純血人生 2





その後、強制的にリヴァイの元で生きることとなる。
成り行きでこうなってしまったのか、何かの計画なのか、奴の考えは全く読めなかった。
それに加え、死人みたいな顔をこっちに向けるな、と外見を中傷する暴言から始まり、部屋の隅で顔をうつむかせ大人しくしていれば存在がうっとうしいと言われ、息のつまる部屋から外へ出ようとすると恐ろしいほどの形相で怒鳴りつけられた。
息苦しさのあまり耐え切れずに何度も逃げ出した。しかし必ず捕まり一発殴られる。

数年後のことだ。リヴァイが不在であった日、突如としエルヴィンという金髪の男が現れ、「君の命は我々が預かることとなった」そう言い出すなり、地下街から地上へと強制的に連れ出される事態が発生した。
わけもわからず誘導されるがまま後をついていくと、地上には馬車が待ち構えており、途端に恐怖心が湧き起こるが……ここでも逃走に失敗し、結局は成されるがままであった。
その後、私は大きな施設でエルヴィンとの生活が始まる。大きな施設を皆は兵舎と呼んでいた。
エルヴィンは温厚な人柄だった。仕事で多忙なエルヴィンに代わり食事の世話をしてくれる人達も親切だった。
特にエルヴィンと親しいハンジさんは、食事意外でも会いにきてくれることがあり、孤独の私に楽しい時間を与えてくれた。
皆の優しさから心を開き始めた私だったが、更に一年半後、リヴァイが迎えに来たとでも言うかのように現れ、エルヴィンの元を去ることとなる。行ったり来たり、まさにそんな状況だ。再びリヴァイとの生活が始まり、開きかけていた心はすぐに閉ざされた。
それからは、ただ生かされているような日々で、虚しい感情ばかりが募る。
母がどうなったのかさえ教えてもらえない。父のことを聞いても、知らん、の一点張り。どうしてあの時私を放っておかずに拾ったのか、何を聞いても無視されるだけ。
何よりエルヴィンと違い、リヴァイは恐怖でしかなかった。いつも汚い物を見下ろすかのような目を向けてくる。
部屋から出ることを禁じられている私は信用が無いのか手首に枷をはめられ、窓の外が明るくなり暗くなる様を眺めることしかできない。あまりにも変化のなさすぎる日常が繰り返されるせいか、呼吸の仕方を忘れそうになる日もあった。
人間、日々の苦痛が積もりに積もれば大きな引き金となり勢いが止まらなくなる。
ある日、昼食時に用意されたフォークで、料理ではなく自分の左腕をめった刺しにしてしまったのだ。食器を片付けにきた兵士に見つかり、血が出るだけの傷で済んだが。
後ほど報告を受けたリヴァイは部屋へ戻ってくるなり私の頬を何度も殴った。
翌日、勢いづいてしまった私は部屋にあった花瓶を叩き割り、床に散らばる一番大きな破片を拾い上げては深呼吸をした。
だが、花瓶を叩き割った音が部屋の外にも響いたのか、すぐさま兵士が現れ取り押さえられてしまう。
その日の夜、リヴァイは部屋へ戻ってくるなりベッドに寝転がる私へ、死にたいのなら死ねばいい、そう吐き捨てた。同時にベッドの上へ小さなナイフを投げ捨てられ、私はすぐさまナイフを手に取り自分の腹部を二度ぶっ刺した。さすがは刃物だ、身体の肉をいとも簡単に切り裂いていく。
見たことも無い大量の血があふれ、意識は簡単に遠ざかった。リヴァイがこれでもかとまぶたを見開く様を目の端でとらえ、この非常事態だが頬がゆるんでしまう。
いい気味だ、本気でそう思った。こいつが焦るなんて最高に愉快じゃないか。

次に意識を取り戻した時は薬品の臭いが染み付いているベッドの上であった。不機嫌な表情を浮かばせたリヴァイが私を見下ろしていたのを覚えている。
一言、どうしてそこまで死に急ぐのか、問いかけられた。
生きているのか死んでいるのか分からない日々を過ごすのならいっそうのこと……そう考えていたら、つい自分を傷つけていたと、正直に答えた。

