主と出会って二日目、早朝にも関わらずこんのすけが本丸へ訪ねてきた。

 昨夜は皆で喋りながら手入れ部屋で就寝し、俺以外の者はいまだ夢の中である。こんのすけが手入れ部屋へとひょっこり顔を出し、主と短刀たちが雑魚寝している現場を見つけ小さな瞳を見開いた。だらしのない態度がこんのすけのかんに障ったのか、可愛い尻尾を逆立たせ主の元へと詰め寄る。その勢いのまま主の腹部へ飛び乗り、起きてくださいと呼びかけながら短い足でぽんぽん叩き始めた。主は目を覚まし、目尻をこすりながら上体を起こす。……ああ、昨日短刀たちに編まれた髪が乱れ、髪の間に挿されたいた草がしおれ、どう見ても審神者にふさわしくない姿だ。そのへんの酔っぱらいだ。
 審神者らしく振る舞うよう指摘されるも、半開きの目で、時折あくびをはさみながらうなずいている。あれはまだ夢の中も同然だな。
 一通り言い終えたこんのすけは、主の腹部から飛び下り、俺のところへと歩み寄ってきた。何を言い出すのかと思いきや、「審神者も十人十色ですからね、ファイトですよ山姥切殿」そう哀れみを込めた表情で見つめられ、膝にポンと手を置かれた。まさか狐に同情されるとは、なんとも朝から気分が優れない。

 しばらくすると短刀たちも目を覚まし、今後の段取りについてこんのすけが説明をし始めた。
 なんでも、俺たち刀剣が力をつけることを常に心がけ、歴史修正主義者の討伐に励んで欲しい、そう淡々と告げられる。また、道中には資源を回収することのできる場所があるらしく、遠回りをしてでも立ち寄るように、とのこと。こんのすけいわく、資源はいくらあっても困らないのだと言う。
 続いて時の政府の話となったが、聞き流しておいた。結局のところ時の政府は戦力が欲しくて審神者だの、付喪神だの、そろえたのだろう。自分たちは安全な場所で戦果を待ち、様々な指示を出すというわけだ。現場に出向かず上からものを言うだけの奴らに関する情報を得たところで戦闘が有利になるわけでもない。ほらみろ、主などまぶたを閉じて正座をしながら器用に寝ているではないか。……そんな主の代わりに、薬研は一つ一つの話を真剣に聞いているようだが。

 こんのすけの話が一区切りついたところで、とある部屋へと案内された。部屋の扉横に「鍛刀」と書かれた木札がかかっている。本丸内での鍛刀は資源を使い刀工が名刀を呼び寄せ付喪神を招く神聖な作業だという。
 次に案内されたのは、「刀装」と書かれた木札のかかっている部屋だ。こちらも資源を使い、玉を作るらしい。
 ……玉、とは。
 こんのすけより試しに作ってみるよう指示が出たので、言われた通り両手に資源を持ち、祈りを込める。すると資源から光が放たれ、小さな弓兵の姿が頭に浮かんだ途端、見る見るうちに銀の玉へと変貌を遂げた。主も、短刀たちも、一瞬の出来事に目を丸くしている。この玉を刀装と呼ぶらしく、戦闘となると俺たち刀剣を守護する兵士が現れるそうだ。なるほど、先ほど思い浮かんだ弓兵が、そうなのかもしれない。
 とりあえず銀の刀装は主へ渡した。刀剣を守護する兵士が現れるのなら、比較的体力の低い短刀たちが身に付けるべきだ。その辺に関しては主も妥当な判断をするだろう。刀装を両手で丁寧に受け取った主は、俺に頭を下げてきた。昨日出会ったときもそうであったが、主のくせに軽々しく頭を下げるとは。いちいち礼をいう必要などないというのに。
 そんな主の周りで、銀の刀装を輝かしい目で見つめる短刀たちのため、許可を得て短刀たち全員分の刀装を作り上げた。短刀たちに一つずつ銀の刀装が行き渡り、嬉しそうに掲げたり、抱きしめたり、笑顔で見つめていたり。自分のしたことでこのような反応を見せてくれる短刀たちを、少しばかり微笑ましく思えた。
 急遽、刀装をしたことにより、資源が底をついてしまった。となると回収をしに行く他に手はない。俺たち刀剣が力をつけることも兼ね、戦地へ赴くこととなった。
 その前に、腹部から力が抜けていく感覚に襲われ、主にその旨を伝えた。人の体については主に聞くのが一番だろう。すると、「そうだ、朝ごはん!」と元気な声を上げながら手を軽く叩き合わせる。朝ごはんとは、朝餉のことらしい。ようするに食事だ。

