純血人生 14






ウォール・シーナの壁門が見え始めた頃、太陽は傾き始めていた。

数時間前、ハンジから衝撃的な報告を受けたリヴァイとエレンは、旧調査兵団本部の古城を飛び出し一目散にウォール・シーナの地下街へと向かった。
休憩することなく馬で駆け続け、やっとのことでウォール・シーナの壁門が見えてきたところである。
長時間の乗馬はエレンにとって初めての経験であった。馬特有の振動を繰り返し浴びることで、尻と腰の痛みは麻痺へと変化し下半身の感覚が危うい。気を抜けば馬に振り落とされてもおかしくない状況に、前かがみな体勢を保持し手綱を必死に握る。
そのような有様だが、目はウォール・シーナを鋭く睨みつけていた。
次第に馬の速度を落とし始めるリヴァイは、馬を止めるよう後方を走るエレンに片手を突き出し合図を出す。リヴァイの合図に、前かがみの体勢から何とか姿勢を正し緩やかに馬を止めた。
リヴァイは息を乱すエレンの隣へとつき、後ろへなびいたフードを今一度深くかぶせてやる。

「いいかエレン、ここからはフードを常にかぶっておけ」

「はい、了解です!」

「なるべく顔を他人に見せるな。あと一つ、俺のことは兄と呼べ」

「はい、了か……へ、兄?」

「間違っても俺の名前を呼ぶなよ、いいな」

「あの、待って下さい、兄って、芝居をしろってことですか!?」

「そうだ。偽名より覚えやすいだろ。さあ、行くぞ」

再び駆け出すリヴァイの背をぽかんとした表情で見つめるエレンは、意味が分かりません!と心中で叫んだ。何より、本人からの指示とは言え、上官を兄と呼んで許されるものなのか混乱である。
草原で某然とするエレンの頬を生ぬるい風が撫でるように吹き抜けた。気付けばリヴァイを乗せて駆ける馬の足音は遠ざかり、まるで平和とでも思えるほどに静かな空間が現れる。
懐に手を入れ今着ているものとは別に一枚のシャツを握れば、ふと母と重なるの笑顔が思い浮かんだ。
(……絶対、奪い返してやる。何をしてでも奪い返す)
ウォール・シーナを睨みつけ決意を固めていると、前方より微かな声が風に乗り耳へ届いた。そこには、こちらへ手招きしているリヴァイの姿があり、あわてて馬の腹を蹴り後を追いかける。

壁門をくぐると二人は馬から降り、少々入り組んだ路地へと足を踏み入れた。そこで大人しく待機しているようエレンは指示を受ける。
近くに憲兵団が管理する厩舎があるらしく、リヴァイはそこへ馬を繋いでくるとのことだ。二頭の馬を引き連れて行くリヴァイの姿を見つめていると、角を曲がりこちらへ歩いてくる女性と目が合い、素早くフードで顔を隠した。
特異な立場であるだけに、ウォール・シーナへいること事態が異例だともちろん自覚している。どれだけ感情が昂っても巨人の力だけは使わないよう注意しなくてはならない。もし、この地で巨人が現れたとなれば様々な面で最悪な事態となる予想が簡単についてしまう。無意識に自虐行為をしないよう意識をしっかり留めておかないと。エレンは自分自身に言い聞かせ、人が通るたびに顔をうつむかせた。

数分、数十分、待ちわびるエレンなど知る由も無く、リヴァイはなかなか姿を現さない。近頃のエレンは地下牢で就寝する時間以外一人になることは全く無かった為、このような路地で一人放置され少々不安な気持ちが溢れ出していた。
(まさか、一人で地下街へ向かったりしてないよな!?いやいや、それは無いだろう。兵長、早く帰ってきてくださいよ)
脳内で一人会話を繰り返すが、虚しさに襲われ溜め息がこぼれる。
地に落ちていた石を靴の先で転がしていると、男二人が下品な声を上げながら角を曲がりエレンの前を悠々と通り過ぎて行った。

