いくつになっても、迷子は迷子。

 近頃は打刀の山姥切を筆頭に加州、大和守、鳴狐、太刀の三日月、鶴丸が第一部隊を務めている。
 その第一部隊に審神者である自分を加え、計七人での出陣が我が本丸での基本。
 出陣となると、本丸で大人しく待っていろと皆から口うるさく言われるのだが、一緒に出陣をして様子を見ておかなくては心配でならない。歴史修正主義者だかなんだか知らないが、あの骨々しいやつらは相手が愛くるしい短刀であろうと、重傷を負っていようと、容赦なく刀を振り下ろしてくる。まあ、容赦が無いのは敵であるゆえ当然といえば当然だが。
 本日も第一部隊に同行するつもりでいる。何を言われようとついて行く。こちらの異空間へ来たときは世界観がさっぱりだったが、刀剣の付喪神である彼らはとても純粋であり、どうにもこうにも放っておけない。そんな彼らが出陣をして戦うとなると、影からでも見守っていなければ気がすまないのだ。いざとなれば助けに飛び込む覚悟も出来ている。
 と、勝手に意気込むはいいが、予想外の事態が発生した。
 戦国の記憶を元に三方ヶ原へ出向いたまではいいのだが、どこからともなく大きな岩が飛んできたかと思えば、非力な私は一人遠くへふっ飛ばされてしまったのだ。
 気を失っていたのか、大地の上で目を覚ましたところである。周囲には誰もおらず一人だ。ぽつーんだ。
 しばらくは呆然としていたのだが、徐々に事の重大さに気づき、額に汗が浮かんだ。刀剣の皆がいるからこそ戦場へ出向き戦ができるわけで、私一人だとそのへんに落ちている石を投げるしか術がない。部隊で襲い掛かってくる敵を相手に投石まがいな行動で全滅させることは到底不可能だ。
 ……今の状況、超絶的に最悪なのでは。
 血の気が引くと同時に、視界の端で淡い紫の光をとらえた。ああ、骨っぽいのが口に短刀を加えてこちらを見ている。敵も付喪神でない私が一人でいることに不思議がっているようで、なかなか襲いかかってこない。敵の短刀と謎の見つめ合いをしていると、更に敵の打刀が増えた。おお、敵がひそひそと話し合っている。これは今のうちに逃げるが勝ちだろうか。
 よーいどん! でその場を去り、木々がたくさん見える方へと走った。敵にも、相手が逃げればとりあえず追いかける、の習性があるらしく、なりふり構わず必死に爆走した。
 ここで人生を終わらすわけにはいかない。やはり現世へ帰りたい、音信不通となった友人もまだ見つけ出せていないし、皆のいる本丸へも帰りたい、今朝方に干した洗濯物というか下着も気になる、そもそも何故こちらの異空間へ引きずり込まれたのかも気になるので暴きたいし、現世に読みかけの本もあるしパンケーキも食べたいし新作のゲームもプレイしてみたいのがあるしうがあああああああ! やり残したことが多すぎる! 走れ、走れ、走れ、走れ!
 木々の茂る林へ入ったはいいものの、草にまぎれて木の枝が落ちていたらしく、それに足をかけてしまい豪快に転んでしまった。正面から大地へとダイブだ。草がクッション代わりになったとはいえ、鼻が、痛い。

「いたた。ああもう、こんなときに転ぶなんて」

「……っ、これは……やっと、やっと、やっとこの日が、くっ」

 どこからか男性の声が聞こえた。上体を起こし声の聞こえた方へ視線を移すと、はらはらと涙を流している青年を見つけた。しかも、何故かこちらに向かい跪いている。
 私のように部隊からはぐれてしまったのだろうか。何もそこまで泣くことはないだろうに。よほど寂しい思いをしていたのか。

「あ、あの、大丈夫ですか……よろしければ手ぬぐいがありますので」

「手ぬぐい……なんと、目からこのような水が湧き出てくるとは。申し訳ございません、どうにも人の姿というのは初めての経験でして」

「人の姿が初めてってことは、もしかしてあなたも付喪神、ですか?」

「はい、名はへし切長谷部です。気づけばこちらの草むらに放置されており、長い年月、俺を見つけ出してくれる主が現れることを日々願い続け……そして今日、ついに、ついに、うう……主が、くっ、俺の主が現れたああああ!」

 空へガッツポーズをしながら涙と共に桜吹雪を舞い散らす彼の後ろより、淡い紫の光が近付いてくる。先ほど追いかけてきた敵の短刀と打刀だ。間違いなく私を標的にしている。ほら、こちらを指差しているではないか。
 大変だ、あの、あなたね、ガッツポーズしている場合じゃない! 一刻も早く逃げないと!
 敵が見事な速さで距離を詰めてくる中で、逃げる為に彼の背中を押すが、「……くそ、邪魔な奴らだ」そうつぶやき動こうとしない。
 先ほど私が足をかけた木の枝、ではなく刀を手に取った彼は、静かに抜刀した。敵が襲いかかって来るやいなや、素早く短刀へ刀身を振り下ろし、そのまま柄を逆手に持ち替え、打刀の真下より刀身を振り上げた。あっという間であった。

