純血人生 12





リヴァイの手足による拘束から解放された翌朝、呆れる気持ちに満ちていた。
昨日はソファーをベッド代わりとし無理な姿勢から押し倒された上、そのまま睡眠を取るという意味不明な事態が発生。おかげで身体を起こした今、関節と筋肉に異常な痛みを感じる。更には眠ることも出来ず超絶なる寝不足だ。頭が岩を乗せられているかのごとく重たい。
顔に手を添えると肌触りが最悪であり、風呂にも入らず一晩を過ごした事実を思い出した。ああ、現実逃避したい。
当の本人は、久々に良く寝れた、と爽やかな発言をしながら兵服に着替えているもので、一発殴ってやろうかと本気で考えたがやめた。殴りかかったところで交わされて仕舞いだ。だからと言って湧き上がる怒りを抑えることもできず、つい言葉の暴力がこぼれてしまう。

「……リヴァイって本当に自分勝手。この自己中、怪力、変態」

「お前に遠慮する義理はねぇからな。これからも頑張って受け止めろ」

「少しは遠慮してよ!身体のあちこちが痛い!」

「うるせぇな、眠そうな面しやがって。さっさと風呂入って水でも浴びて来い」

(最低だ……!)

これ以上会話を進めるとひどい言い合いになる予想がつき口を閉ざした。言い合いになったところで結局は私が言いくるめられるに決まっている。この状況、悔しいったら無い。
わざとらしく深呼吸をし、顔を洗うべく重い身体を立ち上がらせ洗面台へと向かった。
鏡に映る自分の顔ときたら、ひどい有様である。クマなのか影なのか分からぬほどに目の周囲が黒く、顔全体が青白い血色の肌をしており、なんとも疲れきった顔だ。
このような顔を一日中さらして仕事をしろというのか、ひどいじゃないか!怒りのあまり目を見開くと、驚くほどみにくい表情が鏡に映りあわてて笑顔を作った……が、寝不足の笑顔など見れたものではない。もう、救いようがないな。
そんな顔を洗おうと上半身を前かがみにしたところで、腹部の脇に鈍い痛みが走った。服の裾を捲し上げると、昨日エレンに抱き締められた際に喰い込んだ指の痕が青黒い色となりくっきりと浮かび上がっていた。エレンもリヴァイに同じ抱き絞め方をされ指を腹部の脇へ喰い込まされていたが。
……エレン、大丈夫だろうか。
昨日別れ際に見た、顔をうつむかせている姿が脳裏にこびりつき、泣いていたのではないかと心配が膨らんで仕方がない。彼はまだ子供なのだ、いくら兵士でも甘えたい衝動になるときもあるだろう。巨人になれる事実と、辛い過去も背負っているようだし。それをリヴァイときたら。
ハンジさんが早朝に出発と言っていたので、そろそろ起きている頃だ。このままの放っておくわけにもいかない、行ってみよう。
立体機動装置の固定ベルトを装着しているリヴァイを横目に部屋から出た。「どこへ行くんだ」そう声がかかったが無視である。

地下へ続く階段は静まり返っており、自分の足音だけが妙に良い音で響く。そっと扉を開けエレンのいる地下牢前まで行くと、リヴァイと同じように固定ベルトの装着をしているところであった。
足音で誰かが来ると予想がついていたのか、綺麗に目が合ったので「おはよう」と声をかけてみる。しかし、すぐに目をそらされ少々無言の間が続いた。

「……おはよう、ございます」

「元気ないじゃない。腹部の脇が痛む?」

「いいえ、もう治りました」

「うそ、やせ我慢でしょ」

「巨人になれる体質に目覚めてから傷がすぐ治るようになったので」

声色が昨日と全く違うことに少々焦りが生じた。沈むような低い声であり覇気が無い。
リヴァイにあのような罰を受けさせられ、自分を責める思考をめぐらせてしまったのではないだろうか。そうだとしたら、それは違うと否定してあげないと。エレンは何も悪くない、辛い思いを抑えて生きるなどよほど出来た人間でも無理だと聞いたことがある。
すると何を思ったのかこちらを睨み上げ、「さっさと地上へ戻ってください」そう発言してきたもので、鈍器で殴られたかのような衝撃に頭が真っ白になった。

