純血人生 3





窓から朝焼けの薄暗い光が差し込んできた。もう朝らしい。寝る前に衝撃的な話を聞かされ未だに混乱状態だ。
あの事件から十数年も経った今では、両親が既に他界していることは心のどこかで覚悟していたことだ。しかし賊に殺されたと聞いてどうしようもない感情が頭の中で暴れまわっている。しかも純血の東洋人だと告げられた。東洋人は高く売れるとも聞かされた。東洋人って、なに。
興奮さながらに心臓が何時間も高鳴りっぱなしだ。一睡もしていないのに眠気は全くこない、むしろ冴えている。
私が今このような思いをしているというのに、隣のベッドでスヤスヤ眠るリヴァイときたら。年甲斐もなくまるで少年のような寝顔をこちらに向けて……。
ああ、腹が立つ。寝ぼけたふりをして蹴り飛ばしてやろうかな。
蹴るふりをして布団から足を出すと、寒さが直撃した。すぐに布団の中へ引き戻し両足をこすり合わせる。壁の中では夜から朝にかけての冷え込み方がとても極端だ。壁の外も同じように冷え込むのだろうか。巨人は寒さなんて何ともないのだろうけれど。
あれやこれや考えていると、リヴァイがごそごそと寝返りを打ち、かぶっていた布団から肩が大きくはみ出た。この姿をリヴァイの部下達が見たら何て思うだろう。
巨人の生態を探るべく命をかけ最前線にて活動する調査兵団。その兵団の兵士長がリヴァイだなんて今でも信じがたい。戦う姿を見たことが無いので実感が無いだけなのかもしれないが。最強だと皆は言うけれど、本当に最強なのかな。こんな可愛い寝顔してさ。
はみ出た肩がとても寒く見えたのでベッドの端から腕を伸ばし布団をかけ直してあげた。潔癖様は風邪なんて引かないだろうけど、一応ね。

差し込む朝日がまぶしくなり布団に丸まりながら体を起こした。
半開きの目で窓から外を見れば、商人であろう男性が食料の入ったカゴを担ぎせっせと走り去って行った。他にも魚の入ったカゴを馬に運ばせる商人や、早朝勤務であろう駐屯兵団の兵士、様々な人々が通り過ぎて行く。早朝から働いている人はたくさんいるのだなと、少し新鮮な気持ちになれた。

――そうだ、散歩へ行こう。

仕事の時間までもう一眠りできるほど余裕がある。部屋にいても同じことを繰り返し考えるだけだ。外で朝の空気をいっぱい吸い込んで気持ちを切り替えよう。
眠っているリヴァイを起こさないよう静かに上着を羽織り部屋を出た。
外へ行くと更に冷たい空気が無防備な顔面を直撃した。あまりの寒さに考えていたことが一瞬どこかへ飛んでしまったほどだ。
とりあえず、歩こう。
行きたい場所などはなく、ただなんとなく歩いた。どこを見渡しても必ず視界に入るのは見慣れた壁だ。壁の外を一度も見たことがない私は、少なからずどのような世界が広がっているのか興味はある。死ぬまでに一度は見てみたい。まあ、この気持ちを誰にも言うつもりはないが。壁の中には様々な考えを持つ者がいるので、常識から外れるような言葉を口にしない方が良いのだ。
それこそ壁を神格化させる者もいれば、影では「巨人様」と巨人を崇拝する者もいると聞いたことがある。もちろん、巨人は人類の敵だと大半の住民が考えているわけだが。そのように様々な信仰を持つ者がいる中で、壁の外に興味がある、などと的外れな言葉を軽々しく口走ってしまうと周囲にどう思われることか。子供が壁の向こうはどうなっているの?と素直な疑問を言葉にするのとはわけが違う。どこで誰が聞いているか分かったもんじゃない。
……ああ、駄目だ。
遠くの壁を見つめながら、気分をまぎらわす為に壁だの巨人様だの違うことを考えてみたけれど何を考えても浮かんでくるのは両親の死と東洋人、この二つだった。部屋にいても外を歩いても一緒か。

次第にそこらじゅうからほんのりと甘い香りがただよってくる。パンを焼いているのだろう。朝だなあ。
住宅街を通り抜ければ小さな川にたどり着いた。川の向こう岸へ行こうと考えたが、水の流れる音に両親と暮らしていた頃の記憶がよみがえり無意識に立ち止まっていた。川のほとりに腰を下ろし、鼻をくんくん鳴らしてみる。
(……こんなに綺麗な川で下水の臭いはしない、か)
下水の流れる地でこそこそと暮らし、賊にさらわれ、両親が殺され、たまたま居合わせたリヴァイに引き取られ、意味も分からず生きて、純血の東洋人だと聞かされて。さあ、どう気持ちの整理をつけようか。
溜め息をつきながら足元に転がっていた薄っぺらい石を川へ投げると、水面の上を二回跳ねて沈んだ。五回は跳ねてほしかった、などと変なやる気が湧き、ひたすら川へ向かって石を投げる。ああ!今のは惜しかった!四回跳ねたのに!

