純血人生




恐怖の兵舎




地下街へさらわれた事件後、には兵舎の外出を許可される時間帯が定められた。
朝の八時から夕方の五時、この時間帯以外の外出は禁止とされている。いわゆる「門限」というやつだ。
調査兵団の団長であるエルヴィンの発案からリヴァイやハンジも賛同し、外が明るい時間帯のみ外出をみとめようとのことで、朝の八時から夕方の五時、そう取り決められたらしい。それに加え外出する際は、エルヴィン、リヴァイ、ハンジ、ミケの四人のうち誰かに必ず声をかけて外出許可を取るように、とのことだ。もし四人が兵舎を不在にしている場合は外出を控えるように、とも言い付けられた。
は門限や外出許可を取るなど子供のような決まりごとを定められただけでも堅苦しい思いをしていたのだが、まだ甘かった。エルヴィンの気持ちは更に上回っていたのだ。真なる本音はというと、「兵舎の敷地内から外へ出したくない」これである。
よって、エルヴィンとサポート側の上官が話し合った結果、先日までトロスト区の避難民を対応していた仕事からは外されることとなり、現在は兵舎で洗濯や掃除など、兵士の身の回りの世話というべき仕事ばかりをしていた。
兵舎を飛び出したくなる気持ちに駆られるほどの青空を瞳いっぱいに映しながら、は今日も洗濯物を干し続けている。
とはいえ、兵舎を一歩も出てはいけないと言われたわけではない。許可された時間帯の間であれば外出許可を取り、何を言われようとササッと出かければ良い話だ。
(……気分転換に、お買い物にでも行こうかな)
太陽の位置からして、今は昼を過ぎた一時頃だろうか。時間は待ってくれない、出かけると決めたなら早めに行動した方がよさそうだ。
さて、そうなると外出許可を四人のうちの誰に取るかである。洗濯物を手早く干しながら考えた。
まずリヴァイは班の皆と古城にいる為兵舎には不在。ミケも同じく今朝方ナナバとゲルガーを引き連れ兵舎を後にしている。
となると、誰よりも忙しいエルヴィンは外すとして、ハンジにしぼられた。決まりだ。
久々の外出に心躍る中、それでも洗濯物は全てに丁寧に干し終え、ハンジがいるであろう研究室へ足を進めた。
兵舎の一階奥を突き進み、シンと静まる廊下の先に研究室はある。研究室とはいえ、ハンジの部屋と化しているのだが。
普段は来ない場所に少々緊張しつつ、扉を叩きハンジの名を呼んでみる。しかし、反応は無かった。不在だろうか。
何気なくドアノブに手をかけて力を加えてみると、簡単に扉は開いた。
研究室には常にカギがかかっているイメージから不思議に思い部屋の中をこっそりとのぞいてみる。
中は暗幕のようなカーテンで光をさえぎられている為、夜であるかのように暗く、一ヶ所にだけ小さなランプの光が煌々と輝いていた。
そのランプに半身を照らされているのは、研究室の主であるハンジである。やはり、ここであった。
研究に没頭していたせいで声が聞こえなかったに違いない、そう考えながらはハンジへと近付いていく。

「ハンジさん、仕事中ごめんなさい」

「……縦1メートル、横10センチ。縦1メートル、横10センチ。縦1メートル、横10センチ……」

「あの、ちょっと兵舎を外出したくて」

「うなじ、うなじ、うなじ、うなじ、うなじ、縦1メートル、横10センチ、うなじ……」

「行ってきてもいいかな?って、絶対聞こえてないよね!?おーい!ハンジさん!」

アゴに手を添え、目の前にある大きなテーブルを見つめながら引っ切り無しにつぶやくハンジの肩を軽く揺さぶってみた。それでも気付いてくれない。
は意地になり、テーブルの周りに鋭く大きな杭が転がっているのを避けながらハンジの視線の先へ回りこんだ。大袈裟に手を振りもう一度名前を呼んでみる。
さすがにハンジも気付いたのか、予想外の訪問者に驚いた表情へと切り替わった。

?どうしてここにいるの!?え、なに、なに、びっくりしたー!あれ、カギかかってなかった?」

「開いてたよ。それにハンジさん何度呼んでも気付いてくれないんだもん。でも、ごめんね、仕事中なのに」

「いやいや!そんなの気にしなくていいから。何か用事?」

「えっと、外出したくて。外出許可を」

「ああ!いいよ、行っておいで!……あ、でも」

「ん?」

「少し研究を手伝ってくれたら、許可してあげようかな。うん、そうしよう」

「手伝いって、何をしたら……って、うわ!へ、ちょ、ハンジさん!?いっ、いたたたたた!」

あわただしく声を発す間にも、上半身を目の前にあるテーブルへと押し付けられ、仰向けからうつ伏せへと引っくり返された。
尻を突き出す姿勢で背後から体重をかけられ、なんとも言えぬ羞恥から悲鳴を上げるが、そんなを見てハンジは口角を上げる。
このテーブル、正しくは実験台であることには気付いていない。
暴れるの背中を服の上から撫でるように触り、うなじにかかる髪をかき分けた。
次第に、「縦1メートル、横10センチ」と再びつぶやき始め、うなじを指先でなぞり、測り、つまみ、仕舞いには軽く引っ掻く。
は背筋に走る寒気が尋常ではなく、力の限りハンジを押しどけ実験台から転げ落ちながらも、距離をとった。

