シンドリア城 




ジャーファル様が地下牢に閉じ込められているのを助ける為にカギ探っていると一つの扉を見つけた。
そっと扉を押してみれば中は小部屋となっていて壁一面にカギが吊るされているのを目の当たりにした。
みつけた!!きっとこの中の一つに違いない!

「あなた、そのルフ!助けに来てくれたのね!」

カギに手を伸ばしたらところで、後ろから声がした。
振り返るが誰もいない、ん、確かに声がしたんだけど。まさか、ここで幽霊!?勘弁してよ、今はそれどころじゃないのに!!

「ここよ、下を見て!」

視線を下へ向けると、何やら小さな生き物がピョンピョン跳びはねていた。
なに、なにこの生き物!人の形をしているように見えるけど、小人?この世に小人っているの?
う、うわあ、うわあ!可愛い!じたばたしてる、へえ、ペットにしたいな。

「お願い、助けて!呪いをかけられて小さくなってしまったの!」

十センチほどの体で、助けて、助けてと懇願してくる可愛い小人。いや、小人じゃないでしょ、この人も呪いをかけられたようだ。早く呪いを解いてあげないと!
地にかがみ、手の上に乗せてあげた所でまたも唖然としてしまった。
魔法使いが愛用する黒い帽子を被り、薄暗い中でも光るように美しい緑の髪、そして杖を握りしめる手。

「まさか、ヤムライハ様ですか?」

「ええ!こんな姿でも気付いてくれるなんて!」

素晴らしい魔導士であるヤムライハ様が、このような姿に呪いをかけられるなんて。
ペットにしたいだなんて一瞬でも考えてしまった自分の頭にグーをお見舞いした。すみません!すみませんヤムライハ様!
失礼します、と一言断りを入れヤムライハ様の体を指で包み込んだ。そして顔の辺りに口づけをすると、みるみるうちに元の姿に戻られた。アラジンくんの時と同じだ。

「元に戻った……!ありがとう、あなたのおかげよ!」

「無事で何よりです!」

「それにしても一大事ね。この呪い、いいえ、呪いではなくこれも魔法の一つだわ。私の防壁魔法を突き破るなんて、よっぽど強力な魔導士か、煌帝国のマギか」

「防壁魔法?マギ、って魔法の名前ですか?」

「ごめんなさい、そんなこと突然言われても分からないわよね。それより早く皆の呪いを解かないと大変なことになるわ」

「はい、私はアラジンくんという少年から呪いを解くよう頼まれたんです」

「まあ!そうなの!さすがね、あなたの稀少なルフに気付ける才能が、あの子にはあるんだわ」

稀少なルフ。アラジンくんもルフと言っていたが、ルフって一体何なんだろう。一般常識なのだろうか。
生活苦な私は子供の頃から働きづめだった為に、低レベルな知識しか持ち合わせていない。難しい話はさっぱりだ。
それはそうとヤムライハさんの姿を見る限りでは元気そうなのでひとまず安心だ。

「あなたの名前を教えてくれる?」

です」

さん、助けてくれて本当にありがとう。ついでに呪いを解いてやってほしい奴が一人いるんだけどいいかしら?」

「もちろんです、でも私カギを探さなくてはいけなくて」

「そいつの呪いを解いてくれたら私も一緒にカギを探すわ!」

ヤムライハ様にここまで言われたら断ることもできない。先にその人の呪いを解いてあげよう。
部屋を出て案内された道の先に階段があった。その階段を上り、だだっ広い王宮の間から伸びる廊下を歩いていくと、武器かずらっと並ぶ鍛練場のような場所へと出た。

