純血人生 17





地下街から救出された日より、本日で一週間となる。
時間が経つのは早いものだ。例の男にさらわれたのが、つい昨日のように思える。
早朝、ふと目が覚め、横で静かな寝息を立てているリヴァイを見つめながら先日の出来事を思い返していた。
後日エルヴィンから聞いた話なのだが、東洋人は豪華な宝石よりも金になる人種であるがゆえ、賊の間では東洋人でなくとも黒髪の女性をさらっては売りにかける輩もいるとのことだ。必要以上に金へ目がくらむ人間はそこらじゅうにいると教えを受け、私の感情は怖さよりも怒りが上回った。
「自分の私利私欲さえ満たせれば他人など死のうが不幸になろうがどうでもいい」まぶたを閉じると例の男が脳裏に現われ、下唇を引きちぎられた顔をさらしながらそのようなセリフを言い放ってくる。
(……もう、出てくるな)
両目を指先で強くこすり、大袈裟に息を吐いた。
良いのか悪いのか、あの日を境に日常での変化も起きた。
まず一つ目に、一人で兵舎を出て許される時間帯は朝の八時から夕方の五時という門限をエルヴィンに定められたこと。
二つ目に、リヴァイが妙に素直な気持ちをぶつけてくるようになったこと。この二つだ。
門限など、仕事をする上で邪魔でしかない。上官や同僚達にも門限の話は広まり、状況が状況だけに仕方のないことだと理解してもらえたのはありがたいが、改めて労働時間の調整をされ皆に迷惑をかけることとなったのは言うまでもない。
そんな中でリヴァイとはベッドを破壊されたあの日から一緒に寝るのが日常となり、自然とお互いの距離が縮まった。
おまけに攻め立ててくるようなリヴァイの行動、言動が連日続き、何故か私まで恥ずかしい発言をしてしまう始末だ。

――リヴァイが、その……とても大切で、大切すぎて、そういう関係になるのが怖くて

思い返すたびに吐き気がする。
女性らしさの欠片も無い自分がそのような発言をしたことに対して、それを発言した相手がリヴァイであるという事実に対して。
リヴァイを大切に思う気持ちに偽りは無いにせよ、声に出して言ってしまうなんて。自分という人間が不明だ。
顔面を両手で覆い本日早くも二度目となる溜め息をつくと、横で寝ているリヴァイが身体をゆるりと動かし眉間にしわを寄せながら薄くまぶたを開いた。

「朝から溜め息ばかりつくな」

「あれ、起きてたの?」

「ああ、どうも昨夜から寝苦しくて……水、飲んでくる」

そう言いながら上半身を起こすリヴァイは、起き上がるなり頭を支えるように額へ手を当てる。
どうしたの、と声をかけてみるものの返事は無く、しばらくその体勢を維持させベッドの端から壁に手を添えてゆっくりと立ち上がった。
その様子に少々違和感を感じ、もう一度声をかけようとしたところでリヴァイは足元から崩れ落ち床へと倒れ込んでしまう。
目の前で起きた驚くべき事態に、私は飛び起きた。
リヴァイの名を呼びながら床へひれ伏す身体を少し揺さぶってみる。どうしたの、大丈夫、と声をかける私に一言、「……最悪だ」そうつぶやいた。
辛そうな身体を動かし、どうにか起き上がろうとするが思うように力が入らないらしく上半身さえ自分で起こすことが困難であるように見える。
弱っているリヴァイを放っておけるはずもなく、伏せている体勢を仰向けへと転換させ上から覆いかぶさるように強く抱き締め上半身を引き起こしてあげた。

「リヴァイ、とりあえずベッドに戻ろ。持ち上げる力は無いから、引きずってもいい?」

「……ああ、頼む」

背後へ回り込むなり、両腕をリヴァイの脇へと差し込み全力でベッドの方へと引いた。リヴァイは小柄な体型に見えるが、重い、本当に重いのだ。
常人とは比べ物にならぬほどの筋肉がついているため、身長と釣り合わない体重をしている。あまりの重さにノドがつまるような声を上げながら、やっとの思いでベッドの上へと引きずり上げることができた。二人してベッドへと倒れ込み、リヴァイは無言であるが、私はこれでもかと息切れした呼吸を整える。
呼吸が整ったところでベッドから起き上がろうとすれば、リヴァイは寝返りをうち私の上へと覆いかぶさってきた。

