純血人生




好きとは




ふわふわと気持ちのいい今、何気なく考えてみる。

人間誰しも、一度は誰かを好きになったことがあるだろう。
何だかんだで優しい両親が好き、手助けをしてくれる兄弟が好き、気持ちを理解してくれる友人が好き。「好き」は様々だと聞いたことがある。
中でも一番話題性に長けている「好き」は異性に関するものではないだろうか。
ほら、こうして食堂で食事をとっているときも、どこからか聞こえてくる兵士達の楽しそうな会話の内容は……。

「あれあれ、どうしたの?儚そうな表情浮かばせて。兵士まみれの食堂で優雅にランチ中?」

「さっき仕事が落ち着いてね、今から昼食」

「そっかそっか!あ、向かいに座ってもいいかな?」

どうぞ、と手を招くとハンジさんは早々にイスを引くなり大袈裟に息を吐きながら腰を下ろした。
うぐぅぅいたたたた、など妙なうめき声を上げては首を回し、左の拳で右肩を叩きだす始末である。
細かい研究でもしていたのだろうか。相当疲れているようだが。
「よければ肩を揉もうか」そう声をかけると、「是非!って言いたいけど、今度私の部屋で揉んでくれる?」と語尾を小声にしながら返事を返される。
ここだとどこで誰が何を考えて見てるか分からないから、と怪しげな一言付け加えて。
少々話がおかしな方向へ傾きかけたので、何気なく先ほどのことが気になり話題をふってみた。

「……ねえ、ハンジさん。好きになるって、どういうことなんだろうね」

「そんなの解剖に決まってるじゃないか」

「へ?」

「だから解剖だよ。か、い、ぼ、う」

「待って待って、好きと解剖がどうすれば繋がるの!?」

「好きなものは徹底的に調べてこそ成果が得られるってもんでしょ。まあ、解剖は様々な実験をした後だけどね」

「それ違う!私が聞いてるのは、誰かを好きになるってことだから、ようするに恋ね、そっち!」

私の説明にハンジさんは両手のひらを叩き合わせ、ああ!と閃いたように二度うなずいた。
おそらく実験だの、解剖だの、好きは好きでも巨人のことを言っていたに違いない。
好きの言葉の次に解剖と即答したハンジさんが誰かに想いを寄せることはあるのか……まあ、気になるところだ。
すると意外にも間を置かずに語りだすもので、唖然としてしまう。

「誰かを好きになるってことは、手に入れたい、相手にも自分のことを想ってもらいたい、つまり気持ちの欲だよね」

「欲?」

「まずその欲を満たすには、私は行動パターンを把握することから始めるかな。そこから見えてくるものがたくさんあるからね」

「行動パターンから見えてくるもの……とは」

「日課として朝食の時間帯をかぶせる。そこで食事の進み具合を調べて健康状態を知ることができるでしょ。もし体調が悪いと食事を残すことが多いからね。そんな場合はさりげなくフォローしてあげるよ。次に、相手の仕事の量を前もって調べ上げておく。これぐらいの量だと何時間かかるか、とかね労働時間を細かく記録していくんだ。それを頭に入れておくと、こちらも仕事の量を調節して昼食や夕食の時間帯を合わせることが出来るってわけ。偶然をよそおい最低でも一日に二度は食堂で会うことが可能になる」

「……へ、へえ、すごいねハンジさん」

「あと私は一ヵ月に一度、必ず興奮する週があるんだけど」

「は、え、興奮?」

の周期、知ってるよ。そろそろだよね?月けブフ!!!

