純血人生 5






風呂上がりである私の寝巻姿を凝視するなり、リヴァイはあきらかに不機嫌な表情を向けてきた。

さかのぼること数時間前、職場に新しく発明された機材の導入が通達され多くの女性が作業を手伝うこととなった。前もって通達が来ていればここまで走り回らずとも対応できていたはずなのに、どこかで不手際があったのだろう。機材が導入される部屋は地下にある一室だと説明を受け、即座に掃除をするよう指示が出た。
数年眠っていた部屋だけに歩いた箇所は足跡が残るほど一面真っ白のホコリ。まるで薄く積もった雪のようで、その場にいた全員が苦笑いである。よくここまで放置されていたな、そう呆れていたら一人の先輩が皆の前へ出るなりロングスカートの裾を太ももあたりで固く結んだ。
「さっさと終わらせるよ!」先輩から掃除開始の合図、それぞれが腕の袖を捲し上げては桶に汲んできた水へ雑巾を浸した。
開始してから十分もしないうちに皆の熱気とホコリで空気がよどみ大量の汗が全身から噴き出し始める。せめて窓一つさえあれば空気の入れ替えができるのに、よりにもよって地下室とは。
休憩時間になると女性陣の集まる部屋では服を脱ぎ捨てる者が続出した。お互いの背中を手ぬぐいで拭きながら話に華を咲かせる。

「あー暑い!久しぶりにここまで汗かいたね」

暑い暑いと悲鳴を上げる先輩の背中を拭きながら頭の中は、帰ったらすぐに風呂へ入らないと、そればかり考えていた。
肌がべたつく気持ち悪さなど別にどうでもいい。ただ、この汚れた肌をリヴァイに見られるか最悪触られでもしたら、近寄るなと罵声をあびる上に殴られる、ようするに数時間後の災厄が簡単に想像できてしまう。

?どうしたの、溜め息なんかついて。掃除頑張りすぎた?」

「いえ!体は元気ですよ。ただ、早くお風呂に入りたくて」

「その気持ち分かるわ、スッキリしたいよね」

「早くホコリを洗い流したいです」

「ホコリまみれだもんね。また服着るのさえ嫌だわ。あ!そうだ、聞いてよ。この前部屋で着替えていたらノックもせずに弟が入ってきてね下着姿見られちゃってさ」

一発殴ってやったわ!と声を高らかに怒る先輩。……ん、弟に?
更に横にいた後輩が、私も先日父親に下着姿見られてしまって!と悲痛な声を上げた。父親に下着姿を?家族に下着姿を見られるなど何てこと無いだろうに。

「そりゃね、彼氏や旦那なら下着姿を見られても仕方ないけどさ。父親や兄弟に見られるのは論外よね」

「はい、むしろ彼氏にも下着姿は見せたくないです」

二人の会話に先ほどとは違うイヤな汗が噴き出てくる。何かずれている、私の感覚と二人の感覚が違う気がする。家族に下着姿を見せないってどういうことだろうか。そんなの、まるで他人同士みたいな接し方じゃないか。
それなら風呂上がりはどうしてるんですか、と一番疑問になる部分を思わず口走ってしまった。

「風呂上がり?そんなの体を拭いて寝巻まで着てから皆のいる部屋へ行くよ」

「私もです。全て着てから家族の前へ行きます」

頭を鋼鉄で殴られた気分である。昔から風呂上がりは下着姿のままリヴァイの前をうろうろしている私にとって今の会話は衝撃的すぎた。リヴァイも風呂上がりは下着姿だし、それが日常である為何の違和感もなかったのだけれど……話を聞く限りではとんでもないことが日常茶飯事で起こっていたことになるではないか。

「何て言うか、男兄弟がいるせいもあってね体が女として成長し始めた頃から恥ずかしくて見せないようにしてるの」

「私の場合は母親に寝巻を着てから出てきなさいと幼い頃に教え込まれました」

育った環境や親の教えから違いがあるというわけか。下水の地で両親と暮らしていた頃はまだ幼かったので記憶があいまいだが、リヴァイと生活を共にする上で風呂上がりは下着一枚、それが常識だと思い込んでいた。改めて考えると確かにおかしい、下着姿を見せている時点でおかしい。……なんだろう、暑いのに変に寒気がしてきた。あれ、どうして下着姿のまま平気でリヴァイの前を歩いていたのだろうか!?
休憩時間が終わり再び掃除を開始したが、頭の中は大混乱である。下着姿の自分をリヴァイはどのような目で見ていたのか(まあ、何も考えていないだろうけど)目のやり場とかどうしていたのか(別に興味ないだろうけど)
よくよく異性であることを考えると恥ずかしくてたまらない。とはいえ、逆にリヴァイの下着姿などどうでもいいのでジッと見たこともないけれど。