「身体が重い、思うように動かねぇ」

「ぎゃあああ!こっちは本当に重たいよ!ちょっと、全体重かけるのはやめて!」

何とかリヴァイの下からもぐり出てはベッドの脇へと腰掛け、改めて弱っている姿を真上から見つめてみる。
手を顔へ添えてみれば、その肌はほんのりと熱かった。薄暗い部屋の中では顔色を把握することもできないが、少なからず火照っているに違いない。
苦しそうというよりも、いつもに増して不機嫌そうな表情をするリヴァイに事の重大さがジワジワと攻め寄せてくる。
(風邪かな……大変だ、早くエルヴィンに伝えないと)
飛び出す勢いで扉へ向かえば、「寝巻のままで部屋の外へ出るな」と弱々しい声で後ろから呼び止められた。
こんな時に格好なんてどうでもいいじゃないか、そう文句を言いながらも一応着替えを済ませ部屋を飛び出しては一目散にエルヴィンの部屋へと向かう。

廊下を駆け抜け部屋前まで来たはいいが、扉をノックしても、呼びかけても、何の反応も無かった。
落ち着いて考えれば今は早朝だ、まだ外も暗い。起きている方が不思議な時間帯である。ただ、もしかしたら……と一つ思いつくことがあり、エルヴィンの部屋を後にした。
向かった先は執務室だ。壁外調査を控えている今、夜通し仕事をしているのかもしれない、そう考えついたのだ。
戸惑うことなく執務室の扉をノックしてみると、案の定「誰だ」とエルヴィンの声が返ってくる。

「エルヴィンごめん、少しいいかな」

か?」

すぐに扉は開き、「このような早朝にどうしたんだ」そう驚く表情で問われ、感情を抑えながらもエルヴィンの服を掴み「リヴァイが大変なの!」と小声で叫んだ。
起き上がるなり倒れて、自分で立ち上がれなくて、と先ほど起こったことを細かく報告した。
私があわてふためく態度であるのに対し、エルヴィンは場馴れしているかのごとく冷静だった。さすがは調査兵団の団長というべきか。

「状況は分かった。今から看護兵の者を連れてくる。は先に部屋へ戻っていなさい」

「うん……お願いします」

踵を返し駆け抜けてきた暗い廊下の先を見つめると、何故か歩いてなどいられず再び部屋まで走った。
部屋の扉を静かに開け早足で中へと入る。ベッドを見れば、部屋を出た時と変わらずリヴァイが横たわっていた。
リヴァイが倒れるなんて、初めてだ。今まで寝込む姿など見たことが無いだけに……いつも強くある人が弱々しくなるというのは、どうも心臓に悪い。

「リヴァイ、寝てる?」

「……頭痛がひどくて、眠気もこねぇ」

「うそ、どうすれば……あ、枕を少し高くするとかどうだろう、逆に枕なんて無い方がいいのかな」

「手だ」

「手?」

「その手で、俺の頭を撫でてくれたらいい」

言葉通り、すぐにベッドの脇へと腰掛け手のひらで頭部を撫でながら指先で乱れた髪を梳いてやった。
数分撫で続けていると、「少し楽になってきた」とかすれる声でつぶやいたので、止めることなく必死に撫でた。私の手で回復するのなら、今は何でもしてあげたい。
そこへ扉がノックされ、エルヴィンと看護兵の方が中へ入ってきた。

「リヴァイ、大丈夫か」

「……ああ、ここまで気持ち悪い体調は久々だ」

「頼む、リヴァイを診てやってくれ」

看護兵は頭を下げ、兵長失礼します、そう声をかけるなりリヴァイが身につけている服を捲り上げ、首元の脈、胸部、腹部、全てを触診で診断し、最後に口内とまぶたを持ち上げ目の状態を診た。
静寂な空間の中で淡々と診断をする看護兵の姿に恐ろしいほどの緊張が走る。診断後、何と告げられるのか、怖くて仕方がない。
一通り診終えた看護兵は、捲り上げた服を元に戻しながらただ一言、「疲労です」と告げてきた。