「あいつ、また金欲しさに女をさらったんだとよ!いい加減にしねぇと憲兵が来ちまうってのに」

「だははは!違いねぇ!昔から金狂いの男だからな。まあ、また飯でもおごってもらうか」

エレンはうつむかせる顔を上げ、男二人の背を見つめる。
女をさらった、この一言に何が結びつくかは明白だ。靴先で転がしていた石を拾い上げ、右を歩く男の尻めがけ投げつけた。男は「うお!」と低い悲鳴を上げ、咄嗟に後ろを振り向く。その隙に素早く間合いを詰め、二人の足首を狙い斜め上から二度蹴り下ろした。いとも簡単に地へと引っくり返ったのを良いことに、一人の首元を足裏で踏みつける。

「ひっ!なんだてめぇ、フードで顔隠しやがって!」

「女をさらった奴のこと、詳しく教えろ」

その質問に口を閉ざそうとする雰囲気を感じ取り、迷わず首元に体重をかけてやれば、横でくたばるもう一人の男が早々に口を割った。
なんでも地下街の住人らしく、金に困っては女をさらい贅沢な生活をしているとのことだ。

「今回さらったのは商会の娘だと聞いた、確か五歳か六歳くらいの」

「……は?五歳か六歳って……なんだそれ」

途端、背後から薄気味悪いほどに低い声で名前を呼ばれ、エレンの肩は飛び跳ねる。一歩一歩近づいてくるのは厩舎から戻ってきたリヴァイだ。
大人しく待機していろと言われたにも関わらず、この状況である。どう言い訳をしても責められるだろう。
しかし、リヴァイはエレンを責めるどころか逃げようと試みる男の足を上から思いきり踏みつけた。

「エレン、覚えておけ。金欲しさに女を狙うクソは山ほどいることをな」

「そうは言っても、五歳か六歳の子をさらってどうするつもりですか」

「身代金か、子供好きの変態に売るか、どちらかだろう」

あいつの場合は別だが、意味ありげに一言つけ加え男を道の端へ蹴り飛ばした。エレンに、行くぞ、と声をかけその場を後にする。
エレンは考えた。母を巨人に食われたあの日から、人間の敵は壁外にいる巨人だと頭の中はそればかりであったが、壁の中はどうだ。
一部の不安定な治安から金欲しさに人間が人間を物のように扱う。昔、似たような境遇で助け出したミカサの姿が思い浮かんだ。
敵は巨人だけと言いきれない。いつの時代も人間は金に踊らされる奴がいることを頭に叩き込み、首元を踏みつけている男から足をどけ顔面に拳を一発振り下ろした。
凹んだ顔を手で覆い転げ回る男を上官の手本通り道の端へと蹴り飛ばし、急いで後を追う。

しばらくの間歩いていると、ある角を曲がった先でリヴァイはフードを深くかぶり顔を隠した。
ついに目的地である地下街へ到着したらしい。いつの間に入口を通過したというのか、気付けば街の雰囲気は変わり果て薄暗い場所を歩いていた。真っすぐな道が続いているのかと思いきや、右へ別れる道、左へ別れ更に両側へ別れる道。地下街は網の目状に拡大を続けており、その構造は未知と言える。
もしここでリヴァイと離れ離れになってしまえば、確実に迷子である。エレンはリヴァイとの距離を詰め、すぐ後ろを歩いた。
しかし、このような場所でどのようにして捜しだすと言うのか、リヴァイは何がしら考えがあり突き進んでいるに違いないが、エレンは不安でしかない。
するとリヴァイは口を開き、「もうすぐ地下街でも有名な見世物小屋だ」と後ろへ声をかけた。

