純血人生




毒を見る





朝、リヴァイの耳をくすぐらせる声、それは誰の声であるか。
彼が抱き締めている『誰』は、何故か身体を突き放そうと必死に胸を押してくる。
彼がわざと絡みつけている足は、逃れようと力を込めてくる。

「苦しいって言ってんでしょうが!しかもそろそろ起きないと遅刻する!」

挙句の果てには、「この変態!」と言い捨てリヴァイのアゴへ頭突きをお見舞いする始末である。
元気の良い彼女はと言う。リヴァイと、二人の関係は十数年前から始まった。
とある理由で幼いを拾ったリヴァイは、親の代わりとなり今まで一度も投げ出すことなくここまで育ててきた。
手探り状態の中で、衣食住を与え、間違ったことは叱り、少ない会話を交わしつつ、不安定な一つ一つの人生を守ってきたのだ。
そのような存在を大切に思うのは当然だろう、とリヴァイは寝ぼけた頭で考える。
(……抱き締めて、何が悪い)

「ほら、今日は古城に戻る日でしょ。起きて準備しないと」

「うるせぇな、分かりきったことをいちいち言うな」

「なら!この腕!放してよ!」

「朝ぐらい、いいだろ」

「良くない!私も仕事あるんだから!」

(数年前までは、口数の少ない奴だったのにな)
以前のはリヴァイが視界に入るだけで怖がり、近寄ろうともせず、いつもどこか怯えていた。
その割に口を開けば憎らしい口調で、お前が嫌いなの、と視線をそらしながらリヴァイへ発言することも多々あり、どこで育て方を間違えたのかと頭を抱える時期もあった。
こちらを睨み上げてくるを前にしてそのようなことをふと思い出す。
腕の中で暴れるの頭を少々乱暴に撫でてやれば、目をつむり「寝ぐせが更にひどくなる!」と反抗する態度で訴えてくるが、表情は柔らかい。
本気で嫌がるのなら、殴るなり、蹴るなり、噛みつくなり、いくらでも方法はある。
それを知っているリヴァイは、嬉しさで胸が痛みだす。少なからず俺を受け入れてくれている、となんとも言えぬ感情が身体全体を通じて溢れ出し、異常なまでに熱くなる感情を押し殺すべくを更に強く抱き締めた。

「……ねえ、リヴァイ、いい加減にして」

「放すのがめんどくせぇ」

「は?放すのがって……また意味不明なこと言って!あのね、私もそろそろ怒るよ!?」

「怒りたいなら怒ればいいじゃねぇか」

「ああもう、冗談は置いといて。本当に仕事開始の時間がせまってきてるから」

現実的な内容に頭は冴え、また隙を見つけて抱き締めればいいかと思いついたリヴァイはしぶしぶ腕の力を弱めた。
途端、大切な温もりが自分の腕の中から離れていき、先ほどまで熱くなっていた感情は一気に苛立ちへと変化する。
(こいつ……少しは名残惜しく離れろよ)
気に食わないと言いたげな表情を浮かべつつ、の着替える様子をベッドの中から見ていると、部屋の扉が激しく叩かれた。
二人して扉を振り向き、何事かと固まってしまう。すると、部下である兵士がリヴァイの名を激しく呼んできた。

「兵長!リヴァイ兵長!大変です!兵舎近辺に巨人が現われました!」

その言葉にベッドから飛び起き、立ちつくすを押しどけ扉へと駆けつける。
兵士の話によると、現在即席で結成された第一班から第五班の兵士が既に討伐を開始しているとのことだ。
状況を理解したリヴァイは素早く着替えを済ませ、立体機動装置の固定ベルトの装着を始める。
リヴァイがあわただしく動いている中、目の前で立ちつくすは着替えの途中で下着姿のまま動かない。
そんなの視線の先は、窓の外に向いていた。