朝から始めた掃除も夕方頃には見間違えるほど綺麗になり、届いた機材が導入された。設置から説明までも大いに時間がかかった為、帰る時刻は夜中となったが。
リヴァイの部屋へ帰るなり、汚ねぇ、と罵声をあびせられ床を歩くことも許されず扉前から担がれ風呂場へ放り込まれた。ほら、80%予想通りだ。
そして風呂上がり、私は下着の上に寝巻をきちんと着てからリヴァイの前に出たわけだ。寝巻姿の私を見てあきらかに不機嫌な表情をするリヴァイときたら、何か汚い物でも見るような目をしているではないか。

「……おい、脱げ」

予想外の一言が飛んできた。

「いやいや、脱がないよ」

「脱げ、気持ち悪い」

「何が気持ち悪いってのよ、いつ寝巻を着るかは私の自由でしょ」

「今のお前は全てが不衛生だ」

「風呂上がりなのに何てこと言うのさ!びっくりだわ!」

機嫌の悪いリヴァイを軽くあしらい水を飲もうと戸棚の方へ歩いていたら、背後へ付かれふいに髪を持ち上げられた。
振り返ろうとすれば、動くな、と指示され首筋に当たっている寝巻の襟部分を触るなり舌打ちを飛ばしてきた。

「襟を触ってみろ、濡れてんだろ。髪をきちんと乾かして、汗も引かせて、それから寝巻は着るもんだろうが」

「放っとけば乾くよ」

「放っておけば菌が繁殖するだけだ、さっさと脱いで乾かせ」

「もう、うるさいな、自分の綺麗好きを人に押し付けないで!」

「うるせぇのはお前だ。さっさと俺の言う通りにしろ」

なに、その言い方。
持ちあげられている髪を放せと言わんばかりに首を振ってやれば手を引いたので、即座に距離を取った。
今の一言は頭にきた。まるで部下へ命令するかのような言い方じゃないか。

「てめぇ……なんだその態度は」

無視。
しばらくすると私のせいで気分が悪いだの何だの言いながら風呂へ入ったので、さっさと髪を乾かしベッドへもぐりこみ寝ることにした。
翌日も風呂上がりは寝巻姿でリヴァイの前へ出たが、昨日みたく言われることなく過ごせた。無視する態度に呆れたのか話しかけてくることもない。確実に睨まれていたけれど気付かないフリをして髪を乾かし逃げるように寝た。
更に翌日、風呂上がりに血の気が引くこととなる。
濡れた体を拭き、下着を見に付け、寝巻を着ようと引き出しを開ければ、ごっそりと寝巻が消えてしまいそこには何もなかった。やけに引き出しが軽いと思えば……。犯人が誰なのか心当たりがありすぎて顔が破けそうなほどに引きつる。
これはガツンと言わないと!部屋でくつろいでいる奴の元へ飛び出そうとした所でハッとする。下着姿のままで行くの……?まだ風呂上がりに寝巻を着出して三日目なのに、一度意識してしまうと絶妙に恥ずかしい。
そこでひらめいた、先ほど脱いだ服をもう一度着ればいいじゃないか!しかし、脱いでカゴに入れたはずの服を探すがどこにもなかった。まさか、いやいやいや、いつの間に!?脱衣所へ入ってきた気配なんてなかった。いや、奴なら気配を消すぐらいどうってことないか。
悔しいがここで恥ずかしがっていては負けてしまう、結局は言いなりだ。何としてでも寝巻は返してもらわないと。羞恥を抑え脱衣所を飛び出した。
部屋へ行くと、ソファーで横になり悠々と本を読んでいる姿に怒りが倍増する。

「リヴァイ!寝巻どこへ隠したの!?」

「……」

「ちょっと、リヴァイったら!寝巻返してよ」

「……」

こんの野郎!無視を決め込んでる!自分が無視された仕返しのつもりだろうか。しかも良く見ると、リヴァイの頭の下に敷かれている布の束……私の寝巻達だ。人の寝巻を枕にして優雅に読書ですか。本当にいちいち腹が立つことをしてくれる。
寝巻が無いなら服を着ればいい、そう考え服を仕舞ってある引き出しを開ければ先ほどの二の舞である。そこには何もなかった。
嘘だろう、服も全て隠したというのか。特に寒い日だけ羽織る上着さえも無い。