「……ハンジさん!あの、外出許可を」

「まだだ、まだ答えが見つかって無い、もう少し協力してよ、ね」

「あ、なら、も、もういいや!ありがとう、エルヴィンに外出許可もらうから!失礼しました!」

「あれ、逃げるの?ひどいなあ、協力してってお願いしてるのに。ほら、そんな怖がることないよ」

「ひいいっ!さようなら!」

暗闇の中、一歩、一歩、手を差し伸べながら笑顔で近寄って来るハンジを避け、は扉へと走った。
扉を出てからも廊下を走り抜け、エルヴィンのいる執務室までの長い階段も一気に駆け上がる。
(怖かった……あそこまで怖いハンジさん、久しぶりに見た!)
ハンジは巨人の研究に没頭すると、興奮のあまり何をしでかすか分からないことで有名だ。まさに、先ほどの奇行はそれに当てはまるだろう。
執務室の扉前で痛いほどに高鳴る心臓に手を添えながら、扉を叩いた。
エルヴィンは次回の壁外調査に向けて相当忙しいとのウワサが立っている。できることなら邪魔はしたくないだが、一度外出したいと考えてしまうと気持ちを抑えることも出来ず。
部屋の中から、「誰だ」との声がかかり、は自分の名前を告げると、すぐに扉は開かれた。
案の定、扉の内側から姿を現したのはエルヴィンだ。

、めずらしいじゃないか。執務室に来るなんて……って、どうした?顔色が悪いな」

「あ、顔色……気にしないで」

「額に汗まで浮かばして、大丈夫か?まあ、入れ。ソファーに腰掛けなさい。辛いなら横になってもいいぞ」

今日は特に訪問者の予定は無いからな、と付け足しの背中を押して中へと招き入れる。
久々に足を踏み入れた執務室は、質素ではあるが一部分だけ見事に散らかっていた。それはエルヴィンの使用しているデスクの上であり、作戦書であろう紙であふれている。乗り切らなかった紙は床へと舞い落ちたのか、そこらじゅうに散らばり、ソファーの置かれている床下にまで入り込んでいた。
この有様をリヴァイが見たら何て言うだろうか、と想像してしまい妙な恐怖に満たされる。

「この紙の山をリヴァイが見たら何て言うか、そう考えていただろ」

「心を読まないでよ……だって、これはひどいでしょ。リヴァイの綺麗好きは異常だけど、やっぱりある程度は整理整頓しないと」

「俺も掃除しないとって考えるんだけどな、今はその時間も惜しくて」

そう困ったように言い放つエルヴィンの顔は寝不足を強調するかのように、クマが色濃く浮かんでいた。
疲労しているのが外見で分かるほどだ、掃除などしている時間が惜しいという意味も何となく理解できるというもの。
しかし、このまま放っておくわけにもいかない、そう考えたは腕の袖をまくし上げる。

「なら、私がしてもいい?作戦書の中身は見ないから、整頓するだけ」

「いいや、俺が時間を見つけてするよ、気を遣わなくていいさ」

「エルヴィンは少し休憩してて、あ、仕事を続けてくれてもいいよ。邪魔しないようにする」

「……はは!それじゃあ、押し付けるようで悪いが頼んでもいいか?ほとんどがボツの作戦書だ、適当に積み重ねてくれるだけでいい」

「了解です!」

エルヴィンは一息吐きながらソファーへと腰を下ろし、疲れ目を労わるように目頭を押さえる。
その姿を目にしたヨウは、少しでも役に立ちたいとあふれる感情は昂るばかりで。逆に言えば、これぐらいしか役に立てることがないという虚しい事実なのだが。
まずは床へ散らばる作戦書を拾い上げることから始めた。あちらこちらに何十枚も散乱している。
次にデスクだ。無造作に重ねられた互い違いの作戦書を全てそろえ、デスクの右端から順に並べた。さすがに紙がかぶさっていたおかげで、デスクの上にはホコリが少なく乾拭きだけで十分であった。見る見るうちに整頓されていくデスクは執務室にふさわしい立派な姿を取り戻す。

の手にかかれば一瞬か。手慣れているものだな」

「そりゃね、仕事柄もあるし、リヴァイと生活しているのもあるし」

「……ああ、改めて考えるとそうだな。特にリヴァイとの生活は……毎日が掃除中心なんじゃないのか?口うるさく掃除掃除と……」

「あ、今ちょっと気の毒とか思ったでしょ!?」

「いやいや!掃除をするのはいいことだよ」

「確かにリヴァイの潔癖具合には腹が立つこともあるけど……。はい、この束で最後だね。整理整頓、終了!」

所要時間20分ほどだろうか。会話をしながらの作業は時間が短く感じるもので、あっという間であった。
エルヴィンは綺麗になったデスクを見つめながら拍手をし、「おかげで新しい作戦が思いつきそうだ!」と声高らかに喜びを言い表す。
少しでも役に立てたのなら良かった!心底そう思うだが、仕事頑張ってね、とは言えず、「あまり無理しないでね」そうねぎらいの言葉が自然と口から出ていた。

