純血人生




足と首に





ベッドで上半身を起こし、まだ半分寝ている頭を片手で支えた。
壁にかかっている時計を見て約二時間しか寝ていない事実に更に頭が重くなる。このような寝不足の身体だというのに、よく起きれたものだ。
何故ここまで寝不足に襲われているのかというと、答えは簡単。
昨夜、後数分で日付が変わりそうな時刻にリヴァイが部屋へ帰ってきたのだが、何を思ったのか本格的に床の掃除をし始めたのだ。
結局ベッドへ入った時刻は深夜を超えて朝方になってしまい、結果この寝不足である。
床掃除とだけ聞けば、ある程度綺麗に掃く、磨く、拭く、この作業を思いつくのが普通だろう。
しかしリヴァイの床掃除はこうだ。まず家具を部屋の隅へ移動させる、床を掃くだけでは納得いかず隙間に残る汚れも身体をかがませて徹底的に取る、隅から隅まで優しく磨く、汚れていない雑巾で二度拭きをする、床に触れる家具の足を拭いて元あった場所へ戻す、家具を移動させていた部分の床を掃くところからの繰り返し。
考えただけでも究極に面倒くさい一連の流れを、リヴァイは実際にするのだから、掃除が好きとはいえすさまじい忍耐を備え持っているのだろう。それに付き合わされる私の我慢強い忍耐は、更に上回っていそうだが。
このまま横になり二度寝をしたい衝動が湧いてくるけれど、仕事がひかえているのでそういうわけにもいかない。どんなにベッドを名残惜しく思おうと時間は進む一方なので、気持ちを切り替えて背伸びをした。
ベッドの脇へ移動しクツを履こうと床をのぞき見れば、いつも履いているクツではなく、見覚えのない黒いクツがそろえて置いてあり首をかしげてしまう。
腕を伸ばしそれを持ち上げてみると、とても軽く、傷一つない表面に加え、脱げ防止の為か足首に細いベルトを巻ける素敵なデザインであった。
まるで何かの晩餐会にでも履いていくような高級なクツであるように思え、恐れ多くも再び床へと置く。もちろんそっと、丁寧に。
(誰の……まさかリヴァイのじゃ、ないよね)
一緒にベッドへ入ったはずのリヴァイはいつの間にかいなくなっており、兵服や立体機動装置の固定ベルトが無いことから、既に仕事へ行ったのだと理解した。
履き慣れているクツはどこへ行ったというのか。クツがひとりでに歩き出すわけもないので、どこかにあるはずだ。
昨夜はあくびを何度もしながら掃除をしていた状態で、あまりはっきりとした記憶が無い。もしかすると掃除ついでに寝ぼけてどこかへ仕舞い込んでしまったのかもしれない。
素足のままベッドから立ち上がり、部屋の中を探した。すると、意外にもすぐに見つかった。
私達は溜まったゴミを一ヶ所へ集めているのだが、何故かそこへ白い箱が置かれあり、「いかにも」である。
何気なく開けてみれば、履き慣れているクツが綺麗に納まっていたのもので、頭に浮かぶのはハテナだ。
先ほど綺麗なクツを見ただけに比べ物にならぬほど汚れて見えるが、このクツは自分の給料を奮発して購入したクツなだけにそう簡単に手放せるものではない。
(しかし、誰が勝手に私のクツを……)
誰と言えど、この部屋に住んでいるのは私とリヴァイ以外に誰もいない。
いくら寝ぼけていたとはいえ、自分のクツを箱に収納してゴミの横へ置き去るなどするだろうか。……しないだろう。
そうなると、やはり汚いクツを見るに堪えないリヴァイの仕業であるとしか考えられない。そして新しいクツを履けと、ベッド横へ置いてあったのではないだろうか。
だからといってあのような高級そうなクツを履く勇気も無く、今箱から取り出した履き慣れているクツを身につけて落ち着いているのだが。
ベッド横の床で揃えられた黒いクツを遠目から見ていると、兵舎に取りつけられている鐘が鳴りだした。仕事開始の合図である。
あわてて身支度を整え、部屋を飛び出た……のはいいが、扉を開けると目を輝かせるハンジさんと、廊下の壁へ背を預け腕を組むリヴァイが真正面にいた。

