暴走政務官




ジャーファル様の部下として働きだして四ヵ月が経った。
バザールで休みなく働いていた生活から一変し、今は新しい制服を与えられ書類とにらめっこする毎日である。
請求書の作成や料金の確認、何とか私でもこなせる仕事をまかせられ日々頑張っている。仕事で分からないことがあればジャーファル様や先輩方が詳しく丁寧に教えてくださるので安心して進められるのだが……頭と目を集中して使う仕事など今まで経験がなかったので肩こりがひどい!それに加えて王様が仕事中に遊びに来ては邪魔をしてくる。
私が王宮で勤務するようになり一週間ほど経った頃、うるさい王様を無視して仕事をしていると書類を取り上げられ破られたことがあった。その後王様はジャーファル様にこっぴどく叱られていたが、悪いのは返事をしなかっただ、と言い切るものだから結局は私が謝罪をするはめに。

翌日、一緒に夕飯を食べようと誘われたが昨日のこともあり食事は一人でいただきます、と断ればに食事を与えるなとの命令が料理長に入ったらしく食事をいただけなかった。その馬鹿げた命令を耳に入れたジャーファル様とマスルール様が夜中に軽食を持ってきてくださったのには心から感謝した。この頃、突然王宮で働くこととなり不安だらけだったもので、お二人の優しさに込み上げるものが溢れ出し泣いてしまった。

数週間後、頼みたい仕事があるので時間ができたら部屋へ来てくれと王様から呼び出しがあった。仕事となれば無視できるはずもなく即座に王様の部屋へ向かったはいいが、私が部屋へ入るなりカギを締める行動からして悪い予感しかしなかった。案の定、頼みたい仕事というのが肩を揉んでくれだの、ペンを持ちすぎて手が疲れたんだマッサージしてくれだの、髪を結ってくれだの。あげくの果てに背中を流してくれと言い出す始末だ。逃げる私の体を掴み浴室へ無理に連れ込もうとする王様に本気で恐怖を覚えた。身の危険を感じ思いっきり叫べば扉が開きジャーファル様が助けてくださった。後日にカギのかかっている扉をどうやって開けたのか聞いてみれば、ジャーファル様にとってカギなどあってないような物らしい。……どういう意味だろうか。

王宮生活が始まり三ヶ月が過ぎたある日。王様が私の部屋を訪ねて来た。これでもかと言うほどに物悲しそうな顔を向けてきたので、どうしたのかと訊ねると、明日から仕事でしばらくシンドリア王国を離れなければならないとのこと。だから今夜は一緒に寝ようと意味の分からないことを言い出したので飲み物を淹れるフリをして逃げた。

王様がシンドリアを離れて一ヵ月、私の生活はとても充実していた。仕事ははかどり、食事を抜かれることもなく、休憩中は八人将や先輩方と楽しい会話をする日々。なんて清々しい!!
しかも南海生物が今朝現れ今日は祭りだと情報が飛びかった。国民の皆は既に準備で大忙しだ。王のいない祭りに少し違和感を感じるが、こればかりは仕方のないこと。
私は以前と同様に料理や酒を運ぶ仕事を手伝うこととなった。厨房からテーブルへの往復を繰り返す。それでも皆の笑顔や、絶えない笑い声が聞こえてくるとこちらまで楽しくなる。何より余り物の豪華な料理を食べられると考えたら疲れなど感じない!祭り後の楽しみを想像しながら慌ただしく動いていると、途中でジャーファル様に声をかけられた。

「ご苦労様です、頑張っていますね」

「皆さん祭りとなれば食欲も倍増ですからね!」

「忙しい時分に申し訳ないのですが、少し抜けれませんか?」

「大丈夫ですよ。何かご用でしょうか」

「別件であなたにお願いしたい仕事があるのです」

「分かりました、料理長に事情を説明してきます」

「ええ。ここで待っています」

祭りの日に政務の仕事をするとは、さすがはジャーファル様だ。料理長に事情を告げてジャーファル様の元へ駆けつけた。
騒がしい外から王宮の中へと入り、歩いたことのない廊下を案内された。突き当りにある質素な扉前でジャーファル様は立ち止まる。扉を開けると部屋の中にはテーブル、イスが二脚、ベッド、本棚が並んでいた。