「少し貧血も含まれているようですが」

「でも、熱も出てますよね。先ほど顔へ触れたら熱くて」

「疲労から微熱が出ることもありますよ」

「頭痛がひどいと本人が言っていました、それも疲労ですか?」

「頭痛は誰しもが持っているものです。疲れた時に頭が痛い、となる経験を一度はしたことがあるでしょう。それと同じです」

(……疲労、か)
風邪でもなく、重病でもなく、疲労だそうだ。「今日一日休めば大丈夫ですよ」そう笑顔を向けられ、少なからず安心した。
そして私から視線をエルヴィンに移し、「兵長に必要なのは睡眠です。仕事をさせてはいけません」と看護兵は迷わず告げる。もちろんエルヴィンも承知の上か縦にうなずき、今日は部屋で大人しく寝ているようリヴァイに指示を出した。
間もなくしてエルヴィンと看護兵は部屋を後にし、リヴァイは額に手を当て溜め息をつく。

「疲労だってさ。風邪や大きな病気じゃなくて良かったね」

「バカ言え。疲労で倒れるなんて、なさけねぇ」

「その強がる声さえも弱々しいんだもん、今日は一日ゆっくりしときなよ、ね」

「……そういうわけにもいかねぇだろ。エレンもいるんだ」

「そこはエルヴィンがどうにかするでしょ。班の先輩達もいるわけだし」

何とか動こうとするリヴァイを少々強引にベッドへ押し付け素早く布団をかける。
前回の壁外調査が実施されてからというもの、リヴァイは休み無しで働いている。それに加え地下街へさらわれた私の救出にまで来てくれた。
知らぬ間に蓄積された疲れがドッと表へ出てきたのだろう。今この体調で仕事をすれば、それこそ高熱が出て何倍も悪化するに違いない。
とにかく身体を休めるようにと時間をかけて説得した。

一時間後、リヴァイは身体が辛いのか呼吸が荒くなり始め、背中をさすってやる。
本当に疲労だけなのだろうか、ここまで辛そうにするなんて。熱のせいか薄っすらと額に浮かぶ汗を手ぬぐいで拭き取り、背中と頭を交互に撫でてみる。
次第に落ち着きを取り戻したのか、安らかな寝息が聞こえてきた。
その間に私は気持ちを切り替えるため、水で顔を洗い仕事の準備を始める。
リヴァイが弱っている日くらいはそばにいてあげたいけれど、そういうわけにもいかない。トロスト区で家を失った者は今も避難民として兵舎近くの広場で生活をしているのだ。巨人を目撃してしまったゆえ恐怖症となり情緒不安定になっている者も大勢いる。そのような人達が食料の配給を待っているというのに、休むわけにはいかないだろう。それに、これ以上同僚へ迷惑をかけるわけにもいかない。
気合いを入れ、コップ一杯の水を飲む干す。
(さあ、今日も頑張ろう!)
念のため、熱のせいで汗をかくかもしれないので、手ぬぐいと着替えの寝巻を枕の横へ置き、ランプを消した。
寝ているリヴァイに、「行ってきます」ささやくように声をかけベッドから遠ざかれば、「待て」と声がかかる。

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

「ずっと起きてた」

「うそ、寝てたでしょ」

「お前にはそう見えただけだろ。それより、なあ、まさか仕事へ行く気か?」

「うん、元気な私が部屋でジッとしてても仕方ないしね」

「……水を飲みたくなったらどうすればいいんだ」

「ああ、そうか、水ね」

水をコップへ注ぎ、ホコリが入らないようその辺にあった紙でフタをする。そしてベッドの横へ小さなテーブルを設置し、コップを置いた。
これでノドが乾いたらいつでも飲めるだろう。