「おはよう!……あれ、あれ!?」

「……てめぇ、なんだそのクツは」

私の足元を見るなりハンジさんは廊下へと崩れ落ち、リヴァイは眉間のシワを深くしてこちらへ迫ってきた。
これはどういう状況だろうか。二人共、足元を見た途端にこの反応だ、先ほどの高級そうなクツと関係がありそうな気もするけれど。
案の定リヴァイが、「ベッドの横に新しいクツが置いてあっただろ」と少々低い声で発してきたので、縦にうなずく。

「どうして履いてねぇんだ。しかも、わざわざ古いクツを引っ張り出してきたのか」

「古くてもいいでしょ!履き慣れてるから、こっちの方が落ち着くの」

「うるせぇ。何のために昨夜時間をかけて床掃除したか理解してねぇだろ」

「掃除したい気分だったからじゃないの?」

「違う、お前の新しいクツを迎え入れるためだ」

「知るかーーーーー!!!」

「叫ぶな。さっさと新しいクツに履き替えて来い」

「……はい?」

「いちいちい聞き返すな。早く履き替えて来い」

……この命令口調が私はあまり好きではない。
上から押さえつけるような、自分に服従させるかのような、何でも思い通りにならないと気にくわないと言わんばかりの雰囲気。
まあ、こればかりはリヴァイの性格なのでどうすることも出来ないが、どういうわけか私のクツにまで口を出してくるなんて。
正直、腹が立つ。
とは言えリヴァイの威圧感は相当なもので、「仕事があるから」そう言い訳を述べ小走りでその場から逃げた。
逃げ出す瞬間に今までうつむいていたハンジさんが顔を上げ、待って、と呼び止めてきたが、足を止めずに前へと進む。
後を追いかけて来ることも無くすんなりと逃げ切れたことに少々違和感を感じたけれど、そこまでリヴァイ達も暇ではないということだろう。

私はいつも通り洗濯物を外へと持ち出し、洗う作業から開始した。
井戸から水を汲み上げ、白いシャツを洗いながら、考える。
あの高級そうなクツ、私の今履いている古いクツを察してリヴァイかハンジさんが購入してくれた物だと予想がつくわけだが。
先ほどは古いクツが履き慣れているだの、トゲのあるような口調と行動を取ってしまったが……逆の立場になってみるとどうだろう。
リヴァイとハンジさんのクツが古びていたので、新しい物をプレゼントした。しかし履き慣れている方がいいから、と受け取ってもらえなかった。
(……うわあ、ショックだ)
しかし私は二人に……。恐ろしいほどに失礼な態度を取ってしまったことに気付き、ゾッとする。
更にハンジさんが呼び止めてきた時の悲痛な表情を思い出すと、胸が痛んだ。ハンジさんに眉を垂れ下げるような表情をさせてしまうなんて。
白いシャツを見つめながら、どうしよう、どうしよう、と焦る気持ちばかりが募っていると、ふいをつくかのように右肩を軽く叩かれた。
肩を跳ねさせながら反射的に右を振り向けば、そこには笑顔のエルヴィンがおり、朝からご苦労様、そう声をかけられる。

「エルヴィン、びっくりした……!あ、おはよう」

「ああ、おはよう。いくら名前を呼んでも反応が無かったもので肩に触れたんだが、驚かせてすまなかった」

「呼んでくれてたの!?ごめん、本当に気付かなかった」

「何か考え事でもしてたのか?」

その質問には笑って誤魔化した。考え事というよりは、反省に近い事項だ。
とりあえずリヴァイとハンジさんに謝罪をしなくてはならない。今からでも駆けつけたいところだが、二人共仕事の真っ最中だろう。
昼食時か、夕食時か、二人が仕事から遠ざかった隙を狙う、これでいこう。二人の許しを得たら、新しいクツをありがたく履かせていただきたいところだが。
私が頭でいろいろと考えていると、納得いかないとでも言いたげな表情を向けてくるエルヴィンに、「嬉しい悩み事なの」と告げておいた。