「見世物小屋って、何ですか」

「名前の通り、見世物にして金を巻き上げれるようなものを売っている店と思えばいい」

「見世物……?そんな場所にさんと関わりなんて無いんじゃ」

「あいつの鈍臭い性格は見世物になってもおかしくねぇ」

「ええ!?鈍臭いだなんて、オレはそうは思いませんけど」

「それになエレン、この見世物小屋には巨人の子も売られていたらしい。まあ、昔の話だが」

「巨人の子?巨人って子供を産めるんですか!?」

「違う。もっと過去の文献を読んでみろ。お前も捕まって檻の中へ放り込まれないよう、せいぜい気をつけるんだな」

恐ろしい一言を言い放ち、目の前に垂れ下がる暗幕を捲り上げリヴァイは中へと入って行く。同じくエレンも顔を引きつらせながら中へと入った。
中は獣特有の臭いで充満しており、嗅覚の鋭い者なら飛んで逃げたくなるような場所であった。
外から入ってきた客を見つけた主人は、いらっしゃいませ!と声を響かせ手を揉み合わせながらこちらへと近付いてくる。その顔は笑顔の作り過ぎで刻まれたシワが目立ち、胡散臭い人物に見えて仕方がない。
「何をお求めで?」との問いに、リヴァイが「東洋人の女はいるか」そう答える。
東洋人と聞き、エレンは目を見開くしかなった。
(東洋人?まさか……さん)
さらわれた理由を理解した。何故調査兵団のサポートをしているだけの女性がさらわれたのか、頭の隅で疑問に思っていたことがスッキリと解明された。
――東洋人は高く売れる。エレンはこの事実を知っている。
リヴァイの要求に対し、主人は首を横へと振った。見世物小屋は外れらしい。
そう簡単に見つかるはずもなく獣の臭いから逃れるようさっさと外へ出るなり、エレンは大袈裟に空気を吸い込んだ。リヴァイも暗幕から外へ出ては、気だるく一度深呼吸をする。

「……兵長、東洋人ってさんのことですよね」

「誰が兵長だ、殴られたいのか」

「ああ!すみません、えっと、兄さん!兄さんだった!」

あわてるエレンを一度睨みつけ、「あいつは東洋人そのものだ」と近距離でつぶやいた。
どうして先に教えてくれなかったのかと聞き返せば、無視をされその場から更に奥へと歩き出す。
エレンはリヴァイに対する謎が更に深まった。だいたいからして兵士と一般人の女性が兵舎で一緒に住んでいること事態が異例である。しかし誰もそのことへ関して口を出さない、話題にもしない、何か理由があるのだと容易く想像はついた。その理由が何なのか気になるところだが、今は一早くの居場所を突き止め救出することが先決。エレンは拳を握り締め、溢れる思いを抑え込んだ。
リヴァイの後を追うべくうつむかせていた顔を上げると、前方に見知った姿が無くドッと焦りが湧きだす。その場から駆け出し周囲を見渡すが、リヴァイの姿は見当たらない。
(しまった……!)
このような場所に取り残されては逆に迷惑をかけてしまうだけだ、そう考えたエレンは早く気づいてもらえるよう迷わずリヴァイを呼ぶことにした。
「兵ちょ……にぃ、兄さん!兄さん!どこですか!置いて行かないでください!」何度も兄さん!兄さん!と繰り返し呼べば一分もせずして、背後から強烈な蹴りがエレンの腰を直撃する。
あまりの衝撃に地へヒザをつき背後を見上げると、出で立ちだけで不機嫌だと分かるリヴァイがそこにいた。フードの中から微かに光る目と合いその場から逃げ出したくなるエレンであったが、手首を掴まれ立ち上がらせられる。その手首を掴んだまま、小さな子供を誘導するようにリヴァイは歩き出した。

次に訪れたのは見たことも無い商品が並ぶ店であった。
薄汚れた小さなガラスケースに収納されている薬品、袋で密封された枝つきの葉っぱ、それに加えて飛び道具までが主人の背後に並んでいる。
「安易に触れるな」そうエレンへ忠告したリヴァイは、主人の元へと近付き躊躇することなく話しかけた。近頃、駐屯兵団の兵服を買った奴はいるか、と。
ハンジから受けた報告の中に、立体機動装置の固定ベルトも装着せず駐屯兵団の兵士が兵舎付近を歩き回っていたとの話があった。リヴァイもそこが気にかかっているのだろう。

「さあ、どうだったか。忘れちまったよ」

「クソが。こんな法に触れるもんばっか置いてる店、そう足を踏み入れる奴はいねぇだろ」

「失礼な客だ。出て行け」

「店へ訪れた数少ない客を忘れるわけがねぇ、さっさと吐け」

「出て行けと言ってるんだ」

全く噛み合わない会話から険悪な雰囲気となり、思わずエレンが仲裁に入ろうと一歩踏み出したところでリヴァイはフードを脱ぎ主人を真正面から睨みつける。
すると、主人は見る見るうちに顔を青くし震える口元で「男だ、三十代ぐらいの男が一ヵ月ほど前に兵服を買って行った」と簡単に口を割った。
再びリヴァイはフードを深くかぶり店を後にする。怯える主人はリヴァイの姿が見えなくなると手で顔を覆い、息を荒くし始めた。そんな主人を見て、古城の掃除をしていた際にペトラが言っていた言葉を思い出す。リヴァイは地下街で有名なゴロツキであったと。途端、早く出て来い、と外から声がかかり床につまずきながら店を出た。
外へ出るなりリヴァイの手がエレンの手首を再度掴み、来た道を少し戻っては入り組んだ右の道へと進んで行く。