「便所は、一人で歩けないかもしれねぇのに」

「這って行けばいいじゃない」

「体調が今より悪化する可能性だってある」

「分かった、なるべく早く帰ってくるから頑張って。あ、言っておくけど、ヒマだからって掃除とか掃除とか掃除とかしちゃだめよ。それじゃあ行ってきます」

振り返らずに部屋を出た。
あのまま会話が続いたら決心がにぶり、そばにいてあげたくなるに決まっている。
今日ばかりは門限の時間よりも早く帰れるよう努力しよう。
兵舎を出るなり、ゆっくり寝ててね、そうメッセージを送りながら部屋の窓を見上げると、何故かこちらへ力なく手を振るリヴァイがそこにいた。
(はあ!?青ざめた顔して何してるの!)
両手のひらを合わせて枕のように耳下へ添えるジェスチャーをし、「寝ろ!」と心の中で叫んでやれば、気持ちが通じたのか窓を閉め姿を消した。
……心配だ。本当に早く帰れるよう努力しなければ。避難民のいる広場へ全速力で走り、少しでも早く仕事を終えるよう心がける朝であった。





この日兵舎へ帰還したのは門限である五時を過ぎ、部屋前へ着いた頃、時計の針は六時五分前を指していた。
思った以上に忙しい一日であった為、早く切り上げることも出来ず結局はこの時間である。エルヴィンに見つかったら、それはそれで怒られそうな展開だ。
扉を開くと部屋の中は薄暗い空間が広がっており、無音の静けさである。目を凝らしてベッドを見つめると、布団をかぶっているリヴァイの姿が薄っすらと見え安堵した。
部屋の中へ足を進め、ベッドから一番遠い場所に設置されているランプへ火を灯す。
汚れた服を着替え、ベッドの脇へと腰掛けた。リヴァイはこちらに背を向け寝息を立てている。
「ただいま、遅くなってごめんね」朝と同じように小さくささやいてみると、いつから起きていたのか、「これ以上帰りが遅ければ迎えに行くところだった」と返事が返ってきた。

「また起きてる。ちゃんと寝た?」

「熟睡はできなかったが……まあ、それなりに寝た気はする」

「少しでも眠れて良かった。一日中寝て過ごすのって結構辛いよね」

「……それより、一人で一日を過ごすなんて、久しぶりだった」

「そっか。立場的にいつも誰かがリヴァイのそばにいるもんなぁ」

こちらへ寝返りをうったリヴァイは、片手を伸ばし私の太ももへ手を添えてきた。当分一人の時間はいらねぇな、そう言いながら。
「なに、寂しかった?」添えられた手に自分の手を重ねながら声をかければ、「うるせぇ」と返され笑いが込み上げてくる。
一人にさせてしまったことに謝罪をしていると、扉が遠慮がちにノックされた。誰だろうか。
リヴァイの手を退けながら立ち上がり扉へと向かう。手早く扉を開けると、そこには辛そうな表情を浮かべるペトラがいた。その後ろにはペトラと同じ表情を浮かばせるオルオ、グンタさん、エルドさんがおり、皆に囲まれフードの下から顔をのぞかせるエレンまでもが眉を垂れ下げている。

、突然ごめんね。兵長が疲労で倒れたって聞いたの。様子はどう?」

「ああ!朝よりは元気になったよ、皆さんどうぞ、中へ入ってください」

部屋の中へと招くが、遠慮しているのか誰一人として足を踏み入れようとしない。
そこで、「部下達の顔を見ればもっと元気になるはずです!」背中を押す一声をかければ、まず一番にエレンが中へと入った。エレンに続きペトラも足を進め、全員が部屋の中へと入る。
リヴァイが部下に慕われている素晴らしい現状を目の当たりにし、皆に見えぬよう湧き溢れてくる笑顔を隠しながら扉を閉めた。
さっそくリヴァイは「何が起きているんだ」と言わんばかりの表情を見せつけてきたが、意外と冷静でありベッドへ飛び付くエレンに落ち着くよう促す。

