純血人生 19






前回のあらすじ。
壁外調査の二日前、リヴァイ班の面々が古城より帰還した際に、子供二人が兵舎内へと侵入した。
とはいえその子供達、ネス班長の息子と娘であることが発覚。息子の名前が「ガル」娘は「モコ」そう名乗る。二人は兄妹だという。
さっそくペトラがネス班長を呼びに行くが、壁外調査へ向けて新兵に作戦を叩き込んでいる最中らしく、終わり次第駆けつけるとのことだ。
「その間、子供達を頼みます」ネス班長からの伝言である。
一方、子供達を取り囲むのはリヴァイ班の皆に加えて、休憩中のエルヴィン、そして私だ。
ネス班長が来るまでの間、エルヴィンの発案から隠れん坊をすることとなったのだが、リヴァイ班の皆は今から戦闘でもするかのように本気モードをさらけ出している。
それもそのはず、隠れん坊の鬼がエルヴィンとリヴァイという恐ろしい面子であり、更には「壁外調査の予行演習だと思え」などと告げられたのだ。
見つかった者は夕飯抜きとかなんとか……。この状況、本気になって何らおかしくはないだろう。
ただ、私は関係ない。というか、巻き込まれたくない。
お遊びで子供達が楽しめる隠れん坊をするならいくらでも付き合うが、今回はどう考えても変だ。
エレンなど、「立体機動装置の使用を許可してください」とゾッとするような発言をし始めた。エレンの意見にエルヴィンは少々考える素振をしたが、首を横に振る。
(おいおい!当然だろう!立体機動装置を使われたら壁や木々が穴だらけになってしまうでしょ!)
そう心で毒吐きながらも皆が隠れん坊へ意気込む中、私は一歩、一歩、その場から後ずさった。このままフェードアウトしてやろう作戦だ。
しかし運悪くリヴァイと目が合ってしまい、五秒ほどお互いを見つめ合うはめに。これはまずい、非常にまずい事態である。
このままでは最悪な展開になりかねない。これから起こりえる恐怖を予想し、私は意を決して皆がいる方向とは逆へ一思いに走った。
……まあ、簡単に捕まってしまったわけだが。
案の定、隠れん坊への参加を強制され、子供達の面倒を見るようエルヴィンから指示を出された。
ようするに、リヴァイ班の皆は鬼に見つからないよう本気で身を隠す、だからといって子供達を放っとくわけにもいかないので私にまかせるということだろう。
しかもこの隠れん坊、鬼に見つかるだけでは終わらず、そこから追いかけ合いが始まり、鬼にタッチをされたらアウトとなる、そのようなルールを付け加えられた。
隠れん坊を壁外調査へ向けての予行演習だというだけあって、エルヴィンとリヴァイは鬼というよりも巨人役らしい。
「見つかって食われないよう、頭を使って逃げろ」リヴァイは腕を組みながら班の皆へ言い放つ。
そして意味不明な(夕飯をかけた)隠れん坊が始まったわけだが……。

エルヴィンとリヴァイがまぶたを閉じ五十秒のカウントを始めたと同時に、リヴァイ班の皆はその場から全速力で駆け出した。
(えええええ!速い!うそ、皆本気すぎるでしょ!)
いいや、今は驚いている余裕などない、とりあえず隠れる場所を探さなければ!
私は子供達と手を繋ぎ、どこへ隠れればいいのか必死に考えた。とはいえ検討もつかない今、どこへ向かえばいいのだ!?
兵舎内ならどこにでも隠れて良いとエルヴィンは言っていたが、いざとなれば隠れる場所なんて思いつかない。
カウントが十数秒経っても開始場所でうろたえていると、そんな私を見兼ねたのかエレンが戻って来てくれた。
小声で「こっちだ!早く!」と必死な剣幕で誘導され、子供達の手を引きその場を後にした。

エレンは宿舎から離れた厩舎近くで足を止め、壁沿いに設置されている小さな倉庫の扉を開ける。
まさか、ここに四人全員で隠れるつもりだろうか。見た目の推測だが、縦は二メートル以上あるように見えるけれど、横は一メートルあるだろうか、奥行きなど何十センチである。それに加えて中には馬の世話をするのに欠かせない道具が詰め込まれていた。
このようなところへ、四人で隠れるなど無理だろう。