しばらく歩き続け、リヴァイが足を止めたのは地下街には似合わず出入り口付近に花を並べている店の看板前。
木製の扉を開けると低い鈴の音が鳴り、店内もやはり地下街と思わせないような、こだわりある装飾で施されていた。
その中でも、ひと際目立つ小さなカウンターでくつろぐのは一人の女性だ。女性はリヴァイを見るなり驚く表情を浮かばせこちらへと駆け寄って来る。そしてリヴァイを抱き締めた。
エレンは唖然である。目の前で上官が女性に抱き締められるなど、想定外なのだろう。

「フードをかぶってても分かる、あなたリヴァイでしょ!?何年ぶりよ!」

「いちいち抱きつくな。うっとうしい」

「それに可愛い子も連れて!なに、遊びに来てくれたの?」

リヴァイから離れた女性はエレンの顔を覗き見るなり両手を鷲掴むように握った。可愛い子!可愛い子!と連呼され、エレンは何と答えれば良いか分からず、ただ固まる。
その間にリヴァイはマントを脱ぎ、ソファーへと腰掛け一言。「エレン、気をつけろ。そいつは男だ」と。
(……は、男!?)
エレンくんっていうのね、そう言いながら笑顔を向けてくる女性はとても優しい雰囲気であり、それに加えて服からこぼれ落ちそうなほど大きな胸、ここまで胸が発育する男性などいないだろう。
エレンは戸惑う表情を浮かばせていると、「知り合いに良い闇医者がいてね!」などと言葉をかけてきた。

「え、闇医者?」

「そう。胸が欲しいと言えば胸を膨らましてくれたの」

「胸を膨らませ……膨らむんですか!?」

「膨らませ放題よ!あ、ちなみに私はこんな格好をしているけど、可愛い子なら性別関係なしだから」

知らない世界を聞かされたようで苦笑いを浮かべるエレンに、「私の名前はフリル」と名乗った。フリルが名乗りを上げたところで、リヴァイは間髪を容れず、「本当の名はゴルドンだがな」そう告げる。
何故か数秒ほど場が静まり返り、エレンは妙な寒気を感じた。

「リヴァイ。その名で呼ぶなと、昔何度も言っただろうが。可愛くねぇんだよ、何がゴルドンだ」

「事実だろ」

声色が変わり男の声が発せられエレンは納得した。間違いなく男だと。良く目を凝らせば細く背の高い体型に、綺麗な筋肉が服の下から盛り上がっている。
フリルの素性が少々暴かれたところで、リヴァイは話を切り替えた。
「ここ最近、東洋人の話をする客が来なかったか」眉間にシワを寄せたリヴァイが問えば、フリルは閃いたように手を叩き合わせる。

「ああ、やっぱり!」

「は?」

「おっと、ごめんごめん。うん、一ヵ月ほど前から東洋人を手に入れるって話が出回っていたのは確かよ」

「おい、詳しく聞かせろ」

「リヴァイがそれだけ焦るってことは、その東洋人ってちゃんでしょ」

まあ東洋人と言えばちゃん以外に知らないんだけどね、薄く笑いながら発言するフリルだが、エレンは疑問が浮かんだ。
何故フリルはのことを知っているのだろうか、と。ましてやフリルは地下街の住人である。どういう間柄だというのか。
リヴァイも以前は地下街に浸っていた、ようするにフリルとリヴァイは地下街繋がりの関係だ。
(ということは、さんも地下街の住人だったのか……?)
エレンが勝手な予測を立てていると、全身がびくついてしまうほどに大きな音が部屋中に響き渡る。何かと目を向ければ、痺れをきらしたリヴァイがソファー前に設置されていたはずのテーブルを蹴り飛ばしたらしく、破壊された音であった。