「兵長!髪がぼさぼさじゃないですか!」

「うるせぇ。エレン、どうでもいいことを叫ぶな」

「まあまあ、兵長。エレンったら今日一日すごく心配してたんですよ」

ペトラの発言に目を細め、エレンを睨むように見据えた。リヴァイの鋭い眼光におろおろとあわてるが、何も怖がることは無い。おそらく、照れ隠しの一つだと私は思う。
リヴァイ班の面々がベッドを囲み次々に見舞いの言葉をかけていく。
体調はいかがですか、兵長も疲労するんですね、顔色が最悪じゃないですか、兵長が倒れるなんて、いつもに増して目つきが悪いですよ、などと弱ったリヴァイに言いたい放題であったが。少々辛口な冗談を飛ばすのも、信頼しあう証の一つなのだろう。
皆が会話を弾ませる中、私は脱衣所の奥から全く使われていない折り畳み式のイスを引っ張り出し部屋へ運んだ。部屋に腰掛けれる家具がソファーしか無い為である。それに気付いたエレンが駆け寄ってくるなり手伝いをしてくれる姿は微笑ましかった。
しばらくすると会話も落ち着き、皆に座るよう声をかける。皆が腰掛ける中でグンタさんのみ、「長居しては申し訳ない」そう遠慮の言葉をもらすが、「せっかくイスを用意したのに」同じくこちらも遠慮がちに言い返すと、苦笑いをしながら腰掛けてくれた。

ごめんね、気を遣わせちゃって」

「いいのいいの。この部屋がにぎわうなんて久々だし」

「ありがとう!兵長も意外と元気そうで、安心したわ」

「それにしても、リヴァイ班がそろってお見舞いにくるなんてびっくりしちゃった。なんていうか、結束力が高そうだよね。でも、まだ結成されてから一ヵ月も経ってない?」

「エレンが来てからなので、もうすぐ一ヵ月になるのかな」とエルドさんがアゴに手を当てながら天井を見上げる。
一ヵ月未満で皆がそろってリヴァイの見舞いに来るほどの心優しい結束力、ただ実績が良いというだけでは無いようだ。様々な面から見てリヴァイに認められ選び抜かれた兵士達なのだろう。それに加えて全員が巨人殺しのスペシャリストと聞いたことがある。私は今、すさまじい人達を前にしているのだなあ、などと客観的に考えてしまった。

「あ、ねえペトラ。リヴァイ班結成の祝いはしたの?エレンの新兵歓迎会とか」

「してないよ、さすがに今回はそういう雰囲気にならなくて」

「じゃあ今からしない?」

私の発案に皆は唖然とする。
まあ、リヴァイ班結成と言えど、エレンを省く四人は以前からの顔見知りでもあるので必要無いかもしれないが。
しかしエレンは違う。私が聞いた限りでは、エレンが巨人となり蹴破られたトロスト区の穴を岩で塞いだ後、審議所で調査兵団に託され、それからというものリヴァイ班と共に行動し、就寝する時は常に地下と義務づけられているとのこと。今の現状、エレンは大人達に鎖で縛りつけられているように思える。
巨人になれるという事実から考えて仕方のないことだろうけれど。
……ただ、考えてしまうのだ。まだ子供なのに、と。

「既に信頼し合ってるかもしれないけれど、ここで更に結束力を高めておくのもいいんじゃない?ね、エレン」

「え、オレですか!?」

「先輩達に歓迎されたくないの?ほら、正直な気持ち言ってみて」

「歓迎されたら、そりゃ嬉しいですけど、でもオレは立場的に……」

エレンの返答にグンタさんが、「よし、やるか!」と声を上げた。エルドさんは笑顔でうなずく。その隣でオルオは舌打ちをしながらも、優しい表情を浮かべエレンを見ていた。
ペトラに至っては何を思いついたのか、「食べ物調達してくる!」そう叫びながら駆け足で部屋を飛び出しどこかへ行ってしまった。皆がペトラの出て行った扉を見つめ、食べることとなると行動力がすごい、そう心の中でつぶやいた。
さて、そうと決まれば飲み物を準備しなくてはならない。
とりあえず戸棚からグラスを取り出し、酒か、水か、エレンには水に砂糖を混ぜてやろうかと、少々遊び心で注ぐ内容物を考えているとエルドさんが近付いてきた。