「ここは銀蠍塔と呼ばれる場所よ。で、呪いを解いて欲しい奴は、あいつ」

ヤムライハさんがビシっと指差す先にいたのは、床の隅で寝転がっている誰か。
とりあえず手の届く場所まで近付いてみると、ブツブツと声が聞こえてきた。

なんだよなんだよマスルールの筋肉バカめ。俺ぁお前をいつもいつも可愛いがってやってんのによ、何か気に食わねえことがあったらすぐに俺をバカにしやがって。アリババの野郎も落ち込んでる俺が飲みに行こうって誘っても用事があるだのなんだの断りやがるし、師匠を元気づけてあげようとかそういう優しい気持ちがないのかねえ。王サマを酒に誘えばジャーファルさんにすっげぇ怖い顔して殴られるしよぉ。皆冷てぇ、悲しくなってきた、八人将は冷血なやつらばっかだぜ。俺は、俺はもう必要とされてねえのかな。ちっ、落ち込んでる俺を見るなり魔法バカ女なんてゲラゲラ笑いやがんだからな、てめえの薄化粧の顔の方がよっぽど笑えるっつーのグフォオオオ!!!

黙れ剣術バカ

ヤムライハさんが杖で寝転がる人の頭をぶん殴った。殴られた頭を抱えるこの人は、シャルルカン様だ。

「な、なにすんだよぉ、もう俺にかまうなよ、俺はいらない子なんだ」

いつもシャルルカン様をお見かけした時は自信まんまんな笑顔を振りまいていらっしゃるのに、今日の様子はどことなく違和感がある。
喋るな気持ち悪い、とヤムライハさんにボコボコにされながらもブツブツひとり言をもらしている。

「コイツの呪いうっとうしくてイライラするの。どうも、精神面を衰弱させられたらしいのよね」

「なんというか、イヤな呪いですね」

「普通でもイラッとくるのに、ほんとたまらないわ。お願い、呪いを解いてやってくれるかしら」

「はい、やってみます」

暴れないようにとシャルルカン様の頭を杖で押さえ込んでくださっているうちに、寝転ぶ体を上から抱きしめ、素早く耳を噛んだ。しばらくするとひとり言がピタリと止んだ。

「……おい、魔法バカ女、どうして俺の頭を杖で押さえ込んでんだ」

「あら、剣術バカの呪いが解けたようね。世話のかかる奴」

杖をどけろ!と片手で薙ぎ払い、飛ぶように立ち上がった。二人は口ゲンカを始め、仕舞いには取っ組み合いのケンカを始め、髪や服を引っ張り……。まあ、なんにせよシャルルカン様も元気そうでよかった。
さあ、一つ解決したところで次だ。
急いでジャーファル様が閉じ込められている牢のカギを探し出さないと。

「あの」

「ん!?誰だこの姉ちゃんは」

「あんたの呪いを解いてくれた人よ!」

「えええ!そりゃ助かったぜ!ありがとな!」

両手を握られ、少年のような笑顔を向けられた。シャルルカン様の笑顔に弱い女性は島中にたくさんいると聞いたが、なるほど、この人懐っこさは母性本能をくすぐられる。
お役に立てて嬉しいです、そう返事をし本題へと入った。

「地下牢のカギを探していたら、カギを保管している部屋へたどり着いたんですね。でも、カギが多すぎてどれがどれだか分からなくて」

「そういえばさん、牢に誰か捕まっているの?」

「あ、ジャーファル様です」

「「 え 」」

ポカンと口を開けて固まる二人。
しまった、先にジャーファル様が捕まっていると言っておくべきだったかな!?
仕舞いにはわなわな震えだし、二人は顔を引きつらせてお互いを見合った。

「あの人が牢に閉じ込められるなんて、おいおい、誰だそんな勇気あることした奴は!

「ジャーファルさんの怒り狂う顔が見えるわ……なんて怖いことしてくれるの!

「牢のカギなんて、確か腐るほどあったよな。あんなもん、どれがどれだが分かんねーよ!」

「どうにか探し出すしかないじゃない!ここで話ていても仕方ないわ、早く行きましょう!」

銀蠍塔から地下牢へと猛ダッシュで戻ることとなった。
ヤムライハ様は杖に乗り一足先に地下へ。私はシャルルカン様に引きずられるように手を引かれ地下牢へと到着した。
シャルルカン様、走るスピード早すぎだ!!