「我が主を狙おうなどと、貴様ら、死んで詫びろ。主、大丈夫ですよ、立ち向かってくる輩は俺が斬り捨てますから」

「あ、ど、どうも、ありがとうございます」

「もったいなきお言葉。俺に礼など必要ございません。むしろ命じてください。何であろうとこなしてみせます」

「命じるだなんて。……あの、一つ確認をしてもいいですかね」

「はい、なんでしょう」

「あなたの主は本当に私ですか?」

「ええ、あなた様です。あなた様が俺の本体に足をかけられた際、人の姿へと顕現されました」

 どこから現れたのかと不思議に思っていたのだが、なるほど。枝と思っていたそれが刀であった事実。刀剣との出会いにこのような偶然もあるのだと覚えておこう。どのような出会いであれ今の私にはとても心強い。
 転んだときに付着した土を手の甲で払っていると、何故単独で行動をしているのかと訊ねてきたので、事の成り行きを説明した。敵の投石でふっ飛ばされたなど愚かだと罵られるだろうな、そう予想をしていたら、「刀剣たちめ、主から目を離すとは言語道断!」と我が本丸の刀剣たちに怒りの矛先が向けられる始末である。へ、へし切長谷部の細められた目はとても恐ろしい。
 皆を捜すことに手を貸してくれると言うへし切長谷部に礼を述べ、とてつもない桜吹雪の中、足を進めた。この桜吹雪どうにかならないのだろうか。前が見えづらい。ふいに小石につまづきよろめくと、へし切長谷部は小石を睨みつけ足で地へと叩き埋めた。「この小石め、主の歩行をさまたげるとは許せん、大人しく埋まっておけ!」そうひとり言なのか何なのかつぶやきながら。私がつまづいたのは視界を妨害する桜吹雪のせいなのですが……黙っておこう。
 頭に積もり続ける桜を払いのけながら歩くこと数十分。道の先々に落ちている枝や石、背の高い草などがあると、へし切長谷部が全て排除し足元の安全を確保してくれた。主と言えど初対面の人間を相手にここまで気遣ってくれるとは。山姥切たちといい、付喪神は優しさで出来ているのではないだろうか。ほら、感心している間にも正面に見えるどんぐりを拾い主の行く道先で待ち伏せしようとはいい度胸だ帽子野郎と言いながら遠くへぶん投げ……。まあ、へし切長谷部は少し度が過ぎるような気もするが。
 木々の道が続く中、またしても視界に淡い紫の光をとらえ、私とへし切長谷部は無言で視線を合わせ足を止める。ばしばし降ってくる桜吹雪の合間から敵の様子を伺うと、どうやら敵は休憩しているようであった。
 石垣に座る強大な存在の大太刀が二体と、山形に盛られた落ち葉に火をつける打刀。その打刀の周囲に浮遊する短刀たちが見える。
 歴史修正主義者も休憩するんだなあ、なんて呑気に眺めていると、火の当番をしている打刀が一振りの刀を手に取り、火の中へと突っ込んだ。刀で何かを転がしているようだが……まさか、焼き芋だろうか。
 その時だった。どこからか、「熱い、熱い、火……火、火、いやだ、やめてくれ、熱い、熱い」と悲痛な叫び声が聞こえ、今の声は何かとへし切長谷部に問えば、首をかしげられた。ただ、首をかしげながらも敵の打刀が火の中へ刀を突っ込むという乱暴な扱いに顔をしかめる様子からして、この場を黙って見過ごす選択肢は無さそうだ。案の定、彼は躊躇することなく立ち上がり、敵陣へと歩を進めた。あわてて後を追い、唯一の武器となる石が落ちている場所を目線だけでさり気なく探る。
 へし切長谷部も私も戦う気は満々だが今の戦況、不利にもほどがある。敵は大太刀二体、打刀一体、短刀三体。それに対し、打刀のへし切長谷部と石を投げることしか脳のない人間が一人。どう考えても負け戦だ。
 へし切長谷部の勇ましい姿に敵も気づいたようで、視線が一斉にこちらへ向いた。あまりの迫力に腰を抜かしそうになり、へし切長谷部の服についている昆布よのうなひらひらを無意識ににぎっていた。こ、怖い。
 なんだこいつら、とでも言いたそうな大太刀の一体は、美しくオシャレな刀で己の肩を叩きながら、究極的に無謀な私たちに笑いを堪えることができずふき出したように見えた。なんて失礼な奴だ。そのこっている肩に石をねじ込んで差し上げましょうか。
 もう一体の大太刀は背中がかゆいのか、これまた美しい刀で背中をがりがりとこすっている。おまけに私たちの相手をするのは面倒とでも言いたいのか、近くに落ちていた石ころをこちらにめがけて軽く蹴ってきた。打刀も呆れたように視線を火へと戻し、先ほどと同様に刀でころころと焼き芋なのか何か知らないが火の中の物体を転がしている。驚くほどに舐められた態度だ。
 怒りが湧いてくるのは当然だろう。ふつふつと頭も顔も熱くなり、へし切長谷部の昆布(服の装飾)を引きちぎりそうになっていた。両頬にバシリと気合を入れ、地に埋まっていた特大の岩を引き抜こうとしたその時。
 へし切長谷部が怪しく笑い出し、「投石の極意を知らんようだな、馬鹿め」そう低い声で吐き捨て、大太刀が蹴って寄越した小石を拾い上げる。何をするのかと思いきや、大太刀めがけて小石を勢いよく投げ返した。その小石がとてつもない豪速で飛んでいき、大太刀の頭を見事に貫通。大太刀は豪快に倒れた。
 へし切長谷部以外の全員が唖然である。
 敵は一斉に警戒心を露わにし、身に着けている己の刀を抜刀した。へし切長谷部も抜刀し、岩を持ち上げようとふんばる私の前へと立つ。小声で隠れているように言われたが、即座に断った。皆を捜すことに協力してもらっている身でありながら、こそこそ隠れてなどいられるわけがない。
 投石には少し自信があると笑顔を見せれば、一時止まっていた桜吹雪がまたしても舞い始めた。何故このタイミングで桜吹雪が。
 ずしん、ずしんと足音を響かせながら歩み寄ってくる大太刀は、地へ舞い落ちた桜を踏みつける。大きく振りかぶった刀身を私達めがけて豪快に振り下ろし、その背後より打刀が素早く突進してくる姿を目の端でとらえた。大太刀の刀身を己の刀身で受け止めたへし切長谷部だが、ここで打刀の攻撃を受けては浅くて中傷、最悪の場合は重傷だ。どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
 どうしよう! とそればかり連呼をしつつ、腕は岩を持ち上げ飛びかかってくる打刀めがけて全力で投げつけている自分がいた。顔面に岩をくらった打刀は地へとうずくまり、よほど痛かったのか頭を抱えている。少し申し訳なく思いつつ、次の行動を考えた。敵が短刀のみだと岩を投げつけさえすればどうにか勝利をつかめるだろうが、打刀、ましてや大太刀には無謀もいいところである。となればお手上げじゃないか、立ち打ちできない。
 へし切長谷部がいまだ大太刀と鍔迫り合いをする中、自分にできることを必死に考えた。おろおろと周囲を見渡せば、先ほどへし切長谷部の投石をくらい倒れている大太刀に目が留まった。正しくは大太刀のそばに落ちている刀に、だ。背中のかゆい部分へとこすりつけられていたその刀は地へと落ち、太陽の光を反射しているのか鞘も柄も全てが綺麗に輝いていた。まるで神が宿っているような神々しい輝きである。あのような美しい刀が孫の手の代用にされていたとは……。
 そこでハッとした。
 とあることを思いつき我武者羅に輝く刀の元へと走った。途中、今の今まで大人しくしていた短刀が襲いかかってくる事態である。寸前で攻撃を交わすも、腕を裂かれ、足は斬られ、応戦する為に石を拾おうとした手まで刺されてしまう。丸腰の私に容赦無く襲い掛かってくる短刀は鬼そのもの。加えて外見は骨である為、恐ろしいったらない。
 背後よりへし切長谷部が何やらこちらに叫んでいるようであったが、自分の呼吸がうるさくて聞き取れない。必ず助けるので今を耐えてほしい、もう少しの辛抱だ!
 残るは根性である。輝く刀の元へたどり着きさえすれば、希望はある、そう信じるしかない。へし切長谷部へ、どうにか耐えるよう出来る限り大きな声をかけつつ、前へと進んだ。このようなところでおちおち倒れてなどいられるか。どんなに不利な状況でも身体が動く限りはあきらめない。傷など痛くても我慢だ、我慢。この赤い汁は血ではない、トマトジュースだ!
 短刀の猛攻撃を受けつつ、這うように輝く刀の元へとたどり着き、倒れ込みながら刀を抱きしめた。