「……、おいで」

「え、なに?」

「早く」

手招きをしてくるエルヴィンの前まで行くと、開いた足の間を叩き、ここへ座れと笑顔で言い放ってくる。
子供の頃は良くエルヴィンの足の間や膝上に座っていただが、さすがに恥ずかしいと思いつき、後ろへ一歩引いてしまった。

「どうした?」

「足の間に座るのは……その、もう私も大人だし、うん」

「座る場所に大人も子供も関係無いだろう。俺が来いと言ってるんだ」

「だって……、あ、エルヴィン!?うわ、強引だ……!」

が顔をそむけていると、エルヴィンはその隙を利用し、もじもじとする彼女の腕を掴んでは自分の足の間へと引き寄せた。
すっぽりと足の間へ尻から納まったは突然のことに唖然としてしまう。
ふと頭に乗せられた温かい手は、温かく、優しい。は子供の頃から、この手が大好きだ。

「……また子供扱いされてる気がする」

「そんなことないぞ。俺はを大人として見ているさ」

「本当かな」

「いつの間にかこんなに身体も成長して。十分に大人だよ」

そう言うなりの脇腹に手を添え、ほんの少しだけ身体を密着させた。
どうしたの、と首をかしげながら後ろを振り返れば、目を細める優しい笑顔でこちらを見てくるエルヴィンと目が合い、も笑顔を浮かばせる。
そこでハッとした。
執務室へ来た理由を思い出し、足の間から立ち上がっては外出許可が欲しいとあわてて告げる。

「もう二時だろう。今から外出するのか?」

「まだ二時でしょ!お買い物がしたくて」

「ダメだ。今から出かけて、買い物をして、五時までに帰って来れるわけがない」

「走る!全速力で走るよ!だからお願い!」

「走る?荷物を抱えてか?それは危ないな。今日はあきらめなさい」

「そんな……私だって兵舎から出たい日もあるの!」

のことを思って言ってるんだ。理解してくれ」

真剣な表情でそのようなことを言われると言い返せなくなり、口ごもってしまう。今、まさに大人に言いくるめられた子供と言えるだろう。
エルヴィンは心配をして少々厳しいことを言っているのだと本人も理解はしているが、どうにもこうにも自由を奪われたようで辛く感じてしまうのだ。
「エルヴィンのバカ」と子供じみた一言をつぶやけば、「ああ、俺はが可愛くて仕方ないバカだよ」そう言い返され、噴き出してしまう。

「よし、仕事が落ち着いたら、どこかへ連れてってやる。だから今日は我慢してくれ」

「調査兵団の団長が仕事の落ち着く日ってあるの!?」

「そういう日を作るさ。無理矢理にでも」

再び腕を引かれ、足の間へと納まる。
当然のごとく頭へ置かれる手に頬が緩みながらも、エルヴィンに軽く背を預け、彼の温かさに身をゆだねた。
心が落ち着く空間に浸っていると部屋の扉がノックされ、「エルヴィーン!」と元気の良い声が響いてくる。
返事を待たずして扉は開かれ、入ってもいいかな、などと言いながら部屋の中へ足を踏み入れる人物。その人物と目が合ったは固まってしまう。

「ハンジ、何か用か?」

「あー、うん。ミケ達が帰って来てね。例の資料だってさ、はい」

「ああ、ありがとう」

「ね、エルヴィン。少しを借りていいかな」

「なんだ、人手が足りないのか?」

「違う違う!個人的な用事でね」

「そうか、構わないぞ。、行っておいで」

首を微かに横へ振るに対し、ハンジは満面の笑みであった。
素早くの手を掴みソファーから立ち上がらせ、エルヴィンには見えないよう何かを見せつけた。
それは鋭い針が差しこまれた注射器であり、「私と一緒に来るよね」と小声で言い放ってくる。
(もし、反抗したらそれをぶっ刺すと……!?)

「い、行く、行きますよ……」

「うん!は素直だね、よし、行こう!それじゃあね、エルヴィン」

執務室を出るなり、もう少しだけうなじの研究に付き合ってね、と影のある笑顔で告げられ、は身体を硬直させてしまう。
普段は明るくて少しずれているが優しいハンジを知っているだけに、研究となると人柄が変わる様には未だに慣れないでいる。
の気持ちなど知るよしも無くスキップをするハンジは鼻歌まで口ずさむ始末だ。
(無理にでも外出許可を取るべきだった……!)

今日ばかりは兵舎にいる方が危険な気がするの勘は、その後、当たることとなる。








*END*








-あとがき-
恐怖の兵舎!ご覧くださいまして、ありがとうございます!
エルヴィンとハンジの日常的なお話でした。
なんだか最後が……ちょっとバッドエンド的な……すみません!
奇行ハンジさんに捕まるとこうなるらしいです。
ありがとうございました^^