「エレン、どうしたの」

「名前も呼ばないでくれますか」

「……え」

「早く、どっか行けよ、オレの前から消えろ」

エレンの態度に心臓が高鳴りだし、変な緊張から手が震え始める。
昨日は顔を見ただけで笑顔になっていたというのに、一晩でここまで豹変してしまうものなのか。少なからず胸が痛む展開である。
ただ、こちらを睨み上げていたはずが徐々に辛そうな表情へと変化し始め、思わず名前を呼べば再び鋭い眼光を向けてきた。
何か違和感を感じ鉄格子の合間から手を伸ばすと、あからさまに後ろへ下がり避けられる。
そこへ「やっぱりここか」と後ろから声がかかった。振り向けばリヴァイがそこにおり、私の体を横へ押しどけ鉄格子にかかっている重圧なカギへ手をかける。
エレンはリヴァイを見るなり敬礼の姿勢を取り、「おはようございます!」兵士らしい力強い声を発した。
……おいおい、数秒前と別人じゃないか。
カギを開けエレンに後をついてくるよう指示を出すなり、二人は地下牢を後にした。鉄格子前に一人取り残され、耐えれず地へ崩れ落ちる。
何故だ、何故あのような冷やかな態度を取ってきたのだ。過去を切り離す為だろうか、縛られ続けてきた呪縛に疲れたのだろうか、それとも私の存在が目障りなのだろうか。どの理由であろうと、不安がつのるばかりである。
私の存在が過去を思い返してしまう材料となっているのなら、エレンの言う通り消えるべきだろう。とはいえ、兵舎にいる限り完全に消えることも出来ないので、せめて視界に入らないよう努力するべきだ。今の彼に対して出来ることと言えば望みを叶えてあげることしか思いつかない。
泣き顔や辛い表情ではなく笑顔をたくさん見たかったけれど、こればかりはどうすることもできないだろう。

それから数日間、リヴァイ達は兵舎へは帰還せず任務を続行する日々が続くこととなる。
ハンジさんの話によると、エレンの特異体質を囲う為に旧調査兵団本部である改装された古城での寝泊まりを強制されているとのこと。そのような緊張状態が続く中で息抜きとして兵舎へ数日帰還する許しを得ているらしい。一ヶ月後の壁外調査まで古城と兵舎を行き来する生活が繰り返されると聞かされた。
さらっと出てきた「壁外調査」の言葉に驚きもしたが、エレンが恐怖に満ちた存在である扱われ方をしている事実を改めて思い知った。
子供が恐れられるとは、なんと非現実的な世界なのだ。違う待遇があったのではないのか。巨人は人間の天敵でしかないゆえに仕方のないことかもしれないけれど。
――どうも、納得がいかない。
リヴァイのいない部屋で一人の夜を過ごしていると、考えなくても良いことまで考えてしまい寝苦しい夜が続いた。

四日後の夕刻時、リヴァイ達は兵舎へと帰還した。
リヴァイの後ろでフードを深くかぶり馬へまたがるエレンの姿を確認し、自然と安堵の溜め息をついてしまう。遠くからなのでどういった表情をしていたかは不明だが、なんとか頑張っているようだ。
その後、食堂の隅でリヴァイ班に抜擢された兵士達と夕食をとる姿を見かけたが、何とも云えぬ無表情であった。一瞬でもいい、笑顔を見せてくれ。扉近くでそのような祈りの気持ちを送っていたらエレンがこちらに視線を向けてきたものでふいに目が合ってしまい、あわててその場から退出する。
浅はかであった、注意して視界に入らない距離を保たなければ。エレン、ごめんね、私の顔を見たことで再び嫌な記憶を思い返してしまったのではないだろうか。
翌日の早朝、いつの間にリヴァイは部屋を出て行ったのか、私が起床する時刻には兵舎から出立した後であった。また古城へと戻るのだろう。