さん、すみません。リヴァイ班は飲酒を禁止されているので、全員水でお願いします」

「ええ!?そうなんですか?」

「もしものことがあった時の為に、酒はダメなんです。いやあ、正直辛いですよ」

「なるほど、エレンのためってわけですね」

「ええ。とはいえ、次の壁外調査から帰ってきた時には飲んでいいと兵長からお許しが出ているので、後少しの我慢なんですけどね」

兵士は大変だ。一つの仕事を遂行するために、酒に制限をかけられるなんて。
それでも笑顔で話してくるエルドさんを見ていると、どれだけ大きな器であるか思い知らされる。
更には、何か手伝うことはありますか、そう問うてくるもので客人にそのようなことをさせれるわけもなく、部屋でくつろいでいてください、とお願いをした。
グラスへ水を注いでいると、次はエレンがこちらへ近付いてきた。何の用かと視線を向ければ、話しかけてくるわけでもなく、何故かこちらを見つめてくる。

「エレン?どうしたの」

「いえ!なんでもありません。気にしないでください」

「でも、何か用があるんじゃないの?」

「見ているだけです」

「何を」

さんが水を注ぐ姿です」

「はい?」

「……なんか、興奮する」

「おかしい、エレン、それはおかしいよ、水を注ぐ姿の何に興奮するの!?」

「ああ!大声はだめです!兵長に聞こえるだろ!?」

二人して部屋の隅に設置されているベッドを見つめると、こちらに背を向け静かに横たわっていた。
寝ているのか起きているのか不明だけれど、騒ぎ立てない方がいいのは確かだろう。
一応エレンに大声を出してしまったことに謝罪をしたが、どうも腹立たしく思えグラスを運ぶよう指示を出した。
そこへ、ノックも無しに扉が勢い良く開かれ、「やあ!リヴァイがぶっ倒れたって聞いてお見舞いに来たよ!」とハンジさんが廊下にまで響くような大声を上げ部屋の中へと入ってくる。

!って、あれ?リヴァイ班の皆さん、エレンもいるじゃない!皆もお見舞い?」

「ええ……まあ。ハンジ分隊長、もう少し声を抑えた方がいいのでは」

「あはは!グンタは細かいなあ、いいんだよ。弱ってるリヴァイに元気を分けてあげるぐらいの気持ちでいれば!」

ハンジさんは笑いながら一目散にベッドへ歩み寄り、脇へと腰掛けた。
なんだろう、とてつもなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

「リーヴァーイ!おーい!寝てるの?どうせ狸寝入りでしょ?リヴァイ、リヴァイったら!寝顔に落書きされたくなかったら起きるべきだよ?」

「……」

「うわあ、無視された。ひどいよね、人がお見舞いに来てあげたっていうのに」

「……」

「まあいいや!これね、リヴァイにあげるよ。お見舞いとして巨人クッキー焼いてきたんだ」

「……」

「今回は急だったからさ卵もバターも入手できなくて、その辺の薬品ぶち込んでおいたよ。ほら、食べて食べて!」

部屋にいる全員がハンジの行動に目を見開き冷や汗を流す。
焼いてきたという巨人クッキーを袋から取り出すなり、寝ているリヴァイの口元にぐいぐい押しつけ始めたのだ。
グンタさんは耐え切れず、ハンジ分隊長やめた方が、と声をもらすが本人には全く聞こえていないようで。

「リヴァイ、もっと口を大きく開いてくれないとクッキーが入らないだろう?」

「……うるせぇな、このクソメガネ」

「やっと喋った!なんだ、元気そうじゃないか。良かった!はい、クッキーは自分で食べてね」

ハンジさんは何の嫌がらせか、巨人クッキーが大量に入っている袋を枕元へ置いた。
すると、先ほど豪快に開かれた扉が再び開き、ペトラが両腕いっぱいにパンを抱え部屋の中へと入ってくる。
どこでそのような大量のパンを手に入れたというのか。

「あれ、ハンジ分隊長?」

「やあ、ペトラ!なになに、そのパンどうしたの?」

「今からリヴァイ班結成の祝いと、エレンの歓迎会をするんです!」

「なにそれ!私も参加する!リヴァイ!巨人クッキー返して!これ皆で食べようねー!」

誰もが顔を引きつらせるが、声には出さない。皆何を言いたいのか、ハンジ以外は心で通じ合っているだろう。
グラスへ注いだ水を全員へ配り、誰が乾杯の音頭を取るか話が弾んだところで、グンタさんが立ち上がる。

