そうでもなさそうなので言われた通りアラジンくんを抱きしめた。
うはあ!と甘い声が微かに聞こえたが聞き流しておこう。

「そして僕の耳を噛むんだ、遠慮はいらないよ」

背伸びをして耳たぶを軽く噛むと、みるみるうちにアラジンくんが小さくなってしまった。
うお、なに、なにが起こった!?

「やったー!元に戻った!ありがとう、お姉さん!」

「元に戻ったの?これがアラジンくんの本当の姿ってこと?」

「そうだよ!お姉さんのルフはとっても特殊なんだ。それをアリババくんも感じたんだね」

ただ彼は違う理由でお姉さんをここへ連れて来たんだろうけど、と意味ありげな一言を付け加えて。
呪いのかかった者を抱きしめることで私のルフが呪いの魔力を弱めると説明を受けた。その隙に神経の集中する耳へ噛みつけば呪いが解けるとのこと。
さっぱり意味が分からない。私の何が特殊なの?ルフ?ムフ?ウフ?

「お願いだよ。皆を助けてあげておくれ!」

「ええ、私が!?」

「うん、頼むよ。お姉さんしか頼める人がいないんだ」

真正面から真剣に目を見つめられ断ることもできず、ついうなずいてしまった。
ようるすに、王宮内で呪いにかかって困っている人を抱きしめて耳を噛めばいいだけの話よね。
それなら何とか私にも出来そうだ。シンドリア王国の元気を取り戻す為にも、どんなに生活苦でも楽しい商売を続ける為にも、私の行動で少しでも役に立てるなら頑張ってみようじゃないか。

「ありがとう!えっと、お姉さん名前は?」

だよ」

さんだね!君は勇気ある人だ!そうだ、僕の呪いを解いてくれたお礼にこれをあげる」

小さな小瓶を手渡された。困った時はこの小瓶を使うといいらしい。
うーん、使い方がよく分からないが、まあいいか。

「ありがとう、お守りとして持っておくね」

「うん!さあ、入り口へ案内するよ!」

スタスタと歩くアラジンくんはとっても可愛い。呪いのかかった青年の姿より、こちらの方が話やすくて助かる。
小さいのにしっかりしていて、えらいなあ。皆を助けて欲しいだなんて、私よりもずっと勇気のある子だよね。
どんどん王宮の奥へと進み、暗い道をしばらく歩いた所でアラジンくんが立ち止まった。

「入口はここだよ」

そう言って小さな扉を開けてくれた。表の豪華な扉とは逆に、とても質素な扉。おそらく隠し扉だろう。
恐る恐る一歩を踏み出し、中へと入った。下りる階段が延々と続いている。

「なんだか薄暗くてよく見えない。アラジンくん足元に気をつけっ」

扉がバタンと閉まり、更に暗くなった。
あれ、アラジンくん?アラジンくん!?

「どうしたの?何かあった!?」

「ごめんねさん。僕はこれ以上一緒に行動できないんだ。皆を頼むね」

「ちょ、アラジンくん!?おーい!ここ、扉開けて?こっちからだと開かないよ!」

あ、返事がない。もう行ってしまったのだろうか。
いやいやいやいや、えええええええええええ!?!?
待って待って待って、こんな薄暗い所を一人で進めってか!怖すぎて無理です!!
どうすればいいの、これ、呪われてるのか何なのか知らないけどさ、こんな呪いかけた奴を本気で呪ってやりたいわ!
…………。
進むしかないよね。勇気を出すしかないよね。
よし、行こう、行ってやろうじゃないの。ここで立ち止まってても仕方がない。足のつま先で階段をさぐりながら、一段一段ゆっくり下りて行った。
二十段ほど下った所でやっと平らな道に出た。
地上から下りてきたのだから、きっとどこかに上がる階段があるはずだ。探さないと……。
薄暗い道を進んで行くと、鉄格子で区切られた場所へと出た。
ここ、もしかして地下牢だろうか。こ、こ、ここここ怖ぁぁぁ!!!!!!もうやだ、地下牢とか、そのへんにガイコツ転がってたらどうすんのよ!!!!

「誰か、そこにいますね。姿を見せて下さい」

ひいいいいいいいい!!!!

「あ、お待ちなさい!」

声がした!声がしたよ!まさか幽霊?それとも王宮の人?閉じ込められているのかな!?
落ち着け、落ち着け!もし閉じ込められているのなら助けてあげないと!
走る足を止め、声のした方を遠くから見た。じっと目をこらすが、この薄暗い地下牢で一メートル先は闇だ。まったく見えない。

「こちらへ来て下さい、お願いします」

また声がした。それにしても丁寧な言葉遣いだ。やはり王宮の人だろう。
ゆっくりと近付き、声のする鉄格子前で唖然とした。痛々しい姿でこちらを見上げるその人は、シンドリア国民であれば誰もが知っている顔だ。王様の絶対的を信頼を持つ八人将の一人、ジャーファル様。 いつもはクーフィーヤを頭に被り凛々しい姿をされているのに、今はどうだ。髪は乱れ、手足は鎖で縛られ、衣服は黒ずんで見える。
王宮がどれだけ大変な事態になっているか、改めて思い知らされた。

「ジャーファル様!誰がこんなことを!」

「気付けば牢に放り込まれていました」

慌てて牢を開けようと手をかけてはみるものの、さすがは王宮の地下牢。ビクともしない。
左端に小さなクボミがある。おそらくカギ穴だろう。

「ジャーファル様、私カギを探してきます」

「それは助かります。王が心配なので、できるだけ早くお願いしますね」

はい、と返事をし暗い道を再び走った。
大変だ、大変だ、大変だ!!八人将の方までもが呪いの被害にあっているなんて!
先日の南海生物が島に乗り上げた騒動も、この状況じゃどうにもならなかったと納得できる。
ジャーファル様、相当な痛手を負っているように見えた。この事態を私一人でどうこう出来るレベルなのだろうか?
いや、今はそんなこと考える前にカギを見つけるのが先だ。




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