純血人生 20





先ほどまで窓から暖かい夕日が差し込んでいたはずなのに、気付けばランプに明かりが灯されていた。
ふと頭を上げれば食堂に人が集まり始めていたもので、壁外から皆が帰還したのかと考え付いたが、それは都合の良い勘違いである。
調査兵団だからといって皆が皆壁外へ行くわけではなく、待機を命じられる兵士もいるのだ。
壁外へ行かなくて良いと、それだけを聞けば運があるように思えるが、待機を命じられるのも辛い役割だと私は知っている。
食堂に集まる兵士達の顔色は不安一色だ。まだ帰還せぬ仲間の安否を願っているのが手に取るように分かる。
雑談など一切聞こえてこない空間の中で、皆の溜め息だけが何度も繰り返された。
私自信も溜め息をつき再び顔をうつむかせると、いつからにぎっていたのか、水の注がれたグラスが視界に入った。
グラスの中で水が揺れている。何故揺れているか、答えは簡単、私の手が震えているからだ。
壁外にいるはずのペトラが食堂にいたという事実に、そしてあの笑顔を見て、何かをさとってしまった。
今回の壁外調査でペトラの身に何が起きたのか、何となくだが、そう、さとったのだ。
それからというもの、情けないことに夕方から震えが止まらないでいる。
何を不安のどん底にひたっているのか、もっと友人を信じれば良いものを……と、何度も言い聞かせても手の震えは止まらない。
水面に浮かぶホコリに視点を合わせていると、突如として兵舎に取りつけられている鐘が鳴りだした。
待機を命じられた兵士達はいっせいに立ち上がり、食堂から外へと駆け出す。私も立ち上がったが、一歩を踏み出すことなく再び腰を下ろした。
あの鐘が夜に響くということは、間違いなく壁外へ進出した兵士達のご帰還だろう。
食堂は一気に静まり返り、次第に心臓の鼓動が頭、足、指先にまで響き始める。
まるで結果発表だ。誰が生還し、誰が死亡したか。この瞬間ほど残酷なものは無い。
拳をにぎりしめ、爪を手のひらに思いきり喰い込ませた。痛みで少しでも気持ちを落ち着かせようと無茶な発想をしてしまう今の自分に、どれほど余裕が無いかを知る。
静けさが続く中で、廊下を走る一つの足音が食堂の中まで聞こえ、それはどんどん大きくなり、次第に私の名を呼ぶ声も耳に届いた。

!?いた!頼みがあるんだ!」

「……ハンジさん?」

ハンジさんは息を切らせながらあわてて食堂へと足を踏み入れ、こちらへと駆け寄ってくる。
何事かと顔を上げて見つめると、「エルヴィンとリヴァイからの指示だ。今から古城へ行ってもらう」と告げられた。
唖然とする私の腕を掴み上げるなり、その場から無理に立たせられ足をもつれさせながら食堂を後にした。
食堂を連れ出され、その間にハンジさんが私に話した内容は、あまりにも今の不安を直撃するもので返事の一つさえできずに廊下をただ走るしかなかった。
――リヴァイ班の兵士は、リヴァイとエレンを除き全員死亡。
――今回の壁外調査は何も知らない輩から見ると、調査兵団の失墜と言われてもおかしくない。
――おそらくエレンは憲兵団が所有することとなる。
立て続けに衝撃的な内容を聞かされ、受け止めきれず右から左へ流れていきそうになった。
言われた物事をすぐに理解できるほど私の頭は冷静ではないらしい。腕を引かれなされるがままに走っているが、反抗したい気持ちがあふれてくる。
この腕を振りほどいて帰還した兵士達の顔を一人一人確認しに行きたい、もしかしたらペトラ達がいるかもしれない。
壁外へ行って、何故か下半身を隠すように腰にマントを巻きつけ顔に涙の後をつけながら帰還したあの日、ペトラは私を見つけるなり目を潤わせて抱き付いてきた。ペトラの涙と鼻水で服を汚されて、それでも無事に帰還したことが何よりも嬉しかったのを今でも覚えている。
以降、ペトラは幾度となく壁外調査へ進出し、その度に必ず生還した。
今回も、……。
掴まれている腕に力を込め、一度その場へ立ち止まった。
分かっている、こんなことをしても時間の無駄ということは、十分に分かっている。
エルヴィンとリヴァイは何がしら理由があり私を古城へ来るよう指示を出したのだろう。ペトラ達に会いたいなど、ここで言ってみろ、子供のわがままと同じだ。ハンジさんを困らせるだけだ……そんなことは分かっている!
兵士で無いとはいえ調査兵団と関わり合う人生を送っている身だ、意識をしっかりと前へ向けるのが今の私の試練なのではないだろうか。