「ちょっと、何するの!私の店を壊す気!?」

「さっさと答えろ。どこのクソだ、東洋人の話題を口にした奴は」

「もう、その粗暴な性格どうにかならないの」

「俺の言葉が聞こえなかったのか」

「今から話すっての。まずちゃんをさらったのはおそらく、あいつらね」

「……あいつら?」

フリルはリヴァイに近寄り、「ちゃんの母親が殺された店の経営者」と耳打ちした。
「一ヵ月ほど前から東洋人を抱けるとかで、高い金額を言いふらして予約を開始しててね」とのことである。
その返事にリヴァイは納得した。おおよそ自分と関わりのある者が今回の犯人に違いないと踏んでいたのだ。
が東洋人と知っている者は、地下街の人間だけでフリルを含め五人いる。十数年前、あの現場に居合わせた者達だ。
目星がついたところで、リヴァイはその場から立ち上がる。そしてフリルに、大きな袋と全身にまとえるマントを今すぐ用意できるか尋ねた。

「袋はあるけど、マントは無いね」

「分かった、十分だ。おいエレン、俺が帰ってくるまでに袋の中身をいっぱいにしておけ」

「袋の?何を詰めればいいんですか?」

「そのへんの物を適当に詰めればいい。ほら、そこの枕なんてちょうどいいじゃねぇか」

「はい!了解です!」

「ちょっとちょっと、了解じゃないわよ!それにこれは枕じゃなくてクッション!」

あわてふためくフリルを押しどけ、リヴァイは再びマントを羽織り外へと出て行った。扉が豪快に閉められ低い鈴の音がうるさく鳴る。
すると、突然フリルは腹を抱えて笑いだした。

「あの……フリルさん?」

「ああ、可笑しい、さすがに笑っちゃうわ。昔からね、リヴァイってちゃんのこととなると子供みたいになるのよ」

「そうなんですか?」

「私なんてちゃんと話してるだけで殴られたこともある」

エレンはハッとした。無我夢中でを抱き締めてしまい苦しい思いをさせてしまったあの地下牢でのこと、シツケと言わんばかりに腹部の脇へ指を喰い込まされた。あの時のリヴァイは部下を見る目では無く、敵を見る目であったことをエレンは覚えている。
まさか、リヴァイの個人的な怒りだったのだろうか。
エレンが思い悩んでいると、フリルは袋を広げ物を詰め込みだした。

「オレがします!」

「いいのいいの!私が物色しながら詰めるから。エレンくんは座ってなさい」

「……ありがとうございます」

「ところで、リヴァイとはどういう関係?」

「調査兵団の上官と部下です。あ、今は兄弟です!」

「なにそれ、身分を偽れって言われたの?」

「まあ……はい」

更に笑い出すフリルに、エレンはたじろぐしかなかった。
座っていろと言われたが、ジッともしていられず先ほどリヴァイが蹴り飛ばしたテーブルの破片を拾い上げていると、フリルがいっぱいに膨れ上がった袋を手渡してきた。
礼を述べて袋を受け取ればフリルが手を放した途端、袋が重しのように手へのしかかってくる。

「何を詰め込んだんですか!?重すぎますよ!」

「私の気持ちも詰め込んどいたから、重くて当然」

「なんですか、それ……」

「ねえ、エレンくん。リヴァイはああ見えて弱いところもあるのよ」

「は?」

「人類最強なんて言われてるらしいけど私にしたら、どこが、って思うわ」

「兵長は誰よりも強いです」

「戦闘においてはそうかもしれないけれど、もっと精神面を見てあげて」

「精神面、ですか」

「同じくちゃんも。しっかりしているようで、てんで駄目。まあ、昔の話だけどね」

「兵長とさんを詳しいですね」

「そうね、いろいろあったから。……あの二人、実は中身がぼろぼろ同士なの」

特にリヴァイはそんなちゃんに依存してる、そう告げたところで扉の鈴が鳴った。
リヴァイが黒い布を片手に持ち店へと戻ってきた。中へ入るなり布を広げ身にまとう。布はリヴァイの全身を覆い隠すほどの大きなマントであった。
エレンについて来るよう指示を出し、入ってきたばかりの店を出て行く。あわてて重たい袋を持ち上げリヴァイの後を追おえば、背後から肩を掴まれた。
「部下なら上官をしっかり支えてあげてね」と、フリルは真顔で言い放ち肩から手を放す。エレンは静かにうなずいた。