「この部屋は、もしかしてジャーファル様の部屋ですか?」

「そうですよ。素朴な部屋でしょう」

「むしろ片付けの天才ですね」

「ほぼ寝るだけの部屋ですから、散らかす時間が無いだけです」

ですよね!休暇は無いとウワサで聞いたことがあるぐらいだ。
まあ座ってください、と言葉をいただいたのでイスへ腰かけた。ジャーファル様は静かに扉を閉め、飲み物を用意してくださった。
グラスに入った透明の飲み物をテーブルへ二つ置き腰かける。その液体から放つ独特の臭いが鼻をかすった。酒だ。
……あれ、仕事は?

「あの、これってお酒ですよね」

「はい」

「仕事を先に済ませた方が」

「これが仕事ですよ」

「は?」

「たまには私も飲まないとやってられません。上司の酒に付き合うのも部下の仕事でしょう」

酒に付き合う、そんな楽しい仕事があるの!?いやいや、これは仕事だ、そう仕事なんだ。一口二口で止めておかないと。
それにジャーファル様には王宮へ来てから大変世話になっている。酒に付き合うことで少しでも日々の恩返しができるのなら私も嬉しい。
酒を片手に日々の世間話をすればいいのよね?こう日々の愚痴を言い合う場でいいのよね?二人きりというのが緊張するが、よし、頑張ろう。出来る限りのことはしよう。
まず何から話出せばいいのかな、最近のシンドリアは国民が素晴らしい!とかでいいのかな、え、どうなの、急にそんなこと言い出したら気持ち悪いか。それなら好きな食べ物は何かとか、好きな色は……やばい、話の切り出し方が分からない。
私が変に四苦八苦している様子に気付いたのか、王宮は慣れましたか、と話しかけてきてくださった。

「だ、だいぶ、はい、慣れました」

「それは良かった」

優しい笑顔を向けられホッとする。
頭に被っているクーフィーヤを取りながら、酒を一口飲まれた。

「王に振り回されるあなたを見ていると、いつ王宮から逃げ出すかと考えていたのですが」

「そんな、逃げたりしませんよ」

「ええ、見張る必要もありませんでしたね」

「そうで……え、みは、見張る?」

「ほら、逃げたら捕まえないと」

「へえ、あはははは、いやいや、王宮の方々にはよくしてもらってますし」

「ならいいですけどね。ちなみに、私は人を縛るのが少々得意なんですよ。覚えておいてください」

なんか、あれ、私すごく追いつめられている気がするのですが。
しかもジャーファル様、今何とおっしゃった?人を縛るのが得意?怖いんですけど
グラスに入った酒を一口飲み頭を落ち着かせた。今日は祭りだ、きっと少し冗談交じりに話をされているのだろう。
そして何か話題をふらなければ。この静けさが恐ろしい。

「えっと、王様は昔から女ったら、じゃなくて、女性がお好きなのですか?」

「そうですね、特に酒が入ったらひどいもんですよ。現地妻なんか作ったりして」

「ええええええ!あの方は王様の自覚あるんですか!?」

「私も聞きたいぐらいです。酒ぐせの悪さから起きた事件は底知れません」

「なるほど、私もその事件に巻き込まれた一人なんですね。うわ、ちょっとショックです」

「それは違いますよ。あの祭りの日、王は酒を飲んでいません。私が飲むなと強く言ったので」

「え」

「まあ、王があなたを気に行った理由が、この四ヵ月一緒に仕事をしてきて分かりましたよ。何事にもくじけず頑張る姿は誰もが見習うべきです」

そう言ってグラスの酒をノドに流し込むジャーファル様は先ほどと同じ優しい笑顔だった。
あれ、今、褒められた?褒められた!?これは嬉しい、頑張ってきた甲斐があった。でも、こういう場で褒められると少し照れくさい。
ジャーファル様や先輩方の支えがあったので仕事がはかどりました、と伝えると意外な言葉が返ってきた。

