シンドリア城 




私を片手で抱き上げるマスルール様は、王宮の上へ上へと足を進めている。
先ほどの話からして、おそらく王様の元へ向かっているのだろう。
王様はこの呪いについて詳しくご存知なのだろうか。皆に何がしら異常が起きているこの事態。
アラジンくんは、他国の魔法使いに強烈な呪いをかけられていると言っていた。そしてヤムライハ様は呪いも魔法の一つだとおっしゃっていた。二人の話を合わせると単純な答えが出てくる。
シンドリア王宮に魔法をかけられた、そういうことになるよね。
狐の妖怪、子供を青年に、大人を小さく、精神面を衰弱化、人間を人喰鬼……まるで絵本や童話の登場人物をそのまま再現しているように思える。他国の魔法使いだか知らないが、とんだ悪趣味野郎だ。
その厄介な魔法使いは王宮に不法侵入した上で特定の人物に魔法をかけたのか、それとも王宮全体に魔法をかけたのか、どうなんだろう。私が王宮へ侵入してから八人将以外の方を誰一人として見かけていない。大勢の方が王宮で働いているはずなのに。皆どこかで苦しんでいるのか、無事なのだろうか、安全な場所へ避難していればいいけど、高齢の方もたくさんいるはずだし、食料は足りているのか、ジャーファル様は……。
疑問と不安ばかりが頭の中に渦巻いて仕方がない、あーもう!!
自分で頭をガシガシ小突いていると、マスルール様は大きな扉の前で足を止めた。私を地へ降ろし扉を開ける。

「王、連れてきました」

やはり、部屋の中にいるのは王様のようだ。
地下牢でジャーファル様がヤムライハ様とシャルルカン様に王様を探すよう命令されていた。二人は会えただろうか、王様ここですよ!それとも既に中にいるのかな?
よし、まず王様に疑問を全てぶつけて聞き出せることは聞き出そう。
マスルール様の後に続き部屋へ入ろうとした、瞬間だった。
後ろから伸びてきた手に口元と腹部を力強く押さえられた。なに、今度はなに!?勘弁してくれ!!

「騒がないで。お願い、私を信用してください」

落ち着いた少女の声。
おいおい、信用するも何も、突然後ろから口元と腹部を押さえてくるなんて怖すぎるでしょうが!
マスルール様が振り返るのと同時に、少女は私を抱えてとんでもない速さで走りだした。

「ひぃぃぃ!なに、あなた誰ですか!」

「王に会ってはいけません。あなたを助けます」

初めて見る少女の顔は無表情。どことなくマスルール様に似ているような……って、そんなマスルール様が後ろから追いかけてきますけど!?
それに気付いた少女は上ってきた階段を飛ぶように駆け下り暗闇の廊下を走った。どこだか分からない場所で足を止め、薄っすらと見える扉を開けるなり私を中へ投げ入れる。うぎゃあ!と色気のなさすぎる悲鳴を上げながら床に転がる私に、すみません、と一言つぶやいた。少女は部屋へ入らず即座に扉を閉め、更に廊下を走って行った。
――で、何がしたかったの?この部屋に投げ入れて、あの、あれか、また放置か!?
少女の足音が消えると、それを追いかける素早い足音が近づいてきた。おそらくマスルール様だ。よかった、もう一度王様の部屋まで連れて行ってもらおう。こんな意味の分からない部屋にいても前進できる術がない。

さん」

「ひっ!」

静かに、そう言って口元に人差し指を当てるその人を見た途端、大声を出してしまった。
月明かりを反射する金髪、頭の左右から生えるケモノ耳、この顔、まぎれもなく奴だ。

ああああああ!!アリバぶぐぉっっ!!!