――今は感情を押し殺せ

顔をのぞき込んでくるハンジさんへ一言謝罪を述べ、再び走り出した。
意外と感情をコントロールできているように思えても、心の中は揺れている。今すぐにでもペトラ達を捜しに行きたい気持ちを簡単に消すことなんてできるはずがない。
揺らぐ感情に気合いを入れる為、頬を自分自身の拳で一発殴ってやった。口の中にほんのりと血の味が広がるが、そんなものはノドの奥へと飲み込む。
古城へ行く、これが私の使命だろう。
兵舎を出ると門付近でナナバさんが馬を連れて待ちかまえており、私の姿を確認すると即座に騎乗した。
ハンジさんは今後に向けての任務を控えているらしく、古城までナナバさんが代わりに送迎してくれるとのことである。
ナナバさんの元へ到着すると素早く引き上げられ騎乗する。馬の背に慣れない私に気付いてくれたのか、ナナバさんは後ろから腹部へ片腕を回し固定してくれた。
「さあ、行こうか」その一言と同時に馬の腹を蹴り、兵舎を後にする。

古城までの道中、ナナバさんは未だに口を開かないでいる。
壁外から帰還し、休憩することなく馬を走らせているのだ、疲労は相当なものだろう。会話などする余裕は無い、よね。
私が乗馬できる技術を身につけていれば一人で向かえたものを。いくら仕事とはいえ、いつかお詫びしなくては。
心の中で謝罪を繰り返し頭をうな垂れていると、「辛いのは分かるけど、落ち込んでいても仕方ないよ」と後ろから声がかかった。

「……え、私?」

「リヴァイ班のこと、思い悩んでいるんでしょ。特にペトラ」

「それは、その通りだけど……」

「少しだけ、後ろを振り向いて」

言われた通り後ろを振り向けば、当然そこには前方を見つめて馬を走らせるナナバさんがいた。
すると、何を思ったのか「はい!暗い顔しない!」と叫ばれ、素っ頓狂な声を上げながら目を見開いてしまう。

さんに暗い顔されたら、それこそ今回の作戦が失敗だったように思える。ね、無理に笑えとは言わないよ、ただ」

そこまで沈まれたら話しかけ辛いしね、と一瞬だけ前方に向けている視線を私の目へ向け儚げにささやかれた。
(……そっか、そういうことか)
疲れて無口になっていたのではなく、私の沈む態度が会話をさえぎっていたらしい。
どこまでも情けない、壁外から帰還したばかりのナナバさんに気を遣わせてしまっていたとは。
腹部に巻き付くナナバさんの腕に手を添え、謝罪ではなく「ありがとうございます」と素直な気持ちをささやき返してみる。
ナナバさんは腕に力を込め、「今の状況が落ち着いたら、またゆっくり会話をしよう」そう言うなり、手綱をにぎり直しては馬の速度を上げた。

数時間走り続け、月明かりだけが目印の真夜中、無事古城へと到着した。
古城の門前で馬から降ろしてもらい、ナナバさんは一息つく間も無く来た道を帰って行った。
馬の振動で痛んだ尻をさすりながら古城の入口へと歩く。古城の周辺は驚くほどの静けさがまとわりついており、一人取り残されたような気分にさせられた。
木造の扉前で足を止め、軽くノックをしてみる。
すると、「誰だ」と扉の向こう側から声がかかり、その声に肩をなでおろした。
私であることを伝えると、扉はすぐに開いた。開かれた扉前で私を迎え入れてくれたのは、少々不機嫌な表情を浮かべるリヴァイだった。
兵服は脱いでおり、シャツ一枚にズボンという楽な格好をしている。