「リヴァイ、ひどいよ、ねえ!」

「……」

「返してよ、寝巻も服も全部!」

「……」

「聞こえてるんでしょ!?」

普段は横になって本など読まないくせに。リヴァイの顔は本に隠れどのような表情をしているのかも分からない。本、邪魔だな。
あまりに腹が立ち本を奪い取ってやった。すると、殺意のまじるような目つきでこちらを見てきたものだから情けなくも震え上がりその場に立ちすくんでしまった。無言で私の手元から本を奪い返し続きを読み始めるリヴァイは、機嫌が悪いなんてものじゃない。いつ殴られてもおかしくないような空気が流れている。

「なに、もう、バカ、リヴァイのバカ」

下着姿でわめく自分がみじめに思え、ベッドに移動し布団にくるまった。ノドの奥が熱くなり、あふれてくるものは涙だ。濡れている髪が更に濡れて肌に張り付く。
しばらくの間、静かな部屋の中に私が鼻をすする音と、本のページをめくる音だけが響いた。
明日の朝になればさすがに服だけは返してくれるだろう。もうこのまま寝てしまおう、そう考えついたとき、何かが頭を包み込んだ。

「こら、髪を濡らしたまま寝るな」

「……今更話しかけてこないでよ。本の続き読んでろバカ」

「読み終わった」

「嘘つけ」

「誰かが無視するおかげで時間が余ってな」

シーツに顔を埋め込み、泣き顔を見られないよう防いだ。悔しい、悔しい、悔しい、上から優しく髪を拭いてくれる手がとても嬉しい。ああ、悔しい。
わさわさと髪を拭かれている間しばらく無言が続いたが、徐々に会話のリズムが元に戻りリヴァイがとあることを聞いてきた。

「俺の勘だが、まさか下着姿を見られるのが恥ずかしくなったのか?」

「……うん」

「やっぱりそうか」

「だって、風呂上がりは寝巻を着てから部屋へ出て行くって皆が言ってた」

うつむかせていた体を掴まれ仰向けに引っくり返された。一瞬のことだった。
あわてて泣き顔を両手で隠そうとするが、腕をベッドに押さえつけられこれ以上防ぎようがない。

「なあ、俺とお前が出会って何年だ」

「は?もう……十年以上、かな」

「その期間の中で俺がお前の体に何かしたことはあるか」

「頬をいっぱい殴られた。あ、無理な筋トレさせられて肉離れしたこともある」

「頬は躾、肉離れはお前のたるんだ体が悪い。俺が言ってるのは性的な意味でだ」

「……は?ちょっとちょっと何言い出すの」

「さっさと答えろ」

「無いよ、そんなの一度も」

「そういうことだ。何もないんだ。だから何の変化もいらねぇだろ」

「でも」

「恥ずかしがるな、堂々としてろ。だいたい、俺らの生活を他人の一言で左右されるなんて反吐が出る。明日から今まで通りだ、いいな」

「……はあ、分かった。分かりました」

三度ほど縦にうなずくと、押さえつけられていた腕を放してくれた。
確かに私はこうして育ってきたのだ、今まで通りでいいのかもしれない。誰かに見られるわけでもないし、これが私とリヴァイの生活スタイルだと思えば。それに、これ以上リヴァイの機嫌を損なわせてしまうと寝巻どころか服も返してもらえるか不安なところだ。
不機嫌なリヴァイを想像してゾッとしていると、仰向けになり目を腫らす私を上から見下ろしてくるものだから何かと問えば、少し間を置いてとんでもない一言を口にしてきた。

「まあ、お前の下着姿に性欲がわいたこともあるがな」

「……へ」

「冗談だ」

冗談、か。なるほど、泣いている私を笑わそうとしてくれているのだろうな、なんて超絶都合のいい解釈をしようとしたが、冗談と言いながらもあまりに優しい表情を向けてきたので恐ろしさのあまり余計泣きそうになった。
(ひぃぃ、怖い怖い怖い!)
リヴァイを押しのけながら起き上がり先ほどまで枕となっていた寝巻の元へかけつけ、あわてて身に付けた。
後ろから本日何度目かの舌打ちが聞こえたが、聞こえなかったことにした。







*NEXT*







-あとがき-
兵長、強引です。
パジャマも服も隠されたらびっくりしますよね。兵長の服も全部隠してやればよかったかな(こらこら
次回は原作の時間軸が入る話となります。