「そうだなあ、これといって言うことは無いが、リヴァイ班は次の壁外調査が本番だと思ってる。頑張ろうな」

その一言に、リヴァイ班の全員が目を輝かせてうなずいた。
この熱い雰囲気がどういうものであるか一般人の私にでも理解できる。本当に素晴らしい結束力だ。

「それと、エレン。調査兵団への入団、おめでとう。お前のような可愛い後輩は、大歓迎だ!」

エレンはぽかんとした表情を浮かばせるが、リヴァイ班を含むハンジさんまでもがエレンに歓迎の言葉と、とびっきりの笑顔を向ける。もちろん私も笑顔全開である。
一瞬目が合ったかと思えば、エレンは三角座りに体勢を変え、顔をヒザ上に埋めてしまった。そんなエレンの頭を近くにいたペトラが撫でてやる。

「あーあ。エレン、もしかして泣いちゃった?」

「……すみません!」

「あははは!なにより、歓迎会遅くなってごめんね」

「いいえ、先輩方、オレなんかを……ありがとうございます!」

グンタさんが、「乾杯だ!」と声をあげ、皆はお互いのグラスを打ち鳴らし一気に水を飲み干す。
これが酒だったらなあ、そう弱音をこぼすエルドさんだが泣きじゃくるエレンの横へ座り背中を撫でてやる姿は頼もしい。
数分かかったが、やっとのことでエレンは目の腫れた顔を上げ、皆とグラスを打ち鳴らした。改めて、ありがとうございます!と笑顔で礼を告げる。

「それにしても、エレンも大変よね。入団して早々壁外調査だなんて」

「ペトラさんは初めての壁外調査どうでしたか?怖かったですか?」

「へ!?初陣は……まあ、うん、そりゃあ怖かったよ」

「エレン、ペトラが初陣で何をしたか教えてやろうか。そうだ、ペトラだけじゃねぇ、オルオもだな」

エルドさんが気になる発言をし、悪い笑みを浮かべながら二杯目である水を飲む。
その間にペトラとオルオはテーブル上に放置されていた巨人クッキーを鷲掴み、エルドさんがグラスを口から遠ざけた瞬間、口の中へと突っ込んだ。

「うぐぉおおお!!!……っぁ」

「……あの、エルドさん倒れましたけど、泡吹いてますけど……ええ!?エルドさんしっかり!」

「エレン、エルドは放っとけばいいから。それよりほら、私が持ってきたパンも食べて」

「ああ、はい、ありがとうございます、って、え、本当に大丈夫なんですか!?」

グンタさんは額に手を当て、溜め息をついた。
何やってんだお前らは、そんなセリフが聞こえてきそうである。
皆が盛り上がる中、空になったグラスへ水を注ぐ作業を繰り返していたら、「おい」とリヴァイの声が部屋に響いた。上官の呼びかけに全員が振り向く。
そこでハンジさんは、「誰を呼んだの?」と聞けば、リヴァイは私の名を上げる。

「……だ、お前らは勝手に盛り上がっとけ」

ベッドから手招きをしてくるリヴァイに、戸棚から小走りで近付いた。
すると布団をめくり、こちらに背中を向けてくる。

「ん、なに?」

「寝すぎて背中が痛い、少しさすってくれないか」

「エレン!聞いた!?兵士長様は背中が痛いらしいよ!」

すかさずハンジさんがエレンに声をかけると、エレンは勢い良く立ち上がり、「オレに背中をさすらせてください!」とベッドへ駆け寄った。
しかしエレンは岩のように固まってしまう。一体どうしたのか、エレンの目線をたどればリヴァイが恐ろしい目つきでエレンを睨みつぶしているのを発見した。

「リヴァイ!部下が慕ってくれているのに、その目つきはダメでしょ!やだ、信じられない」

の言う通りです。兵長、エレンがこうして皆と打ち解けようとしているのに……」

私とペトラで追い打ちをかけてやると、リヴァイは「……好きにしろ」と居心地悪そうに顔をそむける。
エレンは満開の笑みで返事をし、ベッドの脇に腰掛けリヴァイの背中を優しくさすり始めた。これは中々見れない光景だと、誰もが微笑ましく見つめていたのは言うまでもない。
グンタさんの空いたグラスに水を注いでいると、またしてもリヴァイが呼んできた。
何かと訊ねれば、「ノドが乾いた」とのことである。