「さあ、隠れますよ!」

「いやいや、無理でしょ!どう考えても入りきらないって」

「その考えです」

この倉庫は狭すぎて隠れられない、そう団長や兵長も考えるはずなので捜す対象から外れると思いませんか、とエレンは裏をつくような意見を述べてきた。
なるほど、エレンの読みは的確だ。確かにこのような狭い場所へ隠れるなど、一番に避けたいところである。ましてや四人、思いもつかないだろう。
そうとなれば早く隠れないと。五十秒のカウントはもうすぐ終わる頃だ、間もなくして鬼達が得物を捜しに来る。

「よし、エレンの言う通りだね。とりあえず隠れる前にスペースを確保しないと」

「そうですね、まずそこからか」

「道具を端に寄せて上へ積み上げようか。この倉庫、縦には余裕があるから」

「了解です!おいガル、オレの肩に乗れ!」

エレンはひざまずき、ガルを軽々肩車で持ち上げた。そして頭上に気を付けながら倉庫の中へと入り下から子供でも持てる桶を渡しては、上へと積み重ねていく。これは良いアイデアだ。
その間、倉庫の外で鬼が来ないかモコと目を光らせていたが、足音さえ聞こえてこなかった。
三分ほどで作業は終わり、エレンは外へ出てガルを地上へ降ろす。二人は見事スペース確保の任務を遂げ、お互いの手を打ち鳴らした。

「ほら、エレンとガル!喜ぶのもいいけど、さっさと隠れるよ!」

「あ、まずオレが一番奥へ入ります!」

エレンは中へと入り、「次はさんが入ってきてください」と声がかかった。
改めて中をのぞくと、すぐそこに腕を広げて待ちかまえるエレンがおり、いくらスペースを確保したとは言え究極に狭い。

「オレに背を向けて入ってきてくださいね」

「分かった……って、え」

「もっと詰めないと子供達が入れないし」

「だからってこの腕よ!どうして腹部に巻きつけてくるの!」

「静かに!見つかりますよ!?ほら、次はガルとモコだ、入って来い」

子供達二人は、「うわあ!ドキドキする!」とはしゃぎながら中へと入って来た。エレン同様にガルがモコを背後から抱き締め、なんとかこの狭い空間に四人全員で隠れることに成功。
最後は子供達が力を合わせて扉を閉め、後は鬼に見つからないよう祈るばかりだ。
昼間だというのに暗闇と化した倉庫内は、小さな話し声がたくさん飛び交う。
「おにごっこって、オニがみつけにくるんだよな」とガルが言うと、「そうだぞ、見つかったらここから引きずり出されて食べられるんだ」なんてエレンが子供達を茶化すように発言する。こわい!こわい!と言いながらも声を抑えて笑う子供達は、今この状況を楽しんでいるのだろう。
なんと素晴らしい、子供達の臨機応変な対応力に感心するばかりである。

「……で、エレン」

「なんですか」

「私の首元に顔を埋めるのやめて」

「だって、ここ狭いし。この方が楽だし」

「くすぐったいの!」

「それぐらい我慢してくださ……しっ!」

静かに!と片手で私の口を塞ぎ、子供達にも合図を送った。
静まり返った倉庫内に外から聞こえてくるのは素早い回転をする足音だ。エルヴィンかリヴァイのどちらかだろうか!?
息をするのも止めてしまうほどに緊張が走る中で、最悪なことに倉庫前で足音は止まった。そして何の躊躇も無く倉庫の扉は開かれる。
暗闇に慣れ始めていた眼球に光が差し込み、全員が目を細めて扉を開けた人物を見つめれば、そこには唖然としながら息を切らすペトラがいた。

