純血人生 4




扉を閉めてそこへ座れ、帰ってくるなりいつもに増して不機嫌なリヴァイから指示が飛んできた。
もちろん言われた通り扉を閉めて床に正座をする。もし反抗でもしたら殴られるか蹴られるかのどちらかだろう。しばらく続く無言に拳をにぎりしめて耐える他に選択肢は無い。
私が何も言わず散歩へ行ったことに怒っているのだろうか。間違いなくそうだろう、それ以外の理由が思いつかない。
ああ怖い、すごく怖い、不機嫌なリヴァイがこの世で一番最強な気さえする。恐怖のあまり額に浮かぶ汗を拭くこともできず、顔の横を伝い雫となって手の甲へ落ちた。
このままだといけない。早めに謝っておいた方がよさそうだ。

「あの、勝手に散歩へ行ってごめ……」

「黙れクソが」

「や、その……はい」

(ひいいいいいい!!)
リヴァイの低い声に恐怖が倍増し、尋常じゃないほどの冷や汗が流れ落ちる。にぎっている拳も絶好調と言わんばかりに汗ばみ石鹸があれば泡立ちそうな勢いだ。
大体、散歩へ行ったぐらいで怒るなんて、心がせまい、チビ、ドチビ、ドドドドドチビ!と心の中で叫びに叫び、何とかその場をを耐えた。
すると突然ベッドから立ち上がりこちらへ近寄ってくるもので、嫌な予感から目を強くつむり体をこわばらせた。これは殴られるパターンかもしれない。
しかし何もされることなく、ただ私の正面に腰を下ろし更なる無言の時間が続くこととなる。頭突きでもされるのかと身構えたがそれも空振りに終わった。
顔をうつむかせて正面から押し寄せてくる威圧感にひたすら耐える。リヴァイは私のつむじを見ているのだろうか。
(……つむじ見ないでよ)
とはいえ顔を上げる勇気もない。つむじから汗が噴き出そうだ。

「おい、朝からぶらぶら出歩いて何してた」

恐怖から逃避するようなことを考えていたら、やっと声がかかった。
今のセリフからして、やはり散歩へ行ったことがリヴァイを不機嫌にしている原因のようだ。

「あ、あれです、なんとなく散歩がしたくなって」

「……」

(また無言!?)
今の返答はまずかったかもしれない。もっと明確に言えば良かった、しまった、やってしまった。
早く言い直さないと、何て言えば上手く伝わるだろうか!?

「待って、えっとね、頭が気持ち悪くて!それで朝の空気を吸いたくて外へ行ったの」

「そんなことはどうでもいい」

「ちゃんと聞いてよ!その、夜ね、あまり眠れなかったから」

「知ってる」

「へ」

「隣のベッドであれだけゴソゴソされたら嫌でも気付く。お前のせいで俺も寝不足だ」

うつむかせていた顔を上げて正面にあるリヴァイの顔を恐る恐る見た。相変わらず鋭い目つきをしているが、そのまぶたが重そうに腫れている。
寝不足が表れている様に申し訳ない気もしたが、それ以上にリヴァイの瞳を見ていてあることを考えてしまった。
この瞳は人の死を何度見てきたのだろう、と。
ウワサで聞いた話によると、調査兵団の兵士は仲間達が目の前で巨人に踏みつぶされ、千切られ、喰われる様を一度は見ているらしい。
兵士長ともなれば、なおのこと様々な場面に出くわしていることだろう。一般人とは比べ物にならぬほど「死」の経験をしているのだ。
数え切れないほどの死を直面しているリヴァイにとって私の両親、たかが人間二人が賊に殺されたことなど大して気に留めるようなことでもないのかもしれない。
今の私は自分一人が被害者のような考えをしている気がする。両親を賊に殺さた純血の東洋人、そんな肩書きのある自分を心のどこかで可哀相だと思っているんだ。バカか、この壁の中には悲惨な人生を送っている人が山ほどいる現状にも気付かず自分を特別視していた。
それに加えて私が十年前の事実を知ることによりショックを受けるのは分かり切っていたことだ。リヴァイにしたら面倒極まりないだろう。だから今まで言わなかったのではないだろうか。勝手な予想だけれど。
そうだとしたら真実を話してくれたのは単に気まぐれだったのかな。
(……ダメだ、変に笑ってしまいそう、泣きたい気もする、ああ、ごちゃごちゃだ)
あわてて顔をうつむかせた。
昨夜から気持ちが悪いほどに考えていたけれど、過去や東洋人である真実はどう足掻こうと変わらない。それならどうすればいいか。
――なんとなく答えが出た。