「ベッド横の小さいテーブルにコップが置いてあるでしょ。そこに水入ってるから」

「身体が重いんだ。起こすくらいの気がきかねぇのかお前は」

「自分が手を貸します!」

会話へ乱入してきたのはオルオだ。
オルオは丁寧にリヴァイの上半身を起こし、背中をさすっていたエレンが横から素早く水を差し出した。
このチームプレイ、完璧である。
リヴァイは妙に複雑な表情を浮かべながら、水を一口だけ飲み再びベッドへ上半身を倒す。

それから一時間ほど経った頃、グンタさんが皆へ呼びかけるように声を上げる。
そろそろお開きにするぞ、と。

「ええ!?まだいいじゃないか!もっとお話しようよ!」

「いけませんよハンジ分隊長!兵長も寝てらっしゃる、そろそろ静かにしないと」

「いいよいいよ、リヴァイなんて放っておけば」

「うわあ!なんてことを!聞こえますよ……!」

グンタさんは私に頭を下げると、気を失っているエルドさんを抱え、ついでにハンジさんの背中を押しながら部屋を後にした。
続いてエレンも私に礼を述べ、寝ているリヴァイへ声をかける。

「兵長、失礼しました!ゆっくりと身体を休ませてください。明日は兵長の分も草むしり頑張ります!」

「調子にのんなよガキ、草むしりは奥が深いのをお前は知らねぇだろ。俺が草むしりの極意を教えてやってもいいぞ」

「オルオ気持ち悪い。それより早く出てよ、私もエレンも出られないでしょ」

「ペトラ、なんだお前、まさか俺と一緒に草むしりをしたいのか?いいぜ、特別だ、俺の隣で草をむしればいいじゃねぇか」

「あんたをむしってやりたいわ。早く出ろって言ってんのよバカオルオ!」

オルオの尻をがつんと蹴飛ばすペトラはリヴァイ班の中で誰よりも勇ましいに違いない。
呆れる溜め息をつき、こちらを振り向くペトラときたら文句を言いながらも、とてもいい笑顔をしていた。

、本当にありがとう。もう、すごく楽しかった!」

「うん!……ねえ、ペトラ。あの大量のパンどこで手に入れたの?」

「教えて欲しい?でもなあ、ここでは言えないから今度こっそり教えてあげる」

「なにそれ、気になる!」

「ふふ!それじゃあ……あ、兵長!おやすみなさい」

廊下を歩いて行くペトラ達に手を振り、姿が見えなくなったところで扉を閉めた。
部屋へ戻ると、何故かリヴァイはベッドから起き上がり放置されたグラスなどを片付けようとしていたもので、あわてて奪い上げる。

「なにしてるの!私がやるから寝てて」

「……あいつら、俺の見舞いだとか言うわりに、自分らだけで楽しみやがって」

「は?そんなことないよ。皆盛り上がってたけど、常にリヴァイの様子を気にしてたもん」

「なんでもいい。片付けぐらいは俺も参加する」

「……ああ、そういうことか。寂しかったんだ」

「うるせぇ。はっきり言うな」

足元がふらつくリヴァイは、一人で立っていられず私に寄りかかりながらグラスを洗ってくれた。……のはいいけれど、私はリヴァイを支えるのに必死であった。
(やっぱり、重い!!)
このような無茶をしながらも心ある上官だからこそ、皆が慕ってくれるのだろう。
皆の心配が晴れるよう、早く元気になってね、リヴァイ。








*NEXT*








-あとがき-
第17話は、兵長が倒れた!?よし、お見舞いで盛り上がろうぜ!な話でしたー!笑
なぜかリヴァイは不憫になってしまう罠……すみません。リヴァイも皆で楽しみたかっただろうに。
そうだ、表記はしていませんが、乾杯の前にエレンの入団を歓迎するシーン。
ベッドの上でリヴァイも薄っすら笑顔でエレンを見つめていると考えてあげてください。笑

次回もリヴァイ班が活躍します。