「ああ!すでに四人も入ってる!」

「しー!しずかに!」

「はっ、ごめんごめん」

ガルとモコが口の前に人差し指を当てる仕草をペトラに向ける。
子供達に謝罪をするペトラだが、すぐに真剣な表情へ切り替え恐ろしい一言を言い放った。「この辺りに兵長が来るかもしれない」と。
エレンは素直だ、身体を密着しているだけにペトラの一言で身体をビクつかせる振動が直に伝わってきた。
気をつけてね、そう言いながらペトラは倉庫の扉を閉め、再び暗闇が戻ってきたかと思えば……あと数センチで完全に扉が閉まるところで止まった。
妙な隙間を見て首をかしげていると、何故かペトラは謝罪を述べながら足音を響かせて遠ざかって行く。
皆が違和感を感じたと同時に、数センチの間に誰かの指が強引にも突っ込まれ、四人は尋常ではないほどの悲鳴を上げてしまう。
扉は勢い良く開かれ、現われたのは忠告通りリヴァイだった。

「こんな汚ねぇところにうじゃうじゃ隠れやがって」

「ぎゃあああ!でたーーー!」と私が叫ぶと、背後にいるエレンは「兵長!最悪だ、夕飯抜きだ……」などと落ち込みだし、「きゃーー!きゃーー!」モコが笑顔で叫ぶと、「オニだ!食べられる!その前にしょーぶだ!」ガルは勇者ごっこでも始めるかのように変なポーズを決める。

「うるせぇ……はあ。ほら、四人とも早くここから出ろ」

リヴァイの呼びかけにいさぎよく倉庫から出るが、簡単に見つけられた虚しさがドッと押し寄せてくる。
こんなに早く見つかるなんて、せっかく倉庫の中をエレンとガルが片付けてくれたのに。

「……お前ら、一つルールを忘れてねぇか」

「ルール?あ、そうか!」

タッチだ、この鬼ごっこは見つかるだけではアウトにならない。見つかった上で鬼にタッチされるとアウトになるのだ。
リヴァイは何を考えているのか、一分待ってやる、と言い出しカウントをつぶやき始めた。
まるで逃げろとでも言っているかのような、リヴァイの優しさだろうか!?何にせよ二度とないチャンスである。子供達は意味を理解しているのか、いないのか、楽しそうな声を上げながら走り出した。あわてて子供達を追いかけるエレンだが、腕を掴みストップをかける。
エレンは単独で逃げるべきだ。私達に同行していては、捕まる確立が増えるだけである。私など見つかったところで大して何もないが、エレンは兵士だ。上官の思いつきとはいえ、本気で逃げ隠れするべきだと思う。
私なりの考えを伝えると、エレンはしぶしぶうなずき、逃げる方角を変え兵舎の裏庭へと走って行った。裏庭なら木々もあるし、隠れやすいだろう。
(見つからないようにね、エレン!)
さあ人の心配ばかりしていられない、私も子供達と逃げないと。
はしゃぐ子供達をやんわりと捕まえ手を繋ごうとしていると、来た道を指差しながら「オニきた」そうモコがつぶやいた。
咄嗟に後ろを振り向けば、こちらへ走って来るリヴァイの姿が視界に入り、あまりの恐怖に声にならぬ悲鳴を漏らしてしまう。
全速力で逃げようと試みるが、子供達がいるだけにそのようなことができるはずもなく、あっという間に差は縮まった。
――ああ、タッチされる!
覚悟を決めていると何故か前に回り込まれ、あわてて足を止めた。

「……お前、さっきエレンと隠れていたようだが、なんだあの隠れ方は」

「は?」

「背後から抱き締められてただろ」

「あれは!倉庫が狭かったから仕方なかったの」

「ナナバといい、エレンといい……お前は本当に鈍臭い上に鈍感だ。その頭につまってる脳みそは腐ってんのか」

「ちょっと、なに、その言い方!」

「とりあえずお前らはアウトだ」

身体をかがめ、子供達の頭を軽くタッチするリヴァイは、最後に私へ腕を伸ばしてくるなり頬に触れてきた。
そのまま親指で唇をなぞられ、「自覚だ、自覚しろ」と低い声で叱るように言い聞かせられる始末である。
「ジカクってなに」幼い声がした方へ視線を移せば、子供達二人が私達のやり取りを見つめているのに気付いた。
即座にリヴァイの手を払い除け、引きつる顔で笑ってごまかす。
「いい機会だ。ジカクの意味、俺が教えてやろうか」と私の反応を楽しむかのようにリヴァイが言ってきたので、「鬼は早くどっか行け!」そう叫んでやった。
何が言いたいのだ、私だって自覚の意味ぐらい知っている。