「自ら死ぬってのか?俺を睨む目はいつも生きているがな。よく分からんクソガキだ。一人が怖いくせに」

「睨みつけていたのは、それだけリヴァイに抵抗があるってこと、わかって。それに、もうガキって年齢でもない」

「十分ガキだろ」

「……リヴァイだってガキのくせに」

「待て。俺が、ガキ?」

「だって、その身長……は?え、どうして怖い顔するの」

「そうか、死にたいのなら手伝ってやるぞ」

これがきっかけで、私はリヴァイが身長を気にしていることを初めて知った。ふとしたきっかけ。
ただ身長を気にしているという小さな事実がおかしくて、おかしくて、何年ぶりかに大笑いしたことを覚えている。笑って、笑って、涙があふれて、笑っていたはずなのにいつの間にか泣いてしまい、リヴァイが服の袖口で涙をぬぐってくれたのも覚えている。無言で、私の涙がやむまで、ずっと目元と鼻水の世話をしてくれた。

腹部の傷が癒えてきた頃、リヴァイと共に生活をする兵舎の一室にエルヴィンが訪ねて来た。久々に会うエルヴィンに少し緊張したが、彼の笑顔が緊張をといてくれた。以前お世話になっていた恩義もあり、とりあえず頭を深く下げる。リヴァイと比べ物にならぬほど優しく接してくれた人だ、帰る場所のない私を一番なぐさめてくれたのはリヴァイよりも誰よりもこの人である。

「……てめぇ、エルヴィンには頭を下げるのか」

「久しぶりだな、腹部の傷はどうだ?ハンジも心配していたぞ」

療養中であるベッドの脇に腰掛け、大きな分厚い手を私の頭へと添えてきた。あたたかな優しい手の感触に鼻の奥がツンと痛くなってしまう。
エルヴィンもハンジさんも、自分の腹部を刺すなど愚かな行為をした私の心配を少なからずしてくれていた。
目元にあふれてくる涙を隠すよう頭を下げ、エルヴィンに謝罪を述べた。そして心身共に元気であることも伝えた。
「そうか、安心したよ。さて、このままお喋りを続けたいところだが時間が無くてな、率直に本題を話すぞ」と真剣な表情を向けられる。
本題、とは。
突然のことに何を言われるのか先ほどとは違う緊張に襲われた。張りつめた空気に耐えれず音を立てて唾液を飲みこんでしまう。
そんな私を見てか、エルヴィンの表情は徐々に柔らかくなり、ついにはふき出した。

「はは!悪い悪い、そうかしこまる話じゃないさ。いやな、そろそろ働いてもらおうかと思ってな」

「……はい?」

私の反応にリヴァイは舌打ちをする。いちいち聞き返すな一度で理解しろ、そう叱られ即座に謝罪するが、やはり首をかしげた。
(働いてもらおうかと?働いてもらおう、働いて、働いて、私が働く……?)

「職を与えてくれるの?」

「そうだ。もちろん給料も入るぞ。しっかり働いて、飯の有り難さを分かる人間になれ」

エルヴィンの言葉に心臓が気持ち悪いほどに高鳴りだす。自分でも怖いほどに嬉しい気持ちがあふれ、身震いをしてしまった。
私でも役に立つ仕事はあるのだろうか。どのような職を与えてもらえるのだろうか。
震える手を布団の中に隠し、シーツを力いっぱいにぎりしめる。どんな仕事でもする、頑張りたい。

「言っておくが兵士になるのではなく、あくまで兵士達が生活する上でのサポート役だ。主に調理、清掃、服飾、全てこなせるよう頑張ってみろ」

「エルヴィン、私働きたい!頑張る……いえ、頑張ります!」

「そうか!やる気のある奴は大歓迎だ。すぐにでも働けるよう手配は既にしてあるからな、腹部の調子が良くなったら挑戦してみるといい」

「ありがとうございます!」

「よし、いい子だ。それじゃあ、また会いに来るよ。詳しいことはリヴァイから聞いてくれ」

会議に行ってくる、そうリヴァイに告げたエルヴィンは部屋を後にした。
この一瞬にとんでもないことが起こった。
恥ずかしいことに働いた経験など一度もない私がどこまで役立てるか不安で仕方ないけれど、明日から始めよう、やってみよう。
エルヴィンを見送り再び部屋へ戻ってきたリヴァイに、さっそく先ほどの話を持ちかけてみる。