「なるべく平らな石を選び水面と水平にして投げると良く跳ぶぞ」

「へえ、水面と水平に……ん?」

聞いたことのある声に振り向くと、足を開き石を投げる格好を披露するエルヴィンがそこにいた。
こう、指先で石を水平に持ってだな!と何故か熱く語る姿を見て固まる私。久々に会ったにも関わらず、もう昔のように緊張することも無くなった。

「久々に会えたのにその変なポーズは何!」

「石がよく跳ぶポーズだ。さあ、やってみろ」

仕舞いには、手本を見せてやろう、そう意気込み石を拾い上げると助走をつけて投げた。本当に石は何度も跳ねて向こう岸へ到達したものだから、思わず拍手である。

「……で、エルヴィンは仕事帰り?」

「ああ。今後の事で会議があったんだが、なかなか話が進まなくてな。朝方までかかってしまったんだ」

「そうなの?なら早く帰って体を休めないと」

「いや、今日は今日で別件の仕事が入ってるんだ。それなら朝の空気でも吸って頭を覚まそうと思ってね」

そう言いながら勢いよく背伸びをし首を回す。顔には疲労が浮き出ているように見えた。まあ、辺りが薄暗いせいもあるかもしれないが。
そんなエルヴィンに、座って、と指示を出す。

「ここにか?」

「うん、どこでもいいから座って」

「俺に指示を出すなんてぐらいだな」

笑いながら腰を下ろし、何をする気だ?と期待の目を向けてきた。
エルヴィンの背後へ回り、肩を優しく揉み始める。

「おお、揉んでくれるのか。よし、もっと強く頼む」

「何でもかんでも命令しないでくださいな」

「はは、しかし優しい女性に育ったもんだ。俺の妻になるか?」

「肩揉みしてるだけでしょうが!それに、エルヴィンのお嫁さんはお断りです」

「お、言ってくれるじゃないか」

「仕事仕事で寂しいもん、絶対」

「なるほどな」

ところで、とエルヴィンが少し声を高めに切り替え私の腕をつかんできた。

こそどうして早朝からこんな所で石を投げていたんだ?」

この質問に今更ながら疑問が浮かんだ。エルヴィンは私の両親が賊に殺されたことを知っているのだろうか。そして純血の東洋人であることも。
以前一緒に暮らしていた頃は両親のことを何度聞いても、情報が何一つないんだ、と希望のない返事ばかり聞かされていたわけだが。
もし、真実を知っていた上で今まで黙っていたとなれば……私としては少し人間不信になってしまいそうだ。
リヴァイといい誰もかれも何も教えてくれずに隠してきたなんて、残酷じゃないか。だからと言って真っ向から聞くのも怖いけれど。

「なんだ、リヴァイと喧嘩でもしたのか?」

「あ、違うの、その、あれだよあれ……えっと」

「どうした」

「や、いいや!やめよう!何でもないの、ただ早く目が覚めたから散歩していただけで、ほら、水面に石を投げたくなって!」

「そうか。……いつでもいい、話す気になれたらその時に聞かせてくれ」

「……うん、ありがと」

さすが、調査兵団の団長を務めているだけある。何気ない会話の中にも心遣いがはっきりと見える。
おそらく両親のことも東洋人のことも既に知っているのだろう、そんな気がした。真実を話してくれなかったのは、彼なりの考えがあってのことだろうと思えてくる。
大きな手が頭を撫でてきたので、子供扱いしないで、と私もエルヴィンの頭を両手で撫で返してやった。もういい大人なのに、いつまでたっても子供扱いじゃたまったもんじゃない。……なんて言いんがらエルヴィンの手は大好きだけれど。

「さて、そろそろ帰ろうかな。私も仕事なの」

「そうか。では近くまで送ろう」

「いいよいいよ!徹夜明けの団長さんにそんなことさせれません!」

「まさか、俺に送られるのが嫌なのか!?」

「めんどくさいこと言い出さないでくれる!?」

結局は途中まで送ってもらうこととなり、二人でしりとりをしながら来た道を歩いた。
エルヴィンは偉大だ。国にとっても、私にとっても。
散歩へ行ったことで先ほどよりは気持ちが楽になった。行って良かった。
そして部屋へ戻ると、不機嫌な表情を浮かべたリヴァイがベッドで足を組み無言でこちらを睨んでくるものだから寒さではない恐怖に本気で震えたわけだが。
(え、散歩に行ったのがいけなかったの!?)







*NEXT*







-あとがき-
エルヴィンの一人称は「私」なのですが、あえて「俺」にしました。
プライベートな時間を過ごしている時は「俺」呼び……たまらんなぁぁぁ!という気持ち悪い妄想からそうなったわけです。
団長としりとり。笑
さあ、次回はリヴァイのターンです。