純血人生 10





恐怖心以上に、お手洗いへ行きたい。

腕に拘束具がはまってからというもの、何時間が経過しただろうか。
ナナバさんと掃除をする際に点けたランプは既にロウソクが燃え尽き、辺り一面暗闇である。
ランプが消えた瞬間の恐怖といったら無かった。廊下先の階段からゆるりとした風が吹き込んでくるだけでも震え上がる始末であったが、人間とはどのような状況も臨機応変に対応できるらしく今となれば何ともない。
五年前、ウォール・マリアを破られてからというもの壁内では心霊現象が頻繁に起こるようになったゆえ、怖がっていても仕方ないわけだ。それだけ無残な死を迎えた者が多いという事実であろう。などと頭の中で考えている最中、地下牢の扉が吹き込む風に押されたのか鉄同士がこすれ合う音を響かせながら少々動いた。声にならない悲鳴を上げたのは言うまでもない。
おいおい何が臨機応変だ……!強がったところで現実逃避になってないぞ自分!
一刻も早く地上へ戻りたい気持ちが溢れ返り、拘束具から腕を引き抜こうと諦め悪く何度も挑戦するものの骨が引っかかり思い通りにはならなかった。
怒りで腕をベッドへ叩きつけてやると、鎖のこすれ合う金属音が豪快に響く。拘束具は天井から鎖で繋がれており、少し動かすだけでも連動するかのように音が鳴った。聞き慣れない音はやたらと耳につく、ああ、うるさい。

今の状況をどう足掻いても打破できないのであれば、助けを待つしか選択肢は無い。
明日になれば巨人になれる兵士とやらがここへ来るらしいので、気付いてはもらえるだろうけれど。とはいえ明日は明日でも、いつだ、朝?昼間?夜?
……いっそうのこと寝てしまおうか。ちょうどシーツを張りたてのベッドもあるわけなのだ。
さっそくベッドの脇に座っていた体を横にし、寝転がってみる。シーツから香る石鹸の香りがほんの少し恐怖心を和らげてくれた。
ため息をつきながら寝返りをうち仰向けになった途端、下腹部に引き締まるような感覚が起こり、あ、と思う。みるみるうちに下半身はうずき出し、両足をグッと閉じては荒い呼吸を繰り返した。
(駄目だ、お手洗いに行きたい……!)
生き物の生理現象なのだ、こればかりは仕方無いだろう。
再度拘束具から腕を引き抜こうと全力で引くも虚しく、やはり骨が引っかかる。拘束具の表面に仕掛けが無いか、もう片方の手で撫でてみれば小さな窪みを二つみつけた。それがカギ穴であるとすぐに理解はしたけれど、悲しいほどに気が遠くなる。
このしばらく使われていなかった地下牢である拘束具のカギを誰が管理しているというのだ、それとも保管しているのだろうか、二つのカギ穴は一つのカギで開くのだろうか。
その間にも下半身は更にうずき耐え切れずこの場から助けを求める声を盛大に上げてしまった。しかし、何の反応も無く終わる。
虚しいにもほどがあるだろう!もし、もし、我慢しきれずに……無い、それだけは阻止だ、死ぬまで我慢してやる。いつも誰かさんに好き勝手振り回されている私にも、少なからずプライドは残っているらしい。

我慢し続けること何時間だろうか。次第に下半身は麻痺し始め、ただ足が震えている状況にある。
今となれば心霊現象の恐怖心などは欠片も無く消え、むしろ助けにきてくれるなら霊でも悪魔でも誰でもいいとまで考えてしまうほどだ。
遠くから話声が聞こえるのは現実か、それとも幻聴か……いや、足音も聞こえる、誰か来たらしい。
体を動かそうとすれば麻痺していた下半身に激痛が走り、うずくまるしかなかった。助けが来たにせよ最悪であることは違いない、だって、これほど格好の悪い姿を見られてしまうなんて。
すると近くで足音が止まるなりランプの光が地下牢を照らした。案の定ベッドへ寝転がる私へ「誰だ」との声がかかる。
その声を聞いた瞬間、この最悪な状況下だというのに吹き出しそうになった。聞き覚えのありすぎる声に下半身へ込める力が緩みそうになったわけだが、これは不幸中の幸いかもしれない。微かな声で助けを求め、拘束具のついている手首をかかげては振って見せた。
ありがたいことに即座に私だと気付いてくれたのか、あわててこちらへ駆け寄ってきては顔をランプで照らされる。
視界いっぱいに映るのは驚きの表情を全開に浮かばせるリヴァイであった。しかし、私も負けずに驚きの表情を浮かべることとなる。
リヴァイの後ろで同じく驚きの表情を浮かばせるのは、あの時の少年だ。最近まで訓練兵だった彼が何故リヴァイと一緒にいるというのだ。
いや、そんなことは後回しだ、今はそれどころじゃない!