「こら!静かにしろって!」

口内に指を突っ込まれ、声を封じられた。うええ!その手はトイレに行って洗ったんでしょうね!?うわぁぁ何か変な味がする。
この野郎、私を王宮へ連れ込んだ張本人め!
するとアリババくんは口内から指を抜き取り、私を抱き上げた。

「急いでるんで、我慢してくれよ!」

「!?」

そして何の迷いもなく窓から飛び下りた。急な事態に叫ぶことさえ忘れ、本日二度目の浮遊感に白目を向くしかなかった。
少女に投げ入れられた部屋にアリババくんがいて、窓から飛び降りて、次は何だ、何が起こるのさ、どうしてこんなに怖い思いをしなくちゃならないのさぁぁぁ!!だいたい王宮に呪いをかけた魔法使い、こいつが一番の元凶だ。ぶっ飛ばしてやりたい!
地へ着地し、しばらく走ったアリババくんは大きな木の下に私を降ろした。ここなら安全だ、とのこと。

「ファナリスは鼻がいいから逃げてもすぐに見つかっちまうんだ。でもこの木は特殊な香りを発しててかく乱することができる。心配いらないよ」

「ごめん、ファナリスって、誰?」

「人物じゃなくて戦闘民族だよ!知らねぇのか?」

「んん、聞いたことはあるような」

「そのファナリスがマスルールさんだ。さっきさんを部屋に投げ入れたあいつもファナリスだけど」

彼女の名はモルジアナだと教えられた。更に、モルジアナは信用のできる味方だと言いきった。
それを聞いて疑問が浮かぶ。味方って、どういうことだ。

「じゃあ敵もいるの?」

「そこなんだよ!俺さ、さんに大切なことを言い忘れてて」

ごめん!と謝罪してくるアリババくん。いや、むしろ私を無理矢理に王宮へ連れてきたことに謝罪しろ
アリババくんには訊きたいことが山ほどある。
そう、敵味方なんてこの際どうでもいい。どうして私の名前を知っていたのか、王宮に連れてきて放置した理由は、私を放置して今まで何をしていたのか、まずそこから答えてもらおうじゃないの!

「ねえ、その前に答えて。どうして私の名前を知っていたの」

「や、その話しは今度な。でさ、その言い忘れてたことなんだけど」

「名前を知っていた理由を今すぐ答えろバカ!!!」

「えええ!バカってなんだよバカって!」

彼が私を連れてきたせいで、とんだ事態に巻き込まれたんだ。そんな私の質問に答えるのは当然だろう!
思いっきり睨みつけてやった。こんな薄暗い場所で鬼みたいな顔されたら驚きもするでしょう。怯えろ怯えろ!そして質問に答えろ!

「……んだよ、その顔」

「見て分かるでしょ。睨んでるの」

「そんなつやっぽい顔して男を見上げたら駄目だ」

「は?」

「あーもう、教えてやるよ。なんで名前を知っていたか」

シンドリア王国に来て、バザールに出かけた時に私を見かけた。そして一目惚れしたんだ、そう告げられた。
バザールとは中央市の通称名である。
なかなか話しかける勇気がなくて、私と親しく話をしていた者から名前を聞き出したらしい。
気付いていないだろうけど、毎日遠目から見てたよ、とも付け足された。

「だからさんの名前を知ってたんだ」

あー言っちまった恥ずかしい!と頬に手を当てて悲惨な顔をするアリババくんは全く男らしくなかった。
ケモノ耳はしおれ、尻尾もパタリとしな垂れる。

「あの、そんなこと言われても私まったくときめかないわ、ごめん。元気出して」

速攻でふられたよ俺ぇぇぇぇぇ!!!!!!!