「そうか、ならいいんだが」

「ごめんね、変な答えで」

「かまわないさ。……さあ、では本題だ。、今から執務室に来れるか?少し頼みたいことがあってな」

「分かった。今洗っているのを干してからでもいいかな?」

「ああ、そうしてくれ。では、執務室で待ってるよ」

お互い片手を振り合い、エルヴィンはその場から立ち去って行く。
姿が見えなくなったところで、あわてて洗い終えた洗濯物を竿へと干した。使用した井戸水を片付け、まだ洗い終えていない洗濯物は一度中へと持って入る。
今日は天気が良いので昼から干しても夕方には乾くだろう。まずはエルヴィンの元へ行かないと。
それにしても、頼みごととは何だろうか。以前にエレンが兵舎へ来る前日に地下牢の掃除を頼まれたのが最後、久々である。
執務室までの階段を一段一段上がっていると、視界にやたらと主張して飛び込んでくる足元がリヴァイとハンジさんを思い浮かばせた。
(早く謝りたいな……)
先走る気持ちを抑えながら廊下を歩き、たどり着いた執務室の扉を叩く。扉はすぐに開かれ、中へと招き入れられた。

「仕事中に悪いな」

「いえいえ、私にできることなら何でも言いつけてね」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「それで、私に頼みたいことって何かな?」

「まあ、頼みごとというより……実はな話をしたかったんだ。とりあえず、ソファーに腰かけてくれるか」

ソファー前に誘導され、座るように指示が飛んできた。話、とは。
私がソファーへ腰掛けると、その隣にエルヴィンも腰を下ろし、足元を指差される。

「先ほどリヴァイとハンジの様子がおかしかったもので話を聞いたらの名前が出てきたんだ」

「あ……」

「新しいクツより履き慣れているクツの方が良いと、そう言ったそうじゃないか」

「あの……あとで、謝罪しにいこうと考えていたところで」

「それが、先ほど言っていた『嬉しい悩み事』か?」

「……うん」

「そうか!謝罪する気持ちがあるのなら安心したよ。後で大切なことに気付く事態は、俺もよくあってな……」

の気持ちが手に取るように分かる、そう言うなり頭を撫でられた。
皆に素直でいることは難しいだろうけれど、できることなら大切な人にだけでも常に素直でいたいものだ、などと言葉を付け足したエルヴィンは優しい笑顔を浮かべる。
エルヴィンの言う通り、素直が一番である。先ほどの私のように変な意地を張るのは、相手に嫌な思いをさせるだけだ。
すると、エルヴィンが閃いたようにポンとヒザを叩き、面白いことを教えてやると言い放って来た。

「え、なになに?」

「新しいクツのことなんだが、右がハンジで、左がリヴァイらしいぞ」

「はい?」

「二人共同じ日に同じクツを購入したと食堂で気付いたらしくてな、話しあった結果片足ずつプレゼントしようということになったらしい」

「それ偶然的に?」

「ああ、本人達がそう言っていたんだ。面白いだろ?二人の趣味が合うなんて、めずらしいこともあるもんだ」

今のエルヴィンの話からリヴァイとハンジさんが部屋の扉前で待ちかまえていた理由を理解した。
どちらかが購入したのではなく、二人が購入してくれていたのだ、と。
申し訳無い気持ちと、嬉しい気持ちが昂り、一刻も早く謝罪したい衝動に駆られる。

は、リヴァイとハンジの存在が大切か?」

「もちろんだよ!ね、私、今から謝罪しに行ってくる」

「まあ、待ちなさい。それじゃあ、新しいクツは履くと?」

「当然!これからたくさん履いて、履き慣らしていく」

「……らしいぞ。良かったな、二人共」

「らしいぞ?え、なに?」

エルヴィンのセリフと同時に背後から気配を感じた。
恐る恐る後ろを振り向けば、ソファーの後ろでこちらを見下ろしてくるリヴァイと、涙を流すハンジさんがおり、唖然としてしまう。
まさか、今の会話を全て聞かれていたということだろうか。
あわててエルヴィンの顔を見ると、だましてすまない、と小声で告げられた。
(そんな……私、おかしなこと言ってないよね!?)