「おい、意識はあるな?何があった」

「それより……リヴァイ、もう私お手洗いに行きたくて行きたくて」

「便所に行きたいのか。辛そうな顔しやがって」

何を思ったのかリヴァイはランプを床へ置き少年に「手伝え」と言い放っては、ベッドへと上がってきた。同じく少年もベッドへ上がり、何故か二人に体をまたがれる状況となる。何をするのか目をこらしていると二人は天井から拘束具を繋ぐ鎖を手に巻き付け、思いっきり引き始めた。
まさか天井に固定されている部分を力任せに破壊する気だろうか。
そのような無茶をするならカギを探した方が早いのでは、少々心の中で毒づいていたけれど何度か引くうちにミシっと大きな音が鳴り、見事鎖を固定していた金具の破片が床へ散らばり落ちた。
拘束具は腕にはまったままだが、これで地下牢から出られる。
しかし動きたくとも腹部の痛みに力が入らず顔を歪めていると、リヴァイが手際良く解き放たれた鎖をまとめ私の体を抱き上げた。少年には床へ散らばった金具を掃除しておくよう指示を出し、一目散に地上へと走る。お手洗いまで連れて行ってくれるというのか、今回ばかりは感謝だ。
ここから一番近いお手洗いは一階にある食堂横。一分もかからずして目的地へ到着し降ろしてもらえると思いきや、何故か男子トイレへ足を進めて行くので焦りに焦った。
待って、何、なんで男子トイレ。

「リヴァイ、間違ってるよ!女子トイレに行かないと」

「体を動かすのも辛いんだろうが、拘束具もついたままだ。俺が面倒を見てやる」

「や、そこまで見なくていいよ、自分でするから!」

言い合ってる間にも個室へと連れ込まれ扉にカギをかけた。
待て待て、状況がおかしい、何かとんでもないことになっている気がする。大体、リヴァイの前で用を足せるわけがないだろう。
ほら、と言いながら体をかがませスカートの中へ手を入れてきたリヴァイの行動に頭の中で何かが切れた。小さな子供じゃないんだから、いくらなんでもこの扱いはひどいじゃないか!
最後の力を振り絞り個室から脱出しては女子トイレへ駆け込んだ。
拘束具から連なる鎖が邪魔で仕方なかったが何とか用を足し終え、無意識に我慢のしすぎで痛む腹部を撫でる。じん、じん、と膨張しては伸縮する感覚、当分この痛みは消えなさそうだ。
女子トイレを出ると、それはそれは不機嫌な表情を張りつかせたリヴァイが廊下で待ちわびていた。