更にその日から五日が経過し、先日とほぼ同時刻である夕刻にリヴァイ達は兵舎へと帰還した。
兵士達は皆疲れているのか重たい足取りで厩舎へ馬を繋ぎ、リヴァイの指示から兵舎内にある自室へと戻っていく。
兵舎についてもフードをかぶったままのエレンは、ゆるりとした足取りで一人地下牢へと下りて行き、その姿に胸が締めつけられた。
(……ああ、もう!)
自分がここまでお節介だと思い知らされたのは初めてである。なぜ出会ってからまだ日も浅い少年をここまで気にかけているのだ。オレの前から消えろ、と暴言まで吐かれたというのに、どうして。
エレンの態度が暗くなってからというもの、気になって気になって仕方がない。
辛い思いをしていないだろうか、泣いていないだろうか、また過去に縛られていないだろうか、呪いのように何をしていてもエレンの辛そうな顔がふと浮かんでくる。ここまできたら文句の一つでも言ってやりたいところだけれど、そのような事をしてみろ、間違いなく私は悪役になるだろう。
声だけでも聞きたい。暗い声ではなく、少しでも元気の良い声を。

夜が深まり、風呂から上がったリヴァイはいつものソファーに腰掛け何やら作戦の図が書かれてある紙を見つめていた。
私はベッドの脇へと座り、窓の外を眺める素振をしながら頭の中で計画を練り続けている。
何の計画であるかは明確だ。今夜リヴァイが眠りについた後、地下牢へ行く段取りである。
あの日からエレンの笑顔が消えた原因に私が大きく関係しているのは確かだ、それならば私の実力で笑顔を引き戻すことも出来るかもしれない、などと都合の良いように考えているわけなのだが。性格上、諦めるぐらいなら当たって砕けろ、そこから生まれた計画だ。
(……絶対笑顔にしてみせる)
あれやこれやと考えていれば、おい、と真横から声がした。反射的に横を振り向けばリヴァイが足を組んで座っており毎度のごとく軽く悲鳴を上げてしまう。
いつもいつも気配を消して近付いてくるのは何故だ!そう言葉にしてしまいそうになったが飲み込んだ。落ち着け、今日ばかりは不機嫌にさせてはいけない、一刻も早く快く睡眠をとってもらうためにも。

「何を真剣に窓の外を見てたんだ」

「ああ、星が綺麗だなあって」

「うそつけ、下を見てただろ。しかも今日は曇ってる」

「ああ、間違えた!えっとね明日は草むしりでもしようかと思って下を見てたの!あはは」

「草むしりか、俺も一緒にしたいところだが」

明日も早朝に出発の予定だ、と言葉を繋げてきた。
やはり兵舎に留まるのは今夜だけか。次に帰還するのは数日先になるのだろう。今日の機会を逃してしまうと、再びエレンの辛そうな表情を幾度となく思い返す日々が待ちわびている。それだけは避けたい。地下牢へ行って話だけでもしないと。
その為にも早く寝てくれないかな、リヴァイ。

「ねえ、リヴァイ。疲れてるでしょ、もう寝たらどう?」

「それもそうだな。今日はこっちのベッドで寝るか」

「あのさ、選択肢がおかしい。自分のベッドで寝ろ!」

「なんだ、俺のベッドで寝たいのか」

「誰もそんなこと言ってません、って何、この手何!また力技で締めつける気なら本当にやめて!」

伸びてきた手から逃れるように身を引けば、リヴァイは一気に不機嫌な表情へと切り替え私の肩を力任せに掴んできた。その隙にも素早くベッドへと乗り上げ簡単に押し倒されてしまう。じたばた暴れる私の上へ覆いかぶさってくるなり身体のあちこちを好き放題まさぐられ、気持ち悪い感覚に耐えれず本気の悲鳴を上げてしまいそうになれば片手で口を押さえられた。涙目で真正面にある顔を睨んでやると、どういうわけか身体を起こし私の足を押さえては「腹筋五十回だ」と低い声で指示を飛ばしてくる。

「腹筋!?そんなの今度しとくからさっさと寝なよ!ああもう、気持ち悪い!」

「今やれ」

「いやだ、私だって疲れてるの」

「お前はもっと筋肉をつけるべきだ、みっともねぇ身体しやがって」

「一般人に何を求めているのさ!」

「さっさとやれ」

このままではらちが明かない、腹筋なり何なり早く済ませて寝てもらわないと。
身体を斜めにひねりながら起き上がって来い、上半身を十センチ上げたところで十秒止まれ、などと肉離れを起こしそうな指摘を受けながら二十分かけて腹筋五十回をし終えた。風呂上がりにもかかわらず汗が全身からほとばしる。無理な筋トレ……久々であった。何故よりにもよって今日しなくてはならないのだ!?泣けるほどに運が無い!
腹筋も終わったことだしそろそろ寝てくれるだろう、と期待の目を向けると何を勘違いしたのか、「なんだ、また今日も甘えたくなったか」と妙に優しい声色で話しかけてくるもので、近くにあった枕を投げつけてやった。……いい加減にしてくれ!
それからは私の態度が気にくわないだの、もっと女らしくしろだのと言い合いになり一時間ほどした頃、やっと自分のベッドへと足を運んでは寝る体勢を見せてきた。