「明日から働きたい、どうすればいいの!?」

「……うるせぇ、大声を出すな」

「あ、ごめんなさい」

「何だ、少しでも俺から開放されることに興奮してんのか」

「それもあるけど、働けることが嬉しくて」

「まあ、外に出しても恥ずかしくない程度に到達したら働いてもいいぞ」

「は?なにそれ、どういうことさ」

「お前、服飾はある程度できるかもしれねぇが、調理と清掃はこれっきしダメだろ」

「調理も清掃もある程度できるよ!」

「調理ってのは後片付けも含めて言うんだよ。そこんとこなってねぇからな。そんな奴が清掃をまともに出来るわけがねぇ」

「それおかしい!後片付けは私がする前にリヴァイが済ませちゃうから出来ないだけで」

「言い訳はいらん。まずここの部屋を完璧に掃除してみせろ」

「待って、前に私が部屋の掃除をしたら勝手なことするなって怒ったじゃない」

「あんな中途半端なことされたら怒るに決まってんだろうが。あれが掃除?ふざけんな、逆に荒らされた気分になった」

その言い方!リヴァイは潔癖のくせに言葉が究極に汚い。これを言うと不機嫌になるので心の中でつぶやくしかないのだが。
ああ、腹が立つ、これ以上言い返すと圧倒的に自分が不利になる想像がつくだけに。
私が無言で耐えいると、「そうだな、明日は昼に少し時間がある。掃除の基礎から教えてやろう、しっかり体に叩き込め」などと告げてきた。
言葉通り翌日からリヴァイが仕事の無い日は数ヶ月に渡り清掃の信念を叩き込まれた。雑巾のしぼり方から始まるなんて思ってもいなかったが……。固く絞れるように力をつけろと指摘され、毎日腕立て伏せを百回。まさに鬼教官だった。清掃はこんなにも大変なものだと思い知らされたというか、リヴァイの潔癖は異常というか、何であれ一応勉強にはなった。
そんな鬼教官の許しが出たことで、私は兵団のサポートとして働くこととなる。
――これが五年ほど前の話だ。

現在は調理、清掃、服飾、全てこなせるようになった。
働き始めた頃は余計なことを考える暇もなく目の前にある仕事を精一杯こなしていたが、しばらく働いているうちに嫌でも人間関係が見え始め頭を抱える時期もあった。まあ、仕事に関する経験談は置いておこう。思い返すと爆発しそうになるほど様々なことがありすぎて、笑ってしまう。

「おい、何て顔してやがる。可愛くねぇ、もっと女らしい表情を心がけろ」

「うるさい潔癖人間。いろいろ思い出してたの」

「ほら、腹に力を入れて素早く上体を起こせ」

「こんの、もう、重い!リヴァイ重たい!」

「我慢しろ」

今日はお互いの仕事が早く終わり一緒に就寝できる日となったのはいいが、こういう日は必ず寝る三十分前に筋トレをさせられる。そうなると分かっているのでさっさと寝たフリをしても布団をはがされ無理矢理起こされてしまう。
ひどいもんだ、今も私の腹部にリヴァイが遠慮なく座り腹筋させられている状況にある。
女らしい表情をしろだの何だの、まず私を女だと思っていないだろう。女性の腹部にドカッと座り、「腹筋五十回だ」なんて。ただ、逆らったら百回になるので大人しく従うわけだが。明日も早いのだからそろそろ寝させてほしい。

「……なあ、いつを思い出してたんだ」

「いつだと思う?」

「俺に拾われた頃か」

「うわ、当ててくるね。さすが兵士長様ぐふぉっ!お、お腹をグーで突かないで!」

「一つ、教えてやるよ」

そう言って私の髪をすくい上げるように何度も触れてくるものだから、気持ち悪い、と言ってやればまた腹を小突かれた。
少し気を緩めた途端リヴァイと間近で目が合い、あわててそらす。調査兵団の兵士は人並み外れるような意志を宿している者が多い為か、一般人とは目つきが一味違う。特に幹部の者達は別格だ。見えなくとも大きな何かを背負う者の目は、本当に奥深いものがある。正直、苦手だ。私のような取り柄の無い人間が彼らのような特別な存在と目が合うと、その場から逃げ出したくなる。

「おいこら、また目をそらす」

「別に見つめ合うような仲でもないでしょ」

「いいから俺の目を見ろ」

顔を両手で挟まれ頬の肉が盛り上がってしまう。反撃しようとすれば、リヴァイの顔が更に近付き目を見開いてしまった。
ジッと瞳を見つめられ、これが東洋人の目かと、リヴァイは小さくつぶやいた。
(……ん、東洋人?)