「さあ!カギ探すぞ!つってもよ、どのカギだか分かんねーから、全部持って行って一つ一つ確かめるしかねーよな?」

「まあ、そうなるわね」

「んじゃ、とりあえず壁にかかってるカギを全部集めるか!ああ、結構めんどくせーな」

「ごちゃごちゃ言わないで手を動かしなさい!さんも手伝ってもらえるかしら!」

もちろん!とりあえず壁一面に吊るされているカギを三人で一つの袋に集めた。
袋を持ち上げるとズッシリとした重さに腕が軋んだ。これは地下牢のカギだけではなく、他の部屋のカギも保管されているのではないだろうか。数があまりにも多すぎる。
ジャーファル様が捕まっている牢まで急いで駆け付け、カギを一つ一つ確かめる作業を開始した。

「「ジャーファルさん!!!」」

ジャーファル様の痛々しい姿を目の当たりにした二人は悲痛な声を上げる。
そりゃそうだろう、いつもは堂々とした姿なのに、こんな。

「ヤムライハ!シャルルカン!二人とも無事でしたか!」

「はい!ここにおられるさんが呪いを解いてくださったのです!」

「呪いを!?そうですか、あなたは救世主ですね。さん、感謝します」

ジャーファル様は頬笑みながらお言葉をくださった。大変な状況だというのに、こんなにも優しい笑顔になれるこの方は素晴らしい。
カギを合わせながら頭を何度も下げた。

「ヤムライハ、シャルルカン。あなた達に頼みがあります」

「「はい、なんなりと」」

「王が心配です。どこにいらっしゃるのか検討もつきませんが、まずは柴獅塔から順に探して来てください」

「「かしこまりました!」」

「必ず二人で行動すること。いいですね。先に言っておきますがケンカをするんじゃありませんよ。コラ、言ってるそばから睨み合わない!!」

ジャーファル様は、まるで二人のお兄さんだ。
八人将の方々と話をするなど人生初のことだが、差別をされるわけでもなく普通に接してくださる。本当にシンドリア王国は恵まれた国だ。
さん、ジャーファルさんをお願いします!そう二人に背を押され軽やかな足音は遠ざかって行った。
ほら、私も早く牢に合うカギを探し出さないと!

さん。すみません、手間をおかけして」

「いいえ、私でお役に立てることでしたら何でもします!」

「……私の記憶が正しければ、中央市で働いている方ですよね?」

「はい、そうですが。あの、どうしてご存知なのですか?」

「評判ですよ。あなたへ会いに中央市まで買い出しへ行く者も王宮にはいますから」

そんなの初耳だ!会いに来てくれている方がいたとは、なんて嬉しいんだろう。
ジャーファル様にこうしてお褒めの言葉をいただけるなど思ってもいなかったことだ。商売を続けて来て良かったな。
しかし褒められることに慣れていないので、少し恥ずかしくなった。頬がゆるゆるする。顔をなるべく下に向けカギを合わせていると、金属の外れるような音がカギ穴から聞こえた。
へ、もしかしてカギが開いた?鉄格子を押して引いてみると、見事に扉が開いた。

「ジャーファル様!開きました!」

「見事です!さあ、次はこの鎖をほどいて下さい、お願いします」

ジャーファル様に近付き改めて姿を見ると、言葉を失ってしまった。
衣服、顔、特に口元に血がこびりついていたからだ。何かの拍子で相手に攻撃され吐血されたのだろう。
これは早く助け出さなくては!!
手足に何十にも巻かれた鎖、どこからほどいてけばいいのか混乱してしまうほど複雑に巻かれている。
まずは手から二の腕にかけて巻きつく鎖を外していくことにした。ジャーファル様の前にひざまずき、失礼しますと断りを入れ作業を始めた。細い鎖と太い鎖が交互に巻きついている。途中からはもっと細い鎖が。三本の鎖で縛ってあるのかな?これは時間がかかりそうだ。
それにしても誰がここまで頑丈に縛ったんだ。ジャーファル様の肌、血行が悪くなり変色しているだろうな。
ほぼ勘を頼りにガチャガチャ音を立ててほどいていると、作業をしている私の手に一粒の雫が落ちてきた。
顔を上げるとジャーファル様が苦しそうな顔をされ、額から大量の汗が噴き出ていた。