「やっと来たか」

「うん、お待たせしました」

「さっそくだが、お前に頼みたいことがある。エルヴィンと俺からの案なんだが」

「私にできることならなんでもするよ」

「エレンのそばにいてやってくれ」

「分かった、エレ……は?エレンのそばに?」

「そうだ。あいつはこれから大きな任務を抱えてるってのに、精神状態がクソの役にもたたねぇほどごたついてやがる」

そこでリヴァイから現状がどのようなものであるか内密に話を聞かされた。
リヴァイ班の兵士が四人死亡したこと以外に、エレンの同期である憲兵の一人が今回の壁外調査で巨人であると予測がついたこと、加えて明後日にはエレンと調査兵団の幹部が王都に召集されること、それを機にウォール・シーナへ突入後、同期である巨人と接触し捕らえること。
更に、エレンの見張りを兼ねて何も知らない憲兵の連中が今もなお古城へ足を進めているという。

「憲兵が来るまでそう時間は無い。少しでいいんだ、エレンを頼む」

「あの、私がエレンのそばにいったところで今の精神状態が落ち着くとは思えないけど」

「あいつ、壁外で気を失っている時があったんだが、お前の名前を数回つぶやいていた」

「え……」

「とにかく地下だ、案内する。ついて来い」

地下へ通じる階段まで案内され、片手で持てるランプを手渡された。
階段を見下ろすと、そこは闇と言えるほどに真っ暗であった。少なからず顔が引きつる。
とはいえ時間が限られている今は躊躇などしている暇もなく、レンガが敷き詰められた壁に手を添えながら地下へと足を進めた。
古城の地下は奥深くにあるらしく、一段一段下りるごとに肌に触れる空気が冷たく感じた。
最下層へ到着し、壁を伝い左へと曲がると、そこには兵舎の地下牢と同じく鉄格子があった。
ランプで鉄格子の中を照らすと、ベッドへ腰かけ頭を抱え込む少年が一人。もちろん、エレンである。

「……エレン、起きてる?」

「え……は?さん?」

「エレン、ああ、ひどい顔して」

「ウソだろ……本物?」

「こっちへおいで、エレン」

さん……オレ」

ベッドから立ち上がり、目を腫らすエレンは私の言葉通り鉄格子へと寄ってきた。今すぐにでも中へ入りたいところだが、施錠されており鉄格子を挟んで会話をするしかなさそうだ。
鉄格子の合間から腕を伸ばしてきたので、その腕を片手で掴み、もう片方の手で頬を撫でてやる。

「リヴァイから話は聞いたよ。激動の一日だったね」

「……五年前」

「ん、五年前?」

「五年前、シガンシナ区の壁を破られたあの日、母さんが巨人に食われるところを見たんだ」

「母親を……そうだったの」

「今もあの瞬間は頭にこびりついてる。直後に巨人を駆逐すると心に決めた。それから二年後、訓練兵に志願して、三年間みっちりと力をつけてきた」

エレンは淡々と過去を語りだし、私は一つ一つにうなずいてみせる。
訓練兵時代に仲間と呼べる同期もたくさんできたらしい。「対人格闘術になると、男より女の方が強い奴もいてさ!」などと、薄っすらと涙を浮かべながら言うもので、今にも雫がこぼれ落ちそうな目の下へ指先を添えてやった。

「女が大男を空中で一回転させちまうんだ、すげぇよ、あいつは」

「へえ、力強い子だね」

「とにかく蹴りが強烈でさ、痛いのなんの、女にしておくのがもったいねぇ」

「こら、女の子にその言い方は失礼でしょ。その子も調査兵団へ入団したの?」

「……違います、あいつだけ、憲兵団へ入団した」

その一言で、先ほどリヴァイから聞かされた話を思い出す。
『エレンの同期である憲兵の一人が今回の壁外調査で巨人であると予測がついたこと』
何となくだが、話の先が見えた。