 ざく、ざく、と台所から聞こえてくる音。主が包丁で野菜を切る音だ。まだ台の上に料理は無いが、短刀たちが運んできた箸と皿が目の前に置かれている。薬研が箸を手に取り持ち方の練習をし始めたのをきっかけに、短刀たち全員が箸へ手を伸ばした。何度も台や畳の上へ落としながら片手で二本の細い棒を上手くつかむ。俺も挑戦してみたが、難しかった。しばらくすると美味そうな香りが鼻につき、主が料理を運んできれくれた。そこで、俺たちが箸の練習をする現場を目撃した主は、「なにこれ、ぼ、母性本能がくすぐられる……」とつぶやき何故か頬を染めた。
 主いわく、箸の持ち方は毎日ご飯を食べることで序々に慣れていくものらしい。今は可笑しな持ち方をしていても、訓練をすることで気づけば正しい持ち方が身についているのだと皆に言い聞かせた。とはいえ、皆が皆主のように正しく持とうと努力をしながら食事をするもので食べ終えるまでに相当な時間がかかった。さすが刀剣というべきか、間違いなく負けず嫌いの集団だ。俺もそうだが。
 こんのすけは主の隣で油揚げを頬張り、いち早く食事を終えていた。俺たちが箸に戸惑っているのを見守りつつ次第に丸くなりながら寝息を立て始める。喋らなければ可愛いやつである。

 太陽が西に傾きかけた頃、ようやく本丸を出立し戦地へと向かった。
 目的地へ到着すると、昨日と同じく短刀を口に加えた歴史修正主義者が出迎えてくれた。敵の陣形を把握し、それぞれ攻撃を仕掛けやすい場所へと移動する。短刀たちに無理をしないよう叫ぶ主は、またしても地から岩を引き抜こうとしていたので、その腕をつかみ上げてやった。
 あまりにも無謀なので、「あんたは俺らの戦いを物陰に隠れて見てろ」そう強めの口調で言うと、「あんなに小さい子たちが戦っているのに、見ているだけなんて絶対無理」と言い返されてしまう。気持ちは分からんでもないが、昨日に傷を負った指先がまだ治っていないというのに。無理をするなと言う本人が一番無理をしているではないか。こちらの気持ちも理解してほしいものだ。
 お互いが己の気持ちを譲らず睨み合っていると、目の端で緑の光をとらえた。刀身を鞘から抜くよりも相手の切先がこちらへ届く方が早い。勘でわかった。主を守るため肩を抱き寄せようとしたが、何故か頭からかぶっている布を思い切り引っぱられた。よろめきながら地へ膝をついたそのとき、主は襲い掛かってくる相手を真下から頭突きで粉砕した。骨を素手で触るのは怖いから頭を使ってやったわと震える声で吐き捨てる。数秒後には痛みに耐え切れず頭を抱え込んでしまったが。
 あわてて駆けつけた薬研は、「大将は性格に難ありだな。度胸ありすぎだろ」そう頬を引きつらせながら笑う。この展開、主にとっては災難であるが、こちらにとっては好都合。頭を抱え込んでいるのをいいことに、短刀たちと息を合わせながらさっさと敵を一掃した。
 その場から敵がいなくなると主を抱えて移動し、敵が現れれば討伐し、再び移動する行動を繰り返す。道中、こんのすけが言っていた資源を回収しながら果てしない道を進んでいると、敵の本陣へとたどり着いた。単に湧いてくるばかりの奴らだと考えていたが、まさか本陣があるとは。
 本陣の敵は今までと違い強敵であった。今朝に仕込んだ刀装を削られながらも短刀たちは必死に応戦する。俺も負けまいと必死になっていた。
 時間はかかったが本陣の敵を一掃し終え、直後、つい顔をしかめてしまう。肌の感覚で胸元から生ぬるい液体があふれ出ているのが分かった。

 皆に支えられつつ本丸へと帰還し、即刻手入れ部屋へと連れ込まれた。
 主は俺のかぶっていた布を剥ぎ取り、血で染まった服を豪快に破いた。ボタンが床にはじけ飛ぶ音が、ぼんやりと耳に入ってくる。
 ふと主の顔を見ると、顔面蒼白であった。先ほど回収した資源を使いながら、胸元の傷へと触れてくる。ああ、傷を負ったせいで主をこのような顔色へと追い込み、せっかく回収した資源を……。
 拳を震わせていると、主がそっと手を重ねてきた。なぐさめの言葉をかけてくるのなら言い返してやるつもりだったが、予想は外れた。「私が一発目の頭突きでへこたれなければ……くそ、骨野郎。痛い思いさせてごめんね」と言葉をかけられ首をかしげるしかなかった。
 何故そうなるのだ。俺の傷を己の責任にするとは。何より主でありながら戦う気満々じゃないか。今の俺は人の姿をしているのだから、自ら剣を振るうことができる。主は何もせず指示を出せばいい話だろう。刀剣たちと並び地に埋まっている岩で応戦するだなんて。なんだ、この人は。滅茶苦茶か。
 手足の先まで痺れるほど胸元の傷が痛いというのに、口元が緩んでしまう。このようなふぬけた面、見られたくない。近くに置かれていた手ぬぐいを素早く引き寄せ顔に押し当てた。
 俺があわてふためく態度に気づきもせず主は手入れに励む。汗をぬぐいながら傷と向き合う姿は真剣そのものであった。
 顔横に垂れている髪を耳にかけてやり、何気なく頭突きをしていた箇所に触れてみると、主は悲鳴にならぬ痛々しい声を上げた。驚いた。頭頂に、でかいたんこぶがあった。
 「あんた、その頭……冷やした方がよくないか」そう声をかけてみるものの、「あとでやるから今はいい、こんなの平気平気」と震える声で軽く流されてしまう。
 人の身体は刀剣のように手入れをしたところですぐに修復できないのだろう? ならば主の身体を優先すべきではないのか。そのようなでかいたんこぶを作っておいて強がりもいいところだ。
 顔に押し当てていた手ぬぐいを水で濡らし頭のたんこぶを冷やしてやろう、咄嗟に思いついた案である。正面で手入れをする主の肩を押しやり、立ち上がろうとしたまでは良かった。しかし足が踏ん張れず床に崩れ落ちてしまう。しまった、そう思ったときにはもう遅い。主に支えられ、手入れの最中に動いたことを叱られると覚悟していれば、またしても予想が外れた。「もしかしてトイレ……じゃなくて、えーと、厠! 厠に行きたいの? おぶって行こうか?」と下の心配をされる始末である。
 厠ではないことを意思表示し、大人しく元の位置へ座り直した。残念ながら今のままでは迷惑をかけてしまう。主のたんこぶが気になるが、手入れが完了するのを待とう。