 ――神様、どうか、どうか

 ふわりと舞う桜。へし切長谷部の桜吹雪とは一味違う、とても落ち着いた桜吹雪だ。
 ふと頭に触れた大きな手は、子供をあやすかのような優しい手つきであった。

「一部始終を見ていたよ。よくあきらめずにここまで来てくれたね」

「……やっぱりいた、神様」

「おや、目に涙を浮かばせて、泣くのかい? 私としては笑顔が見たいんだけどな」

 のそのそと刀を抱きしめたまま上体を起こし、目の前にいる付喪神へ頭を下げた。どうか、手を貸してくださいと。
 すると付喪神は地へ膝をつき、私の両の手を掴み上げ、左右の手のひらを合わせた。お参りをするかのように、ぴったりと。
「この状態で目を閉じて、もう一度お祈りしてみて」とのことなので、言われたとおり合掌ポースのまま、手を貸してくださいと祈ってみる。

「うん、君の願い、しかと受け取ったよ。叶えて差し上げよう」

「え、あ、はい……え?」

 付喪神は私が抱きしめていた刀を手に取り、笑顔で抜刀した。彼が抜刀したことで戦闘態勢であることに短刀が気づき、三体が一気に襲い掛かってくる。短刀の気迫に怖気づく私の前へと立った彼は、迫り来る敵と正面から向かい合った。短刀との間合いが切先に近付いたそのとき、横一線に刀を振り切る。直後、攻撃を受けた短刀はぼろぼろと骨が砕け地へと落ちた。一振りで短刀三体を破壊……なに、いまの。
 更には投石をくらい倒れている大太刀の元へ行き、「よくも私の本体を孫の手の代用にしてくれたね、この罰当たりめ」などと恐ろしいセリフを言い切るなり、大太刀の頭部を真上から己の刀身で刺し貫く。そこから下半身へと一直線に裂いた。大太刀は先ほどの短刀と同じく砕け散り、鉄の破片と化する。またしても破壊だ。
 次に、へし切長谷部と鍔迫り合いをしている大太刀の元へ歩み寄った。敵の大太刀があまりにも強大である為、へし切長谷部が退くに退けず、押し潰されるように鍔迫り合いをしているように見える。
 その強大な大太刀の背後へと立ち、まず両足首を斬り裂いた。それはもう、すぱんと、縄でも切るかのようにだ。足首を斬られたことで大太刀は姿勢を崩し、へし切長谷部は鍔迫り合いから解放された。激しい攻防に耐えぬいたへし切長谷部が地に膝をつき身をかがめる瞬間を見定め、大太刀の首を軽々と斬り落とした。頭部を失くした大太刀はひび割れるように砕け散り、またしても鉄の破片と化する。
 最後に私の投げた岩を顔面に受け頭を抱えている打刀を斬り捨て、刀身を鞘へと収めた。
 手際よく破壊されていく敵の姿に、見ていたこっちがいちいち小さな悲鳴を上げてしまった。
 神々しく輝いていた刀を目の当たりにして付喪神が宿っていると判断し、助けを求める意味も込めて手を伸ばしたわけだが。とてつもなく最強の付喪神を顕現してしまったらしい。
 地へ膝をつくへし切長谷部を最強の付喪神が支え、何やら声をかけている。へし切長谷部が傷でも負ったのだろうか。急いで二人の元へと駆け寄った。