「先輩方とは誰ですか」

「あ、文官の方々です。仕事の内容で分からない部分を丁寧に教えてくださいました」

「遠慮なく全て私に聞いてくださればよかったのに」

「ジャーファル様が忙しそうにされていたので、話しかけては迷惑かと思いまして」

「あなたが気遣う必要などありませんよ」

そう言ってまた一口酒を流し込んだ。あいつら勝手なことをしやがって、と小声で聞こえたんですけど聞き流していいよね。
ジャーファル様の顔を見てみれば目が笑っていなかったので即座に視線を下に落とした。あれ、あれ、さっきまで優しい笑顔を向けてくださっていたのに、何が起こった!?私何かいけないこと言った!?文官の方々に聞いてはいけなかったの!?
いまだに王宮のルールが分からない。何が正しいのか、何が間違っているのか、マニュアルをください、王宮マニュアルを。

「おっと。祭りの日まで仕事の話をするのは駄目ですね。すみません、話題を変えましょう」

「そうですね、あははは、祭りですしね!」

、あなたは恋をしたことがありますか?」

ブフッ!!!いきなり話ぶっ飛ばしますね!!!

「こういう話もたまにはいいでしょう」

ジャーファル様の顔面に酒を吹き出す所だった。危ない危ない。
恋って、恋ねえ、まあしたことはあるけども。

「したことは、ありますよ。そりゃ私だって心のある人間ですし」

「どこのどいつですか」

「いや、もう昔のことなので顔もはっきり覚えていないです」

「それは残念」

そう言ってグラスに入った酒を飲みほした。空いたグラスに酒を注ぎもう一口グッと飲み込む。
ジャーファル様って結構飲むんだ。酒と結びつかないイメージなので意外。

「ではどうすれば人を愛しく想えるか教えて下さい。私はまだ恋をしたことがないので」

「うそ!一度もですか!?」

「ええ。女性を愛しいなどと感じたことは一度もありません」

「こればかりは、教えるも何も急に舞い降りてくると言いますか、ああ、好きだなあと感じるというか」

「目で追いかけてしまうとか?」

「そうです!気になって見てしまうのも恋の一つかもしれませんね!」

「笑顔を向けられたら心臓が痛くなったり?」

「あると思いますよ!愛しくて胸が痛くなるってよく言いますから」

「その人が座っていたイスを撫でまわしたりするものですか?」

「イスをなで……え、撫でまわしたり?それは、ちょっとおかしいんじゃ」

「違う男と話しているのを見ると殺意が湧いたり、寝顔を見に部屋へ侵入したり、私に提出する為に持ってきた書類の臭いを嗅いだり、これは恋ですか?」

もうそれ恋どころか、どう考えても異常です気付いて下さい。ジャーファル様って変な書物の読み過ぎなんじゃないかな。
っていうか、今書類の臭いを嗅いだりって言ったよね。まさか、王宮内に想いを寄せている人がいるの!?
これはすごい事実かもしれない!とりあえず寝顔を見に部屋へ侵入するのはおかしいよね、不法侵入しているわけだからね!ここはきちんと指摘しておかないと。

「あの、部屋へ勝手に入るのはよくないと思いますよ」

「どうしてですか?」

「例えばですね、私が何の断りもなくジャーファル様の部屋へ入って来たらいい気はしないでしょう」

「そんなことありませんよ」

「いいえ、今はそう思うだけで、きっとイヤな気持ちになると思います」

「むしろカギをかけて出られないようにしますけどね」

「怖すぎますから!」

ジャーファル様は考え方がいちいち恐ろしいな。想いを寄せられている人、これは大変ね。
でも、恋をするっていいことだ。その人を明るくするというか、楽しくするというか、実際ジャーファル様は見たことのない表情をしている。
まるで少女と会話しているようだ。こんなことを言ったら苦い顔して睨まれるだろうから絶対に言わないけど。
先ほど恋を一度もしたことがないとおっしゃっていたが、きちんとしているじゃないか。上司と酒を飲むのも仕事というより、おそらくこの話を誰かに聞いて欲しかったのだろう。
ジャーファル様の恋が実るといいのになあ。