……もう、謝罪なんていらない!そばにいてくれるだけでいい!」

「うるせぇクソメガネ。泣くな、気持ち悪い」

二人はソファーの後ろから前へと移動するなり、私の真正面でヒザをつき履き慣れた靴へ手をかけ脱がしてきた。
ハンジさんは右足、リヴァイは左足を。
そして、持ってきたのであろう新しい靴を履かされ、両足が少しだけ窮屈な感覚になる。
手を引かれソファーから立ち上がり、少し部屋内を歩いてみろとの指示が飛んできた。
妙に恥ずかしい気持ちがあふれたが、ここで嫌がってはまた雰囲気を悪くしてしまいそうなので、部屋の端から端へ適当に歩いてみる。
歩く私の姿を見つめるリヴァイとハンジさんは声をそろえて、似合ってる、と告げてきた。
その声を合図にソファーへと戻り、頭を下げる。

「あの、リヴァイ、ハンジさん。さっきはごめんなさい。新しいクツ、ありがとう!」

「うん、喜んでもらえて良かった!右を大切にしてね、左は破けたらスペアがあるからいつでも言って」

「ハンジ、てめぇ……」

ハンジさんのセリフに反応したリヴァイは、即座に同じようなセリフを言い返してきた。
左を大切にするべきだ!右を大切にするんだよ!まるで子供のような言い合いが繰り返され、どうすれば良いのかと困り果ててしまう始末だ。
そこへエルヴィンが、「は両方を大切にするよな」と助け舟の一声をくれ、思いきり縦にうなずいた。
どちらかを粗末に扱うなどできるわけがないだろう。
それでも、右!左!の言い合いが続き顔を引きつらせていると、横からエルヴィンの腕が首元に伸びてきた。
後ろの髪を掻き上げられ、うなじの辺りで何やらごそごそと手を動かし始める。
突然のことに、「なに」と甲高い声を出してしまい、リヴァイとハンジさんも言い合いを止めて目を見開きこちらを見てきた。

「女性物のアクセサリーは留め具が小さいからな……よし、はまった。俺からのプレゼントだ」

「……あ」

首元を手で触れてみると、細い金属の手触りにネックレスだと理解する。
リヴァイとハンジさんからクツを、エルヴィンからネックレスを、何故私はこんなにもプレゼントをいただいているのだろうか。
兵士として活躍もしていない、ただサポートをしているだけの私が、このような……。

「今日はが兵舎へ来た記念日だからな。誕生日が無い代わりに、こういうのもいいだろう」

「え、今日が……?」

「先日、手帳を片付けていたら数年前の物が出てきて。が兵舎へ来た日と記入してあったんだ。それが今日だ」

「エルヴィンの手帳に!?」

「そう。このことをリヴァイとハンジに言ったら、偶然にも同じクツを購入してたってわけさ。なあ、二人共」

舌打ちをする二人と、そのような以前の出来ごとを記入してくれていたエルヴィンに、改めて勢い良く頭を下げた。
あつかましいかもしれないが家族とも言える三人を前にして、あたたかい気持ちがあふれて、あふれて。

、来年もこうして祝おうね」

「……ありがとう!ハンジさん」

「うん!ちなみに私の誕生日は九月五日だよ」

「ハンジさんって九月産まれなんだ、意外と知らなかったな……覚えとくね!」

「誕生日なんて兵団では祝うことないもんね」

この会話を聞いたリヴァイは、ドカッと音を立てるかのごとくソファーへ腰かけ、「俺は十二月二十五日だ。しっかり覚えとけ」そう荒々しく言い放ってきた。
なんというか、睨みつけながら誕生日を告げられるなんて初めてだ。
続いてエルヴィンも、「ついでに十月十四日も覚えてくれると嬉しいんだが」と遠慮がちに告げてくる。

しばらく会話をした後、それぞれの仕事へ戻ったのだが、執務室から続く廊下を新しいクツで歩いていると、なんとも誇らしげな気持ちになれた。
窓ガラスに映る自分の首元に輝くネックレスが目につき、たまらなく心が躍り出す。
誕生日の代わりとも言ってくれた、大切な三人からいただいたプレゼント。
本当のことを言えば身につけずに保管しておきたいところだが、そのようなことをしたらまた何を言われるか想像できてしまう。
生活をする中で、私の必需品にしよう。大切に使わせてもらおう。身につけて毎日を精一杯頑張ろう。たくさんパワーをもらう!

(……九月五日、十月十四日、十二月二十五日、よし、覚えた!)









*END*








-あとがき-
足と首に、をご覧いただきまして、ありがとうございます!
プレゼントのお話を書きたくて考えていたお話です。
書いていて思ったのですが、靴のサイズをリヴァイとハンジは何故知っているんだっていう……。笑
エルヴィンからプレゼントされるネックレスって、お、おおお恐ろしいほど高額な気がしませんか。←すみません。
ありがとうございました……!