「へし切長谷部さん、大丈夫ですか!」

「主! 申し訳ありません! 俺などより主こそ、あ……ああ、身体が、主の身体が傷だらけ……うわああああ俺のせいだ!」

「あの、え、いやいや私こんなの平気ですから。放っとけば治りますのでご心配なくですよ」

「許せん、己を許せん、非力な己が悪い」

「非力どころか、あの強大な大太刀の相手をしてくださって感謝して、っていうかえええええ何してるんですか! 刀を折ろうとしないで!」

 まさかへし切長谷部が自暴自棄になるとは。せっかく出会ったというのに自分自身で本体を折るなどと、それこそ許さない。しかしへし切長谷部の力は強く、人である私が彼から刀を取り上げようにも無理がある。最強の付喪神へ助けを乞うように目をやると、優しく微笑みながら私たちの頭をぽんぽんと撫でてきた。
「二人とも、よく頑張ったね。よしよし」と、どこぞの父親のようなセリフを発言しながら。先ほどの恐ろしい戦いっぷりなど思わせない優しい雰囲気に抱きつきたくなった。へし切長谷部も落ち着きを見せ、最強の付喪神を見上げている。

「私は石切丸という。君が主だね」

「……主、なのかな。その、初っ端から助けを求めてあなたを顕現させたような人間ですよ」

「孫の手として使われていた年月を振り返ると、君と出会えたことに感謝したいとさえ思うよ」

「ひい、神様が感謝だなんて、やめてください」

「はは、どうぞ宜しく。長年の神社住まいが身にしみついているから、戦では皆の足を引っ張らないように気をつけるよ」

「神社、ですか?」

「こう見えても御神刀でね。祈祷ならまかせて」

 一振りで短刀を三体破壊し、打刀を斬り捨て、大太刀は頭部から下半身へ斬り裂き、首を飛ばした恐ろしいこちらの付喪神の本体が御神刀とは。神様を怒らせたら怖いと新しい知識を手に入れた。
 神様の偉大さに一歩後ずさると、みし、という音が足下より鳴った。みし?
 足下を見ると、そこには刀があった。しかも美しくオシャレな刀だ。この刀、へし切長谷部と鍔迫り合いをしていた大太刀が、戦闘へ突入する前に己の肩を叩いていた刀じゃないか。
 踏みつけてしまったことに謝罪をしながら拾い上げると、とてつもなく男前な付喪神が顕現された。私のいた現世で人気のありそうな髪型を決めこみ、服装はスーツに近い。おまけにオシャレの一つと言わんばかりに眼帯までつけているではないか。こんなにも現代風な神様がいるとは。しかし、男前な付喪神は究極に悲しそうな表情をしていた。

「僕を肩たたきの棒にするとは、あいつら……」

「あの、すみません……え、どうして背中を向けるんですか。あの、あのー」

「刀が肩たたきの棒って、聞いたことないよ。ここまでひどい屈辱を味わうことになるなんて」

「もしもし、もしもーし」

「……主、だよね。ごめんね、格好悪い姿を見せてしまって。いいんだ、もう分かっているから。僕は捨てられても構わない。主との初対面が肩たたきの棒にされている自分だなんて信じられないよ」

「こちらこそ先ほどは踏みつけてごめんなさい。みしって鳴りましたよね、どこか痛んだり、骨折……してたりしません? 私でよろしければ手入れしますので遠慮無く言ってください」

「この格好悪い僕の手入れをしてくれるだなんて、冗談でも嬉しいな。そうだね、ここ、心の臓の辺りが痛い。締め付けられるように痛いよ。人の身体って大変だね」

 心の臓とは心臓のことだろうが、心臓が痛いとなるとお医者さんに診てもらった方が良いのでは。こ、これは大変だ。第一こちらの異空間に病院はあるのだろうか。
 無茶な返答にどう対応すれば良いか汗を浮かばせていると、隣にいたへし切長谷部が、「こいつは主に格好悪い己を見られて胸を痛めているだけです」そう耳打ちで教えてくれた。その意味を理解し、心臓ではなく心を痛めているのだと納得。精神的な意味合いとなると、手入れで簡単に治るものでもないだろう。時間が解決してくれるのを待つしかないのでは。
 とりあえず男前な付喪神に、一緒に来ませんか、と誘う言葉をかけてみた。