フリルの店を出て五分ほど歩いたところで、二人は足を止めた。
腐敗した木箱の裏に身をひそめているようエレンに指示を出すリヴァイは、持って来た袋をマントの中で抱くように抱えだす。
その行動にエレンは首を盛大にかしげた。

「それ、なにしてるんですか」

「お前から見て俺はどう見える」

「え、いや、ただの小太りな人に見えます」

「よし、いい答えだ」

エレンの答えを満足気にうなずき、ためらうことなくその姿で店の中へと入って行った。
(兵長、何考えてるんですか!?)
変装なのか何なのか、リヴァイの行動が理解できずハテナを浮かべていると数分もせずしてエレンの元へと戻ってきた。
即座に抱えていた袋を地へと置き、何故かエレンへと手を伸ばしてくる。

「なんですか?」

「大人しくしてろ」

「へ!?うわ、兵ちょ、ええええ!?」

エレンはリヴァイの力強い腕に抱き上げられ、マントの中へ閉じ込められた。
上から、もっと足を折れ、と指示が飛んでくる。

「今からあいつが捕まっている部屋へ行く。エレン、絶対に声を出すな。俺にしがみついとけ」

「つきとめたんですか!?」

「ああ。ちんたらしてられねぇ、時間が限られてる」

「了解です!」

なるべく身を小さく丸め恐る恐るリヴァイへ寄り添うエレンの頭の中はで埋め尽くされていた。
無事だろうか、ひどいことはされていないだろうか、意識はあるだろうか、救出できると確信できた途端、様々な不安が押し寄せ心臓を高鳴らせる。
エレンを抱えたリヴァイはフードを深くかぶり直し、店の中へと入った。
店の中は煙の臭いで充満しており、リヴァイは顔をしかめる。人の肺から吐き出された煙は不快そのものだ、とでもいうかのように。
そんなリヴァイに一人の男が近付いてくる。男の下唇には生々しい傷が浮かび上がっていた。

「早かったじゃないか。金は持ってきたんだろうな」

「ああ、持ってきた」

「金がたりねぇから取りに帰るなんて、そんな客初めてだ。笑わせんじゃねぇよ」

実際は中の様子を探る為にエレンを外へ残し袋を抱えて店内へ入ったのだが、先客の二倍金を出すなら今すぐ東洋人を抱かせてやる、と話を持ち掛けてきたのだ。
リヴァイはハンジから手渡された三つの小袋をカウンターの上へと置く。

「早く案内しろ」

「分かってるだろうが、一人目の客は三十分後に来る。それまでにさっさとやれよ」

部屋は地下の奥だ、そう付け加え男は煙をふかす。
地下への扉を開けると、リヴァイは十数年前の記憶がふとよみがえった。この階段を下りた廊下の端での母親は強姦されていたのだ。
そして幼いと出会ったのもこの場所である。一度呼吸を吐き、一段一段、階段を下りた。
階段から続く廊下を歩いていると、奥の部屋前で一人の男を確認した。男の手には刃物がにぎられている。おかしなことをすれば、これで罰すと見せつけているのだろう。
馬鹿馬鹿しい、と心で毒づき男の顔さえも見ずに扉の取っ手へと手をかける。
リヴァイは考えた。もし、この部屋の中にとは違う人物がいたら一から捜し直しだ、と。
柄にも無く心臓を高鳴らし部屋の扉を開けたところで、リヴァイの動きは停止する。そして素早く扉を閉めた。
室内はロウソクが一本揺れる薄暗い空間であった。奥の壁につけられたベッドの上で横たわっているのは、だ。
その姿は全裸であり、手首に拘束具がはめられている。リヴァイは床へエレンを落とし、一目散にベッドへと駆け寄った。
突然開放されたエレンは、何の防御もできず尻から床へと着地し軽く悲鳴を上げてしまう。
(痛っ……兵長、急に放すのはひどいですよ)
小声でつぶやき薄暗い室内の中を見渡すと、リヴァイがベッドで誰かに呼びかける姿が飛び込んでくる。その人物があるとエレンは理解した。更には肌の露出が過激であるのを見てしまい、即座に目をそらす。