鬼にみつかった者は隠れん坊を開始した宿舎裏へ集合するように、とのことなので子供達の手を引き元いた場所へ戻った。
そこには壁に背を預け空を見上げるエルヴィンがおり、こちらに気づいたのか笑顔を向けてくる。

「あれ、エルヴィンも鬼でしょ?皆を見つけなくていいの?」

「ああ、俺はいいんだ。リヴァイにまかせる。はさっそく捕まったのか?」

「なんていうか、瞬殺だったよ」

「まあ落ち込むな。夕飯抜きというのは冗談だしな」

何か条件を付けた方が盛り上がるだろう、などと笑顔で言い放つエルヴィンは恐怖でしかない。リヴァイ班の皆、心底本気でとらえていたように見えたが。
私が苦笑いを浮かべていると、服のすそを子供達が引っ張ってきた。隠れん坊でアウトになりつまらない、そのような視線を向けてきたので、先ほど放置していた大きな洗濯カゴを二人の前へ置き、中へ入れてやる。そして左右に揺らしてやった。
意外と楽しそうな表情を向けてきたので少なからずホッとする。子供は常に楽しい、好き、と思える何かを求めているものだ。私も昔そうだった、リヴァイ自身は大の苦手だったが裁縫をする姿は大好きだったなぁ、と懐かしい記憶が頭の片隅に思い浮かぶ。

「子供達の笑顔は癒されるな」

「うん、ネス班長はこんなに可愛い子供達に恵まれて、幸せ者だよね」

「ああ、毎日子供の笑顔が見られる生活をしてみたいものだ」

再び空を見上げるエルヴィンの表情は薄っすらと儚い笑顔であった。
日々仕事に追いかけ回されているだけに、肩の力を抜くと今の自分では無い自分を考えてしまうこともあるのだろうか。
調査兵団の団長、この素晴らしき階級の裏にはとてつもない覚悟が秘められていると一般人の私でさえ分かる。
そのような彼が夢見る幻想には、おそらく巨人のいない世界を思い描いているに違いない。

「エルヴィンが父親か……恐ろしいほどしっかりした子供が育つんだろうね、想像がついちゃうなあ」

「意外と甘やかすかもしれないぞ」

「そうなの?」

がいい例だ。昔が子供の頃は、甘やかすなとリヴァイに何度も怒られた」

「なにそれ!……確かに、リヴァイには何度も殴られてきたけど、エルヴィンはいつも優しかった記憶があるよ」

「可愛くてなあ、可愛くて可愛くて、悪さをしても頭を撫でてやりたくなった」

「そ、そこは怒ってよ」

「ある日、俺が仕事から帰宅して、おかえりなさい、ってが言ってきたんだ。あれは惚れるしかないだろう」

今思い出しても顔がゆるむ、と優しい笑顔を向けられ、なんとも言えぬ気持ちになった。
エルヴィンが私の一言で喜んでくれるなど、嬉しい話じゃないか。

「そんな、おかえりの挨拶で良ければいつでも言うよ、毎日でも言いに行こうか?」

「それは心強いな。その言葉を楽しみに仕事を頑張るよ」

子供達が洗濯カゴで遊ぶ目の前で頭を撫でられ、妙な気持ちになった。相変わらずエルヴィンの手は大きくて温かい、とても安心する。
そこへ何やら頼りない足音と、ペトラの声が聞こえてきた。声のする方を振り向けば、宿舎の角からペトラとエレンが姿を現し、驚くほどのスローペースでこちらへと歩み寄ってくる。それもそのはず、足元が定まらないエレンをペトラが支え、しっかりしなさい!と何度も声をかけていた。
思わずエルヴィンと駆けつけ、どうしたのかペトラに聞くと、何とリヴァイにタッチではなく頭突きをされたとのことだ。
(……頭突き!?)
うな垂れるエレンの額を下からのぞいてみると、確かに額が赤く腫れ上がっており、当の本人は痛みに耐えるかのごとく目をつむっている。