「訓練兵を卒業して、オレは巨人になれる力に目覚めた。こんな化け物みたいな俺が希望通り調査兵団へ入団することができて、そして仲間とも呼べる先輩ができた。でも、オレの判断が間違っていたせいで先輩達は……っ、甘えてたんだ、居場所が欲しくて、信じたくて。最低だ、もっと最初から戦っておくべきだった。でも、戦う相手は、あいつかもしれない……もう、何が何だか分かんねぇ」

弱々しい鼻声でつぶやくエレンの瞳からついに涙があふれ、私の指先がしっとりと濡れる。
どう言葉をかけて良いものか、ここまで思い悩む少年を前にして胸をつまらせるしかなかった。
だからと言って、何も話さないわけにはいかない。エレンは少なからず私の言葉を待っているだろう。
……ここは変に気の遣う言葉をかけるよりも、今、正直な気持ちを言ってもいいだろうか。

「エレン、場違いかもしれないけど、言いたいことがあるの。言ってもいい?」

「あ、はい」

「おかえり」

「へ?」

「おかえり、エレン」

さん、本当に場違いですよ、おかえりだなんて……」

「ねえ、おかえりって言ってんの。返事は?」

「あ、た……ただいま」

「生きて帰還してくれてありがとう。壁外調査の初陣、よく頑張ったね」

「頑張ってなんか、オレなんてただ足でまといで」

「壁外へ進出する勇気があるだけでもすごいことでしょ。それに、壁外で辛いことがあったにせよ、エレンは今生きてる。自分を責めて、泣いて、目をぱんぱんに腫らして、私とこうして会話をしている。生きてる、生きてるの」

「……生きてる」

「そう、生きてる。ただ、人生ってのはなるようにしかならないものでね。いくら悔やんでも過去は変えられない。でもさ、できることもあるよ」

エレンには大切な仲間や友人がまだ壁の中にいっぱいいるでしょ?これからの未来を今まで以上に大切にすればいいんじゃないかな、と人生の先輩として笑顔で言い放ってやった。
私の言葉に目を見開いて固まるエレンの頭を撫でてやれば、徐々に眉を垂れ下げ始め、鉄格子越しにゆっくりと私の身体を抱き締めてきた。
さん……ありがとう」そう耳元でささやかれ、自然と私の胸も熱くなる。
簡単には割り切れないだろうが、エレンの心がほんの少しでも癒えたことを祈り、少年でありながら過酷な運命を背負う背中へ腕を回した。

「……心臓の音聞いてもいいですか」

「心臓?」

「胸に耳を当ててもいいかなって……」

「別に良いけど、心臓の音なんて聞いてどうするの」

私の質問に返事はなく、エレンは背を丸めて私の胸へと耳をつける。
鉄格子が邪魔だと文句を言いながらも、しばらく心臓の音へ耳を傾けていた。

「聞こえる、どくん、どくんって」

「そりゃあ、生きてますから」

さん、お願いがあるんですけど」

「はいはい、次はなんですか」

「今回の騒動が収まったら、オレに……」

エレンが何かを言おうとしたところで、階段を駆け下りてくる足音に言葉は掻き消された。
地下へ姿を現したのはリヴァイである。
何でも憲兵団が古城へ到着したらしく、いち早く地下牢を出るよう私の腕を引いてきた。

「ちょっと待ってリヴァイ!エレン、無理だけはしないでね!」

さん……分かりました!それに、オレにはこれがあるので大丈夫です!」

何のことを言っているのか首をかしげると、どこかから例の血のついたシャツを取り出しこちらへ見せびらかしてきた。
(えええ!まだ持ってたの!?)
いい加減に洗いなさい!と私が叫ぶが、強引にもリヴァイに腕を引かれ地下牢を後にする。
地下牢から地上へと戻り、数秒後には入れ替わるように憲兵団が地下牢へと足を踏み入れた。みごと、間一髪であった。
どうやら状況が状況だけに、兵士では無い私の姿を頭の固い憲兵の目に触れさせるのは避けたいらしい。
その後は石レンガの廊下と階段を歩き、リヴァイの使用している部屋へと案内された。
リヴァイの後ろを歩いていると、何か違和感を感じたのだが、それが何なのか……答えはリヴァイの足にあった。