「おい、起きろ、俺だ、分かるか」

「……」

「目を開けろ、こら、聞こえてんだろ」

「……ん」

仕舞いにリヴァイはの頬へと平手を何度も振り下ろす。
エレンはその行動にあわてるが、時間と勝負であるこの状況では仕方が無かった。

「起きろ、目を覚ませ、いつまで寝てやがんだ」

「っ……ぃ」

「こんな場所でぐーすか寝やがって、起きろっつってんだろ、いい加減にしろよてめぇ」

「ぶほっ、ぃた、痛い、痛いってば!」

「よし、起きたか」

は目を開き、真正面にあるリヴァイの顔をぼんやりと見つめる。
寝ぼけた頭はここがどこだか判断をにぶらせた。いつもの部屋か、と。しかし手に繋がれる拘束具が視界に入るなり、一気に現実へと引き戻される。
リヴァイはの腕を持ち上げ、拘束具をあらゆる方角から凝視した。
「カギ穴が無い、安もんか」そう吐き捨て、マントの中から短刀を取り出し拘束具を繋ぐ鎖へ刃を突き立てた。鎖は簡単に切断され、は自由の身となる。リヴァイの所持する短刀は黒金竹から生成されているため、どのような固い物も一刀両断というわけだ。

「おい、どこか痛むところはあるか」

「あ、大丈夫。……あの、リヴァイよね?」

「はあ?まだ寝ぼけてんのか」

「いや、違うの。さっきまでの恐怖が嘘みたいで」

唖然とするを見つめながらリヴァイは服を脱ぎ、調査兵団のマントをの下半身に巻きつけ、上半身は自分の着ていたシャツを着させた。
そこで全裸であったことにようやく気付いたのか、は服の上から身体を隠そうとする。その行動にリヴァイは口元を緩ませた。

「意外と元気そうだな。で、さらわれた奴らに何かされたのか」

「ああ、少し殴られはしたけど……あと薬のような小さい異物を飲まされて」

「薬?何の薬か分かるか」

「多分睡眠薬だと思う。無理矢理に口移しで飲まされて、そのあと強烈な睡魔に襲われたの」

「「口移し!?」」

見事にリヴァイとエレンの声が重なる。
はエレンがいたことにようやく気付き、名前を呼んだ。エレンはあわててベッドへと駆けつけ、の手を包むように握り絞める。

「エレンも来てくれたの!?」

「それよりさん、口移しってどういうことですか」

「突然頭を押さえられて、水と異物を流し込まれたのよね」

「それ以外は何もされませんでした!?」

「そのあと唇を舐められたり舌を……とにかく気持ち悪かったから下唇に噛みついてやったの!そうしたら放してくれたけど」

さんにそんな……」

エレンが怒りを露わにする横で、リヴァイは口を閉ざし時間を停止したかのように固まっている。
どうしたのか、とが声をかければ、「予定変更だ」そう言い放ち、着てきた全身マントを再び身にまとった。
そして先ほどエレンにしたように、を抱き上げマントの中へと閉じ込める。
その行動に、オレはどうすれば、とリヴァイに視線をやるエレンだが、一言「この部屋の外にいる奴に勝って上へ上がって来い」まさかの指示を飛ばしてきた。
最初は驚いた表情を浮かばせるエレンであったが、数秒もすれば表情を引き締め、兵士らしい良い返事をする。
を抱き上げたリヴァイは部屋前で刃物を握る男に臆することなく扉を開け、堂々と廊下を歩いて行った。
エレンは部屋へ残り、軽く身体のストレッチを始める。リヴァイが階段を上りきった音を確認し、躊躇することなく扉を開けた。

「よお、クソ野郎」

「……誰だお前、どこから入った」

「どこでもいいだろ、とにかくオレはお前を倒す」

エレンは攻撃の体勢を取ると、男はすかさず刃物を振りかざしてきた。振りが大きかったので素早く横へと避ければ、振り下ろした刃物を逆手に持ち返し、柄の部分をエレンの脇腹へと真横から練り込ませてくる。
とてつもない痛みに咳き込んでしまうが、攻撃の体勢を崩しはしない。