「俺の親切心を踏みにじりやがって」

「あのまま続いてたら恥ずかしいどころじゃなかったよね、私」

「今更何言ってやがんだ。お前の下着なんざ見慣れてる」

「そうじゃなくて、その下着を脱がせようとしてたでしょ!?」

「当然だろう、履いたままするってのか?汚ねえ」

「……うん、もういいや、とりあえずここまで運んできてくれてありがとう」

あの行動はリヴァイの優しさだと受け取ることにしよう。実際、天井から鎖を引きちぎる行動は予想外であった。それも含めて優しさにしておこう。
さて、次は拘束具のカギを探さなくてはならない。誰が持っているのだろうか、やはり団長であるエルヴィンが管理していると考えるのが妥当だろう。
災難続きにうなだれていると、リヴァイに腕を掴まれ食堂へと連れ込まれた。食器棚からフォークを一つ取り出すなり指先で先端部分を少し曲げ始める。繊細な手付きでその先端部分を拘束具のカギ穴へと差し込み押し上げると、カチッと音が鳴った。
もう片方のカギ穴も同じように音がなり見事、腕から外れる。
拘束具から解放されると紫色に変色した肌が現われ、いかにも痛々しい。その腕を上から優しく握られ、誰にこのようなことをされたのか問われた。
掃除をしていた時に何となく腕につけていたら取れなくなってしまった事実をそのまま伝えると、究極に呆れられたわけだが。
そしてリヴァイの話から今は早朝だと知った。となると、私は地下牢に約二十時間近く滞在していたことになる。良く耐えれたものだ……。
昨日、エルヴィンは会議で兵舎を不在にしており、ハンジさんはリヴァイの任務先へ、ミケさんはナナバさんを連れ違う任務を遂行していた、そう聞かされる。道理で助けが来ない理由が分かった。他の兵士達は私が地下牢にいるだなんて想像もつかないだろうし、良くリヴァイが来てくれたものだ。
外れた拘束具を抱え二人して地下牢へと戻ると、ベッドの脇に少年が腰をかけていた。リヴァイの姿を見るなり慌てて立ち上がる。
先ほどは余裕も無く気付かなかったが、少年、調査兵団の兵服を着ているではないか。

「散らばった金具の回収、完了しました」

「よし。エレン、お前はしばらくここで休め。昨夜はハンジに付き合ったせいで寝てねぇだろ」

「あ、はい。でも……休むなんて」

「命令だ。後で指示を出しに来る。それまで寝てろ」

「ありがとうございます!」

俺は一度部屋へ戻る、そう私に声をかけリヴァイは地下牢を後にした。
すると少年がこちらへ駆けつけ私の前髪を遠慮も無く持ち上げては額をのぞき見る。

「額の傷、どうですか」

「ああ、もうカサブタになって治りかけてるよ」

「良かった……でも、びっくりしました。こんな所で再会するなんて」

大きな瞳を震わせる少年は嬉しそうな表情を浮かべてきた。それよりも、だ。この地下牢へ来る者は巨人になれる兵士だと昨日エルヴィンから聞いている。まさか少年が、その兵士だというのか。

「今、さんが何を考えているか、分かります」

「え」

「オレですよ、巨人。自分でもまだ良く分からないけど、気付けば巨人になっていて」

気付けば巨人に?人間として生活していた者が突然巨人になれたというのか。
ということは、壁外にいる巨人も元は人間?いや、そう簡単に決め付けられることでもないだろう。
謎ばかりが浮かび気のきいた返事の一つさえもできずにいると、「逃げないんですか」などと問いかけてきた。巨人になれる人間を目の前にして逃げないのか、そう言いたいのだろうか。
……何だか辛気臭いな。

「逃げるも何も、今はお腹が痛くてね」

「腹?え、変なもん食った、とか!?もしかして拾い食い……」

「違う!さっきまでお手洗い我慢してたから、じんじん痛むの」

「ああ、そうでしたね」

「おかげで逃げる体力も無いわ」

笑顔で言い放ち、背伸びをして頭を揺らすよう豪快に撫でてやった。
何するんですか!と慌てふためく少年だが、ランプに照らされる顔は眉を垂れ下げ明らかに照れている。まだまだ子供だなあ、なんて少々微笑ましく思えた。
人間が巨人になれるなど想像もつかないが、先日ウォール・シーナ内地で緊急会議が開かれた事態を考えると事実なのだろう。良くその事実を背負い調査兵団へ入団したものだ。強制的に入団したのか、自らの意思で入団したのかは不明だが、何にせよ彼の身柄は調査兵団にまかされたに違いない。
私が成り行きの予測を立てていると、少年は軽くあくびをし目をこすり始める。