三十分後、静かな寝息が聞こえてきたのを合図にベッドから抜け出し足音を立てず扉へと向かう。
作戦通り恐る恐る扉を開け、何とかリヴァイを起こさずして廊下へ出た。ああ、心臓に悪い。
さて、一刻も早く地下牢へ向かわなければ。とはいえ既に深夜である、もう寝てしまっている可能性も高い。それなら寝顔の一つでも拝むとしようか。
地下へと続く階段を下り扉を少し開けたところで話し声が聞こえてきた。隙間から目を凝らして中を覗き見ると、鉄格子の前に腰を下ろすハンジさんがいた。何やら楽しげに話しているようだが、ハンジさんもエレンが気がかりで訪問したのだろうか。
しかし、会話に聞き耳をたてていると、あまりにも意外性のある内容で顔が引きつりだす始末である。

「一昨日のはね、窓拭きをしてたよ」

「へえ、他には?」

「あとは避難民を対応して、夕飯はスープを一杯飲んでいたかな」

「スープを一杯……もっと食べればいいのに」

「それ私も思う。で、昨日は洗濯を必死に干していたにも関わらず雨が降ってきてさ、すっごくあわててた」

「雨か、そういえば昨日降りましたね。雨が形としてあるなら殴ってやるのに」

「あははは!エレンは本当にが気になるんだ!面白いなあ、ねえ、ねえ!今どんな気持ち!?」

「え……そりゃあ、もっとさんを知りたい」

「その発言、まるで恋してるみたいだね」

「恋だなんて、そんな軽々しいものじゃないですよ」

「ああ、ごめんごめん。言い方が悪かった」


――なに、この淡々と聞こえてくる会話は。
どいういうことだ、エレンは私を避けていたのではないのか。
こそこそしていても答えは出ないだろう、躊躇することなく地下牢へ歩み寄ると、まずハンジさんがこちらへ気付き驚いた表情を向けてきた。
私の姿が視界に入ったエレンも、目を見開き手に持っていた何かをあわてて後ろへ隠す。
二人が口をそろえて、どうしてここへ……、とつぶやいてくるもので少なからず怒りが湧いてしまった。

「エレン、少し会話が聞こえたんだけど。数日前さ、オレの前から消えろって私に言ったよね」

「……それは」

「あんなこと言っておいて、ハンジさんから私のこと聞きだすの、おかしくない?」

「違う、あれはオレなりに考えた上で」

「何を考えたっていうのさ。あの言葉に傷ついたのに」

「え……」

途端、エレンの顔は真っ青になり呼吸を荒くする。後ろに隠した何かを取りだしては必死に抱き締め、今の状況を耐えるべく自制をかけているように見えた。何を抱きしめているのか、ロウソクの灯だけでは分からない。布のようなものであるのは確かだ、手ぬぐいだろうか。
そこへ私の肩を叩き、まあまあ落ち着いて、とハンジさんが声をかけてきた。
「エレンを責めないであげて、お願い」そう懇願され、以前リヴァイに対して同じような言葉を発していた自分を思い出す。
しまった、感情一つでエレンにきつい言葉をかけてしまった。
――本来私がここへ来た目的はなんだ、笑顔を見るためだろう。
即座に謝罪を述べ、ベッドの隅で震える彼に鉄格子の合間から腕を伸ばしてみる。

「エレン、ごめん。私が大人げなかった。許して」

「……さん、ごめんなさい、ごめんなさい」

ベッドから立ち上がり腕を優しく掴んでくるエレンに安堵した。この子は素直でいるのが一番だ。
笑ってみせて、と言葉をかけると少し引きつってはいたが笑顔を見せてくれたので一応目的は果たせた。緩やかな空気に三人で笑い合っていると、先ほどエレンが抱き締めていた布がはらりと床へ落ちる。それはシャツであった。良く見るとシャツの裾に何かを拭き取ったような黒い染みがついており、それを見てハッとする。