 手入れが終わり用意されていた服を身につけ部屋を出ると、短刀たちが俺に飛びついてきた。胸の傷は大丈夫かと、心配の声が飛び交う。今にも涙が零れ落ちそうな目をしている五虎退の頭を撫でながら、うなずいておいた。
 短刀たちの身体を見る限り、どこにも傷が見当たらないことから、刀装の有り難さがよく理解できた。次回は己の刀装も用意しなくては。このように迷惑をかけない為にも。
 さて、反省は後で思う存分にするとしよう。今はやるべきことをしなければ。
 薬研に井戸の場所を聞き、駆けつけた。そこで手ぬぐいをしっかり濡らし、しぼる。やはり井戸の水は冷たい。これで冷やせば主のたんこぶも痛みがましになるだろう。
 手入れ部屋へ戻ると、主は片付けをしていた。その片手には、氷の入った袋を持っており、時折それで頭を冷やしている。俺が扉前で突っ立っていると主と目が合い、咄嗟に濡らした手ぬぐいを後ろ手に隠した。
 率直に氷をどこで手に入れたのか訊ねると、短刀たちが持ってきてくれたのだと言う。なるほど、俺が手入れをしている間に短刀たちは氷の準備をしていたのか。井戸水で濡れた手ぬぐいなどより、よほど効果的だ。
 扉前から一歩も動かない俺に主は声をかけてきたが、何故か返事することさえできなかった。傷を負った胸の手入れは完了したはずなのに、ずしりと重い。
 そこへ歓喜の声を上げる薬研が、こちらへと駆けつけてきた。主と俺の手首をつかみ、元来た廊下を走り抜ける。廊下を走るのは危険だと主は注意をするが、聞く耳を持たない。

 ある部屋の前に短刀たちが集まっていた。そこにはあふれんばかりの資源が積み重なっており、目を見開いてしまう。部屋の隅にいたこんのすけに確認をすると、本丸は神聖な場所である為、資源は自然と湧き起こり尽きることはないと教えられた。
 一日でこれほどの資源が湧いてくるとは、どれだけありがたい場所なのだ、この本丸は。
 そこで乱が何かを思いついたようにポンと手を叩いた。「この資源を使って一度鍛刀してみようよ!」と主を見上げて元気よく言い放つ。
 鍛刀、今朝こんのすけに案内された部屋の一つだったか。確か、名刀を呼び寄せ付喪神を招くと言っていたが。言われてみれば、興味がある。
 主も乱の意見に賛成し、皆で資源を抱え鍛刀部屋へと向かった。
 鍛刀部屋には、とても小さな刀工が待ち構えていた。俺たちが資源を抱えていることに気づくと、「初の鍛刀ですね!」そう声をかけてくる。
 主は地に膝をつき、刀工に挨拶をした。鍛刀の説明を受け、砥石と玉鋼を隣合わせに置くよう指示を受ける。指定の場所へ冷却材を注ぎ、燃え上がる炎の近くに木炭を添えた。鍛刀は資源の量により呼び寄せる刀剣の刀種が異なってくるとのことだが、とりあえず皆で両手いっぱいに抱え持ってきた資源を全て配置してみた。
 刀工が資源の量に目を輝かせ、ついに鍛刀が開始された。だが、数秒もせずしてこちらを振り返り主をまじまじと見つめてくる。
「初めての鍛刀だというのに……主様は全ての運を使い切ったのでは」とつぶやいたのが聞こえた。主は、元から運が無いのになんて事を言うのだと頬を引きつらせ、刀剣たちは全員が首をかしげる。
 刀工は真剣な面持ちで、「皆様、四時間お待ちください」そう低い声で告げてきた。





 つづく