「ジャーファル様、気分が悪くなりましたか!?」

「いいえ、気にしないで下さい。私の汗であなたの手を濡らしてしまいましたね、申し訳ない」

薄暗くて顔色までは分からないが、とても辛そうだ。体のどこかに大きな傷を受けたのだろうか。
早く、早くこの鎖をほどかないと!!
それから数分、鎖をほどこうと苦戦する手にジャーファル様の汗が幾度となく落ちてきた。

「この鎖が、こっちだから、次は細い鎖を、あと少し、これを、あ、外れた!!外れましたジャーファル様!」

「……っ……よく、がんばってくれまし、たね」

「ジャーファル様?」

様子がおかしい。口元から唾液を垂らし、薄気味悪くこちらを見て微笑んでいる。先ほど大量に噴き出ていた額の汗は引いていた。
私の手に落ちていた雫は、汗ではなく唾液だったの?

「もう我慢できません……どこか、どこか食べさせて」

「お腹が空いたのですか!?それでしたら厨房から何か食べ物を持って参ります!厨房の場所を教えて下さい」

「違う、人…ハァ……っ」

「!?」

鎖から解放されたジャーファル様の手が私の肩を掴み、地へ押しつけた。
この状況は、え、え、え、え、え。私、危険?
まさか、ジャーファル様にも呪いがかかってる!?
あまりにも誠実な態度に呪いはかかっていないものだと信じ込んでいた。しまった、こんな、どうしたらいいのさ!
呪いを解くにも、腕を押さえこまれて抱きつくことさえできない!!

「この柔らかそうな頬、ひとかじり……させて下さいね」

「や!駄目です!ジャーファル様!しっかりして下さい!あなたは呪いにかかっているんです!」

「騒ぐな、食べにくいだろ」

「いっ!!!」

頭突きをされ、後頭部を地に打ちつけられた。視界がゆがみ、吐き気が襲ってくる。
その間に顔を近づけ、私の右顔面を舐め上げた。何をする気なのか、やめて、怖い!

「……ジャーファルさん、すみません」

頭上から誰かの腕が伸びてきた。
その腕に殴られたジャーファル様は壁を粉砕する勢いでぶっ飛び、激突した。

「大丈夫スか」

私の体を抱き起こしてくれたのは八人将の一人、マスルール様だった。
次から次へと八人将の方が現れて、驚くことも忘れてしまう。乱れた私の服を整え、牢から連れ出してくださった。

「今のジャーファルさんは人喰鬼です。近付かない方がいい」

「人喰?それも呪いですか」

「はい。あまりに危険な呪いだと王が判断し、自らジャーファルさんを鎖で縛り牢に閉じ込めたんです」

「そうでしたか。私、呪いを解く方法知っているんです。ジャーファル様の呪いを解かせてください」

「……いえ、その前にシンドバッド王がお呼びなんで一緒に来てください」

王様が私を呼んでいるって、どういうことだ。
アリババくんに連れてこられてからそう時間は経っていないはずなのに。私が王宮へ侵入したと情報が広まっているのだろうか。
でも、目の前で苦しむジャーファル様を放っておくなんてできないよ。

「まずはジャーファル様をお助けします。それにきっと深手を負われています。たくさんの血が飛び散っていました」

ああ、とマスルール様はうなずき、衝撃な一言を言い放った。

「あの血は人を喰い散らかした時についたものっスよ」

人を食べた?だから口の周りに集中して血が付着していたの……!?
いやいやいやいくらなんでもそんな、そんな、そんなの信じたくない!!呪いとは言えありえないでしょ!!
先ほどすごく優しい言葉をかけてくださったのに、あの言葉は本当だよね?ウソじゃないよね?
鎖をほどいている時に何度もこぼれ落ちていた唾液、あれは、お腹が空いて、人を食べたくて、優しい言葉で私を釣り……ようするに食料として見られていたってこと?頬を舐め上げてきたあの行為は、やだ、考えたくない。
考えれば考えるほど茫然とし、力なく地へと崩れてしまった。

そんな私をマスルール様は軽々と片手で抱き上げ、歩き出す。




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