「じゃあさ、どうして私を王宮へ連れてきたの?惚れてる人を呪いのかかっている場所へ連れてくるなんておかしいよ。しかも放置したじゃない」

「……それは、シンドバッドさんの命令に耐えられなくなって」

あろうことか王様のことを『シンドバッドさん』と呼んだ。まるで知り合いのおじさんみたいな呼び方。
とんだ変わり者だ。それとも八人将に匹敵するほどの権力を持ち合わせているのだろうか。

「王様の命令って、なに」

「王宮に呪いがかけられたことで国民を巻き込まないよう徹したんだ」

『王宮の者は王宮の外へ出ることを禁ずる』呪いをかけられた日、王様はこの命令を即座に下したという。
王様の言い分は正しいと誰もが従い、皆、王宮内で食料を節約し生き延びているとのこと。
もちろんアリババくんも従っていたらしい、が。
私を見れない日々に限界を感じたアリババくんは、一つの考えにたどり着く。一度だけ抜け出し、私を王宮へ連れ去ろう!その計画を実行したのが本日となる。
放置した理由は、恥ずかしくてそばにいてられなかった、だそうだ。
 殴 っ て い い か な 

「冷静になって考えれば、すげぇ迷惑なことしちまったよな」

「もっと早く気付きなさいよ!」

「でも俺の気持ちは本物だ。何をしててもさんが頭にちらついて、こんなこと今まで無かった!」

「だからって、勝手すぎるでしょ!何の説明も無く王宮に連れてこられた私の気持ちを少しは考えた!?」

「もちろん考えたさ!どうすれば俺のことを好きになってくれるか、とか!」

「知るかぁぁぁ!!!!」

「俺を好きになってくれよ、頼む、お願いだ」

「ちょ、ちょっと」

あろうことか座っている私にまたがり抱きついてきたかと思えば、胸に顔をうずめてきた。実は変態か貴様!!!!
しかしあることにピンと来た。今のうちにアリババくんの呪いを解いてしまえばいいんじゃないか。もしかしたら狐の妖怪へと呪いをかけられた上に、精神面もコントロールされているのかもしれない。
大人しくしている今がチャンスだ!

「やめてくれ」

アリババくんの背中に腕を回し、耳に噛みつこうとすれば顔を避けられた。

「俺を抱きしめて耳に噛みつけば呪いが解けるんだろ?アラジンの呪いを解くとこ、しっかり見てたよ」

「知っているならどうして避けるの。呪いは解かないと」

「元の姿より、こっちの方が格段に強い。皆を守れる」

「なにそれ。ずっと呪いのかかったままで人生を過ごすの?」

すると再び胸に顔をうずめてきた。
しばらく無言が続いたので、質問に答えてよ、とつぶやいた次の瞬間。ザンっと地を裂く音が聞こえた。
音のした方を見てみれば、地についていた私の右手、正確には親指と人差し指の隙間に剣が突き刺さっていた。その剣の柄をにぎっているのは、アリババくんだ。
これ、あと何ミリかずれてたら指が吹っ飛んで……!!

「急に、なにするの、びっくりするじゃない!」

「話を戻そう。言い忘れてたこと、今から言うぞ」

先ほどよりも声が低い。怒ってるの?怒りたいのはこっちだよ!
この流れ、良いように話を丸めこまれているような気がする。

「シンドバッドさんに近付いちゃ駄目だ」

「王様に?」

「そう。俺とモルジアナは見たんだ。誰かの体をしぼって血を抜き取ってるとこ」

血と聞いて背筋がゾクッとした。
血を抜き取る?何の為に。おそらく呪いだ、呪いのせいに違いない。
そういえばあの少女、モルジアナさんも王様に会ってはいけないと同じようなことを言っていた。

「シンドバッドさんは危ない。だから、皆を守れる力が必要なんだ」

……俺の呪いは解かないでくれ、と弱々しい声で懇願してきた。
何となく意味は理解できた。この話からして、敵味方も見えてきた。しかしよくもまあ、そんな危険と知りながら私を王宮内に放置できたもんだ!ちょっとイラっとくるね。

さん、分かってくれたか?」

「うん、分かった。分かったから、そろそろどいてくれる。アリババくん重い」

「やだ。こんな気持ちのいい時間そうないからなぁ」

「あのねえ!いい加減にしなさいよ!」

がっつり抱きしめてくるアリババくん、抱きしめるだけでいやらしいことは何もしてこない。
まるで母親に甘える子供のように思えた。まあ、変態に変わりはないだろうけど。




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