「一緒に? 僕、捨てられないの?」

「捨てるだなんて、神さまがそんな悲しい言葉を使わないでください。それに、本丸は刀剣の付喪神がたくさんいてにぎやかですよ。どうでしょう?」

「な、うそ、こんなに格好悪い僕を……からかってるの? そうでしょ?」

「からかっていません。もし、一緒に来るのが嫌だとかそういう気持ちがあるのなら無理にとは言いませんので」

「そんなわけないじゃないか! 受け入れてもらえたことが予想外で。……あれ、心の臓の痛みが少し和らいだ」

「それは良かった。ただ、運悪く皆とはぐれている状況でして、はっきり言うと迷子でして」

「それは大変だね、皆も心配しているに違いないよ。一刻も早く合流しないと!」

 男前な付喪神は燭台切光忠と名乗り、桜吹雪を盛大に舞い散らせいた。へし切長谷部とは顔見知りのようで、何やら会話が盛り上がっている。……いや、燭台切が一方的に話しかけている風にも見えるが。
 一段落ついたことに大きく息を吐くと、石切丸が何故か褒め称えてきた。優しい心はいいね、と桜吹雪を舞い散らせながら。燭台切を捨てずに受け入れた私を優しいと、そう言いたいのだろうか。私としては肩たたきの棒にされていたことが「格好悪い」に結びつかないので、捨てるも何もない。肩たたきの棒の存在は、時にパンパンにこっている肩へ安らぎと癒やしを与えてくれるのだぞ。いい棒じゃないか。どこが格好悪いんだ。まあ私の意見はいいとして、皆が笑顔になるなら何でもいいけれど。
 石切丸にのほほんと微笑み返していると、ある声が耳に届いた。「熱い、熱い、熱い」と。この声、確か戦闘前にも聞いたが。
 三人に今熱いと言ったか聞いてみたが、三人とも首を横に振る。なら、この声は一体どこから……。頭の中に直接? んん、まず熱いとは何のことを言っているのだろう。今この状況で熱いといえば太陽の日差し、ぐらいだろうか。だが汗をかくほどの熱さではない。ほどよい日差しである。日差しが当てはまらないなら、他に何がある。
 周囲を見渡せば、敵の打刀が火の当番をしていた箇所から今も火が立っていることに気づいた。そう言えば、火をいやだと言っていたような。
 何か関係があるかもしれない、そう予想しながら火へと近づくと、かき集められた葉と木の枝が燃える中に黒焦げになった芋のようなものと一振りの刀を見つけた。つい素っ頓狂な声を上げてしまった。何故火の中に刀が!? 刀で何かをころころ転がしていた打刀の行動は覚えているけれど、まさか、あの時の刀がこの刀? 最終的に火の中へと放り込まれたのだろうか。
 ……熱い熱いとつぶやいていたあの声の正体、この刀なのでは。助けを求めていた、きっとそうだ。
 即座に火の中へと手を突っ込むが、背後より燭台切に腕を掴まれ制止された。人の肌は火に溶かされると元には戻らないと言い張る。その通りだが、早く火の中から助け出してあげないと!
 すると石切丸は、火に向かい右手で風を扇いだ。……まあ、なんということでしょう。火は消化され、もくもくと排出されていた煙がキラキラと輝き始めた。開いた口が塞がらない。
 以前、料理をしたときに今剣が息で火を着けたのと同様に、石切丸は手を扇ぐことで火を消すことが出来るらしい。神様すごい。
 火が消えたとはいえ、熱気がゆらめく空間より出してやらないことには何の解決にもなっていない。へし切長谷部が熱気の中で苦しそうに横たわる刀を、表情を歪めながら素手で掻き出した。周囲から、おお! と歓声が上がるが本人は聞こえていない素振りをし、素掻き出した刀にかぶる灰を一生懸命に払いのける。
 高温に熱された鞘を冷ます為、草の上で何度か転がし、人が触っても問題のない温度まで冷却してくれた。しばらくしてへし切長谷部に手渡された刀は、火の中へ放り込まれたせいか鞘に凹凸が目立ち、美しさを失っていた。しっかりと両手で受け取ると、全身に火傷を負った薄紫の髪色をした少年の付喪神が顕現された。意識を失っているようで、ぴくりとも動かない。胸に耳を当てると心臓はしっかりと動いていたので、生死に問題はなさそうだ。だが、顕現された付喪神は桜吹雪を舞い散らすはずなのに、いくら待っても一枚さえも舞うことはなかった。
 桜吹雪が舞うのを待ちながら、燭台切はシャツを脱ぎ彼へと羽織らせてあげていた。へし切長谷部も上着を丸め彼の枕代わりに頭へと滑りこませる。石切丸は彼の額に手を当て、よくわからない言葉をつぶやいては念を込めているようだ。
 少年の付喪神に必要なのは、おそらく手入れだろう。手入れをする為には本丸へ帰還しなければならない。だが、帰還する術がない。ああ、私は何をしているのだ。無力だ、まさに無力。

「……あの、この辺りに皆がいないか捜しに行ってきます」

「待って主。君も相当な傷を負っているよね、そんな身体で行かすわけにいかないよ。僕が行くから大人しくしてて」

「火傷を負った付喪神を前にして、じっとしているなんて無理ですよ。私の傷は気合いでどうにでもなりますから。皆さんは彼のそばにいてあげてください」

 皆に言葉をかけながら走り出すと、あっという間にへし切長谷部に追いつかれ肩を鷲掴みにされた。結構な力で肩を掴まれ、骨が軋み痛いのなんので足を止めざる得なかった。私が表情を歪めると力を込めすぎたことに謝罪をしてきたが、放してくれたら許す、そう告げ睨み上げてやった。しかし、へし切長谷部は何十回も謝罪を繰り返すものの一向に放してくれず。主命を破ってしまった、主命を破ってしまった、そう連呼し始め、また己の本体を折る行動に出るのではないかと逆にはらはらしてしまう次第である。精神を落ち着かせる為、そっと頬を撫でこちらからも謝罪をしておいた。そりゃあ一人で皆を捜しに行くなどと言い出した私も悪いが、ただじっとしていられない気持ちもわかって欲しい。
 頬を撫でられていることに気づき我に返ったへし切長谷部は、本日何度目かの大量の桜吹雪を舞い散らし始めた。一面ピンクの視界に、乾いた笑いがこぼれてしまう。
 ――その時だった。
 ふと青い光が頭上で輝き、空中に不思議な印が現れ、印の中心部分からこんのすけがぽこりと落ちてきたのだ。ちょうど桜の花びらが積もっていたのでいい感じにクッションとなっていた。

「こ、こ、こん、こんのすけさん、こんのすけさああああああん!」

「おおおおおお主さま! やっとみつけましたぞ!」

「こんのすぅぐぬふっ!」

 いつも口うるさいこんのすけだが、今日ばかりは救世主にさえ見えると思った矢先、腹部に頭突きをお見舞いされた。
 あまりの衝撃に胃液が蒸し上がったが、そのまま抱きしめた。それはもう、優しく、優しく、ぎゅううううと。