「東洋人って、誰が」

「お前だ」

更に頬をぐいぐいつままれ、唇が飛び出る。

「ぅぶ、やめっ、やめて!ちょっと、私が東洋人ってどこの情報なの、それ!」

「お前の母親から」

何を言い出すのだこの人は。いくら両親のことを聞いても今まで何も教えてくれなかったくせに。私の母から聞いたって、いつ聞いたのよ、今日?昨日?どこで話しをしたの、他に何を話したの。……駄目だ、聞きたいことが山のように湧いてくるばかりで、うまく言葉にできない。今となれば両親の顔も声も思い出せないが、十数年前どうして私はあの場所にいたのか、両親は今も生きているのか、知りたい、教えてよ、全部。

「おい、瞳孔開いてんぞ、落ち着け」

「だって、リヴァイがいきなり重大発表するから!」

「……そろそろ話す頃合いかと思ったが、まだ早かったか」

「早くない、遅いぐらいだよ。全部教えて、お願い」

その後、十数年前に家族三人が下水の流れる地から賊にさらわれた事を聞かされた。そして私の家族は純血の東洋人であることも聞かされた。
今となれば私を除き、純血の東洋人はもう壁の中には存在していないとリヴァイは言う。
「東洋人は高値で売れる」
賊の中に広がる情報の一つだそうだ。下水の流れる地でこそこそと暮らしていた理由はそれだったのか、頭の中で嫌でも事実に結びついた。
更に私が目を覚ましたあの木造の部屋、商品になる人間をさらっては選別する場所だとも聞かされた。ようするに、売り飛ばされる一歩手前だったということだ。
父親は東洋人とはいえ痩せ細っていた為、奴隷にもならないとの理由で値もつかずその後殺されたとのこと。
母親が売り飛ばされる前に乱暴を受けていた理由は不明だが、リヴァイは階段を下りていたその時、しぼり出すような声で母に呼ばれ懇願されたと言う。

「お前の母親、頭を殴られて中身飛び出てたってのにベラベラ喋りやがってな。最後の言葉が、まあ、言わんでも察すだろ。それでお前を拾ったんだ」

私の頬から手を放し、また髪を一束すくい上げては落とし、すくい上げては落とし、繰り返し触りだした。
もう今は反撃する気にもならない。過去の衝撃を今日知ることになるとは思ってもいなかった。
それに東洋人と言われてもサッパリだ。聞いたことはあるけれど、どこの一族かも知らない、まさに意味不明だ。そんな意味不明の血を受け継いだせいで私の家族は殺されたというのか?同じ人間なのに、どうしてそうなる。

「東洋人の黒髪は誇れるな」

「……え?今何か言った?」

「いや、なんでもねぇ」

「なに、気になるから」

「話はここまでだ、さっさと腹筋の続きをしろ」

「ごふっ!」

腹部にリヴァイを乗せたまま会話していたことに気付いた。一度腰を浮かし、再び座り直すように体重をかけられ息がつまる。

「もう、今日はいいでしょ!腹筋する気にもならないよ」

「甘えるな。百回追加」

「ど、どうしてそうなるの!」







*NEXT*







-あとがき-
「死人みたいな顔をこっちに向けるな」このセリフ。リヴァイにとっては励ましの言葉だと感じ取ってください。笑
通訳しますと「暗い表情はやめて、笑顔を見せてごらん」こういう気持ちが込められているんですね!ええ、どうぞ笑ってください。

今回の話を通してリヴァイの行動をざっくり言葉にすると「命を粗末にする子はお仕置きよ!」です。
命は大切に、ですよね。