「そういえば、昨夜は寝てないの?」

「ハンジ分隊長から巨人の話をひたすら聞かされて、気付けば朝でした」

「うわ……」

「聞き疲れていたら先輩兵が飛び込んでくるなり、捕らえていた二体の巨人が殺されたと報告が伝達され、急遽に現場へ向かうことになったんです」

「捕らえていた……ああ、ソニーとビーン!?」

「そう、それです!その帰りに今日訪れる予定だった兵舎へ直行したんですけど。移動中、寝不足のせいか馬から転げ落ちてしまって……」

なるほど、それでリヴァイも休むよう指示を出したのだろう。部下への気遣いができるなんて、良い上官じゃないか。それにリヴァイの判断は大正解だ。私の経験上、睡眠不足は全てを狂わせる魔物である。
少年の背中をベッド前まで押し、兵服のジャケットを脱がしてやった。起きているのも限界に近いのだろう、ベッドへ吸い込まれるよう体を横に倒し、まぶたを閉じる。それにしたって、幼い寝顔は巨人とまるで結びつかない。
ゆっくり寝てね、と声をかけ昨日持って来た掃除用具一式を両手いっぱいに持ち上げ地下牢を出た。
さあ、今日は避難民の元へ行かなければならない。昨日はエルヴィンの頼みだったとはいえ休みを取ったのだ、同僚の仕事を増やした事に変わりはない。
地上へと続く階段を上っていると、地下の扉が勢いよく開き肩が飛び跳ねた。何事かと振り返れば、寝たはずの少年がこちらを見上げ必死に腕を伸ばしながら駆け上がって来る。

「あれ、どうしたの。ノドでも乾いた?」

「いや、あの……今から仕事ですよね?手伝います」

「待って、寝不足なんでしょ?寝れる時に寝ておかないと」

「寝不足より、一人の方が辛いです。あ、荷物持ちます!」

昨日のナナバさんと同様に掃除用具一式を全て奪い上げられた。優しさは嬉しいけれど、リヴァイは少年に休めと指示を出したのだ。私の手伝いなどをして疲れ切ってしまうとまずいだろう。
奪われた掃除用具を更に奪い返し、とりあえず階段へと置いた。そして少年の腕を半ば強引に掴み地下牢へと戻る。

「今は体を休めることが任務みたいなもんでしょ、ベッドへ戻ろ」

「……邪魔ですか、オレは」

「いや、邪魔だなんて、そういう意味で言ってるんじゃないよ」

「ならいいだろ!何でも手伝う、言うこと聞くから!」

「言うこと聞いてくれるなら今は睡眠を取りなさいって」

言い争うような会話を繰り広げつつ地下牢へと入りベッドの脇へ座らせた。うつむかせる顔をのぞき見ると、まるで子供が泣き出す一歩手前のような表情をしていたもので、どうすれば良いのか分からず私なりに考えてみる。
まず少年のこの格好、寝るにしたって立体機動装置の固定ベルトが苦しそうだ。さっそく固定ベルトを外すべく少年の体に手を伸ばせば、うつむかせていた顔を上げてきた。

「何して……」

「つけたままじゃ寝苦しそうに思えて」

リヴァイの見よう見まねだが、数分かかり何とか取り外すことができた。これで多少なりとも寝易くはなるよね。
あとは何だろう、一人が辛いと先ほど言っていた。ということは、誰か側にいてほしい?とはいえ兵舎にいる者は皆それぞれ仕事がある。こればかりは我慢してもらうしかなさそうだ。
しばらく無言の間が続いたところで、後でまた来るね、と声をかけゆっくり地下牢を出た。
再び地上へ続く階段を上がり、途中で置いてきた掃除用具一式を抱え下を振り返ってみる。今回は追いかけてくる様子もない。地下牢へ置き去りにするようで気がかりではあるが、まずは自分の仕事を終わらせないと。気持ちを切り替えよう。






その日、避難民の対応を終え兵舎に帰宅したのは深夜であった。
部屋へ戻るよりも先に、地下牢へと向かう。少年と別れた後、罪悪感ばかりが湧いてくる有様で何をしていても頭の片隅に少年が浮かんだ。
巨人になれるという特異な人間である体質に孤独を感じていたのではないだろうか、まだ子供なのに。一人は辛い、と自分の意志を伝えてきたにも関わらず、私はそれを軽くとらえその場から去ったのだ。
地下へと続く階段を駆け下り静かに扉を開ける。もう夜も遅い、寝ている確立の方が高いだろう。
恐る恐る地下牢の前まで行くと、ベッドに腰かけこちらを見上げる無表情の少年と目が合った。数秒もすれば花が咲いたかのように見る見るうちに笑顔となる。あまりにも嬉しそうなので、思わずこちらまで笑顔になってしまった。

「やっと来てくれた」

「え」

「後でまた来るって言ってくれたから、待ってました」

「それで起きてたの!?」

「言うほど眠くありません」

「そっか、ごめんね」

中へ入ろうと鉄格子に近付くと、大きなカギがかけられていた。あれ、朝はカギなんてかけていなかったのに。
すると、夜はカギをかけられるんです、と苦笑いで教えてくれた。少年の話によると、警戒態勢が手薄になる夜は施錠するよう義務づけられているとのこと。まあ、見張りがいないだけマシかもしれないが。でも、お手洗いはどうするというのだ、ここ大切だろう。
少年はベッドから立ち上がり鉄格子の方へ寄って来ては、あの、と遠慮がちに声をかけてくるもので、私も鉄格子に寄り返事をした。