「エレン、大丈夫?」

さん……兵長ひどいですよ、オレ何か悪いことしましたか?夕飯も抜きだし」

最悪だ、と小声で付け足し無理に鼻をすするような仕草を見せつけてくる。
そんなエレンに、夕飯抜きっていうのは冗談らしいよ、と告げると花が咲いたように顔を上げた。
まだまだエレンも可愛い子供だ、腫れた額に触れないよう頭を撫でてやると、何故か表情をくしゃりと歪ませ顔をうつむかせてしまう。
しばらくの間、洗濯カゴで遊ぶ子供達二人の相手をしながらエルヴィン、エレン、ペトラ、そして私の六人で、会話をはずませていると、残りの皆がリヴァイに引き連れられ、沈むようなオーラを放ちながら戻ってきた。
皆口々に、唯一楽しみにしている夕飯が消えた、酒も我慢してんのに更に夕飯がかっ消された、などとつぶやいている。
ペトラが耐え切れず、夕飯抜きは冗談であることを告げると、全員の表情がパァッと明るくなった。
……エレンもエレンなら、先輩達も先輩達だ。まあ、可愛いじゃないか。少々暑苦しいが。
そこへ、「ガル!モコ!」と少々怒りを込めながらも、心配するような叫び声が響く。
誰の声であるかは皆すぐに分かった。こちらへあわてて駆けつけてくるのは、もちろんネス班長だ。
子供達は必死に洗濯カゴから飛び出し、父親の元へと走る。ネス班長は二人を思いきり抱き締めた。

「お前ら、どうやってここまで来たんだ!?」

「あるいてきた」

「は!?馬でも一時間かかるってのに、歩いて来たのか!?」

「なんとなくあるいてたら、ついたんだ。な、モコ」

兄の言葉に妹は大きくうなずく。それにしても、何となく歩いて……兵舎へ着くものだろうか!?
まったく、子供の勘とは恐ろしい。
ネス班長は皆の視線に気づいたのか、こちらに向かい深く頭を下げてきた。

「申し訳ありません!皆さんに多大なご迷惑を……!壁外調査の目前だというのに」

「いいじゃないか、ネス。家族と触れあう時間も必要だろう」

「団長、ありがとうございます!……まあ、こいつら実の子じゃないんですけどね」

その言葉に全員が唖然とする。更にネス班長は言葉を続けた。「こいつら、実の兄妹でも無いんです」と。
ということは、ネス班長、ガル、モコ、三人は血が繋がっていないということになるのだろうか。
ネス班長曰く、五年前のウォール・マリアが破壊されたあの日に内地で二人と出会ったらしい。ネス班長が二人を見かけたのは瓦礫の散らばる住宅街であり、その際、ガルが瓦礫の下で埋まっているモコへ必死に声をかけていたとのことだ。
悲惨なことに、二人共実の親は死亡していることが確認され、ネス班長は二人を引き取ったと言う。