「ねえ、リヴァイ」

「なんだ」

「足、どうしたの」

「ああ、ちょっとな」

「いやいや、ちゃんと話して!」

「ほら、ついたぞ。さっさと入れ」

腕を引かれ、部屋の中へと連れ込まれた。不安な表情を浮かべる私を横目に、リヴァイは扉を閉める。
その間も足を負傷したのかと、しつこく聞くが一向に答えてはくれない。
何故隠そうとするのか、リヴァイが負傷するなんて、よっぽどじゃないか。

「リヴァイ、答えてよ!」

「……うるせぇな、少し捻っただけだ。すぐ治る」

「大丈夫なの?本当にすぐ治る!?」

「大丈夫だ、落ち着け」

「あ……ごめん」

過剰なまでに心配の意を見せた私に何かを感じたのか、ベッドの脇へと腰掛けるよう誘導してきた。
エレンの精神状態を心配したが、お前も相当だな、そうつぶやく。

「……いいぞ、今なら」

「は?」

「いくらでも俺を責めろ。殴りたいなら殴れ」

「待って、急に何言い出すのさ」

「ペトラはお前の友人だろう。そしてペトラの上官は俺だ」

「リヴァイを殴るなんて後が怖すぎてできないよ。恐ろしい」

「怖がらず感情をぶつけてこい」

「もう、やめて。それにね、まだペトラ達はどこかで生きている気がして」

私がそのセリフを発言した途端、リヴァイは口を閉ざした。
返事が返ってこないので、どうしたのかと横を振り向けば何故かこちらを睨んでおり、肩を強く掴まれる。
久々にリヴァイの威圧感を目の当たりにし、背筋に寒気が走った。

「バカ言ってんじゃねぇ。現実から逃げるな」

「や、あの、今は死を受け入れられないだけで」

「なら教えてやる。グンタは後ろから首を斬りつけられていた。エルドは身体を噛みちぎられていた」

はい?意味が分からない、リヴァイ班の死に際がどのようなものであったかを報告してくれているのだろうか?
聞きたくない、想像してしまう、やだ、やめてよ、巨人に、どのような殺された方をしたか、え、オルオは叩きつけられた……?

「ペトラは背後から……」

「やだ、言わないで!バカ!バカでしょ!そんなの聞きたくない!」

「現実を受け入れろ。どこかで生きている気がするなんて、甘えたこと言ってんじゃねぇ。死から逃げるな」

「そんなこと言われても困る、もう黙ってよ、喋らないで!」

「おい」

「喋るなって言ってるの!」

「……あいつらが命を張って戦った生き様から目をそらさないでやってくれ」

悲しみの中から絞り出すような声に聞こえ、あわててリヴァイを見たが、少し表情を歪ませるだけで涙などいっさい浮かべていなかった。
リヴァイは誰が死亡しようと、どんなに理不尽なことがあろうと、泣かない。泣いたところを見たことが無い。
でも、今泣きたいんだろうなと、素直な感情はひしひしと伝わってくる。

「私に説教する前に、泣きたいなら泣けばいいのに」

「兵士長の俺がいちいち泣いてられるか」

「私も、リヴァイのこと言えないけどさ。なんでだろうね、涙が出てこないや」

「お前の場合は死を受け入れていないからだ」

「また話が戻った」

「……なあ、お前は、ペトラといつ出会ったんだ?」

「ペトラと?えっとね、ペトラが入団してから数日後だったかな」

私が早朝に洗濯物を干していると、ペトラが手伝いに来てくれた。
早朝からご苦労様です、そう優しい言葉をかけられて、それをきっかけにたくさん話をするようになった。
顔を見かければ会話がはずんで、あまりにも仲良く話す姿が目立ったのか、私達の笑い声は士気が落ちると苦情まで出て、エルヴィンに注意されて。それでも密会して、甘いお菓子を一緒に食べて、二人で過ごす時間はほとんどが笑顔だった。