さんは、いつも帰りが遅いんですか?」

「今はトロスト区の避難民を対応しているから遅いだけで、普段はそうでもないよ」

「そうですか」

「ねえ、あの後眠れた?」

「あ、はい。少しだけ。その後兵長が来て二人で草むしりをしました」

「リヴァイと草むしり……うるさかったでしょ。しかも変な格好してたでしょ」

「根から削げと何度も言われましたが、格好は兵服でしたよ」

「へえ、めずらしい。いつもはね草むしりスタイルがあって、笑っちゃうような格好してくるの」

「あの兵長が!?」

「うん、でも本当に笑ったら怒るから気をつけてね」

笑いを交えながら少年と会話を弾ませていると、私のお腹が鳴った。恥ずかしい音に笑って誤魔化すが、昼にパンを一切れ食べてから何も食べていないことに今更気付く。はあ、最近は食生活が乱れがちだ。
そろそろ地上へ戻るね、そう告げると少年の表情は一気に曇り始める。

「一人じゃさびしい?」

「……いいえ、平気です」

「それじゃあ、おやすみ」

おやすみ、の挨拶に返事は無かった。
朝と同じく顔をうつむかせてしまい、地下の静けさが嫌に身にしみる。
ご飯を食べたら後でもう一度ここへ来よう。このまま放ってはおけないだろう。
地下牢を後にし地上へと続く階段を上っていると、泣きわめくような叫び声が地下から響き始めた。
慌てて地下へ戻り少年の元へ行けば鉄格子を鷲掴んでは頭を打ちつけ、大粒の涙が溢れんばかりにこぼれ落ち、何とも言えぬ姿であった。

「嘘です、嘘です!本当はさびしい、だから行かないで!」

「大丈夫、ここにいるから、落ち着いて」

「遠い、オレが怖くないなら、もっとこっちへ来て」

躊躇せず少年のすぐ近くまで行くと、驚く素早さで腕を掴まれた。
骨がうなるほどの力に後ずさりすれば、「逃げるな」と、もう片方の腕も掴まれ勢いよく引き寄せられる。
鉄格子ごと抱きしめられ、その際抱きしめる少年の指が私のろっ骨部分である骨と骨の間に喰い込み身を引きちぎられる感覚に襲われた。
ただ、耳元で「もう、オレの前からいなくならないで」そう鼻の詰まる声でささやかれ、怒りどころかこちらまで悲しくなり涙が溢れてくる。
少年と出会った数日前、私を誰かにかぶせて見ているようであった。おそらく、今もそうなのだろう。

「……エレン」

「……あ」

「エレン、痛いよ……放しぉぉぎゃああああ!!!」

「初めて、オレの名前呼んでくれた!」

放すどころか余計に力を込めてきたもので指も喰い込めば、鉄格子も体に喰い込んでくる。
耐えきれぬ痛みに口から唾液が溢れ出し、だらしなく流れ落ちた。このままだと本当に危ないかもしれない、息もろくに出来ない、どうすれば放してくれる!?
そこに、「おい、何してる」と、真後ろから声がした。途端、エレンは力を弱め小さく悲鳴をこぼす。
床へ崩れ落ちる私を後ろにいる誰かが支えてくれ、更には圧迫されていた肺に新鮮な空気を吸い込むことで咳き込む背中をさすってくれた。
ある程度呼吸が整うと、あごを持ち上げられたかと思えば口元から流れる唾液を袖口で拭われ、その人物と目が合う。
恐ろしいほど不機嫌な表情を浮かべたリヴァイが、そこにいた。





*NEXT*




-あとがき-
少々下品&痛い表現が多い回で申し訳ありません。
エレンは精神的にぎりぎりな設定でこれからも突っ走って参ります。笑
次回は久々に兵長のターン!です。

余談ですが、気付けば第十話でした……ひゃあ、早いものですね!
実は、未だにリヴァイは夢主の名前を一度も呼んだことがないっていう。笑
いつも「お前」呼び。いつ呼んでくれるのやらですね。
これからも連載は続きますので、またぶらりと遊びにいらしてください。