「親を失った子供はたくさんいますが、こいつらには何か運命を感じましてね。早々に育てる決意をしたんです。今は俺の妻が子供達の世話をしています」

「そうだったのか」

「すみません団長、話す機会を逃しちまって」

「いいや、子供を育てようと決意したネスに感心したぞ」

「とんでもない!ほら、お前達も頭を下げろ!」

ネス班長の話は、何となく自分と境遇が似ているように思えた。
今目の前にいる三人の間には、とても温かい空気が流れている。どこからどう見ても実の親子にしか見えない事実に、他人の私が嬉しくなった。
ふとリヴァイに視線を移してみれば、いつからこちらを見ていたのか速攻でお互いの目線がぶつかり合い、自然と笑みがこぼれてしまう。……気恥ずかしさに数秒も耐えきれず、すぐに逸らしてしまったが。
その後、ネス班長は愛馬を厩舎から引っ張り出し、モコを自分の前へ、ガルを後ろへ騎乗させた。「子供達を送り届けてすぐに帰還します」とネス班長は言い放ち、落ちないよう三人の腹部を器用に紐でくくりつける。準備が整うと、馬の腹を蹴り兵舎の門から街へと駆け出した。
皆で手を振り、必死に父親へしがみつく子供達を見送る。
それを機に、皆はそれぞれの仕事へと戻った。
しばらくすると曇天の空へ更に厚い雲がかかり、静かに雨が降り出し始めた。近場にいた兵士を巻き添えながら、あわてて洗濯物を中へと取りこむ。
子供達、大丈夫だろうか。何より、明日までにはやんで欲しいと願うばかりである。
壁外調査の前日である明日は、当日の明朝に壁外へ出立できるよう、カラネス区に設けられている兵団の宿舎で寝泊まりをするのだ。
よって、壁外調査の二日前と言えど、私にとって皆を見送るのは明日になるので、せめて天気は良いものであってほしい。

夜、ある程度仕事が終わり食堂前を通りかかると、待ってましたと言わんばかりにペトラとエレンが待ち構えていた。
腕を引かれ食堂の中へと案内される。
奥のテーブルにリヴァイ班の皆が座っており、食事を前にして雑談をしていた。
こちらへ気付いたリヴァイが、「やっと来たか」そう声を上げると、班の全員が歓迎してくれた。何だろう、この状況は。

、さあ、食べよう!」

「あの、ペトラ……まさか、皆さん待っててくれたの?」

「私が言ったの。とも一緒に食べたいから待ってようって」

「ええ!?そんな、ごめんなさい、遅くなってしまって」

「私が言い出したんだから気にしなくていいの。明日は兵舎を出立するし、気分を落ち着かせるためにも皆でご飯食べようってことになってね。ただそれだけだよ」

いただきます!と元気良くパンへかぶりつくペトラは、とても幸せそうな表情を浮かべていた。
二日後、壁外へ行くとは思えないほどの雰囲気である。
――ペトラ、本当に成長したなあ。なんというか、たくましくなった。

「ペトラ……口の横にパンくず三つもついてる」

「え、ああ!やだもう、私ったら」

とはいえ、やはり女の子で。
ペトラのあわてっぷりに声を抑えて笑っていると、「壁外から帰還して落ち着いたら、また焼菓子買いに行ってくるね」とウインクをしながら小声でつぶやいてきた。
女同士で甘い物!甘い物!とささやき合い、密会の約束をする。
二人で会う回数は減ったが、少なからずこうして会話できる時間が最高に嬉しい。私は良き友人を持った。