「……ねえ、リヴァイ。信じてもらえないかもしれないけど、聞いてくれる?」

「なんでも言えばいい」

「昨日の夕方、ペトラに会ったよ」

「……夕方?どういうことだ」

「食堂にペトラが座っててさ」

「は?」

「もうね、儚いほどにペトラの姿が真っ白で、実はあの時直感したの。何かあったなって」

「あいつ、お前に会いに来たか」

「うん。ちゃんと来てくれた」

「そうか」

「ペトラの最期は笑顔だったよ」

その言葉にリヴァイは少しだけ目を見開き、顔をうつむかせた。
笑顔だったか、とつぶやきながら。
食堂で見たあの笑顔を幾度となく思い返すと、感情が一気に昂り、目頭が熱くなり始める。
先ほどまで枯れていた涙は簡単にあふれ、鼻水と共に洪水のようにこぼれ落ちた。
私が泣き始めたことに気付いたリヴァイは、「汚ねぇ、さっさと泣きやめ」と罵声を上げてくる、が。
厳しい言葉とは裏腹に、肩を抱き寄せ背中をさすってくれる手は、とても優しかった。











この日、リヴァイは夢を見た。
何故か、リヴァイ班の皆がリヴァイとの生活する部屋へ集まっている。
リヴァイは思い出した、俺が倒れた日に皆が集まったあの時だ、と。

「さあ、そろそろお開きにするとしよう」

「ええ!?まだいいじゃないかグンター!もっとお話しようよ!」

「いけませんよハンジ分隊長!兵長も寝てらっしゃる、そろそろ静かにしないと」

「いいよいいよ、リヴァイなんて放っておけば」

「うわあ!なんてことを!聞こえますよ……!はあ、ではハンジ分隊長は兵長のそばにいてあげてください。俺は先に行きます。兵長、ありがとうございました。ほら行くぞ、エルド」

気を失っているエルドを抱えるグンタは、頭を下げ部屋を後にした。
続いてエレンも礼を述べ、寝ているリヴァイへ声をかける。

「兵長、失礼しました!ゆっくりと身体を休ませてください。明日は兵長の分も草むしり頑張ります!」

「調子にのんなよガキ、お前は知らねぇだろうが草むしりは奥が深いんだ。俺が草むしりの極意を教えてやってもいいぞ」

「オルオ気持ち悪い。それより早く出てよ、出られないでしょ」

「ペトラ、なんだお前、まさか俺と一緒に草むしりをしたいのか?いいぜ、特別だ、俺の隣で草をむしればいいじゃねぇか」

「あんたをむしってやりたいわ。早く出ろって言ってんのよバカオルオ!」

「ったく、せっかちな奴だな。では兵長、失礼します」

「オルオの奴。エレンはあんな男になっちゃだめよ!って、そんな心配いらないかな。……ねえ、エレン、難しいかもしれないけれど、自分に自信を持って堂々と生きてね」

私達、見守ってるから




それでは兵長

ありがとうございました!

おやすみなさい






*NEXT*






-あとがき-
第20話、ご覧いただきまして、ありがとうございました!
最後にリヴァイが見る夢、実はこのくだりへ持っていきたいがゆえに第17話でリヴァイを疲労で倒れさせました。笑
そして、グンタ、オルオ、ペトラはリヴァイへの別れの挨拶をちょっぴり加筆しています。
エルドだけは倒れていたので無念……!おい
20話を書いている最中、進撃のサントラに収録されている、「omake-pfadlib」をひたすらリピートで聴いていました。
悲しい………!!!!!←←

気付けば第20話です。
早いものですねえ!ひゃー!
純血人生、いかがですか?楽しんでいただけているのかな……はらはら……。
第2部へ突入した頃は甘さを激増していましたが、また、これ、甘さの少ないこと!すみません;
もう少し、進歩させたいところですよね。