「ぐええええ主しゃま……助けにきたというのに、こんにょすけを、ぐふ、絞め殺す気ですかっ」

「先に攻撃してきたのはそっちじゃないですか。おかげでリバースしそうになりました」

 こんのすけは、よいせよいせと腕から抜け出し、息を切らしながら私の背後へと視線を移した。初対面の刀剣男士が数人いることに唖然としていたので、投石の衝撃でふっ飛ばされたあとに出会ったのだと説明しておいた。
 主さまにはいつも脅かされるだの何だの言ってきたが、ぬいぐるみ…狐が喋っている方がよっぽど驚きだと心の中で言い返すのはいつものこと。

「はっ、主さま! このようなところで会話をしている場合ではございません!」

「そうだ、そうだった! こんのすけさん、付喪神が火傷を負っているのですが、手入れで治りますよね!?」

 私の言葉にこんのすけはもふもふの頭をこてんとかしげた。付喪神の容体を見せると、驚きのあまりぴょんと跳びはねる。神が火傷を負うなど不吉でしかないとつぶやいたが、しばし沈黙となった数秒後、私の手入れ次第で元の輝きを取り戻すことも可能だと言い切った。
 予想が的中した。やはり手入れだ。資源を山程使うことになろうとも完璧な手入れをしてみせる。彼は私に呼びかけてきてくれた、それなのに私はなかなか気づかず、結果辛い思いをさせてしまった。必ず助ける。

「主さま、主さま、火傷も大変ですが本丸も大変なことになっているのです! 刀剣男士の皆さまが……とにもかくにも印の扉を出しますので一刻も早くご帰還を!」

「本丸が? どうしたんですか?」

「ご自分の目でお確かめください! 本日顕現された刀剣男士の皆さまもご同行くださいませ」

 こんのすけは地を蹴り空中で一回転すると、青く光る大きな印が現れた。印は「扉」という一文字。この禍々しく揺らめく「扉」を通ると本丸へ帰れるのだ。毎回、魔法使いだったのかこの狐、そう思ってしまうわけだが、本人曰く魔法ではないらしい。むしろ、マホウとはなんですかと問い返された。印は空間を歪まし道を開けることのできる日本に伝わる術の一つだと聞いた。そんなの二次元でしか聞いたことありませんが、という話である。やはり異空間だけに日本クオリティーもおかしなことになっているようだ。
 燭台切が火傷を負った付喪神を抱きかかえ、皆で「扉」を通った。
 「扉」へ足を踏み入れると、白い空間が広がる。そこから三歩進むと本丸の門へとたどり着くのだ。三方ヶ原の荒れ地で目覚めたときはどうなるかと焦ったが、なんとか帰ってこれた。
 さて、まずは手入れだ。火傷を負っている彼を限界まで元の姿に戻してあげたい。大量の資源を手入れ部屋へ運ぶ段取りを考えつつ門を開けたのだが、中へ入らず即座に閉めた。
 ……え、庭の草ってあんなにぼーぼーだったっけ。しかも木が枯れて……あれ? 今朝、出陣をする前はもっと美しい庭だった気がするが。

「主さま、戸惑う気持ちは分かりますが、全てあなたのせいです。さっさと中へお入りください。ここは間違いなくあなたの本丸ですから!」

「私のせいってなんですかそれ」

 早く中へ入れと言わんばかりに頭をぐりぐりこすりつけてくるこんのすけはもふもふである。足が幸せ。
 いいや、そんなことを言っている場合ではない。詳しい理由はあとで聞くとして、勢いよく門を開け中へと飛び込んだ。付喪神たちと生活をしている内部へと走るはいいが、あまりにも変わり果てた風景に驚愕するしかなかった。高く伸びた草は萎びており、花は散り、木は枯れ果て、畑の野菜など腐っているではないか。出陣前は美味しそうな野菜たちがお日様の光を反射していたのに。この数時間で本丸に何が起こったというのか。
 畑で足を止めていると、どこからか叫び声が聞こえた。今の声、秋田藤四郎だ。

「山姥切殿、放してください! 僕は主君を捜しにいきます!」

「落ち着け。今こんのすけが主の元へ向かってくれている。……五虎退、足を震わせてどうした。辛いならこっちへ来い」

「でも、でも、一人ぼっちで泣いてるかもしれないでしょ!? 早く見つけてあげないと、鶴丸放してよ!」

「こら乱、足をばたつかせるな。君たちが捜しに行ったところで迷子が増えるだけだ。って、おーい小夜、そんな隅っこで何暗い顔してんだ? なあ清光、安定、小夜のそばにいてやってくれ」

「あるじさまはぼくがくるのをまっています。みかづき、このてをはなさないとのろいますよ」

「そう怖い顔をするな。あの面妖な狐の言葉を信じて待とうではないか。ああ、前田、平野、泣くでない。鳴狐よ、二人の涙を拭いてやってくれ」

 どうやら秋田、乱、今剣が行方不明となっている私を捜しに行こうとして止められているようだ。そして前田と平野は泣いて……これは、私が泣かしているも同然のように思えてならないのだが。五虎退も、小夜も……。
 私がふっ飛ばされたばかりに、短刀たちに心配をかけてしまったらしい。即刻、縁側で靴を脱ぎ、障子戸越しで土下座の体勢を決め込み謝罪した。もちろん大声で。
 主の声だ、と部屋内がざわつき始めた。瞬間、中から障子戸が蹴破られ土下座をしている私の背中にぶち当たる展開である。背骨がいたいぃぃぁぁぁぁぁ! 岩といい、障子といい、今日は様々なものが飛んでくる。なんて日だ!
 土下座の体勢をとったままうずくまる私に、短刀たちは目に涙を浮かべて飛びついてきた。次第に泣きじゃくり、私の服へと顔を押し当てる。背骨の痛みは相当だが、その痛みさえ麻痺する感覚に陥れられてしまう。短刀とはいえ力強い彼らを必死で受け止めながら、背中をさすり頭を撫で続けてやった。小夜は飛びついてこなかったものの、うつむいたまま顔を上げない。小刻みに震える小さな手を取り、抱きしめた。ごめんね。ごめんね。