修正のかかりそうな会話が始まりそうだと感じた途端、ハンジさんの顔面は前のテーブルへめり込んだ。
誰かが背後よりハンジさんの後頭部を押さえつけているわけだが、その人物は不機嫌をさらけ出し、舌打ちを飛ばす。
更には、飯がまずくなるような会話をしてんじゃねぇ、とつぶやきティーカップを片手に持ちながら私の隣へ腰かけてきた。

「ああ、ハンジさんが!」

「気にするな。こいつはすぐに回復しやがる」

「だからって暴力はだめでしょ、リヴァイ……」

「で、何の話をして下品な会話になったか、理由を言え」

結局はそこが気になるのか、そう心の中で毒ついたのは秘密である。
飲みにくそうな持ち方でティーカップを口へと運ぶリヴァイは、こちらへ身体を向け足を組み、その足先で、「早く言え」とイスを軽く蹴ってきた。
相変わらずの威圧感に苦笑いをこぼしながらも、誰かを好きになるとはどういうことか、聞いてみる。

「それをお前は俺に聞くのか」

「え、いや、だって今ハンジさんとしてた話題がそうだから」

「……好きだの嫌いだの、俺にはよく分からねぇな」

「そうなの?」

「大切だと想う気持ちなら分かるが」

「なるほどね、人それぞれだなあ」

「まあ、常に触れたいと考えてしまう相手がそうなんじゃねぇのか」

「……触れたい?」

「自分の目の届くところに置いておきたい、誰かと会話をしていたら気になる、誰にでも愛想を振りまくと腹が立つ」

「そりゃ……はあ、大変だね」

「一番の悩みは甘えてこないことだな。もっと甘えればいいものの、バカ野郎が」

「あの、いつから悩み相談になったの、そして私を睨みながら言わないでくれる!?」

先ほどよりも強くイスを蹴ってくるもので、あまりにも不愉快であり一度だけイスを蹴り返してやると、頬をつままれ謝罪をするはめに。
いつもこうだ、いつもいつも私が悪役で、リヴァイが正義のような展開となるのだ。
まあ、殴られるかもしれないという恐怖ゆえに簡単に謝罪してしまう私も私なのだろうけれど。
そこへ、「ん、ハンジはいったいどうしたんだ」と声がかかり、リヴァイは私の頬から手を放す。
昼食のパンとスープをお膳に持ち現れたのはエルヴィンであった。突っ伏すハンジさんの隣へ腰かけ、パンを食べ始める。

「昼食の時間が四人共重なるなんて、久々だな」

「うん、ハンジさんは残念なことになってるけど……ねえ、エルヴィンは誰かを好きになるってどういうことだと思う?」

「また難しい質問だな。まず、どうしては好きの意味を知りたがるんだ?」

「よく誰かを好きだって話を聞くんだけど、私自身はいまいちぴんとこないというか……」

「なるほどな、それで気になるわけか。そうだな……俺の場合は条件付きとなるが」

「どんな条件?」

「俺の全てを理解してくれる相手であるか、だ」

エルヴィンの立場上、それは当然のことだろう。
厳しい現実の中で、調査兵団の団長を務めるエルヴィンがどれほどの苦悩を抱えているか、私では予想もつかない。
例えば、目を閉じるだけで様々な苦しい光景が思い浮かんでくるのではないだろうか。そのような彼を理解するところから、始まるのだろうな。
加えて調査兵団の兵士達は皆が皆、死と隣り合わせの人生である。そちらの理解も必要となるはずだ。
壁外へ進出し、帰って来なかった兵士など今までどれほどいたことか。悲しみの連鎖は常に続いている。

「……そういうわけで理解心のある女性に俺は引かれるな。そして独占したくなる」

「独占したくなるの!?」

「惚れた相手を独占したい思うのは普通だろう。考えるんだ、どうすれば自分を見てくれるか、心を掴めるか、とにかく考えて考えて一番効果的な策を実行する」

「なんだかよくわからないけど、すごいね、さすがエルヴィンだ!」

「とはいえ、今のところ全く効果が出ていない。……いつになったら気付いてくれるんだか」

そう言いながらパンを皿の上へ置き、私の頭へ手を伸ばしてくる。
しかし、その手を隣にいたリヴァイが軽く払い除け、「いい加減にしろ」と低くつぶやいた。
エルヴィンは無表情でリヴァイを見つめたが、数秒後には笑顔になり、「悪い、どうかしていた」そう謝罪を述べ、まだ食べ終えていない食器を片手に持ち立ち上がった。そのまま片付けを済ませ、こちらを見向きもせずに食堂を後にする。
……おかしい、どうも空気が重く感じる。ほら、リヴァイなど私の座るイスを再び蹴りながらエルヴィンの出て行った扉を睨みつぶすかのように見つめているではないか。
自分から質問をしておいてなんだが、逃げたい、この場から逃げ出したい。とても。
変な汗を額に浮かばせていると、数分後にはリヴァイも立ち上がり何も言わずに食堂を後にした。
気付けばテーブルに上半身を突っ伏すハンジさんと二人っきりになっており、先ほどまでの妙な緊張はほぐれ、溜め息がこぼれる。