「エレン、そのシャツ」

「あ、ああ!見ないでください!」

「……まさか、私達が初めて会った時にエレンが着てたシャツだったりする?」

「……」

やはりそうか。
あの日、エレンに突き倒されて額を強打し血が流れた。私は無意識に額を触ってしまい手を血で汚してしまったのだ。エレンはそんな私の手を掴み、ズボンの中へ入れているシャツを引っ張り出してはフキンで包むかのように拭いてくれた記憶が鮮明に蘇る。
あの時の血が黒く染みとなり残っているだなんて、今更洗ったところで完全には消えないだろう。どうしてそんなものを大切に持っているのだ。

「あの、オレの所有物に口出ししないでもらえますか」

「……とりあえず洗ってみるから、貸して、ね、ほら、貸しなさい」

「いやですよ、渡したくありません」

!これも目をつむってあげて!ずっとあのシャツを大切にしているらしいんだ」

いやいやハンジさん、そうは言っても、私の血がついたシャツなど大切にしてどうする!?
緩やかな空気は一変し、張りつめた空気へと変貌した。鉄格子の合間から両手を突っ込んではエレンからシャツを奪おうと必死に腕を伸ばす。しかし当の本人は壁の隅でシャツを胸に抱き、私の猛攻撃から簡単に逃げ切る始末だ。
(そんな汚れたシャツを胸に抱くんじゃない!)
それから数分後、地下牢の扉が開きこれでもかと眉間にシワを寄せたリヴァイが寝巻姿で登場した。一瞬にして場は静まり返る。
案の定腕を掴まれ部屋へ引き戻されることとなるのだが、その際エレンが「おやすみなさい」と遠慮がちに声をかけてきた。つい先ほどまで修羅場を繰り広げていた私に、そのような言葉をかけてくるとは。無視することもできず、一応挨拶代わりに手を振っておいた。

翌朝、リヴァイ達は朝食を取った後、休憩をする時間も惜しむかのように兵舎を出立した。
それを良いことに私は地下牢へと足を進める。昨日エレンが抱き締めていたシャツを見つけ出し、洗いに洗ってやるのだ。
しかし、ベッドの裏、枕カバーの中、どこを探しても出てこなかった。第一、地下牢に隠す場所などベッド以外には無い。ようするに、持っていってしまったのか……何故そこまでする必要がある。
ハンジさんは少々わけありな様子を知っているようであったけれど。今度聞いてみようかな、いいや、聞いたところですんなり教えてくれるだろうか。
はあ、スッキリしない。何かが胸につっかえている。
地下まで来たついでにベッドのシーツを新しいものに変えておこうと作業をしていたら、兵舎に設置されている鐘が鳴った。仕事が始まりますよ、の合図だ。
今日は夜まで避難民の対応しなくてはならない。トロスト区の壁が破られたあの日から比べれば人数は半分ほどに減ったが、まだ苦しんでいる住民は大勢いる。私達に出来ることは限られてはいるけれど、少なからず力になっていると信じたい。

その日、いつもの通り帰宅時刻は深夜となった。
兵舎までの道を歩いていると、前方より松明の灯が見え馬に騎乗した兵士がこちらへと近付いてくる姿を確認した。ただすれ違うだけだろうと予想をしていたのだが私の前へ来るなり、切羽詰まった声で呼び止めてきては松明で顔を照らされる。

「あなたは!さんですね」

「……そうですけど」

「エルヴィン団長より指示があります、とりあえず私についてきてください!」

「エルヴィンから、ですか?」

「早く、一刻をも争う事態だと聞いています!」

「あ、ああ、はい!分かりました!」

兵士は手を差し出してきたので、その手を掴むと勢いよく馬上へ引き上げられた。私が騎乗したのを確認すると、馬の腹を蹴りその場から一気に駆け出す。見慣れた道から遠ざかり、どこへ走っているのかも分からない。
一刻をも争う事態とは、一体何があったというのだ。







*NEXT*






-あとがき-
エレンが精神面ぎりぎりで申し訳ありません。笑
とはいえ、もう少し異常な行動をしてくる様子を書いていたのですが、全て書き直しました。純粋に異常なエレンでいてほしい……。おい
最後、妙な展開となっていますが、大体予想がついちゃいますよね。この兵士、悪人です。