「……リヴァイ、外に巨人がいる」

「外を見るな!これは緊急事態だ。お前は地下に避難していろ、いいな」

「だめ、だめだ、もう遅いよ、目が合った、あ、あ、こっちに来ないで!」

「おい、落ち着け!」そうリヴァイが叫ぶと同時に巨人の手が部屋の窓と壁を突き破り、躊躇することなくの身体を鷲掴みにする。
一瞬のことであった。
巨人は伸ばした腕を引き戻し、捕らえた獲物を口の中へ放り込もうとするが、暴れるの足を隣にいた巨人が掴み、放せ言わんばかりの引っ張り合いとなる。
の身体は巨人の力に耐え切れず、片足が千切れた。更に二体の巨人は勘に触ったのか体当たりするなどのケンカを始め、手に持っていたを地面へと落とす。
その一部始終をリヴァイは呆然と見ていた。いいや、違う、助けに行きたくとも、足が動かないのだ。足どころか指の一本さえ動かない、首も動かない、まさに金縛り状態である。かろうじて、眼球と口だけは動いた。
の名を我武者羅に呼び続けるリヴァイだが、次に起こる光景を目の当たりにし、皮膚が裂けそうなほど目を見開いてしまうのであった。
片足を失い地面に落ちたの周囲に、どこからともなく数人の男が集い始めたのだ。
あっという間にを取り囲み、男達は下着を引き裂き、持ち前のナイフで柔らかい彼女の肌に傷をつけていく。
(待て、なにしてんだてめぇら、ふざけんな、そいつに触るな)

――リヴァイ……

「そいつに、触るなっつってんだろうが!」

「ぅぐえ!」

肩で息をするリヴァイの視界に映るのは、いつもの見慣れた部屋であり、そこはベッドの上であった。
あわてて部屋の窓と壁を見るが、どこも破壊されてはいない。夜の闇に溶け込み静かにたたずんでいる。
呼吸を整え、額に浮かぶ汗を拭き取り、意識が昂っている頭を整理した。
(今のは、夢か?なら、あいつは……)
自分の隣を見下ろすが、昨夜一緒にベッドへ入ったはずのがいない。
もぬけの殻となったシーツの上には窓から差し込む月の光により、リヴァイの影だげが虚しく映し出されていた。
(……どこへ行きやがった)
時計の針は深夜の時刻を指している。このような時刻へ、どこへ行ったというのか。
急いでベッドの脇へ移動し床へ勢いよく足をついた途端、下からうめき声のような汚い声がリヴァイの耳に届く。
それに加えて、リヴァイの足は床の感触ではなく柔らかい何かを踏んでいた。
視界が暗い中で目を凝らすと、そこには捜していた人物が不格好な姿で横たわっており、思わず肩の力が抜ける。

「お前、そんなところで何してんだ」

「いったぁ……」

「そこまで寝相悪かったか?」

「バカ!リヴァイがいきなり私をベッドから蹴り落としたんでしょうが!」

唸るリヴァイの名を呼んでいたら、蹴り飛ばされたとのことだ。
「足をどけろ!足を!」と叫ぶの希望通りリヴァイは足を除け、床で寝転ぶ身体をベッドの上へと引き上げてやる。
文句を垂らしながら寝直そうとするだが、いつの間にか後部に移動していたリヴァイに腰を掴まれ、寝巻のズボンを一思いに引き下ろされた。
は目を点にしていると、上半身に身につけている寝巻も捲し上げられる。

「は!?へ、なに?どうしたの……って!ぶはっ!あははは!やめてっよ、ひゃははは!」

記憶に残る夢。
千切られる足、ナイフで切りつけられた肌、リヴァイはの全身を異常が無いか手の感触で確かめた。
古傷以外は綺麗な肌であり、安堵の溜め息を吐く。

「……俺の夢に出てくるなら、もっと可愛げのある姿で出て来い」

「はあ!?いきなり寝巻脱がして、触りまくって、何言ってんのよ。もう自分のベッドで寝る!」

「待て、離れようとするな」

「ちょっと!……リヴァイ?」

「寝るぞ。起こして悪かった」

離れて行こうとするの腕を掴み、ベッドへと引き戻す。
そして先ほど乱した寝巻を正し、逃がさないとでも言うかのように鎖代わりの布団をかけ、抱き締める。
突然の行動に違和感を感じたは、どうしたの、と遠慮がちにリヴァイへ声をかけたが、彼は返事をせずに寝たふりをした。
(……あんな夢、言えるか)
今まで幾度となく悪夢を見てきた経験からして、今回はひどく現実的な映像であったとリヴァイは考える。
妙な胸騒ぎを掻き消すよう東洋人特有の綺麗な髪へと鼻先を埋め、心地よい香りを何度も吸い込み再び眠りへとついた。



――この日より数日後、は地下街へとさらわれることとなる。









*END*








-あとがき-
毒を見る(番外編)、ご覧いただきまして、ありがとうございます!
以前から、いつか書こう!と考えていた内容でした。
まだベッドが破壊されていない頃のお話です。笑
痛々しい表現があり申し訳ありません;