純血人生




少年の火




エレンは、古城の地下牢で苦しんでいた。
初陣となる壁外調査から帰還し、先ほどアルミンより女型はおそらくアニだと告げられた。
(アニ……アニって、アニだよな、オレと同期のアニだよな)
いいや、分かっていた。女型とやり合った時の、あの、構え。あれは間違いなくアニであったと、エレンは分かっていた。
それでも報告せずにいたのは、何かの間違いだと甘ったれた感情がどこかに渦巻いていたからに違いない。
先ほどから震えが止まらず頭を抱え込んでは、頭皮をかきむしるが、正常な意識を保てず呼吸を荒くするばかりである。
逃げたくなる気持ちからまぶたを閉じると、仲間だと信じていた先輩達が女型により瞬殺される残酷な映像が繰り返され、エレンを更に苦しめた。
(さっさと巨人になって戦っていれば、先輩達は今頃生きていたかもしれねぇのに。いや、でもそうしたらアニはどうなっていた……?)

――ぅっ……はぁはぁ……ああ、くそ!

苦しくてたまらない胸に手をやれば、腹部に少々違和感を感じた。
そこで思い出す、の血がついているシャツを壁外へ隠し持って行ったことを。
あわてて取り出し、抱き締めた。汗でしっとりと濡れていたが、少なからずエレンの心を落ち着かせる不思議なシャツである。
ふと先輩達が瞬殺される映像が、五年前に母親が巨人により食い殺された映像へと切り替わった。
次第に兵舎を歩く映像が流れ、そこに笑顔のを見つける。
を見た途端に思い出すのは、耳をつままれた心地よい痛み、頭を撫でられた感触、抱き締めた時に嗅いだ香り……。
追いつめられていた感情が自然と和らぎ、エレンの呼吸を整えた。
(……さん、今、何してんのかな)
「また洗濯物を干して、あ、今は深夜か」などとつぶやき口角を上げては、元気で明るく、少々口うるさいの姿をひたすら妄想する。
(名前を呼べば、必ずこちらを振り向いて笑顔を見せてくれるんだよな)
(あの人はいつも笑顔で、こっちまで嬉しくなって)
たまらず抱き締めていたシャツを顔へ当てがい、微かに残る生臭い血の匂いを吸い込む。
そうすると、心臓が異常なまでに高鳴りだすのだ。手足の指先、頭、唇、下半身にも、脈が響いては興奮の余興となる。
この感情が何か、薄々気付き始めていた。
母に似ているという以前の記憶、それは既に消えかかっており、更に熱い火が、灯ろうとしている。
(……こんな時に、何考えてんだ、オレは)
場違いな感情を抑えるため、エレンは一度深呼吸をした。
それでも、やはり求めてしまうのはの存在であり、取り憑かれたよう幾度となくに名前を呼び続け、自然と目に溢れるのは涙だ。

「会いたい……会いたい、さん……」

再びエレンは頭を抱えてしまう。
会いたいと思えば思うほど、違う意味で胸が締め付けられ、見事に苦しめられた。
人間とは厄介で、考えるな、考えるな、と唱えるものほど、深く考えてしまうよう心が誘導してくる。
どんなに欲しても、我慢しなくてはならない時はあるものだと、エレンは自分に言い聞かせ感情を誤魔化す。
(耐えろ、今を耐えろ、甘ったれた考えしてんじゃねぇよ!)
考えとは裏腹に、シャツを抱き締め、痛む胸を何度も小突いた。
先輩達、女型、アニ、、悩んでいる全てのものが絡み合う。
ただ、辛い。

「……エレン、起きてる?」

ふと呼びかけられた優しい声。
恐る恐るそちらを振り向けば、鉄格子前で片手に小さなランプを持ち、誰かが立っていた。
もちろん、その人物が誰だかエレンは声で理解する。
薄暗く照らされるその人物は、眉を垂れ下げながらも笑顔を向けてくるであった。







*END*







-あとがき-
少年の火、ご覧いただきありがとうございます。
第20話でのエレンの心情を、はい、何やら少々いかがわしい表現の部分もありましたが、くぁぁすみません!
本編でも、エレンをもっと出していこうと考えています。