、最後に一つ聞いてもいいですか」

「ええ、どうぞ」

「その、相手に触りたいと思ってしまうのも恋でしょうか」

「それは完璧な恋ですよ」

「そうですか。はあ、おかげでスッキリしました。ありがとうございます」

「いえいえ、私でよろしければいつでも話相手になりますよ」

「もう話はいいので、触らせてください」

「はい、触らせ……さわ、え?触らせてください?」

「髪、顔、首、腕、体、全てに触りたいのですが、どこから触ればいいですか?」

「いやいやいやいやいや!!!ジャーファル様、触るって、私に触るのはおかしいですよ!あの、まずは恋をした相手に想いを伝えるべきだと思います!」

「好きです」

「……はい?」

「はい、と言いましたね。そうですか、も私を好きでいてくれましたか」

「や、違いますよ!今のは聞き返す意味で言っ」

「嬉しいです、これで気兼ねなく様々なことができます」

最後まで人の話を聞いてください!!!!!
待って待って、おかしな展開になってしまった。ジャーファル様ったら私に今好きって言ったよね?好き?聞き間違い?頭突きって言ったのかな?それはないか。
好き、へえ、私を好き……。
固まる私を優しい笑顔で見つめ、酒を一口飲んだ。あ、分かった。ジャーファル様酔ってる。
酔った勢いでとんでもないこと口走ってしまったんだ。お騒がせな一面持っているなあ。

「ジャーファル様、お酒飲みすぎです。ちょっと頭冷やしてください」

「頭なら冷やさなくても冷静ですよ」

「酔ってるじゃないですか!もう、王様のこと言えませんよ!」

「酒など一滴も飲んでいません」

「いや、先ほどから飲んでるじゃないですか」

「これは水ですよ」

「水?」

「王が留守の今、酔いつぶれて好き放題するような愚か者だとでも?」

「じゃあ上司の酒に付き合うのがどうとかって言ってたじゃないですか、あれは嘘ですか!?」

「場の空気ですよ。もちろんあなたのグラスには酒を注いであります」

頭が真っ白だ。
冷静な頭で恋の話をしていたと言うのか。なら、好きって、あの言葉は……。
もしかして、とんでもない罠にかかった?どうしたらいい、どうしたらいい!?これはもう逃げるべきよね、逃げないとやばいよね。

「ジャーファル様、私そろそろ厨房に戻って料理を運ばないと、ってことであの、失礼します」

「逃げるなら縛りますよ。先ほども言いましたよね」

「しばっ……それは勘弁です」

「両想いなわけですし、もっと笑顔を見せてください、ね」

いつ両想いになったの!?「……はい?」の返事で両想いになったの!?
分からない、ジャーファル様が分からない!こんなの無理矢理すぎるじゃない!!

「両想いってのは勘違っ」

「なにが勘違いだと言うのです」

「ひっ!」

何か、何か武器を当てられている、首元に、何か当たってる!ひぃぃぃぃぃぃ!!!
ジャーファル様の動きが早すぎて見えなかった、何者ですかこの人!殺されるの?やだ、もう王宮やだ!

「恋人になりましょう、と愛し合いたい」

「ぶぶぶぶぶ武器を、武器をどけてください!怖いです」

「愛していると私の目を見て言えるのなら、傷はつけません」

「愛してます!愛してます!愛してますとも!だから武器をどけて!」

「そうですか!嬉しいなあ」

武器の冷たい感触から解放されたと同時に抱きつかれた。もう、もうどうでもいい。
怖かった、首に異物を当てられるあの感覚、ゾッとする!思わずありえないことを口走ってしまった。三回も。
最悪だ、厄介事が増えた。これで王様が帰ってきたらどうなる。
ああ、以前の天使のようなジャーファル様が音を立てて崩れて行く。

王宮って退職できるのかな。






-END-




あとがき
ジャーファル様真っ黒ー!天使ジャーの裏には真っ黒ジャーがいるに違いない。
これで王様が帰ってきてふわふわした雰囲気を感じ取ってくれると面白いのですが。
さあ、どうしようかな。
なんか短編なのに続編になってきました。