「俺はな、人間のツボってやつを知りつくしてるんだ。どこへ攻撃すれば最高の痛みを感じるか」

「ツボだ?ようするに急所ってことかよ」

「まあ、そうとも言うな」

「ふーん」

「ほら、俺を倒すんだろ!」

刃物をやたらと振りまわしてくる男は、エレンから見れば隙だらけであった。
何度も避けているうちに、このまま避け続けてもらちが明かないと理解する。一度動きを止め、男が突いてくるように仕向けた。案の定、刃物を真正面から突き立ててきたところを、エレンは姿勢をかがめ間合いを一気に詰める。そして真下から右掌を男のアゴめがけて押し上げ、身体のバランスを崩した隙をつきテコの原理を利用し背負い投げを決めた。
男はカエルのような格好で仰向けに引っくり返り、打ちどころが悪かったのか汚い悲鳴を上げる。
しかし、それだけでは終わらない。
エレンは男の股間を靴の先で何度か突き、「オレも男の急所なら知ってるぞ」と言うなり一思いに踏みつけた。悲鳴にならぬ声を上げ、股間を守るよう背を丸める男は、目から涙を流しエレンを怯える目で見つめてくる。
醜い姿に熱も冷めたのか、エレンはその場を後にした。
廊下を走り階段を駆け上がっていると、何やら激しい音が聞こえ始め恐る恐る扉を開ける。
すると、男が一人投げ飛ばされる瞬間であった。男を投げ飛ばしたのは、リヴァイである。周りには意識を失い倒れている男達が三人いた。
部屋の奥にはいつの間に来たのか、フリルが優雅に足を組みその様子を伺っている。そのフリルの片腕に抱き締められしがみついているのはだ。

「分かりやすい目印だな、下唇を噛まれるなんて」

「てめぇ、リヴァイだろ!兵団の兵士長が、こんな暴れ回って許されると思ってんのか!」

「駐屯兵団の兵服を闇市で買うような奴に言われたくねぇ。人の大切なもんまで奪おうとしやがって」

「奪われる方が悪いんだ!きっちり監視してないからそうなる!」

「ああ、俺もそう思う。これでも反省してる」

「ならあの女は置いて行け、もう五十人ほど予約が入ってんだ。終わり次第返す、それでいいだろ!」

「とんだクソだな。ああ、クソにも申し訳ないぐらいだ」

上半身を起こそうとする男の腹をリヴァイは真上から踏みつけ、右顔面を蹴飛ばした。
転げ回るように痛がる身体を押さえつけ逃げれぬようヒザの骨を砕き、上半身へまたがる。そして両手を使い顔面をあらゆる方角から殴り始めた。一分、二分、五分……。十分は殴り続けていたに違いない。殴られた顔は原型をとどめぬほど腫れ上がり、顔と首の境目など消えていた。
エレンは思い知る、審議所で殴られたあの時、どれほど手加減されていたのかを。
殴る手を止めたリヴァイは一息つき、男の分厚く腫れた下唇を掴んでは下へ引く力を込める。「やめてくれ!」こごもった男の声が部屋に響き渡ると同時に、口の端が裂け始めた。
赤く溢れ出す血と唾液がリヴァイの手を汚し、思わず顔を歪ませた。早く済ませてしまいたい一心から下唇を思い切り引きちぎる。
皮膚はアゴ下まで裂け、血は泉のように溢れ返り男は意識を手放した。
リヴァイは立ち上がり、引きちぎった唇を床へと投げつけ上から踏みつぶす。そのままへと近付き、フリルごと抱き締めた。



――もう大丈夫だ。
怖い思いをさせて悪かった……ごめん、ごめんな。










*NEXT*








-あとがき-
救出な第14話ー!でした!
長くて申し訳ありません。読み疲れましたよね……。ごめんなさい。
途中で二部構成にしようかと考えたのですが、緊迫した流れを詰め込みたくて……結果、長くなりました。笑
オリキャラのフリルは筋肉もりもりのおじさまで登場させる予定でしたが、やめました。夢なのに、筋肉もりもりのおじさまって!ねえ!
少々血の場面もあり気分を悪くされた方、もしいらっしゃいましたら大変申し訳ありません。
ちなみに、「巨人の子」「黒金竹」こちらは小説版に出てくるキーワードです。

純血人生、日記をご覧くださっている方はご存知だと思われますが、次の第15話で一度終止符を打つことにしました。
そして少々時間を置き、第二部を開始する予定です。

ということで、次回の第15話は皆の愛が詰め込まれた、第一部最終話となります。