 その様子を見つめる打刀の山姥切、加州、大和守と太刀の三日月、鶴丸の五人の存在。
 五人へ視線をやると、全員が無表情であった。嫌な予感に背筋を伸ばすと、加州が短刀たちに涙と鼻水でどろどろになっている顔を洗ってくるよう声をかけた。短刀たちは私を一緒に連れて行こうとしたが、鶴丸によって制止される。何でも、主は疲れているから休ませてやらないと、とのことだ。鶴丸の言葉を真に受けた短刀たちは掴んでいた手を放し、すぐに戻ってくるからね、そう私に声をかけ水場へと駆けて行く。鳴狐はまだ泣き止んでいない短刀たちが気になるのか、さり気なく様子を見に行ってくれた。
 縁側にて呆然としている私を部屋の中へと招き入れた山姥切は、外れた障子戸を直し、少々荒々しく閉めた。短刀たちがいなくなったことで一気に静まり返ってしまい妙な緊張感が走る。まさか岩ぐらいでふっ飛ばされやがって、可愛い短刀たちを泣かせやがって、と説教タイムの始まりだろか。とりあえず先の戦いで負った傷を服で入念に隠し、部屋の隅で正座をしてみたが。

「あ、えっと、本当に申し訳ありません。私が非力なばかりに」

「あの時現れた敵は検非違使だったようだ。投石の威力も普段の数倍だったんだろうな、結果あんたが飛ばされた」

「検非違使って、以前にこんのすけさんが言ってた……」

「そうだ。まあ、敵が誰であろうと、あんたを守れなかった俺たちに責任がある。すまなかった」

「へ?」

 山姥切に続き、次々に頭を下げる付喪神たちに全身から汗が噴き出た。何故そうなるのだ。第一に、皆が心配だからと勝手に同行した私に一番の非があるというのに。更に言うなれば、投石に耐える力を持っていれば飛ばされることもなかった。彼らが謝罪をする意味が理解できない。
 山姥切は顔をうつむかせ、布の縁を強く握りしめている。
 加州はごめんなさい、ごめんなさいと謝罪の言葉をひたすら繰り返し、大和守は加州の背後で溜め息を吐いた。
 三日月と鶴丸は先ほどと変わらず無表情だ。
 皆、私に対しそれぞれの思いがあるように見て取れた。無表情の二人は確実に怒っているとしか言い様がないが。いつも笑顔であるだけに恐ろしいのなんのである。とはいえ、この怒りは嬉しいと捉えるべきか。私の存在をどうでも良いと考えているのなら、心配をかけたことに対し、怒りさえしないはずだ。
 同行をして迷惑をかけたこと、また今後は更なる警戒心を持つことを約束し、こちらからも頭を下げた。
 彼らには時間をかけて入念に謝罪をすべきかもしれないが、失礼を承知の上で恐る恐る立ち上がった。火傷を負っている付喪神の手入れをしなくては。
「あの、実は一刻も早く手入れ部屋に行かなければならない状況でして」そう告げたと同時に背後で気配がし、ドスッと重みのある音が聞こえた。振り返ると、そこには大和守がおり、自信の抜刀した刀を畳に突き立てていた。あと数センチで足に突き刺さる距離である。
 咄嗟に大和守の顔を見上げると、冷酷な表情で睨み返され、一般人には耐え切れない威圧感に尻もちをついてしまった。

「驚かせてごめんね。でも、まだ話は終わっていないから立ち上がるの禁止」

「ひい……や、やややや大和守くん、ご、ごめんなさい」

「うん、分かってくれてありがとう」

 情けなくも上ずった声で謝罪を繰り返す私の背中に手を添えてきたのは山姥切だ。大丈夫か、と言わんばかりの優しい目つきに目頭が熱くなるが、次の瞬間、山姥切までも自信の刀身を抜刀し畳へ突き立てた。またしても数センチずれていたら身体が斬れている距離で、震えた。

「考えたんだ。あんたのような弱い人間をどうすれば守れるかって」

「はい? 守れるかって、そこまで弱い人間じゃないよ。非力なのは確かだけど、あとちょっと頭が弱いだけで」

「いいや、弱い。あんた、岩を持ち上げただけで爪がめくれかかってただろ」

「あれは初めて出陣したときのことでしょ!? 敵が恐ろしくて無我夢中になってたのもあるし、しかもあの岩が結構大きくて……」

 山姥切の発言に部屋内がざわついた。岩を持ち上げただけで爪がめくれるとは、と。待て、待て、待て。
 ……ああ、もう。この際どう思われようが構わない。何でもいいから早く手入れ部屋へ行かせて欲しい。哀れな目でこちらを見下ろしてくる付喪神たちを尻目に、さり気なく障子戸の方へ移動していると、紅爪の手にそっと肩を掴まれた。瞬間、障子戸へと行く道をはばむように刀を突き立て、いかにも心配でたまらないという眼差しで加州がこちらを見つめてくる。行動と表情が矛盾してやいないか。
 というか今、髪が、髪が何本か……ほら、下に落ちてる、え、もう少しで頬が切れ……え。

「主は弱くてもいいよ。いっぱいいっぱい守ってあげる。俺を愛してくれればそれで十分だから」

「加州くん、守るも何も今私の髪の毛が切り落とされて死んだよね」

「うん、そのつもりだったから。その落ちてる髪の毛ちょうだい?」

「へ」

 結構な問題発言に衝撃を受けながら手とお尻で後退りをすると、笑い声と共に上品な白い衣を頭からかぶせられ、またしても行く手をはばまれた。
 直後、四度目のドスッが聞こえ安易に動けなくなる。衣を取り除き顔を出すと、真正面に鶴丸がおり、三人と同じく畳に刀身を突き立てていた。