「リヴァイ、ありがとね」

「は?何の礼だ?狂ったのかお前」

頭大丈夫か、とも付け足してきたのでガクッと肩が落ちる。

「まあ、気にしないで。リヴァイを前にして私なりに考えがまとまったからお礼を言っただけで」

「考えがまとまったか何か知らねぇが、さっさと俺の質問に答えろ」

「質問?」

「バカか。朝から出歩いて何してたか答えろと、さっきから言ってんだろうが」

「だから朝の空気を吸いに散歩へ行ったんだって」

「んなことは分かってる。何をしていたかを聞いてるんだ」

「何をしていたか?そんなの、ただ歩きながら考え事してたぐらいだよ。あ、川辺で石投げもしたけど」

「エルヴィンにも会っただろ」

「うん、会った会った……ん?」

今の会話に首をかしげた。エルヴィンに会ったことを、どうしてリヴァイが知っているのだ。
いつの間にか口走った?いやいや、エルヴィンの話題は何一つ話していないはず。

「エルヴィンのことだ、早朝まで会議が長引いたんだろうな」

「うん、そう言ってた。で、どうして私がエルヴィンと会ったこと知ってるの?」

「石投げした後、お前エルヴィンに何してた」

「や、だからね、その前に答えてよ。どうしてエルヴィンと会ったこと知ってるのか」

「肩揉んでただろてめぇ」

「話を聞けぇぇぇ!!!」

ようするにだ、リヴァイはどこかで私達を見ていたと、そういうことだろうか!?
(尾行されていた……?全く気付かなかった!)
さすがは調査兵団の兵士長だ、人一人の尾行をするなど朝飯前ってことか。
ではリヴァイは何に対して不機嫌になっているというのだ。尾行をしていたのなら、私がどこへ行っていたかなど分かり切っていたはずだろうに。
ああ、分からない、リヴァイが分からない。寝不足の頭を回転させるが「リヴァイ意味不明リヴァイ意味不明」と同じセリフが上乗せするように浮かんでくる。
正面から軽く舌打ちが聞こえたかと思うと、何故か私に背を向けて座り直した。待って、どうしたの、まさか拗ねた!?

「俺がわざわざ床に座ってる理由を考えろ」

「なに、床掃除がしたいの?床の溝が気になる、とか?」

「違う。肩だ」

「は?」

「肩だと言っている。何度も言わせんな」

「肩……肩って、まさか肩揉みしろってこと?」

「もっと早く気付け」

(ええええええええ!?!?)
衝撃のあまり体が身震いしてしまった。とりあえずリヴァイの機嫌をこれ以上損なうわけにもいかないので肩に手をのばした、が。
にぎりしめていた手のひらを開けると、湧き出るように真っ赤な血があふれ腕を伝い服に染みこんだ。あわてて手のひらを見てみると、えぐれた四つの細い傷口から血があふれ出ている。先ほど、緊張のあまりにも強くにぎりしめていたせいで爪が皮膚に深く喰いこんでしまったようだ。
肩揉めないや、と告げれば不機嫌な顔を向けてきたので手のひらを見せた。本当にお前はバカ野郎だ、そう呆れながら立ち上がり救急箱を取りに行く姿は微笑ましい。
潔癖のせいもあってか、すごく丁寧に手当てをしてくれた。

「おい、手当てが終わったら肩揉めよ」

「まだ言う!?今日は勘弁して。今度たくさんしてあげるから」

「関係あるか、俺は今がいいんだ」

「わがまま兵長め」

「正直なだけだろうが」

包帯を巻き終えたところで、外から低い鐘の音がゴーンと響き二人で同時に顔を見合わせる。今の鐘の音、云わば「仕事が始まりますよー!今日もがんばりましょう!」という意味が込められているわけで。
二人とも床へ座る姿は、もちろん寝巻だ。散歩へ行く際、寝巻の上に上着を羽織っていたので着替えていない。少しの間沈黙が続いたかと思えば、お互い台風を巻き起こすかのように部屋の中を走り回って仕事の準備をした。
服を着替え、身だしなみを簡単に整え、朝ごはん代わりであるコップ一杯の水を飲み干して準備完了。
リヴァイを見れば立体機動装置の固定ベルトを手慣れた手つきで装着しているところだった。それにしても……固定ベルトの複雑な装着手順ときたら。これは時間かかりそうである。何度見てもどう装着しているのかちんぷんかんぷんだ。兵士は皆、装着の仕方から訓練するんだろうなあ、大変だなあ……ということで。

「リヴァイ、先に行くね」

「おいこら、少しは手伝おうと思わねぇのか」

「固定ベルトの装着なんて分からないもん」

「それなら俺の支度が終わるまで待ってろ」

「無理、待ってたら遅刻して――」

「 待ってろ 」

「……はい」

結局、遅刻という悲しい現実を直面することとなる。
昨夜に十数年前の真実を聞かされ全く眠れず、散歩へ行けば尾行され、あげくの果てには肩を揉めだの何だの。確実に振り回されたと言いきれる。むしろ昨日今日だけのことではなく私の人生、リヴァイに振り回されっぱなしだ。
まあ、ここで愚痴を言ってもどうにもならないのが現状で、生きていたら様々な事が起こる、そう考えて進むしかない。
それに気苦労だけが積もるわけでもなく、気付かされることも多々ある。つい先ほどもリヴァイの瞳を見て自分が甘かったことに気付かされた。そして答えが出た。
今を強く生きよう、と。







*NEXT*





-あとがき-
肩揉みの件に関しては、やきもちでしょうか。これはやきもちになるのでしょうか。ようするに、独占欲をじわじわと出そう作戦で…笑
余談ですが、早くエレンやハンジさんを登場させたいです。もう少し先になりそうですが……っ。
次も兵長のターン!です。