「……ぐふふ!あーもう!笑いを堪えるのに必死だったよ!不器用な男達だねえ、本当にさ」

「ハンジさん!大丈夫!?」

「うん!なんともないよ」

そうは言うものの、打ちつけたであろう額と鼻の頭が真っ赤に染まっており心底焦った。
とはいえ本人は口元に手を当て、時に噴き出すように頬を緩めて笑っている。
何がそこまでハンジさんの笑いを引き起こすのか聞いてみると、両手を包み込むように優しく握られ、笑顔を浮かべてはウインクを飛ばしてきた。

でいいんだ。誰かを好きになるなんて気持ちはね、気付いたら好きになってるんだから今は考えなくていい」

だからは鈍感のままでいてね、と余計とも思える一言を最後に小声で囁かれる。
何故かまたも笑いを耐え切れずに噴き出すハンジさんときたら、それはもう楽しそうで。……少々頭にきたのは別の話だが。
ふと隣のテーブルを見るとナナバさんが同僚と食事をしており、目が合ったのでお互い頬笑みながら頭を軽く下げた。
はたまた、今しがた食堂へ入ってきたペトラが私の姿を見つけた途端、声は出さずに笑顔で大きく手を振ってくる。
こちらからも手を振り返し、顔の前でハートのマークなんかを腕で表現しメッセージを送ってみたり。
(はあ、なんだか心があたたかい……)
どうやら私は、誰が好きではなく、今が好きなようだ。
皆のいる今が、自然と笑顔のあふれる今が、大好きだ。

すると、食堂を出て行ったはずのリヴァイの声がどこからか聞こえ、必要以上に私の名前を呼んできた。頭に、ずんと響いてくる。
なにやら「今」を壊されるようなリヴァイの声に、私は拒否しているように感じた。仕舞いには身体を揺さぶられる感覚に、ハッとする。
「おい、大丈夫か」と私の顔をのぞき込むリヴァイが視界いっぱいに飛び込んでくるなり、ああ、と思った。
薄暗い部屋の中で窓を打ちつける強い雨の音を聞きながら呆然としていると、リヴァイは袖口で私の目元を拭き始める。

「……あれ、私ったら泣いてた!?」

「悪夢でも見たんだろ、ぶつぶつ言いながら泣き始めるから起こしたんだ」

「それがね、なつかしい夢だった気がする」

「そうか、ならいいが」

どうも雨の日は寝つきが悪くなる、とリヴァイは愚痴をこぼしながら布団をかぶり直しては私の手を握ってきた。
一緒のベッドで寝るようになり、どれほどの月日が経っただろうか。もう、今は慣れたもんだ。
私もリヴァイの手を握り返し、あることを聞いてみる。
誰かを好きになるってどういうことだろうね、と。

「……それをお前は俺に聞くのか」

「あれ、そのセリフさっきも聞いたような……気のせいかな」

「もう寝るぞ、ほら、お前も喋ってねぇで寝ろ」

「え、ちょっと、ちゃんと答えてよ、おーい」

「……答えなくても分かるだろ、バカが」

私がリヴァイの寝巻をつんつん引っ張ると、徐々に抱き締めてくる腕は力強く、頬を撫でてくる指先は格別に優しかった。






好き、とは――。






*END*






-あとがき-
好きとは、をご覧くださいまして、ありがとうございます!
連載終了後、初めての短編となりました。
夢おち、です!夢おち二本目です!おい
夢おちがどうも昔から好きで……。夢の中から現実に引き戻されたときの妙な空気が、最高に好きです。
そしてハンジさんが一番変態ですみません。
ありがとうございました!