「話がそれてるぜ。まあ、弱い君を守るにはまず何が必要かを話し合ったわけだが」

「待って待って、いつの間に話し合ったんですか」

「ああ、君がいなくなってこんのすけが俺らを迎えに来たあとだな。君がなかなか帰ってこず本丸で数時間を過ごしたんだが、そのときだ」

 私がいないのをいいことに、弱い主をどのようにして守るか話し合っていたとは。妙に心に刺さる。守っていただけるのはとてもありがたいけれど、いくらなんでも大袈裟ではないか。むしろ皆にピンチがおとずれたら、私が皆を守る心構えで出陣に同行していたというのに。
 自分の身は自分で守るとはっきり告げれば、言葉の途中で五度目の恐ろしい音が聞こえた。背後より伸びてきた手にするりと頬を撫でられ、気持ち悪さから思い切り頭をぶんぶん振ってやった。どうして付喪神たちは静かに触れようとしてくるのだろうか。ぞわっとするのでやめてほしい。

「そう頭を振っては髪が乱れるぞ」

「今更ですよ、あとでお風呂に入るので構いません」

「そうかそうか。それはいつ頃だ? っと、いかんな。つい話がそれてしまう。して、本題だが。主に見張り役をつけることにした」

「み、はり?」

「明日より主と四六時中を共に過ごす者を一人つける」

「三日月さん、いやですよ。見張りだなんて。私悪いことをした罪人みたいじゃないですか」

「したではないか。我らに心配をかけさせ、本丸内の神気をここまで崩した」

「神気……もしかして、木が枯れていたり、畑の作物が腐っていたのって」

「全ては皆が主を心配し、異常なまでに濃くなった神気ゆえ。作物も神気を浴びすぎると枯れるらしい」

 こんのすけがこの事態を全て私のせいだと言い切った意味を今更ながらに理解した。そういうことか。
 すみません、すみません、ごめんなさい、申し訳ありません、と思いつく限りの謝罪の言葉を繰り返し、見張り役をつけるなどと言い出した彼らから遠ざかろうしたのだが。四方八方、畳に突き立つ刀のせいで逃げ道は塞がれていた。まるで檻だ、いつの間にか刀の檻が出来上がっていた。
 立ち上がろうにも少し動けば刃が当たる距離に突き立っているので、何の動作もできない。人のことを弱い弱いと言いながらこの仕打ちはなんだ。
 嫌な汗を流し彼らを見上げると、山姥切以外、笑顔であった。
 一時的とはいえこうして閉じ込めてしまえば安心するもんだな、そう発言した鶴丸の言葉に全員がうなずき、絶望した。私はどれほどまでに弱い人間だと思われているのだろうか。
 自分自身に落胆していると、隣の部屋の襖が開き、へし切長谷部が堂々とこちらの部屋へ入ってきた。
「主に見張りをつける案、俺も賛成だ!」と、ものすごい剣幕で発言しながら。
 本日迎え入れた付喪神たちはこんのすけと共に隣の部屋で待機していたようだ。そういえば、本丸の異常に気づいたあのとき、彼らを門前へ放ってきたことに今更ながら気づく。
 三日月は石切丸の存在に、おお、と声を上げ、鶴丸は燭台切と長谷部に無邪気な笑顔を見せた。
 私は燭台切の腕の中にいる付喪神が気になって仕方がないのだが。ここから見ても分かるほどのひどい火傷だ。早く手入れをしてやりたいのに。この刀の檻、どうにかならないのか。
 そのとき、ふいに三日月が燭台切を凝視した。

「この神気、覚えがあるな。そなたの抱えている付喪神、まさか、骨喰か?」

「三日月さん、だよね。彼を知っているのかい?」

「ああ、知っている。いったい何があった、この火に犯された肌……またしても焼かれたのか。骨喰、これ、目を開けんか」

「駄目だよ三日月さん、ずっと気を失ったままなんだ」

 全員が骨喰を囲み、大変だ、大変だ、と騒ぎ出す。ちょっと待って、刀! まずは刀を鞘に収めてくれ! 畳に突き立てたまま放置するんじゃない!
 顔を洗った短刀たちも部屋へ戻ってくるなり、骨喰の存在に気づいては駆け寄った。特に粟田口は悲痛な声を上げる始末である。骨喰兄さん、ばみ兄、兄ちゃん、と必死に声をかける彼らを見て兄弟の一人なのだと知った。
 そこでこんのすけが、「ご安心を。手入れで元通りになるはずです。まあ、主の頑張り次第ですが」などと言うものだから全員の視線がこちらへと集中する羽目に。
 早く手入れをしてやってくれと騒ぎ出す彼らに、ここから出してくれと私も負けずと叫んでいると、背後から溜め息が聞こえた。

「旦那方にいいようにされてんな、大将」

「や、や、薬研くん……」

「あーあ、半泣きじゃねぇか。山姥切の旦那まで何やってんだか。まあ、大将がいなくなって一番真っ青になってたし、その反動かもな」

 薬研は畳に突き立つ五振りを呼び寄せ、鞘に収めるよう説得し助け出してくれた。
 先ほどから薬研の姿がないと気づいてはいたが、私が帰還するのを信じていたらしく、帰ってきたときにいつでもご飯が食べられるよう厨房で調理をしていたらしい。本気で惚れそうになった。
 そんな薬研も粟田口の一人であり、骨喰の手入れを頼むと深く頭を下げてくる。

 刀の檻から解放され、資源を貯めている部屋へとひた走った。





つづく