翌朝となり、雨はやんだ。空には雲が多く浮かんでいるが、青空も見えている。
昨日の雨で足場は悪いかもしれないけれど、視界は良好と言えるだろう。
準備を終えたリヴァイは壁外調査に必須のマントを片手に持ち、私へ「行ってくる」と告げてきた。もちろん「行ってらっしゃい、気をつけてね」そういつも通りの言葉を返し、見送るわけだが。
部屋を出て行くリヴァイの背中を見つめていると、不思議な感覚に襲われた。
言葉では言い表せない不安が、ドロドロの液体となり全身を支配していくような。変に心臓が高鳴り、不安が増していく。
薄暗い廊下を突き進んで行くリヴァイの背中に片手を伸ばしてみるものの、階段へ差し掛かる角を曲がってしまい、姿は虚しくも消えた。
まあ、壁外調査となればいつものことだ。無事に帰ってくるまで不安は続くと決まっている。
しばらくして外が騒がしくなり始めた。兵舎内に取りつけられている鐘が鳴り響き、ついに出立である。
調査兵団の兵士達がエルヴィンを筆頭にカラネス区へと進行を開始した。その中には、リヴァイ班はもちろんのこと、昨日会話をしたナナバさんや、子供達を送り届けたネス班長の姿もあった。
(皆、無事に帰ってきますように……)
私は祈ることしかできない、ただ祈って、祈って、祈りまくるのだ。
進行していく兵士達の姿が見えなくなったところで、いつも通り自分の仕事を開始した。
昨日雨に打たれて湿っぽくなっている洗濯物をもう一度干し直し、兵士達の靴裏が持ち帰った泥で汚れた廊下を片っ端から磨きあげる。
とにかく身体を動かし、不安で気が滅入りそうになるのを防いだ。
その日の夜、当然ながら兵舎内はとても静かであった。部屋のソファーに腰掛け一息吐くだけで、呼吸の音がひどく強調して聞こえるほどに。
静かな時間は好きだが、今夜はそうでもない。
無音の空間で扉から誰か入って来ないかと見つめていれば、先日リヴァイ班の皆が部屋へ来た映像が頭に浮かんだ。
にぎやかであったあの時間、思い出すだけで顔がほころんでくる。
そういえば、ペトラはあの大量のパンをどこから持って来たというのか。聞き出すのをすっかり忘れていた。壁外から帰ってきたら教えてもらわなければ。
(……今ごろカラネス区で皆それぞれの夜を過ごしているんだろうな)
ソファーから窓辺に移り、皆が無事に帰ってくるよう、暗闇の空へと願いをつぶやいてみる。
本日だけで何度目の祈りだろうか。都合の良い神頼み、まさにそうかもしれない。だからといって、祈らずにはいられない。
しばらくの間窓辺に立っていると身体が冷えてきたので、寝る準備を済ませリヴァイのベッドへもぐり込んだ。
なんとなく目の前にあったリヴァイの枕を胸に抱き、まぶたを閉じる。

翌日の天気は昨日と同じく雲の多い空であった。
ついに壁外調査当日である。
朝ベッドから起きた瞬間、顔を洗った後、部屋を出る直前、仕事中、昨日以上に幾度となく祈り続けた。
一人も死者の出ない壁外調査など今まで一度も無かった為に、ある程度の覚悟は必要であると分かっていても、それでも、全員の無事を祈るのは当然だ。
今回は新兵も多く参加していると先日リヴァイが言っていた。エレンもそのうち一人だ。無理をしていなければいいのだが……。
とはいえ無理をしようと、逆に恐怖から逃げようと、無事に帰還してくれれば私はなんでもいい。

昼を過ぎ夕方へ差しかかる頃、一昨日にぎわっていた食堂前を通りかかり、何気なく中をのぞいてみる。
すると、奥に人影が見えた。
中に足を踏み入れれば、その人物は私が来るのを予想していたかのように、こちらを見ており……とはいえ、首をかしげるしかなかった。
壁外へ進出したはずの人物が食堂の椅子へ座っていたからだ。

「……ペトラ?」

声をかけるが、返事はなかった。
まさか、ペトラ一人に帰還命令がくだされるほどの事態があったのだろうか。
ペトラとの距離を詰め改めてその姿を見ると、何とも儚げな白い肌をしており、よほどの恐怖を味わったのではないかと額から脂汗が湧き出てくる。

「ペトラ、喋れない?よし、何か温かいスープ作ってあげるよ、待ってて!」

温かい料理を食べれば、少しは落ち着くかもしれない。
菜っ葉が余っていたはずなので簡単な野菜スープを作ろう。
その前に水を一杯出してあげた方がいいよね。喋れないほどにノドが乾いているのかもしれない。

――……

かすかに聞こえたペトラの声。今、名前を呼ばれた、ような。
後ろを振り返ると、こちらへ笑顔を向けてくるペトラと目が合い、つられて私も笑顔になってしまう。
おかしい。笑顔なのに、笑顔で見つめ合っているはずなのに、胸が締め付けられるように痛い、この感情はなんだ。
急いでグラスに水を注ぎ、ペトラのいるテーブルへと足を進めたのだが。
そこにペトラはいなかった。







*NEXT*







-あとがき-
第19話、ご覧いただきまして、ありがとうございます!
ああ、ついに壁外調査へと進んでしまいました。
あの辛いシーンを思い返すような内容で、申し訳ありません。
ペトラ、最期に会いに来てくれました。
もう、ずっと隠れん坊してればいいよリヴァイ班……(おい